7歳の息子を持つ46歳のオジサンブロガー『マサキング』ですチョキ

2008年10月に、息子が『広汎性発達障害』と診断されましたガーン

また45歳にして、今年7月に第二子の娘が誕生音譜 そんなバタバタな二児のオヤジです。

このブログは障害児を抱える父親の目線からみた育児と教育・シツケに対する考え方や、また障害児を抱える母親を、客観的な立場から見て感じた事など書きたいと思います本

それ以外にも仕事の事や世間での出来事で気になったことも書きます!!

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2015年04月08日 09時30分46秒

第2フェーズのスタート

テーマ:息子のこと

真輝は今日から小学校4年生になりました。
3年生までは特別支援学校に通っていましたが、4年生からは転校して、地元の普通小学校の支援学級になりました。

初日登校の転校はこの時期ではあり得ない雪となり、今まで支援学校はバス通学でしたが、普通の小学校は徒歩通学。この寒い雪のなか、慣れない道のりを約30分の徒歩で通学しました。
しばらくは保護者が行き帰りに付き添います。初日の初登校から、近所の通学班に加わり、私も一緒に学校まで徒歩通学しました。


子どもたちの歩くスピードも早く、真輝も小走りになりながら一生懸命付いていきました。
でも、寒い中慣れない道のりと雪が降る環境で手がかじかんだ様で泣き出す始末。

なんとか学校について、新しい環境のスタートになりました。
支援学校の時は、小学部だけで80名程度。でもこの小学校は10倍以上の1000名が居ます。
かなりの人数に圧倒されながら、何処に行けば良いか?何をすれば良いか?誰に聞けば良いか?など右も左も分からない状態が続きました。

今まででの支援学校の環境がどれだけ配慮されていたのか?を実感しました。

でも真輝のような軽度知的の情緒障害は、これから大人になる時「一般社会」と大きく接していかなければなりません。

「障害」という立場に頼っていたらいつの日か、必ず苦労をしてしまう時が来ます。
「障害」という立場で護られる環境から、大人になっていくとき「障害」を護れる立場になっていって欲しいという、私の子育ての思いがあり、この小学校4年から6年生までの第2フェーズは「社会」という厳しさと「すべて自分の思い通りにいかない」という気持ちの折り合いや、同世代の子ども達との新しい交流から色々と学んで欲しいと思い、あえて護られている支援学校から転校をさせました。

でも真輝の第一フェーズ(小学校1年から3年)までは、個別支援と療育は成功したと思っています。
親との強い信頼関係と「最後は親が味方で居てくれる」という気持ちは真輝の中で強く根付いたと思っています。
「家族」という信頼のあるプラットフォームから「社会」という自分の思い通りにはいかないという場へ進み、新しく色々と学んで欲しいと思っています。

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2015年04月03日 11時14分50秒

大きな環境変化

テーマ:息子のこと

しばらく更新が途絶えていました(汗)
最後の更新は昨年9月でしたね。この半年間は何もしていなかったのではなく、色々なことがありすぎて、ブログをユックリと書く時間を持てませんでした。
障害者への支援や自分の活動については、おやじりんくの活動報告で更新していますのでそっちを見てください。


http://www.oyajilink.net/report/index.php


さて、真輝にとって今月から大きな環境変化がでます。
昨年度(先月)までは、真輝は地元の特別支援学校に通学していました。
そして今月4月から、この小学校4年生になるタイミングで、普通の小学校へ転学します。
真輝が本来通うべく学区内にある小学校。この学校にある特別支援学級へ在籍させます。
通常級から支援学級。支援学級から支援学校への転学はたくさん例があると思います。
でも、支援学校から通常の学校への転学はとても少ないと思います。
ただここ数年、個別支援教育への体制が充実してきたこと。また発達障害への特性や認知が深まったことにより、さいたま市では、支援学校から支援級へ転学する児童も割と多くなってきました。
特にさいたま市は特別支援学級の配置率が、他の政令市に比べで格段に低かったこと(今でも配置率は3割程度)で、さいたま市は今、通常の学校に支援級がどんどん配置されています。
3年前、息子が幼稚園から小学校へ就学する際、学区内にある小学校にはまだ支援級は配置されていませんでした。
このことについて、就学の在り方を考えた事はこのブログでも書いています。
そこで「学区内の小学校へ行けないのであれば、個別支援を優先させたい」と考えて、小学校の入学時は支援学校を選択しました。

