VOL.236 福耳

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VOL.236    福耳

 

 年賀状をいただくたびに思うのだが、七福神に代表されるアジアの神様は、皆、たいそう立派な福耳をお持ちである。お寺にいったときに拝むお釈迦様も阿弥陀さまも、耳たぶが垂れて、ウルトラ福耳。インドでも、中国でも昔から拝む対象の偉い方は、皆福耳として描かれている。

 

 それでは、現代のお金持ちはどうか。

 成功している経営者の写真を見ていただければわかるのだが、皆さん結構すごい耳をしていらっしゃる。孫正義社長、耳たぶは垂れてはいないが、耳の穴の下部ががっちりしている。柳井正社長も同じタイプ。

 

 ちなみにビル・ゲイツもスティーブ・ジョブスもバフェットもなかなかの福耳で、アジア系に限らないようだ。強烈なのはカルロス・ゴーン氏で、最高にインパクトの耳にため息が出そうになる。

 

そして、福耳の成功者といえば、なんといっても松下幸之助。いろいろな人の話を素直に聞いて衆知を集めることをモットーにしていただけに、耳全体が大きい上に、耳たぶも福耳の手本のごとし。

 

福耳だからといって、成功し、豊かになれるかどいかは確かではないが、どうもうまくやれている人は、福耳にも恵まれているようなのである。

 

もっとも豊かになれている人が幸せかどうかは別の課題だが、豊かであった方が、貧窮の人より幸せになりやすいのは確かだろう。

 

気になりはじめると、やたらと人の耳ばかり見るようになる。

 

皆さんも周りの方の耳を見渡してみると楽しいので耳観察をお勧めするが、かなりの確率で、やはり豊かな方は、立派な耳をしていらっしゃるし、不思議なものでギャンブル好きなどで浪費の激しい方は、それなりの耳をしている。

 

大きな声ではいえないが、商談するときなども、実は福耳の方とお仕事した方がうまく行く気がする。

 

このことに気がついたのは、実は30代の半ばである。

気がついたのは、豊かさや成功を手にされている人はかなりの確率で福耳を持っている人だということと、・・・自分の耳の貧相なことだった。

なんということであろうか。

「絶望」、「失望」、「厭世」などのマイナスワードが耳の奥でフラッシュし、しばらく暗くぐれていたものである。

 

しかし、ある日、ふと思ったのだ。

タイの北部かアフリカあたりで首を伸ばすために、幼いときから首輪を一つずつ増やしていって首を伸ばす部族があるというではないか。また、唇を広げて、しまいにはお皿をはめる風習もある。耳に重たいピアスをずっとつけていって、しまいには大きなリングのようなものをはめ込む部族もある。

 

・・・つまり・・・。

耳たぶも毎日引っ張っていれば、いつかは福耳になるのではなかろうか。

 

なんとくだらない、と笑ってもらって結構なのだが、実は、その日から、耳たぶを下に引っ張るように心がけてみたのである。

 

ご存知の方も多いと思うが、耳には多くのツボがあって、耳たぶをひっぱったり、いじったりしていると、たちまち血行がよくなり、体がぽかぽかしてくる。ううむ、どうも健康に良さそうだ、ということがまた励みになり、いつの間にやら、習慣になっていったのである。お風呂に入るとき、考え事をするとき、会議中、バスや電車を待つとき(特に寒いとき)、親指と人差し指で耳たぶを挟んで引っ張る。痛いけど気持ちよくもある。そして・・・。

 

十年ほど経ったある日。

気がついていたら、耳たぶはたしかに伸びていたのだった。

昔の写真と比べるとあきらかな違い、成長がある。

ただし、福耳とはいいがたい、ぺらっぺらの耳たぶに仕上がっていた。無理して伸ばしたので、厚みがないのだ。

 

さて、このぺらっぺらの人工福耳で効果はあるのか?

