やりはじめたら

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明日は今年最後のゴミの日…

ということを思い出したのが10時過ぎ。

いらないゴミを出さなくては、と、キッチンの

引き出しの掃除を始めた。


換気扇の掃除をしたから、今年はもう台所はいっか、

とも思っていたのに、やり始めたら止まらない。


引き出しの次は流しの下、次は冷蔵庫、冷凍庫、コンロ周り…

気がついたら、あっという間に1時間半!

でも、どうにもこうにも止まらなかったのです、はい。


風呂に入っていた子ども達は上がってきて、

歯磨きして、寝てしまった。

今から、お風呂に入ろ…。


そういや、大晦日の夜まで働いていた母が、

休日だった元旦の夜に台所の掃除を延々にやっていたのを見て、

せっかくの休みなんだから、ゆっくりすればいのに…と思ったことがあ

ったけど、あれは、ちょっとだけやるつもりが止まらなくなった

のかもしれない。


手を動かし始めると、ついつい何でもヤレル気になって、

その勢いでやれてしまって、はっ と気づくと、ものすごい

時間が過ぎていた…


これって、結局、その間、とても楽しくて、

やめたくないっ…ということ、なんだよね。


気持ちがとてもハイになってるな、私。

寝れるかな?

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カステラのはし

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娘の友達からカステラをもらった。

洋菓子屋さんのカステラだから、シフォン型で

焼かれているハイカラなもの。


周りの紙をべリべりとはがし、

その紙についた生地もスプーンでこさいで食べた。

セコイよね、はしたないよな、と思いつつ、

だって、ここが美味しいんだもん。

そのまま捨てたらもったいない。


高校の冬休みに、お肉屋さんでアルバイトをした。

扉が開けっ放しだから、風が吹き込んできて寒いし、

前も後ろも冷蔵庫だったし、計るお肉も冷たいし…で、

寒いこと尽くし。


その時の唯一の楽しみが、近くにある和菓子屋からの

おすそ分け。カステラの切れ端がどっさり入った袋。


あったかいお茶を入れて、カステラのはしを食べる。

「ここが一番美味しいんよねえ」と、肉屋のおばちゃんが

言っていたけど、本当に茶色の部分がいっぱいあって、

美味しかった。冷め切ったからだには、少し甘すぎる

くらいの糖分が必要だった、のかも。


1、2年と続けた肉屋のアルバイト(冬休みのみ)だったが、

3年生の時には、時給の高さで巫女さんのバイトをした。

(これも寒かったが、肉屋ほどではなかった)


確か、もう、あのお肉屋さんはなくなっているはず。

でも、今でもカステラを見ると、やっぱ端っこよなあ、と

思ってしまう。

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年の瀬に

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子どもの冬休みになり、私もすっかり

スイッチが切り替わってしまったようだ。


初日は子ども達が上履き洗って、私は掃除をして、

それから、それから…と動いていたが、

眠気が襲ってきて、毛布をかぶって昼寝したら、

とても気持ちよかった。


それからというもの、眠気が消えない。

気がつけば、いつ寝ようかと考えている。


まだ、もう少し仕事が残っているというのに、

やばいこっちゃ。


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厚塗りをやめる

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厚塗りはいやだ。


確かにそう思った時期があった。


肌に足りない養分を補えば補うほど、肌は一時的には潤うけれど、

肌の奥からの分泌される油分は少なくなる。


できるだけ養分を与えずにいると、

内側からそれを補おうとする指令が出る。

だから、アレもこれもと、栄養分を塗りつけるのは

考えものよ、と。


…その話を聞いて納得し、

最近の手入れは本当にシンプルになった。

でも、やっぱり、スキンローションは、適量よりも

多めにつけている気がする。


癖なのか、というか、それを掘り下げていくと、

本当に大丈夫なのか? まだ、それが信じられない

といったところ。


じゃ、いつになったら、信じられるようになるかというと、

あれができるようになったら、これがこうなったら、と

何かを追えば、追うほど、いつか、いつかは遠くなるばかりで、


そう思うと、何もかもが過剰傾向にある気がしてきた。

部屋にあるモノ、資料や言葉数や出かけるときの荷物や

あれもこれも。


えーい、もう、どこかで、踏ん切りをつけて

やり方を変えるしか、ないのだろうな。

何かに期待せずに、自分にもっと期待しろ、と。


朝、鏡の前で、化粧とか、他のもろもろのことを

考えながら、浮かんだこと。

すけっと係

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昨日は終業式で「あゆみ(通信簿)」を持って帰ってきた。

息子の係の欄には「すけっと係」と書いてある。


すけっと係って、何するん?


「映画を見るときは、その荷物を運んだり、

休んでいる人の係を代わってしてあげたり」


要は「オタスケマン」なのね。


でも、それって、気づいた人がやればいいのでは?

あえて係にする必要があるのかい? とも思ったが、


子ども達の中から声が出て、できたらしい。

1学期のうちに、休んだ人がいて

困った状況でもあったのかな。


役を作ることで、意識していくこともあるだろうから、

すけっと係をすることで、どこをどう手伝えばいいのか、

考えながら動いていたのかもしれない…。


娘が4年生の時には、宿題係なるものがあり、

先生が出す代わりに、その係の子達が宿題を出していた。


習ってないところが出たり、多すぎたり…

でも、子ども達は直接、意見が言えて(?)、よかったみたいだが。


ま、いろいろな係があるんだね。
そう、息子のクラスには「監督係」もあるという。

…さて、何を監督するのだろう?