2011-03-17 05:19:58

「四川大地震被災者から被災地へのメッセージ(3月27日更新)」

テーマ:東日本大震災復興支援活動

「四川大地震被災者からの応援メッセージを被災地へ届けよう!」

*こちらの記事は四川よりメッセージが届くごとに更新していきますので、ブログ、ツイッターなどで情報発信していただく際は記事URLを貼り付け発信していただけますようよろしくお願いいたします。
記事URL:http://ameblo.jp/masanori0615/entry-10832916212.html

自転車旅人の西川昌徳です。

僕は2008年5月12日に発生し、約10万人の犠牲者を出した四川大地震が起こった
中国四川省にて5ヶ月間仲間達と共にボランティア活動をしました。

そこには世界各国の支援団体をはじめ、多くのボランティアが集まりました。

中国を旅していた旅人が集まりました。中国留学していた学生が集まりました。
日本からも多くのボランティアが駆けつけました。

2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。

四川で共に活動したメンバーも仙台で被災しました。

兵庫県姫路市にいた僕は、神戸の震災支援団体になんとか僕も現地に連れて行った欲しいと連絡を取りましたがその想いは叶いませんでした。

TVニュースから流れる被災地の光景を悲痛の思いで見つめながら
「今僕にできることはないのだろうか・・・」ともどかしい思いで過ごしていました。

この状況で四川で一緒に活動したボランティアメンバーも同じことを考えていました。

「自分たちにできることはないのだろうか。自分たちだからできることはないだろうか」

そんな状況の中メンバーのひとりが僕に電話をくれました。

「震災で同じ痛みを経験した四川の人々から、東日本大震災の被災者の方々への応援メッセージを届けることはできないだろうか」

この言葉からこのプロジェクトは動きはじめました。

現在も四川省に滞在している日本人の皆様、ボランティアをされていた中国のかたにメッセージを集められないか連絡を取り、サイトで掲載していただいたところ

「TVで被災地のニュース映像を見ながら、ずっと何かをしてあげたくてたまらなかった!是非とも自分たちの声を日本に届けて欲しい!」

と多くの四川大地震で被災された方々からのメッセージが届きました。

これらのメッセージは四川大地震を機に結成された「四川ボランティア友の会CODE支援チーム」のメンバーのうち現在も四川省成都に滞在されている日本の方々が主体となり、日本語ができる中国の方々の支持も頂いて日本語に翻訳され僕のもとに届 けて頂いております。

これから掲載する四川大地震被災者から東日本大震災被災者へのメッセージは
四川地震でも復興支援活動をしていた神戸のNGO「CODE・被災地NGO協働センター」の協力をいただき、メッセージをプリントアウトしたものを被災地避難所にて掲載していただくことになっています。

*この記事は四川からのメッセージが届くごとに随時更新していきます。

現在も避難所で不安を持ちながら生活されている被災者の方々にこれらのメッセージが届くよう、どうか一緒に活動したボランティアメンバー、そしてこのブログをご覧いただいている皆様のご協力をいただければと思っております。

ツイッター、メール、ブログ何でもかまいません。

どうか皆様のご協力よろしくお願いいたします。

四川大地震被災者から被災地へのメッセージ
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(3月27日更新)

(写真提供無し)

氏名:廖達均 男性 年齢:20代

住所:中国四川省徳陽市綿竹市

被災背景
この方の背景:実家は田舎にあり、父、母、と彼の三人家族です。
彼が年画(中国の伝統的民間絵画)を描く事と農作業で生計を立っていたが、地震ですべてを失っていました。元々苦しかった家計が家の再建でさらに圧迫されました。
しかし、命がある限り、すべては最初からやり直せると彼が思ったのです。
彼は年画の仕事を続きながら、家の再建を手伝い、現在は、元の生活通りに戻りました。

メッセージ原文
祝愿日本灾区的朋友们早日走出灾难和失去亲人痛苦的阴影,祝愿灾区早日恢复平静。我们生活在同一个世界,同一片蓝天,我们更是亲近的邻居。灾难虽然夺去了我们的亲人,但夺不去我们的希望。天灾是无情的,但人类永远是坚强的。在这里我沉痛地悼念遇难同胞。我为邻国的日本朋友祈祷,为你们加油。相信再大的困难,一切都会成为过去的,愿灾难面前的朋友们坚强!你们的中国朋友。

(日本語訳)
日本の地震被災者の方々が一日でも早く災害と親族を失った苦痛から回復し、被災地が一日でも早く元通りに戻るよう祈っております。
我々は、同じ世界、同じ青空の下で生活しており、さらに、良い隣人でもあります。
災害は、我々の親族を奪っても、我々の希望を奪うことができません。
自然の災害は非情ですが、人類は強く生きていくのです。
ここでは、災害で命を失った同胞を心のから弔います。
日本の被災者へ祈り上げます。友よ、頑張ってください。困難は必ず去っていきます。
友よ、災害を前に、より強くなってください。
中国の友人より。