 

・・・今のところ、なんともいえない。

 

耳つぼを刺激したせいもあってか、おかげさまでこの間、大病もせずに健やかに暮らせた。また、会社人としては、苦労もあったけど、それなりに仕事も任され、給料も増えた。これが、この人工福耳の成果なのだろうか。もちろん、そんなことはわかるはずもないが、ほんのちょっとそんな気もするのである。

 

そこで、引き続き耳をひっぱり続け、さらに今度は耳たぶをよく揉むるで厚みを出すことにも挑戦してみたい。

 

続編は、十数年後にいずれまた。

 

 

 

 

 

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新またたび通信 VOL.235  温泉のすすめ ふたたび

 

皆さんのなかで、テルマエ・ロマエというマンガ、または映画を見た方がおられるだろうか。

僕は、最近、この漫画の原作者、ヤマザキマリさんの変人ぶりにいたく感激してファンになっている。テレビのドキュメンタリーにもよく出られているので、ご覧の方もいるかもしれない。

 

念のために、テルマエ・ロマエのあらすじを紹介すると、古代ローマ人の風呂設計士たる人が、タイムスリップして現代日本と古代ローマを行きつ戻りつしながら、現代日本の風呂文化をローマに導入して、皇帝にも認められていく、と非常に乱暴にいうと、そういうストーリーである。読んでいるうちに、今や世界の注目を集めている素晴らしき日本の風呂文化を見直し、無性に温泉に行きたくなる秀作なのである。

 

古代ローマの風呂文化は、その後、裸を見せることを野蛮とするキリスト教文化のせいで廃れてしまうのだが、今頃になってSPAとして、その健康の効能やストレス発散効果が再評価されつつあるのは素敵なことだ。

 

だいぶ昔になるが、昔イギリスのBATHという街に行ったことがある。

ロンドンから鉄道で約1時間半の距離にある小さな街だが、なんとローマ帝国が支配した際(ここまで!)に作った風呂遺跡が残っているのだ。ローマ人の風呂好きぶりは、テルマエを読んでもらえればわかるが、ローマから遠く離れたこの古代ケルト人の国で、温泉が出るのを発見したときの喜びはいかほどかと思う。このローマ遺跡のおかげでこの街は今や世界遺産にもなっている。街並みも非常に美しく、イギリスにいかれる際にはぜひおすすめしたい。ここならテロリストも狙わない気がする・・・。

 

そうそう。それが言いたかったのだ。

世の中、最近、急に物騒になってきたが、皆、一緒に温泉に入って、あまりの気持ちのよさに「はー、ゴクラク、ごくらく」とためいきをついて、そのあと互いの背中でも流せば、トランプさんもプーチンさんもアサドさんも、ドゥテルテさんもエルドアンさんも、そしてかの金さんも習さんもアベさんも、もう少し穏やかになれるのでないかと思うのである(ルペンさんとメルケルさんとメイさんも同様ですが、混浴、というわけにはいかない・・・ですね?)

 

温泉に行くゆとりがなければ、日本が誇るmade in Japanプロダクツ、入浴剤もある。

こちらは、海外へのお土産としてもおすすめ。

ちなみにバスクリンさんのWEB「はぴばす」では、お風呂の効能、楽しみ方、日本の温泉の紹介など、元祖入浴剤メーカーだけあって丁寧に、かつ科学的にも紹介してくれている。

(どうでもいいですが、昭和5年に発売された初代バスクリンのパッケージは、ちょっと色っぽくてどきっとします)

 

さあ、このせわしない現代世界、つかれた現代日本に癒し、平和と幸せを届けるため、日本の風呂文化を一緒にひろめようではありませんか。

 

 

 

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VOL.234 メガネ

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VOL.234 メガネ

 

小学生の五、六年生のころは、寝転んでマンガばかり読んでいて、母から

「眼が悪くなるよ」

と叱られたものだったが、その予言が当たったのか、あまりに何度もいわれたので潜在意識に刷り込まれたのか、はたまた遺伝のなせる業かはわからぬが、とにかく中二の時からメガネのお世話になることとなった。

 