しかし、この3年で学区内にある支援級が配置されたこと。そしてその支援級を2年間見てきて、そして交流及び共同学習制度を活用して体験した結果、来年度から支援級への転学を決意しました。
小学校へ入るとき、真輝の「学校生活」ということを自分なりに設計しました。
小学校6年間、中学校3年間、高等学校3年間の計12年。
この12年を4つのフェーズに分けて3年ごとに環境を変えていく事を考えました。
そこで始めの小学校1年から3年まで野の3年間は、学業より個別支援と本人の率先力を身につけることを考えて、支援学校を選択。そしてこの第一フェーズは計画的に進み、真輝は協調性や拘りへの対処、他人への思いやりの心はとても伸びたと思います。
これも支援学校でキチンと個別に支援してくれたお陰だと思っています。

そして先月で第一フェーズが終わり、今月から第二フェーズが始まります。
この間は真輝が「社会」を経験することと、障害への自己認知、そして社会との摩擦による折り合いの心を身につける時期だと考えています。
自分の思っていること、やりたいことはすべて思い通りにならないということ。そして少人数の個別支援から大人数の集団生活を学ぶ時だと思っています。
今まで構造化されて安全を確保されていた場所から、いよいよ社会の荒波を経験する時期が来たと思っています。

多分、本人は始めは相当苦労すると思います。また色々な事で気持ちの不安定も出てくるでしょう。
それを支える家族としても今までとは違った、支援やサポートが必要になってくると思います。
まだ経験したことの無い様々な環境の中で、真輝がどれだけ頑張れるか?親がどこまでサポートできるか?など不安もたくさんありますが、この時期だからこそ、まだ親が支えてあげられる時期であり、親が護ってあげられる時期に、そのような経験を積ませて、社会共生への訓練をさせていきたいと思っています。


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2014年09月16日 10時40分08秒

子ども・若者を理解するための講演会で講演いたしました

テーマ:発達障害者支援

9月13日は、神奈川県横浜市にある、神奈川県立青少年センターにて、フリフリ・フェスタ2014と、子ども・若者を理解するための講演会 が行われました。



子ども・若者を理解するための講演会では、私が「発達障害を考える-おやじパワーで支える」と題して講演を行いました。
講演時間は45分。講演には、神奈川県県民局長、神奈川県次世代育成部長、そして県立青少年センター館長など、神奈川県内で子育てについて職員の立場から、支援を担当される責任者の方々をはじめ、その他療育センターなど現場で支援をされている方々、学校の教員の方々など、たくさんの方にお集まり頂きました。
またこの講演には、妻と息子・娘も参加しました。



今回の講演は「発達障害を考える-おやじパワーで支える」となっておりましたが、発達障害とはとても幅広い障害であり、特性も様々、そして生活環境や立場によって捉え方も大きく変わります。
そこで、今回の講演は、私が1人の父親として、家庭でそして子どもたちに対してどのように接しているのか?また息子の発達障害についてどのように取り組んでいるか?と、ひとりのオヤジとしての振る舞いを中心に伝えました。


また、療育手帳の在り方は各都道府県によって、等級や手帳の呼び名も違う、また支援に対する考え方も地域によって大きな格差があることについても伝え「父親として、他県と連携する距離的な望遠鏡視点が必要であり、オヤジたちは他県のオヤジたちと連携することが大切」と伝えました。
また時間的な望遠鏡視点として「障害のある子どもたちが成長し、大人になって自立をする。自立の中で大切なことは働くことであり、就労の在り方や企業や社会の立場として、障害のある人たちへの雇用の促進について父親から社会へ訴えていくことが大切である」とも話しました。



また、代表の息子が発達障害という脳機能の内部的な障害があること。そして娘が外部的な奇形に伴う障害があり、夫婦でこの異なる2人の2つの障害と向き合って居る現状についても話しました。

45分間の講演後は場所を移動して、参加された方々と座談会を開催。
短時間でしたが、参加者からは学校での問題、インクルーシブ教育について、父親の我が子への障害に対する認知などその支援する方々が抱えている悩みについて語り会いました。

