先週の週末は、娘の大会で松江に行っていた。
土曜日の夕方は散歩がてら宍道湖に行き、
夕陽を見ながら四つ葉のクローバーを探す母たち。
のんびりしたよい時間だった。
で、四つ葉のクローバー。
3人の中の一人が見つけたのだ。2本も!
そのママさんが四つ葉を見つけたところを
以前にも見たことがあるし、
昨日は御津の体育館周りで子どもたちと一緒に
歩いていたら、6本も見つけたといって見せてくれた。
その中には六つ葉もあった! すげー。
この前読んだランディさんのブログの中に
人間がいかに自己暗示をかけて生きているか、
ということが書いてあった。
「ないと思って探すと、ないことを選択する。
あると思って探せば、盲点に隠れていたものが見えてくる」と。
「娘は三角定規を探しているにもかかわらず「ない」と
いうことに執着しようとする。そして「ある」とは
思えないのに探している。子どもは特に一度「こうだ」と
思い込むと、その思いに取り憑かれてしまう。
私は、あのとき、四つ葉なんてあるのかな、
私には見つけられないかも…と思って探していたんだろう。
だから、見つからなかった。
そして、四つ葉探しの名人ママは、
絶対にどこかにある!と思って探してたんだろう。
これって、物を探すときだけじゃなくて、
人と付き合うとき、子どもを見るとき、
いろんなことにつながってる。
ないと思えば見つからない。
あると思えば、何かしらアンテナにひっかかる。
それは、自分で選んでいる。
答えはそれしかない、とカチカチに固まって
先が閉ざされたような気持ちになっているとき。
自分の思い込みに取り憑かれてしまっているとき。
渦中にいるときはなかなかそこから抜けられないけど、
ひょいっと中心をずらしてみるような、
ちょっと風を入れてみるようなことをすると、
違った風景が現われてくる。
その、ひょいっとか、すきま風のいれ方とか、
要は柔軟な視点が持てるようになりたいなぁ。
まぁ、そこで「できない」と決め込まず、
「何かしらできる、持てる」から始めるしかないか。