 メガネをかけると、不便なことが多い。

体育の時間など、何をしても、メガネを気にしないといけない。

すなわち跳び箱、マット運動、鉄棒と何をやっても、メガネが外れる心配をし、

走るとメガネの鼻のあたりに汗がたまり、かゆくなったりする。

サッカーではヘディングの障害となり、プールでは、先生の顔も時計も見えない。

 学校の視力検査では、あの大きな字すら見えなくて肩身の狭い思いをしなければならない。(とはいえ、どうしても「それでは前へ進んで。ここからなら見えますか?」といわれたくなくて、視力0.1の最上段の三文字だけは暗記したものだった)

 冬は、ラーメンを食べるときも、電車に乗る時もメガネが曇って何も見えなくなる。

温泉に入るときは足元が見えなくてへっぴり腰になってしまう。

 眼のいい人はかけなくて済むメガネ代という余計な費用もかかる。

 キスをするときも邪魔になるのだが、かといってメガネを外すと下心が先にばれてしまう。

 

 今でこそ軽いメガネもたくさんあるが、当時はどのメガネも重たくて、気のせいか肩が凝った。

 今でこそ安いメガネもたくさんあるが、当時は結構な値段がしたものだ。

 今でこそ薄いレンズもたくさんあるが、当時は牛乳瓶の底といわれるぐるぐるメガネ(ちびまる子ちゃんに出てくる丸尾くんのイメージ)でかっこ悪かった。「伊達メガネ」などと、おしゃれでメガネをかけるようになったのはいつからだろうか。

 

 はてさて、かようにメガネには苦労させられてきたのである。

 

 が、そうはいってもメガネをかけ始めて早四十年。メガネ君とも長いつきあいである。眼が悪いことにもメガネにもそれなりの愛着とノウハウが積もってきている。

 

 例えば、この花粉の季節、気が付くとメガネにたくさんの花粉がつく。つまり、メガネをかけていなかれば、これが眼のなかに入っていたかもしれないのだ。同じように自転車やバイクを漕いでいて、眼のなかに虫が入ることがあるが、これもメガネで防げるのだ。 

 

 例えば、仕事中、交渉相手が難問をふっかけてきたとする。ちょっと考える時間がほしい。昔だったらマッチを擦って煙草に火を点け大きく吸っては煙を吐き出すところ。メガネをかけていたら、メガネを外して、フレームを口にくわえて目を細めれば「ただいま考え中」が演出できるのである。(しかもうまくいうとケビンコスナー並みにかっこいいかもしれない)

 

 当然、おしゃれもできる。眼がよくってもメガネはできるが、それはいかにも「あ、おしゃれ」になる。眼が悪い人は、これが自然とできるのだ。オンとオフの切り替え、服装とのコーディネートに加えて、ちょっとしたコスプレ気分にもなったりする。

 

 写真や映画の撮影で、わざとピントを外してぼやっと見せる手法をボケというが(英語でもBokehという)、例えば、夜のネオンなどはボケで撮影すると綺麗なものである。このフォーカスを外した画像を、眼の悪い人は、なんとメガネを外すだけで楽しめるのだ。ちょっとした深夜の飲み屋街も百万ドルの夜景に、深夜フライトで機内が真っ暗のときには、LEDの画面やところどころの照明がぼやっとして、それはそれはきれいなものである。

 

 昨今、ついに老眼も加わって、メガネ事情はますますエキサイティングになってきている。これからも人生パートバーの一つとして、楽しくつきあいたい。

 

 

 

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VOL.233 三色ボールペン

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VOL.233  三色ボールペン

 

1ケ月に一冊の本を書き上げるという、強の者の斉藤孝先生の代表作の一つといえるのが、

「三色ボールペン情報活用術」である。大変失礼ながら、内容は、

「本を読むときには、一番大事なところに赤、次に大事なところに青、面白いと思ったところは緑で印をつけると頭に入るよ」という、これだけのことだが、先生の本を読んでいると、なるほど、これはすぐにやってみよう、ということになる。そこで、皆が三色ボールペンを買いに走る。

