VOL.242   くしゃみの方を・・・ 

 

 

春を迎える度、桜の美しさにため息が出そうになる。

と、同時にもうひとつ出るものがある。

くしゃみ。

そう、桜の季節は、花粉の季節でもあるのだ。

 

「へえ、花粉症なの?大変だねえ」

などとひとごとだったのは過去のこと。

寒風が去ると同時に、毎年、目のかゆみとくしゃみが襲ってくる。

(多くの方が悩まされている鼻水地獄は、いまのところ幸いなことに軽くて済んでいる)

目のかゆみは頻繁に目薬で流してなんとかこらえているが、くしゃみは一度出ると、大抵五連発、八連発とすごいことになる。

おまけに、僕のくしゃみは、「カエルを踏んづけたような音」と妻に呼ばれるほど、変わった音がしているようで、多くの方が何事かと振り向くほどのしろもので、ひどく恥ずかしい。もっとも、もっと恥ずかしいのは一緒にいる家族の方で、娘は僕がくしゃみをするとすっと側を離れて他人のふりをする。

 

 昔から、こんなくしゃみをしていたわけではない。

どこで習得したのか、実は、子供のころは、もっと珍しく、くしゃみと同時に右手で鼻をつまんで、くしゃみを殺していた。すると、(自分では聞いたとこがないが)

「ぐしゃっ」

と、それはそれは珍しい、異様な音がするらしい。

だから子供のころは、くしゃみが出ると笑われて本当に嫌だった。

一度だけ、

「ヨーロッパの貴族がそういう上品なくしゃみをするぞ」

と慰められたことがあったが、子供社会で通用するいいわけのはずもなく、

その後、女の子を意識するようなお年頃になって、幾多の失敗(手に鼻水が飛び散る、舌を噛むなど)を乗り越えて、今のカエルくしゃみに進化したのである。

 

 花粉症にかかるまでは、それほど目立つこともなかったが、そんなくしゃみをする僕に神様が花粉症をお見舞いしたのは、前世でカエルによほどひどいいたずらをしたせいに違いない。

 

ここまで読んで大したことないと思っているかもしれないが、電車やバスやエレベーターなどに乗っていて、くしゃみをした途端、周りの十数名が一斉に何事かと驚いて振り向き、こちらに注目したそのタイミングで、さらに数連発する恥ずかしさは筆舌に尽くしがたいのだ。そのうえ、腰痛持ちの僕は、くしゃみの衝撃が直接腰に来ないように、ややかがむような姿勢を取らないといけないので、そのうち誰か心無い人にYOU TUBEにあげられないかと、春は心穏やかならざるものがあるのだ。

 

神様、カエルのことは深く反省しています。どうぞそろそろお許しください。

もし神様が、「くしゃみ」か「花粉症」か、どちらか一つを直してやろうといわれるなら、くしゃみの方を・・・。

 

 

二十代後半、1ケ月ほど入院していたことがあった。

この時期、入院するといろいろなことを考える。

仕事について、目標について、将来の夢について、愛について、そして自分の人生について。

そのときは結論は、ひとまず人生の目標は幸せになることではないか、ということだった。どうしたら幸せになるかは、退院してから考えることになる。

 

それから二十年が経った今、まだ幸せについて考えている。

もちろん、少しはわかってきたこともある。

 

まず健康。

幸せに健康は欠かせない。

 

向上。

前の自分よりよくなっていることで幸せを実感できることは多い。

「人と比べるのではなく、過去の自分と比べよ」とは、僕の師匠の教えだが、確かに過去の自分より向上、成長していることで人は幸せを実感できる。

 

貢献。

人の役に立てたときの幸せは大きい。

自分の幸せより相手の幸せを優先するのが幸せな夫婦生活のコツ(別に自分の幸せを犠牲にする必要はない。ただ少し優先させるだけ)、もっと多くの人を幸せにすることが出来たらもっと大きい幸せを感じることができるだろう。

 

感謝。

どんなに恵まれた環境にいても、感謝がないと幸せは実感できない。

 

家族。

ゲーテもいっているように、王様であろうと、農民であろうと、自分の家庭で平和を見出す者が、いちばん幸福な人間である。

 

さて、お気づきかもしれないが、ここまで、「健康」「向上」「貢献」「感謝」「家族」とKでまとめてみた。ところが、幸せに欠かせない次の要素がどうしても、Kにならない。

 

友人。

朋来る、亦楽しからずや、と孔子がいうように、幸せな人は皆、心許せる友達、仲間を多く持っている。

(あえていえば、交友でKにしてもいいが、ちょっと無理がある。よく考えるとそんなにKにこだわる必要もない)

 

これに最近、「楽しさ」も大事だな、と思うようになった。

英語の「幸せ」”Happy” は、「楽しい」という意味も持つことだし。

 

反対に、もう一つわかってきたことは、「楽」「得」をしようとする人は、「幸せ」になりにくいということ。

 

まだ平均寿命まで30年近くあるので、引き続き研究することにしたい。そして研究するからには。「幸せな人生だった」といって他界したいものである。 

 

 

VOL.240 太らないスイーツ

テーマ:

 

我が家で今、流行ってこと。

「太らないケーキ食べようか!」

「これ、やせるチョコね」

「それじゃ、免疫力のあがるポテチ食べようか」である。

 

今年、正月休みにごろごろしていた割には、余り太らなかったのは、

この「太らないお餅」や、「痩せる饅頭」を食べていたからかもしれない。

といっても、別段、特別なものを買っていたわけではなく、ただ食べる前に、

「太らない」「痩せる」といっているだけ。

 

今更スタイルをよくして女の子にもてたいということではなく、真剣に健康に取り組もうと思ったのである。

健康にいるためには、免疫力を活性させることが大事で、

免疫力の活性化には、バランスいい食事や運動などと同時ベスト体重をキープすることが大事。

そして、ストレスを貯めずに楽しく過ごすために、余りストイックに食べたいものを我慢することもしたくない。

そこで、冒頭の言葉を口に出すのである。

 

「叶う」という漢字は、「口」に「十」を書く。

十回口に出すと「叶う」ことを、昔の人は知っていたのだ。

理屈っぽい人は、

「おそらく、その言葉を聞いた脳の潜在意識が騙されて、消化機能を低下させ・・・」

などというかもしれない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

理屈はともかく、

「わたし幸せ!」

といつもいっている人はもっと幸せになるし、

「ついてない」

といつもいっている人はとことん悪運に追われるのは、周りを見ていて実感する。

 

そして、

「わあ、この大きなおはぎ、食べたら太るだろうな」

「ドーナツって、砂糖と油だから一番脂肪がつくんだよなあ」

といいながら食べると、言葉通りきちんと太るのである(実証済み)

 

日本人は謙譲を美徳としていて、それは「〇〇〇〇ファースト!」などと叫んでいるより、素敵だと思う。けど、何も卑下することもない。

褒められたら「おかげさまで」といえばいいのに、

わざわざ

「そんなことないですよぉ、着やせしているだけで、お腹周りなんてぶくぶくなんですよ」

「いえいえ、実態はぼろぼろなんです」

「いや、とんでもない、バカ息子です。ほんとバカなんですよ」

などというから、ぶくぶくで、ぼろぼろで、バカバカになってしまうのである。

「いやあ、ここのところツイてましてね」

といえば、もっとツイてくるのだ。

 

ということで、今からお土産にもらった好物の「太らないバウムクーヘン」を頂こうと思う。

バウムクーヘンって、年輪のように幸せを重ねるケーキだし・・・。

 

 

 

 

VOL.239 高橋

テーマ:

VOL.239   <高橋>

 

 

小学生のころ、名前が「一(はじめ)」で苗字も字画が少ない友人が僕の横の席にいて、字が汚いのと、面白いひとこまマンガを描くので人気者だった。テストのとき、先生が

「はじめ!」というと、

「はい!」

と返事をして(ときどき「返事はしなくていい!」と叱られていたが)、

その汚い字で、瞬く間に15画の氏名を書き上げ、第一問にとりかかっていた。

42画の氏名を持った僕は焦って名前を書きながら、そのたびに羨んだものだった。

 

 僕の本名「高橋」という名前は、昔から佐藤、鈴木に並んで全国で3番目に多い苗字で、しかもなんだかぱっとしない気がして、あまり好きになれなかった。昔から、人と一緒が嫌なへそ曲がりの性格で多いというだけで嫌だったのだ。好きな女の子の名前を自分の苗字に続けて書いてあわてて消しゴムで消すなんてこともあったが、一方で同じクラスの人の苗字に自分の名前を連ねてみて、ううむ、松尾とか、長島とか(当時の同級生の名前)だとよかったのになあ、などとご先祖様が怒りそうな不埒なこともしていた記憶がある。

 

 苗字ランキングは、高橋のあと田中、伊藤と続くのだが、一位から佐藤栄作、鈴木都知事、田中角栄、伊藤博文となんだか有名な大物に前後を挟まれながら、高橋は一生懸命さがしても高橋是清。いや大変な苦労人であの時代、日本を守った偉大な政治家だけど、当時は知名度も見劣りする気がして、しかも暗殺されてしまうのがなんだか悲しかった。(今では日本の誇る偉人として誇りに思ってます、高橋先生)。

 

 その後、ファミコンの高橋名人、YMOの高橋幸弘、ジャイアンツの高橋現監督などの方々のおかげで、ううむ、高橋も頑張っているではないかと、今はだいぶ心穏やかになっている。なんとも傲慢で恐れ多いことである。

 

 伊集院、五十嵐など三文字に名前がなんだかかっこいい気がするのは、昔の貴族、皇族の名前っぽいからだろうか。伊集院静なんて、ペンネームにしても、よくぞ思いついたというほどかっこいい。これだけで作家としての格が違う気がする。

 

 村上百歩というペンネームは、「村上春樹に百歩及ばず」という大それた思いでつけたものだけど、一方で、前々から「村上」という苗字がかっこいいと思っていたこともある。村上水軍のイメージだろうけど、それに加えて学生時代から不思議と村上という名前の知人は、皆、ちょっと変わっていて魅力的だったのだ。