(3月22日 李氷提供 孫明遠訳)

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(写真提供無し)

氏名:李加英 女性 年齢:30代

被災背景
農村の女性で、夫と小学生の娘がいます。
地震の前は、彼女が縫製工場で働き、普通の生活を送っていましたが、地震で、運命は変わりました。
震災後、彼女はすぐに全国各地から来たボランティアと一緒に活動し、臨時教員として、2ヶ月間被災地の子供たちの教育に没頭しました。
彼女の真剣さと情熱に心打たれた友達の推薦で、彼女は被災地で活動をしている支援組織のインターンシップとして働くことになりました。
現在、彼女はこの慈善組織の小額融資部門の責任者を勤め、必要のある人に融資を提供しています。
彼女の努力で、500人が800万元(人民元)の融資を獲得しました。
人の助けができるから、現在の仕事にすごく満足していると彼女がいっていました。
現在、彼女の新居工事が終了し、夫も良い仕事に勤め、娘も幸せと言っています。以上は彼女からの日本の被災者へのメッセージです。彼女が、あんまり教育を受けていないため、話が下手だと言っていました。

メッセージ原文
日本灾区的朋友们,你们好!
我是四川5.12大地震的幸存者,可怕的大地震摧毁了我们的家园,夺走了我们亲人的生命,加上大地震当时潜在的危险(大的余震、山洪暴发、瘟疫等等)使我 们感觉到世界末日来临。但震后各界爱心人士的到来,给我们安慰给我们帮助,让我们看到未来的希望。地震后我家房子全部倒塌,亲人去世,当时也非常消极。而 全国各地爱心人士、国际友人最快地赶来支持和帮助我们,他们给了我希望,让我站起来,一起去鼓励其他受灾的人们勇敢地面对、树立生活下去的勇气。
灾后三年我们这边已经是一片新面貌,人们安居乐业,一切都恢复得很好。
日本受灾的朋友们,勇敢地站起来面对一切困难,相信一切都会好起来。中国有句俗话:大难不死必有后福,相信明天会更好。


(日本語訳)
日本地震被災地の皆様
私は四川大地震の被災者で、生き残った者です。
あの怖い地震が、私たちの家から親族の命まで奪い、余震、土石流など二次災害をもたらしました。その時「この世の終わりだ」と思いました。
震災後、各国の友人が私たちに支援の手を差し伸べてくださり、生きる勇気をくれました。
お陰で、私たちは、未来への希望を見つけることができました。
地震で、私の家が破壊され、親族がなくなり、私はすごく落ち込んでいました。
中国各地のボランティア、国際友人がすぐに来てくれて、助けてくれました。彼らが、私に希望をくれて、立ち直させてくださいました。
私も、他の被災者を支え、一緒に頑張って、生活をしていくよう励ましていました。
あの震災から3年が立ち、私たちは元の平穏な生活に戻り、幸せに生活をしています。
日本の被災者の皆様、勇気を持って、困難に向かってください。
すべては、必ず良くなっていくのです。
中国のことわざがあるように“大難の時に死なない限り、将来は必ず幸せなことがまわってくる”。幸せな明日はきっと来ます。

(3月22日 李氷提供 孫明遠訳)

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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:周慶 女性 年齢:20代

住所:中国四川省什邡市

被災背景
四川大地震の時、彼女は高校三年生でした。
大学入学試験のために頑張っていた際、地震に襲われました。
震災後、町には救援者たちが集まり、世界各地からテント、医薬品、食品などの物資が届かれ、有名芸能人のチャリティーライブもありました。
彼女は感謝の気持ちを込めて、一生懸命努力した結果、現在は大学に入学し、英語のみならず、日本語を学ぶ事も考えています。

メッセージ原文
记得当2008年汶川大地震发生的前一分钟,我都还是在为理想奋战的高三学生。当整栋教学楼都开始晃动的时候,我突然觉得整个世界都崩溃了。我看到我的梦想在一点点的崩溃。突然开始绝望,我是不是就没有未来了呢?幸运的是,幸运女神再次眷顾了我,她不仅给了我第二次生命,也给我们灾区的人们带来了来自祖国与世界人民的关怀,给大家突然暗淡的生活带来了光亮。大家再次感受到了生的喜悦,开始变得更加乐观,积极地投入灾后重建工作之中,因为大家觉得,既然死神都没能带走我们,那还有什么能打倒我们呢?现在,家乡在地震中涅槃重生,已经变得美丽迷人。而我,也在很多人的帮助下重拾梦想,进入了大学继续我未完成的梦,我又有了未来。其实,地震不可怕,只要我们不言弃,不放弃,未来总会是一片晴天的。