先生のところには大手ボールペン三社からキックバックが・・・となると話はマーケティング的には面白いが、先生はそんなケチなことをなさらずに次の本に取り掛かっていらっしゃることだろう。

 

 ところで、文房具屋に行くとわかるが、赤、青、緑のボールペンはなかなか売っていない。三色ボールペンは普通、黒、赤、青なのである。四色になると緑が加わる。

 

 何を隠そう、僕は先生の主張するはるか昔からこの三色ボールペンが好きであった。ノートを取っていて、大事なところを筆を変えずに赤にギアシフトしてアンダーラインするとなんだか記憶の中枢に押し込めたような気がしていた。

 そして、つまらない会議のときには、三色のボールペンの交代にガチャガチャ切り替えていると、手持ちぶさたが解消できて指先の運動にもなるのである。

 

 しかし、課題がないでもない。

当たり前だが、三色同じスピードで使うことはありえない。

したがって先に何色かがなくなる。

その色のインクだけ買いかえればいいのだが、これが結構面倒なのである。(文房具屋ではきちんと売っている。忙しいときはちょっと嫌そうな顔をされることがある)、

したがって、たいてい黒が切れるから青で書いて間に合わせたり、ぽいっとペン立てか、デスクのなかに放り込んで、もう一本のボールペンを使ったりする。すると次に使うときに黒をがちゃっとやっても出ない。あ、そうだ、これ、黒が切れていたんだ。じゃあ、こっちのペンを・・・。

そして次回も同じことが繰り返されるのだ。

小さなストレスだが、積み重なると次第に大きくなっていくのである。

結局、黒と青を使い果たして、赤インクを半分残したあたりで、年末の大掃除で、えいっと捨ててしまったりするのである。

そして、もったいないと思いつつも、文房具屋に行くと、なぜか、また新しい三色ボールペンを買ってしまう。

 

実は、プレゼントでもらった高級ボールペンも持ってはいるのだが、これは年に数度、気合入れてサインをするときか、手紙を書くときにしか使わない。なくすのが怖いのである。

そして三色ボールペンを使う。

 

ところで、世の中には三色ボールぺんがあふれていて、どこかに忘れてしまったときなど取り返すことは難しい。透明のビニール傘に近い立ち位置であろう。

 血液型A型の人は、

「だからO型はがさつでいやなんだよ」

というかもしれないが、O型はボールペンは天下の回りものとばかり、忘れることも多いが、そこらにあるものを無意識で持っていってしまうことも多いらしい。

(O型を馬鹿にするな、お前だけじゃ、とO型からも怒られそうだが)

あれ、ボールペン、どこに置いてきちゃったかなあ、と思うときもあれば、デスクのペン立てに、あれ、三色ボールペンが三本も・・・ということが時々あったりする。(いつもご迷惑かけている職場の皆さん、ごめんなさい)

 

ところで、話が戻るが、先生のいわれる四色ボールペンは、あまりお勧めできない。緑はほとんど使わないからである。面白いと思ったところは、赤でびっくりマークでもつけておけば十分だし、いくら目にいいといわれても、ボールペンのインクの緑ではたかが知れている。

 

やはり三色ボールペンがいいのだ。

 

ちなみに、僕は、そぼろ、たまご、桜でんぶの三色弁当も好きなのだが、三色目については大いに議論を呼びそうなので、この話はまたいつか。

 

 

 

 

 

 

Vol.232 バンクーバーのバスに乗って

 

先日、出張でカナダのバンクーバーに行った。

 

バンクーバーは二十年ぶりだったが、落ちついた街の雰囲気は当時と変わらず、こういう変化の少ない街があるのはいいな、と思った。上海を筆頭にアジアの都市に激変ぶりと比べるべくもない。東京だって二十年前から都心の風景はかなり変化している。

 

 初めての商談先で、メールのやりとりの後、先方の所在地をグーグルで調べておいて、大体の場所と住所を控えて乗り込んだ。当日、朝早く目覚め、約束の時間までだいぶあったので、最寄りの駅まで電車で行くこととした。

