雨になると人々は下を向く。
 頭上に咲いた傘は雨粒で鳴き、車の車輪が水たまりに羽を生やす。ブーツが弾き、風に揺れた木々が落とす轟き。静かな、騒音の中。
 雨になると人々は下を向く。
 気分が晴れていないように。嫌なことがあったように。テストで悪い点をとったように。友達と小さな喧嘩をしたように。上司にねちっこい嫌味を言われたように。本当はそうでなくても。
 雨になると人々は下を向く。
 スマートフォンでも覗くかのように。そこに全てがあるかのように。縮こまって、誰かから隠れるかのように。街の一部に溶け出すかのように。本当はわかっていても。
 雨になると人々は下を向く。
 希望は転がってないんだよ、なんてご高説説教垂れるつもりはないけど。前向いてないと危ないからとか言いたいけど。進行を塞いでいると煩わしいなんて本当は思っちゃってるけど。それらは僕の勝手な想像。
 雨になると人々は下を向く。
 何かを探しているかのように。見馴れた視界に潜む興味を見つけるために。あの日失くした宝箱のおもちゃの鍵が転がってないか、淡い希望に縋るように。自分の底はもうここまでしかないのかと、思い知るために。そんなふうに思っているのかもしれない。
 だから、
 雨が上がると人々は上を向く。
 落ちきったどん底から這い上がるために。昇華された執着と、未来に色をつけるために。尽きぬ興味に羽を生やすために。何かを見つけたかのように。
 雨が上がると人々は上を向く。
 誰かの妨げにもならないために。危険を回避するために。希望の在り処を今度は自分で証明するために。
 雨が上がると人々は上を向く。
 傘を投げて水たまりとはしゃぐように。自分はここだと言うために。世界を識りに旅立つために。泣けるくらいに青い空を仰ぐために。
 雨が上がると人々は上を向く。
 まとわりつく小言を振り払うために。ごめんね、とあの子に伝えるために。何の為に勉強をするのか知るために。晴れやかな気分を味わうために。
 雨が上がると人々は上を向く。
 うるさい、静寂の中。風邪が揺らす草花の歌と新しい靴のジャムセッション。はしゃいだような声と空を飛んでいく鳥たちのフルート。
 だから、
 雨が上がると僕は上を向く。