(日本語訳)
2008年四川大地震発生前の1分間をはっきり覚えています。
当時、私は理想の大学に入学するために奮闘している高校三年生でした。
学校の建物が地震で揺らされているときは、世界が崩壊するだろうと思い、夢が少しずつ崩れていくのが見えました。
それは私にとって絶望でした。
私の未来はなくなったと思いました。
しかし幸運の女神が微笑んでくれて、私に第2の人生、及び全国、世界各地の友人の助けをもたらしてくださいました。
彼らにより被災者の暗い生活に光が灯りました。
私たちは、再び生きることへの喜びを感じ、より楽観的、積極的に復興活動をはじめることができました。
死神が私たちを倒すことが出来なかったから、他の何にも倒されないと思えるようになりました。
現在は、私たちの故郷は生まれ変わり、より美しく魅力的なところとなりました。
そして私も、多くの方の助けにより未完成だった夢を叶え、未来へ向かって大学で頑張っています。
地震は怖くない。絶対に諦めない。未来の生活には、青空が待っています。

(3月13日 孫明遠訳)
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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:彭廷国     性別:男性    年齢:60歳

住所:中国四川省北川県香泉郷光明村

被災背景
家屋がいくつも倒壊した村でたったひとつの診療所、この村にひとりしかいないお医者さんです。
長年の貯金でやっと建てた新築だった自宅が地震であっという間に倒壊したショックで、一時は地震で死んだほうが良かったとまで家族に洩らしましたこともあるそうです。
自分や家族の事だけでも精一杯なのに、そういった内心の事情を打ち明けることなく、たったひとりの医者として立派に地震で怪我をした村人の治療に当たりました。

応援メッセージ原文:
第一个;我是汶川大地震受害者,是你们的朋友,灾难不可怕,信念最宝贵,朋友加油,支持你们!
第二个;虽然我们远隔千山万水,我们心心相连,朋友抬头挺胸站困难,我们永远支持你们!加油!
第三个;老天无情人有情,朋友困难终会过去,美好很快到来!

(日本語訳)
1. 私も四川大震災の被災者であり、あなたがたの友達です。災難を恐れずに、信念を貫いてください。友達よ頑張れ。私はいつまでもあなた達の事を応援しています。

2. 遥か遠い場所に離れてはいるものの、私達の心は繋がっています。友達よ、頭をあげて胸を張って困難と闘いましょう。私達はいつもでもあなた達の事を応援しています。頑張れ。

3. 自然というものには感情がないかもしれないけれど、私たち人間は「情」を持っています。辛い時期はいつかは終わります。幸せな毎日がきっと戻ってくる日が来ます。


(3月13日執筆 植田麻紀訳)

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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:松柏     男性    年齢:20代

住所:中国四川省アバ州日隆鎮長坪村,四姑娘山ふもと

被災背景
四姑娘山という日本からも沢山の登山家が集まる美しい山のふもとで、登山グループのコーディネートをするのが彼の仕事。
普段から日本の方とはよく往来があります。
地震で彼の家は倒壊したほか、地震で道が寸断し観光客が訪れないという被害を受けました。
このため収入源が途絶えたこの村の村民達は今でも昔と違った静かな生活を送っています。
道が舗装されて開通すればすぐに再び旅行客で賑わう村となる事でしょう。

応援メッセージ原文
我是一个亲身经历过512汶川大地震的人,之前我从来没经历过地震,所以当时真的不知所措,后来回到家一看眼前的一切顿时让我目瞪口呆了天那地震。今天我在电视看见了又一次日本地震,顿时让我心疼,想起512汶川地震时的我们,就能想到现在日本友人的心情。在这自然灾难前我们希望日本朋友站起来,在世界人民的关心下重建你们的新家园。日本加油!

(日本語訳)
僕は2008年5月12日四川大地震をこの体で経験しました。
それまでは地震なんて経験した事がなかったので、発生当時はどうしていいか分からなかった。
家に帰って目にした被害の光景には唖然として言葉も出てこなかった。
今日、日本で地震があったのを知って、僕は本当に胸が苦しい。
2008年5月12日の地震の時の自分達を思い出すことで、日本のみんなの今の気持ちがとてもよく理解できるから。
今回の自然災害に負けずに、日本の友達に元気になってほしい。
世界の人々から見守られながら、また新しい街づくりをしてほしい。頑張れ日本!

(3月13日執筆 植田麻紀訳)

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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:明亮    男性    年齢:50代(写真上段真ん中)

住所:中国四川省アバ州日隆鎮長坪村,四姑娘山ふもと

被災背景
四姑娘山という日本からも沢山の登山家が集まる美しい山のふもとで、宿を経営しており、またこの村の村長でもある。息子が日本に留学しています。
地震で家は倒壊したほか、地震で道が寸断してしまい観光業は大打撃を受けました。
このため収入源が途絶えたこの村の村民達は今でも昔と違った苦しい生活を送っています。
道が補修されて開通すれさえすればきっとたくさんの観光客が戻ってくるでしょうに・・・。

