まさとにごはんをあたえないでください

やる気があるときに好きなことを好きなだけ書くよ。吉田将人


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去年の夏はいろんな説明会とか、短期のインターンの選考とかいろいろ受けてたので、「就活生」だったなーとか思い出しつつ、その最中によく語られる「コミュニケーション能力」について思うところがあるので、今日はそれについて書くよ。






「私はコミュニケーション能力が高いです」




この言葉に果たしてどんな意味があるのか。
そう主張する人も、それを傍聴する人もなんかモヤモヤする。

今日はそのモヤモヤを晴らしていこうと思う。




1,コミュニケーションとはそもそも何か
2,「手段」と「目的」の整理
3,コミュニケーション能力が必要な3つの理由


※全部読むのがめんどくさかったら「3」だけ読んでください('・ω・`)





1,コミュニケーションとはそもそも何か


この部分にズレがあると以下の話が理解しづらいので、まずは定義から。



コミュニケーションの定義

《無意識下にある「概念」を対象者に対して
        適切な形で「表現」し「相互」に伝達すること。》



※「概念」とは、脳みそのハードディスクに入っている、言語情報でも画像情報でもない無意識下の情報である。これを脳みそのメモリー、つまり意識下に移すときに、「概念」が言語情報や画像情報などに変換される。ちなみに情報の容量は脳みその場合も「無意識=ハードディスク>>>意識=メモリー」である。

※「表現」は、(1)自分の意識下に「概念」を移すとき、(2)対象者に「言語」情報や「非言語」情報として伝達するとき、に実際に使用される手段のこと。「言語」情報は言葉通り文字になるものだが、それに付随して人間は「無意識」的(もしくは「意識」的にも)に表情や身振り手振りなどで「非言語」情報をそこに加えて伝達している。

※「相互」について。一方通行の伝達では、相手から表現された言語情報と非言語情報を、5感を総動員して受信し、無意識下にある情報を参照しながら発信者が意図する「概念」に噛み合うように解釈しようとする。しかしコミュニケーション(双方向の伝達)では、その解釈の過程で齟齬がある情報に介して、質問したり、悩ましい表情を見せるなどのリアクションを取り、さらに噛み合った解釈を実現することが出来る。

※ちなみにwikipediaも参照。(なかなかいいまとめなので見といてね。)
「複数の人間や動物などが、感情、意思、情報などを、受け取りあうこと、あるいは伝えあうこと。」
「記号などの何らかの因子の移動を伴う、ある分けられる事象間の相互作用の過程」






とりあえず定義と、その定義の中で使われている言葉の説明をしてみたが、分かりづらいかと思うので詳細を図で解説してみると、

$まさとの頭の中を覗いてみよう。


二人の人間の間でのコミュニケーションは、「上向き↑」=「自分の無意識下の概念を言語化して意識下に持ってくる」、「右向き→」=「自分の意識下にある言語情報(または非言語情報)を適切な表現で相手に伝達する」、「下向き↓」=「相手の意識下に送られて来た情報を、無意識下の情報を参照して解釈する」という3つの段階に切り分けることが出来る。

※これと同時に、無意識下で「非言語情報」の相互伝達が実行されています。



この矢印一個一個に、「歪曲」「省略」「一般化」という3つの作業が行われるため、お互いの解釈に齟齬が生じます。だからコミュニケーションは非常に難しい。


「論理的に話せる」というのは、図の右向きの矢印が卓越していると捉えられますが、自分の無意識下に蓄積されている概念と一致していなければ、上向きの矢印で「歪曲」「省略」「一般化」が入り、厚みのない上辺だけの話になったり、感情のこもってないつまらない話になってしまいます。そして、相手の心に響かなければ、下向きの矢印でミスが生じます。つまり、本当の意味で上手なコミュニケーションを取るためには、ただ単に論理的であるだけではダメだと言うこと。

だから世間的には、コミュニケーションを取る主体のあるべき姿は、「論理性と感情」、「冷静かつ情熱的に」「Cool head & Warm heart」って言われるんですね。



しかし、恋人同士、家族、親しい友人との会話は、別に論理的でなくても通じるし、互いの考えていることや感情を理解・共有し合えます。これは、親密な関係であるからこそ、共通言語や、共通表現をちゃんともっており、かつ互いのことを感情レベルで大事だと感じているから、上向きの矢印と、下向きの矢印でロスが少ないのです。さらに、この矢印で示したコミュニケーションと同時に行われている、非言語情報による無意識的なコミュニケーションが果たす役目が大きくなり、「ただ単に一緒にいるだけで安心」な相手であるほど、コミュニケーションは取りやすいです。

この状態を「ラポール」と言います。相手との間にラポール=協調や調和の関係をどれだけ築けるかがコミュニケーションにおける最重要事項になります。打ち解け合った関係なら、多少話し方が下手くそでも、意図は伝わります。


