イーハトーヴ交響曲を終えて

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イーハトーヴ交響曲花巻公演、合唱指揮で参加しました。

私の音楽人生において大きな財産なった公演。

しばらく冨田サウンドが頭から離れないなこりゃ!!

かなり長くなりますが、記録も兼ねて書いてみます。



6月1日
出張のため上京した従兄弟と呑む。その席で花巻でイーハトーブ交響曲をやること、合唱団は地元中心に集めることを聞く。「そんなに簡単なことじゃないよ」と言ったな~。そして核になるプロを数人いれるべきと進言。

7月10日
親父とやるリサイタルの準備のため盛岡へ。急遽花巻市役所の担当から親父にSOS。すぐ花巻へ向かい打ち合わせ。男声8名入れることに。

8月3日
大友先生冨田先生がいらしての練習会。正直酷かった。技術的なことよりも、合唱団として何がしたいのか方向性が全く見えない歌。何となく集められて何となく歌ってる。

レッスン終了後、挨拶する時間をいただく。「初音ミクだけでも注目されるのに、イーハトーヴと名のつく曲を花巻でやる。世界中が注目するコンサートですよ!」

何故か一部から笑いが起こる…


8月17日
正式に合唱指揮を依頼されての最初のレッスン。大友効果か前回よりはいい感じ。初演の合唱団に比べると平均年齢が高い分、技術的にも団としてのまとまりも劣る。花巻でしか出来ない音楽。やはり精神。心しかない。

と、気合入れてレッスンしてるとスーっと列から抜けて帰る人が…花火だからか?(^_^;)

8月18日
半数の方は目の色が変わってきた。もちろんサウンドも。子ども達は一気に良くなった。

8月24日
一度東京に戻り、この日から本番まで岩手滞在。
子ども達の集中力が全く無い。大人を交えての時間帯にやっとエンジンがかかった感じ。

「カンパネルラ~」「ジョバンニ~」

ここで泣きそうになった(^_^;)手応えあり。

8月25日
ホールのスタッフさんに協力いただき、演奏を録音して→それを聴き→自らダメ出しをさせることをやってみる。

まだまだこんなもんなのか…

団員さん達はそんな表情。本番まであとわずか。やるしかない。

8月27日
マエストロ稽古。のはずが、予定の時間に大友先生現れず!!待ってるのも何なので私の指導でスタート。

ホールの響きが良かったこともあるのか、素晴らしい演奏。そんなこんなしてるうちに大友先生到着。

「よくぞここまで仕上げてくれましたね!!」と大友先生。ホッとしたわ~

「せっかくこれだけの演奏が出来るのだから、もうひとつ高いレベルを!やっぱり花巻が最高だったと言わせたい!」大友先生は3日の時点で諦めていたのかもしれない。が、この日は違った。今まで何度も共演(と言ったら大げさだけど)してるが、これほどまでにアグレッシブな大友先生を見たのは初めて。

マエストロ稽古のあとに若干の確認。そこでブチ切れた私(-.-;)y-~~~

ダメなもんはダメ。

8月28日
オケ合せ。冨田先生も会場に。
終了後ご挨拶に行くと終始笑顔。特に奥様が「言葉のひとつひとつが心に響きました。初演とは違う、花巻だからこその合唱ですね。自然と涙が出ました」と。ちゃんと伝えられた様子。

オケもさすが。コンマスの高木さんとは過去に一緒になった事がある。挨拶がてらその話をしたら盛り上がりまくりで( ̄▽ ̄)ここにもご縁が。

8月29日
本番当日。子ども達の「たねやまがはらの~」のひと声で、この公演は成功すると確信。あとは客席にどう伝わったか…

イーハトーヴ交響曲終了。

スタンディングオベーションでの熱烈な拍手とは違う、じっくりと、しかし大きく鳴り響く拍手。まさにイーハトーブの大地を流れる風の如し。

お客様にも伝わった証。そう感じた…



翌日助っ人メンバーを乗せて盛岡へ。途中岩手山を望む場所で「岩手山の大鷲」がカーステから流れる。

本番の感動を噛み締めながら、黙ってついてきてくれた合唱団の皆様、スタッフの皆様、そして大友先生、冨田先生への感謝を感じながら、運転中にも関わらず涙数行下る。

車を置きに実家へ。満面の笑みで親父が出迎える。多くの方から公演の成功の報告があった様子。

私がこんなにも素晴らしい経験が出来たのは「太田代の息子」だからこそ。花巻東からのイーハトーブ交響曲。音楽における花巻の熱い夏に、親子共々参加出来たわけだな。

政男さん、あんたの息子で良かった。

感謝します!!

あ、これはコバケンの台詞か…

どんと晴れm(_ _)m
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