応援メッセージ原文
坚强,不要放弃,虽然恶梦突然袭来,无数生命被掩埋,人间有大爱!我们也是经历汶川512地震的幸存者,我们闻知日本311大地震,牵动着我们的心。坚信,坚强!坚强,再坚强!人间有大爱。

(日本語訳)
あきらめないで、頑張って。悪夢は突然やって来て無数の生命を奪っていく。
でも、私たち人間には「愛」がある。私は四川大震災で幸運にも生き延びることができました。
日本の大地震を聞いて心が落ち着きません。人間には愛があります。
どうか信じる気持ちを忘れないでください。

(3月13日執筆 植田麻紀訳)

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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:彭開富    男性     年齢:50代

住所:中国四川省都江堰市

被災背景
メッセージに書かれている3人の家族とは奥さん、ひとりっ子だった娘さん、また義理の妹さんです。
地震前はアパートに奥さんと娘さんとの3人暮らしでした。
そんな悲しみに暮れてもしょうがないような境遇のなかで支援活動に励み、政府から表彰を受けました。

メッセージ原文
亲爱的日本朋友:惊悉日本连续发生强震并引起海啸等灾难,遭受重大人员和财产损失,我深表同情。在08年5’12汶川特大地震中,我家房屋倒塌,三位至亲遇难。在那次灾难中,我得到多名日本朋友的帮助,我会永远牢记并感谢他们!如今日本遭遇灾害,我对所有的日本朋友表示最诚挚的慰问,并祝他们好人慰问,并祝他们好人一生平安!愿坚强的日本人民早日战胜灾难!重建家园,迎接新的更美好的幸福生活!

(日本語訳)
親愛なる日本の友達へ。
度重なる地震、また大地震が起こした津波、これらの災難を聞いて本当に驚いています。
この地震で多くの方が犠牲になった事、また多大な経済損失が生じた事に深い悲しみを感じています。私は2008年に起きた5・12四川大地震で自宅が倒壊したばかりか、3人の家族を失いました。
この災難の中で、私は多くの日本の友達に助けてもらいました。
彼らへの感謝の気持ちは永遠に私の胸にしっかりと刻まれています。
日本がこのような深刻な被害にあい、心よりお見舞いを申し上げます。生存者の方々がまたこれから平穏に暮らせるようになることを祈っております。
日本の方々が一日も早くこの苦難を乗り越えられますように。
町を築き上げ、次なる幸せな暮らしを一刻も早く迎えられますように。

(3月13日執筆 植田麻紀訳)

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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:謝村長    男性    年齢:50代

住所:中国四川北川県香泉郷光明村

被災背景
この村のほとんどの村人と同じように農業で生計を立てています。また彼はこの村の村長でもあります。この村のまとめ役として、震災後の村の問題処理に追われる一方、政府の指示を村人に伝えるという仕事にも努めてきました。

応援メッセージ原文
日本朋友你们好。我们是汶川大地震受灾最严重的灾区。我们在电视上看见你们日本地震。日本朋友雄起,一定严坚强。当时我们地震的时候房屋全部倒了,所以你们要坚强,有社会各界的朋友支持,一定会建好你们的家园,要好好的活下去。

(日本語訳)
日本の友達よ、こんにちは。私達は四川大地震で最も被害のひどかった被災地に住んでいます。
今テレビで日本の地震の被害を見つめています。
日本の皆さん立ちあがれ!しっかりと自分をもって!四川の地震では私の家も全壊しました。
だから皆さんにも頑張ってほしい。世界の友達が日本を応援しています。
あなた達の町を復興し、しっかりと生き続けられることを願っています。

(3月13日執筆 植田麻紀訳)

---------------------------------------------------------------------------------ぼくの「地球」を走る旅

氏名:鐘思其    女性   年齢:20代

住所:中国四川省徳陽市綿竹遵道鎮

被災背景
彼女は飾り刺繍の職人さんです。
多くの方が亡くなった地域に住んでいる彼女は、被災で子供を失くしたショックで家に引きこもりぎみだった夫人方を連れ出し、みんなで一緒に刺繍をして被災者同士慰め合うという場を作り出しました。
そんな彼女の行動は悲しみにくれる人たちにとってどんなに大きな心の支えになった事でしょう。

応援メッセージ原文
亲爱的受灾日本朋友,我是08年5.12四川大地震中国灾民,11日看见日本大地震,很震惊,很难过。这让我想起我的家乡地震时的恐惧和害怕。当时我的亲人也有去世的,我和无助,很害怕,好像世界末日了,前途也是一片黑暗。但是后来我还是坚持了过来,因为经过这么大的灾难,我们还活着真不容易,虽然家园没有了,财产没有了,可是我们活着,这就是希望。为了我们的亲人和朋友,为了已经离开我们身边的人,我们要坚强。亲爱的受灾日本朋友,我们一起加油,还有很多的朋友会支持你们,关心你们,虽然我们相隔很远,可是我们的心紧紧在一起,我能体会这一刻你们的心情和无助