「自分コミュニケーション能力低いんだよね・・」って人は、「伝えよう!論理的に話そう!」と思っても、いきなりそんなに上手く話せるわけありません。まずは相手との「ラポール」を気づいていくことを第一に考えます。するとコミュニケーションがスムーズに進む経験を積むことになり、自然と自信がつき、いつしか話も上手くなっていきます。

「ラポール」についてはまたそのうち書きますのでお楽しみに(・ω・)





2,「手段」と「目的」の整理


1では「そもそもコミュニケーションとはなんぞや」って部分に答えましたが、2では、コミュニケーションには具体的にどのような種類があるのかについて論じて行きます。その種類によって、コミュニケーションの手段や目的は当然違います。それをすべて一緒くたにして、3の「必要な理由」を話すわけには行かないので、また長くなりますが辛抱してくださいww


種類の切り口は取り敢えず2つです。

・誰に伝えるのか。
・その目的は何か。




ざっくり表にしてみるとこんな感じかしら。

$まさとの頭の中を覗いてみよう。

切り口が大事で、枠の中に入れた種類に関する表現はイメージを掴むためなのでご容赦を。



第一に、コミュニケーションを行って「誰に自分の意図している概念を伝えるのか」というのが最も大事な問題になります。コミュニケーションは「対象者」がいないとそもそも成り立ちません。しかし、この対象者には、他人だけでなく、自分自身も入ります。

「言語化」という部分に関して、人間はきっと「言語」というものを手に入れらければ、これだけ発達した文明を築くことは出来ませんでした。自分自身とも無意識と意識の間で「言語」や「非言語=ここでは音・画像・動画など」を使って対話することで、思考を深堀(関連記事:ジグソー法)していくことが出来ます。つまり、本当にコミュニケーション能力がうまい人は、当然頭も切れるし、なにかしらのプランニングをするのが上手いはずです。

「一人ブレスト」みたいな言葉を聞いたことがある人もいると思いますが、Wikipediaを参照すると、「個体内コミュニケーション Intrapersonal communication」と呼んで、「対人的コミュニケーション Interpersonal communication」と区別しているようです。




さて、自分とのコミュニケーションについて述べましたが、次は他人とのコミュニケーションに関して考えていきます。

まずは相手と自分で「共通言語」を持っている場合は、その度合に応じてコミュニケーションが取りやすくなりますが、これには、「言語」「各言葉の解釈体系」という2通りの多様性が存在します。言語としては、自分の母国語はなんなのか、英語は話せるのか、他には何語が話せるのか、さらにはどのプログラミング言語を扱えるのかといったスキルが存在します。最低限の土台として、そのスキルがなければコミュニケーションを取ることすら出来ません。

なのでこれらのスキルセットがある人は、他の人よりもコミュニケーションを取る上で有効な手段を持っていることになりますが、それはあくまで「手段」にしかなりません。実際のところ、「語学に秀でている=コミュニケーション能力が高い」というよりも、「語学に秀でている⇒自分に自信がある⇒コミュニケーション能力が高く"見える"」という関係だと思います。

言語が話せても、ライトなコミュニケーションは取れますが、深い議論はまず出来ません。なぜなら、言葉の解釈は無数に存在し、相手と自分でその言語に対する共通理解の解釈体系が存在しないと、いちいちすべての言葉を解説しながら議論しなければならないのです。長年住んでいる国の人や、一緒に仕事をしている仲間となると、その体系が出来上がっているので、深い議論ができる「手段」を持っていることになりますが、結局「言語を話せる」程度では、本当にコミュニケーション能力が高いのかという観点では意味がないんです。




次に、ここに「ラポール」が築けているかという観点が入ります。相手とラポールを築けていると、相手の話が心地良く、すーっと理解できるようになります。ラポールが築けている相手とは、無意識的に喋り方や仕草が似てきます。簡単に試す方法は、カフェだったらドリンクに手を伸ばしてみるとか、足を組み替えてみるとかですかね。まあその辺はまた今度書くとして、ラポール築けていない人には、それを築く必要がある、例えば「論理的に考えてどう考えても相手が言っていることがおかしい、という状況においても、共感の言葉を述べる」ことが「手段」として必要だということを覚えておきましょう。




そして最後、ライトなコミュニケーションを取って協調的関係を築きたいのか、深い議論をして相手を論破したいのか、その会話から共創的に何かを生み出したいのか、その「目的」によってもコミュニケーションは変わってきます。特に論理性は、競争と共創(論理性に加えて創造性も必要)においては非常に重要な「手段」となります。

しかし、特に友人や初めて会った人と協調関係をメインで築きたい時に論理でコッテコテの発言をされてもひいてしまいます。またビジネスのシーンにおいても、ただ相手に論理的に発信すればいいというわけではありません。相手がそれを理解し、納得し、コンペのプレゼンの場合はそれを「やりましょう!」と言ってもらわなければならない。なので、「共感」や「論理性」を「手段」として捉え、どのようなコミュニケーションを取るかをシーンごとに使い分けることが出来るのが、本当のコミュニケーション能力の必要条件となります。