 

 どうでもいいけど、村上姓はランキング37位で、このあたり、藤、近藤、村上、遠藤、坂本と、なんだか力強い名前が続く(まったくの主観です。気に障る人がいたらごめんなさい)。

 

 最近、立花宗茂の実父、高橋紹運という戦国時代の名将(興味ある方は白石一郎著「さいごの一人」お読みください。しびれます)を知るに至り、高橋という苗字に大いに誇りを持てるようになった。それにしても立花宗茂が立花家に養子に出されていなければ、柳川の立花家十万石は、高橋家十万石になっていたのに、と、しょうもないことを思ったりするのは、子供のころの根拠のないひがみの名残だろうか。

 

 

 

 

「ちょっと登山」のすすめ

 

昨今、努力もせず、お金も使わないで健康を維持しようとするのはおこがましい。

 

そういう、おまえは何をしている、と聞かれたときには、「ちょっと登山を・・・」ということにしている。

ここで「ちょっと」と「・・・」でいうのは、登山というからには少なくとも30リッターくらいの重たいザックを担ぎ、テントもワンタッチとかではないものをささっと設営または撤収し、気圧や方角を計るウォッチと長年の登山で鍛えた勘で気候を予想して登山計画を立て、北アルプスまでは行かなくても、少なくとも2000メートルは超える山を登っていないと胸を張っていえるものではないからだ。

しかるに、吾輩の「ちょっと登山・・・」は、800メートルを超えると「ううむ」と2~3週間前から顔が深刻になり、普段は300~500メートルほどのいわゆる小学校のときに遠足で行くぐらいの山を登ることなのである。

 

しかし、街に住む人はそんな山でも舐めてはいけない。登りはじめは、

「いやあ、自然はいいねえ」などとかましていても、次第に登りがきつくなるや、たちまち会話はなくなり、心臓はばくばく、足はがくがく、息ははぁはぁと、まるでここはマッキンリーか!という試練が訪れるのである。さらに・・・。

 

あ、いかんいかん。これは登山の楽しみを皆さんに紹介して、健康になって頂こうという企画であった。

 

誰でもそうだと思うが、登りは、もう二度と山登りなんて、などと思っていても、頂上からの眺望は、そこにたどり着いたときの達成感と合わせて、言葉に表せないほどの感動を生むのである。とくに1000メートルぐらいの山は、雲海は見えなくても、すぐそこに街が、海が見下ろせるのである。エレベーターで展望台に上るような景色は拝めるのである。

 

さらにお約束の頂上のお昼。正直、余り高い山に登るとばててしまって、食欲すら湧かないが、このぐらいの低山だと、ちょうどお腹もすいて、なんでもおいしく頂けるのである。僕は、一緒に登ってくれているI君のアイディアで、登山の朝、スーパーで集合して、ちょっと高いインスタントラーメンやレトルトカレーなどを買って、ささやかな贅沢を楽しんでいる。もちろん、温泉卵、チャーシュー、大粒らっきょう、そして絶景、おいしい空気、食後のコーヒーなどのわき役も添えて。

 登る山を選ぶときには、もう一つテーマがあって、それは歴史の舞台になったことがある、というものである。

例えば、関ケ原の松尾山。300メートル弱の山だけど、寝返って徳川方を勝たせた小早川の陣地で、ここを登ると小早川が午前中いっぱい、関ケ原の奮闘を見ながら日和見をして気持ちになれます(?)

菅原道真が登って京を想って天を仰いだといわれている大宰府近くの天拝山。

戦国の梟雄、松永久秀が信長軍に囲まれて自爆した信貴山。

九州の名将、高橋紹運700人が島津勢50000人を相手に戦った岩谷城のある四王寺山。

長くなるので、詳しくは書かないけど、こうした歴史上の人たちに想いを馳せながら登っていくと、登りも下りも頂上もさらに楽しめるのである(しかも予習の期間も楽しい)。

いずれ行きたいと思っているのが、豊臣秀吉が明智光秀を破った山崎の合戦が見下ろせる天王山(ここは幕末、長州藩も陣として敗れている)。

さらに、山としては本当に低いらしいが、秀吉が小田原攻めをしたときに築った石垣山城(一夜城)。ここの山から立ちションをしながら秀吉・家康ごっこをするのは爽快であろう(家康殿、関東八州は差し上げよう)。

 

しまった。つい歴史の部分が長くなってしまったが、「ちょっと登山」の楽しみ、伝わっただろうか。最近は、山ガールと呼ばれる二十代ぐらいの女性もいるが、それよりも元ボーイズアンドガールのご年配の方がとても軽快に上り下りしているのによく出会う。お話を聞くと、このぐらいの山は毎日朝飯前に登っているとのこと。そして70代で海外、80代でアルプスと、かくしゃくとちょっと自慢気に武勇伝を語るお姿はとにかくお元気なのである。お話を伺っているだけで元気のおすそ分けを頂けた気がする。

 

翌日、または二日後に足ががくがくで階段を降りるのが大変なこともあるかもしれないが、ぜひお勧めしたい。