(日本語訳)
親愛なる日本の被災者の皆さんへ。私は中国の5・12四川大地震の被災者です。
11日に日本で大地震があった事を知って震えあがりました。とても辛くなりました。
私の故郷が地震にあった時と同じ恐怖感に襲われました。当時私は身近な人を失くしました。
辛くても何もできずつらい思いをしました。まるで世界の終わりが来たようでとても怖かった。
あの頃は未来も見えず暗い闇の中にいました。でも、それからも何とか生きてきました。
なぜか分かりますか?私はあんなに大きな災害で生き残ったんです。
家はなくなり、財産もなくなったけど、私はまだ生きている。いつからかこれは一つの希望なんだと思うようになりました。
亡くなった身内と友達の為に、私のそばを離れて行ってしまった人の為にも、負けてはいられない。
親愛なる日本の被災者の皆さん。私達は一緒に頑張りましょう。
他にも沢山の友達が皆さんを応援し、支えてくれます。
私達はこんなにも離れているけど、気持ちはしっかりと結ばれています。
それは私たち元被災者には今現在のあなたがたの心境、辛い気持ちがよく理解できるからです。

(3月13日執筆 植田麻紀訳)
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*このメッセージは四川地震でボランティア活動をされていた市川君の友人の陳さんが翻訳されたメッセージです。
ぼくの「地球」を走る旅

前列の四人女の子とも、2008四川地震で足をなくなってしまいました。
でも、もっとたくさんの人々と同じように、楽観で自分の新たな人生の挑戦に向かって、笑いながら歩いています。
その写真は私がボランティアやった時、皆様と一緒に撮った写真で、昨日、女の子達と連絡、今度日本地震の応援メッセージを書いてお願いしました。
彼女達が今ちょうど高校三年生で、勉強がとても大変ですが、すぐメッセージをくれました。
 メッセージは中国語で書きまして、日本語を訳して、写真に入れました。


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*このメッセージは四川地震でボランティア活動をされていた市川君の友人の陳さんが翻訳されたメッセージです。

ぼくの「地球」を走る旅

女の子は郭冬梅という子です。
地震した前に、成績が年級で三位以内。地震でお尻以下の足、全部なくなってしまった。しかし、彼女がすごく楽観、積極的に治療、繰り返して恢復手術を何回も受けました。その痛さは本人しかないわかると思います。
でも、毎回彼女と会う時、笑顔をしながら「V」という手振りで皆様と挨拶します。
今高校三年生の彼女、相変わらず成績が優秀、三位以内です。
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ぼくの「地球」を走る旅
(メッセージに写真が添付されていないので四川ボランティアの写真を掲載します)

氏名:賈超   男性   年齢:20代

住所:中国四川省徳陽市綿竹

被災背景
まだまだ若い青年ですが、地震の被害の大きさに胸を痛め、震災後生活に苦しんでいる周囲の農民の為に何かできないかと支援センターを開きました。新しい技術を提案し地元の農業の活性化に励んでいます。

メッセージ原文
灾难,让我们更加坚强更知奋进。没有什么大不了,一切都会过去。亲爱的日本朋友,我们相信你们的明天会更美好。加油啊!不要放弃。

(日本語訳)
災難とは、私達を強くさせ成長させるものです。悲観的にはならないで…。
全ての物事は過ぎ去っていきます。親愛なる日本の友達よ。
私達はあなた達の明日がより素敵な一日になると信じて疑いません。頑張ってね。諦めないで。


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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:周楊    女性   年齢:20代

住所:中国四川省什邡市

被災背景
地震当時は高校三年生で、大学受験の準備をしているときに四川大地震が起こり被災しました。

メッセージ原文:
亲爱的日本朋友你们好,我知道你们现在正经历着平时连想都不会想到的苦难,觉得生活陷入了从未有过的混沌中,甚至对生活失去了信心,但是请相信一切都会过去,都会归于自然,生活的美好在等着你们,这不是空话,而是我的真切体会。
三年前的汶川大地震依然记忆犹新:停电停水,与外界的联系中断;气温突降,噩耗不断传来,还听到有关于洪水瘟疫的传闻。当时我很恐惧,觉得不知道明天会发生什么事。因为在家什么都没有干,所以就不断的去想那些可能会发生的灾难,这样就越来越害怕。最后,通过收音机,我了解了这次地震的情况,知道医院和市区缺志愿者,就和同学一起去了医院当志愿者。看到那么多人为生命在努力,那么多志愿者(甚至他们只有几岁)在为不认识的人忙碌着,我感觉到了希望,当时心里有种说不出的温暖。我加入了那个队伍,搬运药品、大米,洗菜,打扫卫生------我们都干,在这一过程中,我逐渐对生活又有了信心。
现在我已经上大三了,我们一家也都搬进了新房子,我的家乡也在这三年里逐渐恢复了发展。我深切地希望日本朋友也能从地震的灾难中走出来,相信人与人之间的大爱可以战胜一切。愿逝者安息,生者坚强。