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2014年08月29日 11時01分14秒

我が子の金銭管理療育

テーマ:息子のこと

真輝が現在やっている、金銭管理の療育法について書きたいと思います。


ファイナンシャルプランナーで鹿野佐代子さんという方がいます。
鹿野さんは、障害者福祉施設で勤務して、知的障害者の支援に携わっております。日々の業務を通じて「性とお金」に関する支援の大切さに気づき、ファイナンシャルプランナーの資格を取得するとともに、性教育プログラムの研究活動を実践。
教育現場の職員や福祉施設の支援者を対象に「生活に大切な性とお金の支援」というテーマでアドバイスや講演活動を行っています。
鹿野さんについては「ふぁみえーる」のサイトでインタビューが掲載されていますのでそちらを参考にしてください。
https://famiyell.net/knowledge/column/index/80100


この鹿野さんが考案した、鹿野式お金カレンダーというものがあります。


これで、真輝は毎日10円のお小遣いを管理しています。
このカレンダーから毎日自分で10円を取ることで、今日が何月何日ということを理解して、日付と曜日の概念を覚えていきました。

これで好きなお菓子が100円だった場合、1日10円ずつ自分のお財布にお金を移動して貯める事で、100円になるまであと何日か?ということを覚えていきました。


そこまで我慢できずに、少しでも早くお菓子が欲しいと思ったら、ママのお手伝いをします。


このように廊下のぞうきんがけをして、ママの家事のお手伝いをしたらアルバイト料が入る仕組みにしています。
それで就労とお手伝いの意欲もつけています。
お小遣いと、お手伝いで貯まったお金で自分の欲しいお菓子を購入しています。




今年のはじめ、たくさん溜まってきた10円を両替しようと10円玉を10個貰って100円を渡そうとしました。
そうしたところ真輝は、10枚が1枚になることが納得できず、100円に交換しようとしませんでした。
お財布は10円玉でどんどん重たくなるばかり・・・


そこであるアプリケーションを使って、お金の計算と足し算を教えていきました。
それが、キートン・コムの三宮 直也さんが、開発したスマホアプリ「コインクロス - お金のロジックパズル」です。
コインクロス - お金のロジックパズル
http://www.keaton.com/apps/coincross/ja/


このアプリを使い、500円・100円・10円・5円・1円の組み合わせでいくら?になるかを学んでいきました。
これで好きなお菓子やオモチャを買ったとき、レジに行って合計金額が出たとき、どのコインを出せば良いか?など分かるようになってきています。



真輝はこの2つの支援方法を重ねたことで、今年の初めには10円が何枚・・・という事でしかお金の計算ができませんでしたが、今では4桁のお金まで計算できるようになり、そのコインの組み合わせまで把握できるようになりました。

これは凄い療育法ですよ!

知的・発達の障害有無関係なく、金銭管理はとても重要です。
どんなに社会的立場で偉くなっても、たくさんの収入を得たとしても、金銭管理が出来ないようであれば、生活基盤が成り立ちません。
お金が貯まるまで我慢する。少しでも稼ぐ方法を考える。稼いだお金を管理する。
これを幼少期から身につけることはとても重要だと思います。

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2014年08月17日 10時15分02秒

総社市の片岡市長と懇談4

テーマ:障害者就労支援

総社市の片岡市長と懇談3 からの続きです。
この懇談についてのブログは今回が最後になります。

質問した内容の続きです。


質問した内容
3.片岡市長と障害者との縁
4.総社市の発達障害の支援


3.片岡市長と障害者との縁
私「片岡市長が障害者に対しての思いがとても強く感じますが、何かご縁があるのですか?例えばご家族にいらっしゃるとか・・・」
市長「私の身近な身内の中には特に大きな障害を抱えているという人は居ません。縁というか、一番印象に強いことは、私が真輝君位の年齢位の時だったと思います。昭和40年頃ですね。地元で友達と外で遊んだりしていた時、ある家の裏庭に、今で思えば重い知的障害のある子どもが裸同然に、鎖で繋がられて縛られていたんです。みんなでその子を見に行くのを「からかう」ようにして見に行ったのですが、当時、私と同じ歳くらいの子どもが裸になって鎖に縛られて、家の後ろに隠されていたんですね。昔は障害をもってしまうとそのように座敷牢に入れたりとか、障害を隠し世間から遠ざけてしまう風習があった。子どもごころにその状況を見たときにとてもショックを受けました。「なんでこういう事をしてるんだろう?」と。それが今でも強く印象に残っていて・・・。今では時代が違いますが、その子を助ける、助けられる立場になっているのであれば、そういう社会の仕組みから遠ざかってしまったような人たちでも、就労という形で、社会の中で共存できる社会環境をつくりたいと感じているんです。それが「仕事」という形で現れて社会に組み込まれるのであれば、就労への支援ではないのかな?と感じました」