 マップで見る限り終点の大きな駅だし、そこからタクシーに乗れば10分ぐらいの距離であろう。万が一、タクシーがつかまなければ、駅から先方に電話すれば、遠路日本から来たのだから、近くまでは車で迎えに来てくれるだろう。

 

 旅先での公共交通機関は楽しい。

路線探しや切符の買い方、どの電車に乗るか、どこで降りるかなど、どきどきすることも多いけど、街の雰囲気や飛び交う異国の言葉に囲まれると、確かに旅をした気がする。時間にゆとりの無い出張では、空港、ホテル、仕事場所をタクシーなどの車で移動して、異国を感じるのはレストランだけということもあるが、時間のあるときはなるべく地元の電車、地下鉄、バスに挑戦するようにしてささやかな冒険を楽しむことにしている。

出張だって旅だ。

街を知ることで感性を磨き、人間の幅を広げたいと思う。

 

 さて、終点駅で降りて、郊外の街並みを楽しみながら(駅前で大きな工事をしていて煤煙がすごかったけど)散策しつつ、タクシー乗り場を探す。・・・けれど、どうも見つからない。駅の係員にタクシーの捕まえ方を聞くと、

「カナダのタクシーは走っている空車を見つけて手をあげると止まるよ」

と親切に教えてくれた。

でも空車どころかタクシー自体がほとんど走っていない。

 

 途中、トイレに行きたくなって、ショッピングセンターに入って用を足したりしていると約束の30分前になってしまった。観念して、先方に電話を入れるとアポイント相手は席を外していると取次の女性はいう。今、○○駅にいるのだが、というと、

「ああ、それなら駅前から52番のバスに乗って、△△というバス亭で降りたら、目の前です」

という。

日本から来たので、バスの乗り方がわからないのですが・・・、

「大丈夫、すぐわかるよ、you cant miss

とおっしゃる。

仕方ないので、それでは少し遅れるかもしれないと伝えてくれ、というと、

OK!」

と明るくいわれた。

 

 さて、それではバスの旅も楽しむかと、言われた場所にバス停を探すと、

―工事中につき、バス停は以下の場所に仮設していますー

と地図が貼ってある。・・・地図があるだけ親切だ。

 

 仮設バス停を見つけ、待つこと10分で大きく立派なバスがやってきた。

前から乗車して運転手のおじさんに、△△に行きますか、と尋ねると、

満面の笑みで親指を突出し

Sure!

といってくれた。

うむ、幸先は悪くない。

 

15人ほどが乗り込んだ。僕は後ろから3列目の席に座り、バスの中と街の景色を楽しみながら、降りる場所を間違えてはいかんと車内アナウンスに耳をすませる。駅ターミナルからものの数分も経たないうちに質素で、こぎれいな木造の二階建て一軒家が並ぶ静かな住宅街に入っていった。

 

バンクーバー郊外の住宅街。おそらくもう乗る機会はないだろう。などと旅気分に酔いしれる。

 

しばらくして気づいたのは、乗客がバス中の降車口から降りるときに、皆

Thank you

と、きちんと運転手のいる前へ向いて大きな声をかけ、その度、運転手も

Thank you

と返すことだった。

 なんだか気持ちがいい。

最初は、無料パスの人かな、と思って、しばらく見ていたが、乗ってくる人は皆きちんと代金を払っている。

 そういえば、売店やレストランでも、客の方も、

Thank you

とよくいうようだ。ここでは、お客さまは神様ではなくて、売る方も買う方もお互い「ありがとう」の気分があるようだ。いいことではないかと思う。

 

 結局、降車のバス亭に柁どり着くまで20分ほどかかり、約束の時間には遅刻してしまったが、おかげで貴重な体験ができた。こういう風景はきっと一生忘れない。

 

 今、帰国してバスから降りるときに、運転手さんに向かって

「ありがとうございました」

を言うのに挑戦している。

思ったより簡単ではなかったが、いつか自然にできるようになりたいものだ。