(日本語訳)
親愛なる日本の皆さんへ。
皆さんは今現在通常ではとても思いつかないような苦しさを体験されていることと思います。
毎日の暮らしがこれまでに経験した事のない混乱に陥っているのではないでしょうか?
生活に希望が持てないかたもいらっしゃるのではないでしょうか?
でも、いずれこのことが過去となる事を信じて下さい。全てが普通の出来事になり、明るい未来が待っています。これは嘘の話をしているのではありません。私が身をもって体験した本当の話です。
三年前四川大地震の記憶は今でもはっきりと残っています。
外の世界と遮断され気温が突然下がり、悪いうわさが飛び交うばかり。
更に疫病が伝染するとか洪水が来るだとか…。その時の私は怖くてしょうがなかった。
明日またどんな災難が起こるのかと怯えていた。自宅にいて何もできないから、次はどんな災いが起こるのか等と悪い事ばかり想像して余計に怖くなりました。
数日経ってやっとラジオで地震の状況を知り、病院にボランティアが不足している事を知りクラスメイトと一緒に病院へ向いました。
そこで私が見たのは、たくさんの命を救おうと精一杯がんばっている人達でした。
沢山のボランティアの人達(10歳にも満たない子供まで)が見知らぬ他人の為に必死になっていました。そこで私は希望と心に言葉ではあらわせないあたたかさを感じた。
私はボランティアとして薬品やお米を運んだり、野菜を洗ったり掃除をしたり、何でもやりました。
この過程の中で私は生きることに自信を持つことができました。
私は今は大学三年生です。
家族は新しい家に引っ越し、私の故郷も少しずつではあるけど復興してきました。
日本の皆さんも地震の深い悲しみからまた前を向いて歩きだしてくれる事を切実に祈っています。
人と人との間には愛がありそれが何にも勝る事を信じてください。
亡くなった方々には安らかなる眠りを、生き残った方々には強い心を。

(3月15日執筆 植田麻紀訳)

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ぼくの「地球」を走る旅
(メッセージに写真が添付されていないので四川ボランティアの写真を掲載します)

氏名:劉洛辰   男性  年齢:22歳

被災背景
地震が起きた時は大学二年生でした。当時四川省眉山市彭山県にある学校にいて、地震後は安全の為全校生徒が運動場に集められ夜を明かしました。
被害が少なかったものの、生活が不便になり、心理的なプレッシャーを感じました。
精神的に焦って、常に余震が起こる心配をしていました。でもそのうち時間がたつとともにそれにも慣れてきました。

メッセージ原文
08年,汶川地震的伤痛还未淡去,11年3月11日,地震又无情的侵袭了美丽的日本。作为一个曾经遭受过汶川地震的四川人,我很清楚的理解现在身处日本灾区的朋友们担心、惶恐的心情。但是请相信,只要还活着,就能创造更美的家园,更加灿烂的未来。作为一个学日语的中国学生,很惭愧没有学的很好。但是,一直希望自己能够做好中日友好往来的桥梁。绝大多数的中国人对于此次日本遭受的高达九级的地震,更多的是同情。同时,对于日本民众在地震发生后仍然井然有序的高素质表现,表示赞赏和钦佩。 所以 ,日本 , 请加油!

(日本語訳)
08年の四川大震災の傷も冷めやらぬ11年3月11日、再び大地震が起きました。
この地震は美しい日本を襲い見るも無残な姿に変えました。四川大地震を経験した一人の四川人として、今日本の被災地にいらっしゃる皆さんの不安と恐怖が手に取るように理解できます。
信じてください。生きてさえいればきっとまたきれいな家と、輝かしい未来を築くことができます。
僕は日本語を勉強する学生ですが、残念なことにそれほど日本語が上手ではありません。
僕はずっと自分が日中友好の懸け橋になれるよう望んでいます。
多くの中国人が今回の日本の災難を見て心を痛めています。
中国政府も皆さんの地震発生後の冷静で落ち着いた対応を褒め称えています。
日本の皆さん、頑張ってください。

(3月15日執筆 植田麻紀訳)

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ぼくの「地球」を走る旅
(メッセージに写真が添付されていないので四川ボランティアの写真を掲載します)

氏名:李思涵   女性  年齢:20代

メッセージ原文
那时候我高三。
我不知道你们了不了解中国的高考,那是几乎决定人下半生的重要考试。地震后三个月,除了漫天重建的灰尘,还有我面对高考成绩几近绝望的心。我心里很清楚,若不是地震,我的高考分数不会这么低。
我以为我的人生被地震毁了。可是站在三年后的时光里回望,我才看清,不过是被海啸冲向了人生的另一端轨迹而已,并没有我想的那么糟糕。房屋不能住了,可以有新的。
道路被毁了,可以修更好的。身边那些失去亲人的同学,也渐渐走出阴霾,有了笑脸。
什么是不可能的呢?没有。
这场灾难让我们这个因地震四分五裂的班级更团结了。
我们甚至连毕业照也没来得及拍一张,但同学会时,我们却有了更多彼此给一个拥抱的理由。
我们知道了那些维系我们坚持下去的情感有多重要。我们除了赚钱,读书,更知道了给亲人一个温暖的微笑。知道了经历过生死的爱情,值得携手到老。知道了拼死相救的友情,值得一辈子珍惜。
知道了追求自己的梦想有多重要,因为不知道下一秒会发生什么,所以更不要浪费时间在不值得,不喜欢的事情上。你看,灾难让我们更清晰了看到了生命的本质。

