Mathilde au Japon (マチルド・オ・ジャポン)

趣味で簡単な翻訳をしています。
簡単な詩や歌、面白いと思った記事、短編小説を
訳したものをブログに書いていきたいと思っています。


テーマ:
Mathilde au Japon (マチルド・オ・ジャポン)

(韓国、牧師の「赤ちゃんポスト」 ④)

Eun-man's birth caused a religious man to question
his faith.

"I asked God, 'Why would you give me a handicapped
child?' I wasn't grateful for this baby," Lee recalled.

He soon came to regret those words. Looking down at
his son, helpless and beyond hope, he says he witnessed
the preciousness of life. He and his wife decided to work
desperately to keep the boy alive.


In the mid-1980s, Lee said, the disabled in South Korea
were often viewed as embarrassing curiosities — more
creature than child. Even today, he said, babies with
physical deformities are seen as a national shame in a
culture that prizes physical perfection, where cosmetic
surgeries have become as common as haircuts.

Given his limited brain function, Eun-man needed constant
care. He spent his first 14 years at a hospital. To help
pay for his care, Lee sold his family food market,
borrowed money and took up odd jobs to bring in more cash.



ウンマンが誕生した時、信心深いイ牧師は、自らの
信仰に疑問を抱いた。「私は神に問いました。
『なぜ神は私に障碍のある子供を授けたのですか』と。
私はウンマンが授かったことに感謝できなかった。」
イ牧師は当時を振り返った。

しかしイ牧師はすぐに、そういう思いを悔いた。
いま牧師は、無力で希望を抱かない息子を見下ろし
ながら、人生で大切なものを知ったのだと言う。
彼は妻とともになんとかしてウンマンを生きながらえ
させようと決意した。


イ牧師によると、1980年代半ばの韓国では
障碍児はしばしば迷惑に思われ、好奇な目で見られて
いた。子供というより、生き物といった感じであった。
今日、韓国では、パーフェクトな外見があがめられ、
美容院でカットするのと同じ感覚で、美容整形をする。
そういった文化のなかでは、いまだに身体的欠陥のある
子供は国家の恥だと考えられている。

ウンマンの脳の機能は限られているので、絶えずケアが
必要だ。彼は生まれて14年間を病院で過ごした。
ウンマンの介護費のため、イ牧師は家族で経営する
食料マーケットを売却した。借金もして、さらにお金を
稼ぐため、変わった仕事にもついた。

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