昔はどこの家族でも子供が沢山いた。そしてどの家も貧しく子供たちを面倒を見ている暇もなかった。それが当たり前であり、子どもたちは兄弟同士良くケンカをし、助け合いこうして自然に生きる力を身につけて来たものだった。
しかし今や「少子化」になり、子供の数は極端に減少し、そのため親は必要以上に子供をケアーするようになった。ケアーといえば、かっこが良いが、それだけ「甘やかす」ようになったのである。動物、特に「人間」はオギャーと泣いて生まれた時からすでに「自分で生きる」力を備えているものである。
然し今の社会は其の「神からあてられた力」を、甘やかすことによって失わせてしまっているのである。それが今の社会を形成しているのだ。正しく親、社会の責任である。
昔からの諺で「ライオンは子を故意に崖から突き落とす」と言われてきた。それは幼い時から子供に生きていく厳しさを教えているからである。人間はより苦労をし、努力し、戦ってきたものの方が[人間性]を見につけることが出来る。
今の日本社会は、その点全く逆の傾向にある。これでは若者の将来はない。私も高校を卒業し、翌年19歳で南米アルゼンチンに移住をした。今考えると其のエネルギーは、強いコンプッレックスから来ている。野心は人一倍あった私は、家庭の事情やらで進学が出来なかった。その中から抜け出すには「南米移民」が一番適切な答えだった。それほど私のコンプレックスは強かったのだろう。
そしてとうとう卒業後翌年19歳で南米アルゼンチンに移住したのだ。全く社会に無知であった青年には、そこで起こった全ての事が新しい体験だった。苦しいことも嫌なことも楽しいことも全て体で吸収した。そして一歩一歩「人生の階段」を登って行った。この貴重な体験を一冊の本「花の道」に綴った。
今から7年半前に幕張の神田外語大学に社会人の枠で入学を果たした。4年間頑張って、見事に卒業した。入学式のときは、「もしもし、父兄の方は後ろの席ですよ!」と係りの人に注意された。同級生の親より、教授より先輩なのだから仕方がない。
然し4年間いて、一番悲しかった事は、70人居たスペイン語科の誰一人として、私に人生のアドバイスを求めてくれなかった事だ。ラテンアメリカで経験した私の人生はそれだけのものだったのか!
其処で今度ついに「花の道2」を完結した。この作品の内容は家族でメキシコに移住、その生活体験、そして単身帰国し、成田飛行場に会社を設立し、言葉も生活習慣も全く異なる日系人に定住ビザを取得し、習慣を教育し、仕事を教えて、彼らの職に目的実現のため、当社の発展のために共に協力し、戦っていく有様を綴ったものです。
この目的は今の若者に生きるための「危機意識、責任感、人間愛」を理解してもらいたいからです。この人間が生きるために欠かすことが出来ない「哲学」を育み、持たない限り我が国の将来はありません。
この「花の道2」を母校の副学長に送信したところ、ついに返事がきました。下記のとうりです。
「川島さんがお送りくださったファイルを読みとうすことが出来ました。川島さんが、いろいろな人生経験を積まれた方だと言う事は、入学時以来他の先生からうかがっていましたが、今回ご自身の文章に接し、その内容をよく知ることが出来ました。ご自分の力だけを頼りに、異国の地で生活を切り開いてきた物語は、一種の活劇の様で、感心しつつ、面白く読ませていただきました。
川島さんのおっしゃるとうり、最近の学生は、言われたことは比較的従順に実行しますが、自ら新しい問題にチャレンジしていく姿勢に欠けているように思われます。「最近の若者は」という台詞は、大昔から繰り返されてきたとは、良く言われることです。確かに、今の若者が全てにおいて昔の若者に劣るわけではありません。しかし、チャレンジする姿勢、特に未知の土地、未知の領域にチャレンジする姿勢に欠けていることは、否みがたいように思われます。もちろん、在学中から海外での仕事に取り組む学生もいるのですが、全体の傾向はおとなしくなっているように見えます。
本学のような外国語大学においてさえ、海外へ向ける視線の温度が低下しているようです。
ただこのような事態を招いた原因は、当然、今の若者にあるわけではなく、我々大人にあることも確かです。また海外の社会が徐々に若者の挑戦に寛容でなくなり、規則や決められた手順を踏まないと、活動しにくくなった一面もあるようです。
川島さんの半世記を今の若い人が読んだら、刺激を受けて自分の頑張ろうと思うよりも、とても自分には出来ないと受け止められる可能性が高いのではないでしょうか。
国内も国外も委縮している昨今、若い人に希望の持てる道を提供できる社会になってほしいと思うのですが。
取りとめのない感想になってしまいましたが、読後感を送らせていただきます。
今後の川島さんの益々のご活躍をお祈りしています。
以上です。確かに非常にご丁寧な文なのですが、あまりにも「保守」に固まっていて、最初に書いた「ライオン」の姿とはかけ離れています。「問題がなければそれでよい、給料が貰え、生活が安全だ」、高級サラリーマンになってしまっています。
この「花の道2」は、現在日本の中で起こっているのです。活動しているのです。このことが事実であり、現実なのです。今やこのような「グローバル社会」の中に私達は生きているのです。特に「先生方」はこの「グローバル」という名前の意味を勘違いしています。日本を除いた他の世界では、「ライオンの生き方」のように厳しい格闘が日々行われているのです。
社会の基礎を形作る「政治」の社会も同じです。私達国民が皆、参加して作っていかなければ、決して良い社会は生まれません。常に「批判精神、チャレンジ精神」を見につけてほしいのです。