写下这些文字并不容易,这些回忆平日里也不肯轻易翻出来。我懂你们正在经历的这一切有多难过,但请相信,一切都会好起来的。看看我们,现在的生活再平常不过了。留下的痕迹变为了心里的坚强。时间会带走恐惧。要坚强,拥有信念。想想远在中国的我们。尽管因为灾难,我们才有机会这样交流。
但我们的心是栓在一起的。
我相信,过不了多久,你们也可以带着灿烂的笑容回信说:一切都好起来了。我相信。

(日本語訳)
地震の頃私は高校三年生だった。
中国の大学受験というものを日本の皆さんはご存知かどうか分からないけど、今後の人生を決める一大事といっても過言ではない。
地震の三ヶ月後空に広がる埃の中、大学受験の成績を見て絶句する私がいた。
私は地震さえなければテストの点数はここまで低くなかったはずだと確信していた。
私の人生は地震にメチャクチャにされてしまったと思った。
でも過去の三年間を振り返り、はっきりと自覚している事がある。津波で人生の跡を洗い流されてしまったとしても、実際みんなが思うほど悪い状況でないはず。
家が崩壊して住めなくなってもまた建てればいい。
道が壊れてももっときれいな道を造り直せばいい。
周囲の身内を亡くされたクラスメートも、少しずつ過去の暗闇から抜けだし笑顔を取り戻した。
他に不可能なことは?
不可能なことなんて何一つない。
あのの災難は私達クラスメートの分散した気持ちを団結さた。私達は卒業写真を撮る機会さえ逃してしまったけど、同窓会で再会したときは、いつもお互いをきつく抱きしめ合う。そこまでお互いを思う理由が沢山ある。
あの状況の中頑張り貫く私達の意志はとても重要だった。お金を稼いだり勉強をすること以外、家族に暖かい笑顔を向ける事がもっと大事なんだと気付いた。生死に関わる愛情を分かち合えた人達は、きっと手を取り合って共に老いていくだろう。死にそうなところを助け合った友情を一生惜しみなく分かち合うことだろう。
自分の夢を追う事がとても大切なのだと思った。人生でいつ、何が起こるかは分からない。だからこそ自分の意思と反する行動をして時間を無駄にするべきではない。
そう、こうやって地震は私達人間の「生命の本質」と言えるものをはっきりと浮き出しにした。
こんな文章を書くのも容易ではない。今の平凡な生活の中では過去をたやすく思い出せないから。
皆さんが今現在とても辛い体験をされている事を心から理解します。でも状況が少しずつ良くなる事を信じて。今平凡な生活を送っている私達を見て下さい。残した傷跡は心の強さに変わった。時間が恐怖を取り除いてくれる。強くなって、信念を持って。遠く離れた中国の私達の事を思って。
災難があったからこそ今回私達がこうやって交流できる機会ができた。私達の心はしっかりと結ばれている事を忘れないで。
被災された皆さんが“もう大丈夫”と輝かしい笑顔で私に返事をくれるまで、そう時間はかからないと私は信じています。

(3月13日執筆 植田麻紀訳)

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ぼくの「地球」を走る旅

氏名:謝正菊   女性   年齢:40代 (写真左から2番目)

住所:中国四川省北川県香泉郷光明村

被災背景
北川県のとある農村に暮らしています。地震でご自宅は崩壊しました。現在は新しい家を建てましたが、ローン・借金の返済の為現金収入が必要なので出稼ぎに出たりしています。

メッセージ原文
敬爱的日本受灾的朋友们,你们辛苦了,或许你们正处于惊恐,害怕和不安的情绪。你们不要害怕,我也是历经大难走过来的普通妇女。此时我最能理解你们震后的心情,当时我们也处于高度害怕的无助的心情,害怕之余我又冷静的思考一下,我们幸运啊,大自然把我们留下了。我们不能那么脆弱,我们要勇敢面对,我们的身体来自父母,来自祖先,我们爱护自己也是对父母祖先的孝敬,要让父母祖先放心。我想了许多,然后我就开始生产自救,收粮播种。说实话,我是当地出名的胆小鬼。我把时间都安排在劳动和结交朋友。除了睡觉,我不让我的脑子有空闲的时间去想那些害怕的情景。
你们别怕,你看到了吗?全国全世界的朋友都在关心你们。虽然他们不能出现在你们身边,但他们的心紧紧的跟你们系在一起。同是亚洲人你们有伤他们会痛,我们同情兄弟姐妹,我永远爱你们!…希望我的心声能对你们受伤的心有一点帮助。