私「ちょうど私が生まれた頃ですね。私もなんとなくそんな時代や雰囲気を覚えています」
市長「真輝君を先ほどから拝見していて、発達障害の子どもを見ていても、何か特別な才能があったり、もしかしたら私たちより社会貢献ができる能力があるのかもしれません。そう考えていた時、これらは「発達障害のある方への就労にもチカラを入れていかなければならないと感じた。今日はたまたま午前中に、アナタのように例のコラムを読んで感銘を受けたと言って、日本IBMの橋本会長がこの小さな町の総社市までわざわざお出でになり、偶然にもその発達障害の人たちの就労支援について懇談したのです。そのタイミングで、真輝君とお父さんが来られて、そして私が真輝君と出会えたので、これは本当にタイミングを感じています。」


その他、日本IBMの橋本会長と片岡市長の懇談については色々とお聞きしましたが詳しくは割愛します。

市長「まぁ君。君は本当に記憶力が凄いね。さっから見ていると、色々な可能性のある発想力があるように感じるよ」
私「真輝はまだどういう能力があるか分かりませんが、得意なものは、一度通った道はかならず覚えているのです。ですから来た場所は、一人で歩かせても大丈夫です、ただ一人でウロウロしてしまうので、親とは迷子になりますが、道に迷うことはありませんので、さっきから好き勝手に歩かせています(笑)」

真輝は懇談で飽きたら、市長室を出て市役所内をくるくる廻ってまた帰って来て・・・を繰り返していました。



4.総社市の発達障害の支援

ここからは市長と私と、発達障害支援コーディネーターの方や就労支援の方々も交えての会話になりました。
私「いま総社市には、発達障害を支援する親の会というのは存在していますか?」
コーディネーター「私たちが知る限りでは、発達障害に特化した親の会というものは存在していません。もしかしたら数人の親で集まっているもしれませんが、別の障害者支援団体と共に活動しているようです」
福祉職員「総社市では、発達障害というものがまだ目立っていないというか、潜在化しています。知的な遅れがある場合は知的障害者として、ケアを受けたり、支援を受けたりしていますが、知的な遅れが無い高機能圏での自閉症や発達障害はまだ目立ったものがないのです。もしかしたら教育の現場では色々な問題があるかもしれません。ここについては今後、教育の分野とも連携して特別支援教育について確認していくつもりです。」


この総社市のような、発達障害児に対する面は、地方によくある、知的遅れの無い発達障害児の潜在化であり、2012年末に文科省が推計したデータにある通6.5%が何ら特別な支援を受けられないまま過ごしているという状態のひとつです。
ここで大都市と地方との障害に対する地域格差を実感しました。

埼玉県内でも地方に行くとこのような傾向が見受けられる地域はまだまだあります。
市長「でもね。実際に全体の統計をみても私たち市の立場としては気が付かないけど、発達障害に対する特別な支援が必要としている人は居ると思うのね。こういうところにどんどん入っていって、早期支援が必要になってきますね。総社市も次の課題としては、発達障害への支援だと思っています。」と言われました。



他に色々な話を、職員やコーディネーターの方としましたが、これについては割愛いたします。
そして片岡市長から「また総社市に来て下さい。そして一緒に発達障害への支援について協力してください。お父さんが率先して取り組まれることはとても大切です。オヤジのチカラ待ってますよ」と伝えられ、最後に真輝と3人で記念撮影をしました。

1時間以上に渉る懇談のなかで、様々な勉強をさせて頂く事が出来ました。
ご多忙のところ、片岡聡一市長にはお時間を拝借いたしました。
この場をお借りして深く御礼申し上げます。


*末文になりましたが、以前のブログでも記載したとおり、この片岡市長との懇談内容については、文責はすべて私個人の「マサキング」にあります。本件内容については総社市へ確認する事はお控え下さい。

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