すべてをごっちゃにして「コミュニケーション」と言ってしまっているから、混乱が生じるんですね。だから例えば一部を切りだして、「私はどんな相手でも始めの3分でラポールを築き、プライベートな話をできるくらい仲良くなることが出来ます。」とか「会って1時間以内で共創的で有益な議論をすることが出来ます。」と言うことができれば、ビジネスシーンにおけるコミュニケーション能力が高いと判断できるかもしれません。(これが本当かどうかはその面接の中で同時に証明すればいい。)





3,コミュニケーション能力が必要な3つの理由


さてさて、今日は激しく長いですが、ここからが本題「なぜコミュニケーション能力が必要なのか」です。ここで述べるコミュニケーションは、上図の分類で行くと協調関係を築くためのものです。僕が思うその3つの理由は以下です。


1、印象形成
2、意思疎通
3、自己認識





1、印象形成



コミュニケーションの力によって、相手にどう見られるかが決まります。ここまで読んだ人はわかると思いますが、コミュニケーションとは、相手に対して発した言葉だけではなく、立ち居振る舞いや身振り手振り、表情などすべての総合です。ファーストコンタクトの際の"立ち居振る舞い"によって第一印象が形成され、その後話しをしていく中で第二印象が形成されます。

ここでクオテーションマークを敢えて付けて"立ち居振る舞い"と言ったのは、最近では第一印象がソーシャルメディア上で形成されることが多くなったからです。ソーシャルメディア上でどのように立ち居振舞うかで、その人の第一印象が形成されてしまう事になります。

よって、実世界でどのようなコミュニケーションを取るのかに加え、ソーシャルメディア上でどのようなコミュニケーションを取るかが、あなたの印象形成に大きく関与することになります。


相手からいい印象や強い印象を持たれると、「この人と話したらすごく落ち着く」「何かに迷ったらこの人」「あの人にもこの人を紹介したい」「この人と一緒に仕事がしたい」などなど、その後相手の方が何かしらの選択をするときに、あなたのことを選んでくれる可能性が高くなります。それが、さまざまなチャンスへとつながっていくのです。




2、意思疎通



自分が伝えたと思っても、相手に伝わってなければ意味がありません。自分で納得していることでも、相手が納得してくれないと意味がありません。その辺をうまく意思疎通していくためには、コミュニケーションが簡潔で、論理的である必要がありますが、もっとも大切なのは、ラポールの関係を築くことです。

本当の意味でのラポールの関係を築くためには、ストレートに自分を表現していく必要があります。なぜなら相手も無意識的ではありますが、あなたとラポールを築こうとしてくれていますが、しかし建前上のあなたを目の前にすると、何に対してラポールを築けばあなたにとって心地いいかが分からないような状態になる(「無意識」は非常に鋭い)ため、コミュニケーションをいくら取り続けてもラポールの関係は築けません。

意思疎通が取れ、自分が言いたいことを言うとそれに「心の底から」共感してくれる人がどのくらいいるのか、表面上の意識的なラポールではなくて、無意識的なラポールを築けている人がどのくらいいるのか、自分の味方と呼べる人が周りにどれくらいいるかが、自分が何か事を成したい時に、「あいつが言うなら間違いない」と言って協力してくれる人がどのくらいいるかに関わってきます。


※極端な話をいうと、仲の良い夫婦や親子という最もラポールが築けている関係に人たちは、意思疎通どころか行動や仕草まですべて似てくるようです。上の写真は睡眠時というもっとも無意識が強く働くときに、全くおんなじ格好で並んで寝ているイヌの写真です。




3、自己認識




コミュニケーションができるというのを突き詰めてみると、自己表現が上手いということであり、自己表現が上手いというのは、自己認識がはっきりしていることになります。自己認識がはっきりしている人は、自分自身と意思疎通が出来ているということであり、つまりは自分との対話が上手いのです。

よくあるのが、「誰かと話していると自分の考えがまとまる」みたいな感覚で、他人とコミュニケーションをしている中で、自分に対してもコミュニケーションを取っているのです。自分自身と対話するのが上手くなると、自分一人で自分の企画にフィードバックを入れられるようになったり、自分一人でブレストが出来るようになります。

自分一人である程度クオリティの高い仕事ができ、かつ自己認識がしっかりしている人は、発言に安心感とパワーがあり、人から頼られる存在になります。






さてさて、ずいぶんと長く述べてきましたが、最後はコンパクトにしました。僕自身がここで述べているようなことを出来ているかといったら疑問ですが、これを念頭において日々精進していきます。みなさんにとっても何かしらの気づきや参考になれば、これを書いている6時間くらいが無駄にならずに済ますww

なにか思うところがあれば、以下にコメントしといてくださいね(・ω・)





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