(日本語訳)
日本の被災者の皆さん。今回は本当に大変な目に合いましたね。
皆さんはきっと恐怖のせいで不安定な心境の事だと思います。私は苦しい困難を乗り越えてきましたが、ごく普通の女性の一人です。今回の事で私は皆さんの地震後の心境を心から理解します。
地震直後、私は極度の恐怖と虚無感を味わっていました。
でも、同時に心を落ち着けてよく考えようともしました。そしてこう思うようになりました。
「私達はなんて運がいいんだろう、大自然は私達をこの世に残してくれた。私達は弱気ではいけない、また勇気を持って立ち向かわなければならない。私達の体は両親また先祖から頂いたものだから両親と先祖を尊重し、安心させなければならない」と。
私はまたいろいろと考えました。そして自分を助けるために種をまいたり、作物を収穫する事に熱中することにしました。実は私は村でも一番の小心者で知られています。
私は時間さえあれば体を動かしたり、友達と交流するようにして、寝るとき以外は頭をフル回転させるようにしました。こうやって恐ろしい情景を思い出す暇がないようにしました。
皆さんどうか怖がらないで下さい。全国、いや全世界の人々が今皆さんのことを想っています。
彼らまた彼女らがあなたのそばに行く事は難しいかも知れませんが、彼ら、彼女らの心はしっかりと皆さんのそばにあります。私は皆さんの事を実の兄弟のように思い慕っています。
私の心の声が少しでもあなたの傷を癒し支えとなりますように…。

(3月19日執筆  植田麻紀訳)

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ぼくの「地球」を走る旅
氏名:馬可   男性   年齢:33歳

住所:中国甘粛省天水市甘谷県

被災背景
私は小学校の教員でした。2008年5月12日、私は四年生と一緒に、あの怖い地震を経験しました。
幸いにも私たちの学校では犠牲者は出ませんでしたが、学生たちの目に写った恐怖を私は一生忘れられません。
震災後、私たちは地震についての知識を学び、防災訓練をしたので今ではこどもたちも地震があっても落ち着いて対応しています。また、私は学生たちと地震で家や家族を失った子供たちに寄付をしました。

メッセージ原文
亲爱的日本朋友,听着在地震中逝者的人数一天比一天多,我和所有的心中充满博爱的中国人一样感到心情沉重,他们生前的所留下的,生活中的点点滴滴都是为了让他们身边的亲人和所有国人能够幸福和安康去继续生活。家园是毁了,他们的离去更加使我们怀念,他们留下的音容笑貌是生者更加应该坚强生活下去的动力。日本民族的精神是强大的,你们要坚信自己一定能够从破碎的瓦砾中重新站起来,这是逝者的心愿,也是生者责任之所在。在这里,我只能用真诚的心希望你们早日能从恐慌和悲伤中看到生活的希望,带着对逝者的尊重和怀念,开始重新生活。最后请你们一定保护好自己和家人的身体,生活需要继续下去,让我们一同为逝者哀悼!

(日本語訳)
親愛なる日本の皆様へ。
地震の犠牲となった方が日々増えることを知り、多くの中国人と同じく私も心を痛めています。
犠牲者たちが亡くなられる前に、一生懸命働いて、努力を尽くしていたのは、愛する人と日本国民の幸せのためであったと思います。
家が災害で壊されましたが、生きている者は犠牲者への思いをこころに抱いてより強く生きていかなければなりません。
日本人はタフだと思います。瓦礫の中からでも、必ず立ち直れる強さを人々が持っていることを信じております。
これは、亡くなられた方々の思い残したことであり、生きている者の責任でもあります。
文章にするのは難しいですが、私は被災者の方々が、一日でも早く恐怖と悲しさを乗り越えて、新たしい生活が始まることを祈っております。
ご自身とご家族のお体を大事にし、明日に向けて頑張ってください。
最後になりますが、犠牲者の方々に心より哀悼の意を申し上げます。

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*3月27日現在のメッセージです。今後も中国からメッセージが送られてくる度に加筆していきます。
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2 ■Re:自転車旅人より

>びとけ(旅人)さん
コメントありがとうございます!ブログ、ツイッター両方での発信どうぞよろしくお願いいたします!ご協力心から感謝しております。

1 ■自転車旅人より

応援メッセージ、読ませていただきました。
中でも四川の方々の、我々を「朋友」と捕らえていただいていることに感動しました。

もしよろしければ、ブログとツイッターで紹介させていただけないでしょうか?
被災した白河市出身のの友人が今地元に戻っています。
宮古市、仙台市、葛巻市の知人が私のブログを見ていると思います。
もしかしたら被災地の方にこのメッセージを届ける手助けができるかもしれません。
返信お待ちしております。

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