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2012-02-24 18:38:29

偉い人とは?

テーマ:ブログ

一般の世間的な価値観からすれば、偉い人とは、社会的に大きな業績を残したり、高い学歴を持つ人だったり、一部上場企業の社長さんだったり、官僚や医師、弁護士、政治家、大学教授、小中学校の教師などの肩書きを持っている人(=先生と呼ばれるような人)などがあげられると思います。


しかし、社会的な成功とは、本人の努力や才能だけでは、決して決まるものではないし、ましてや永遠に続くものでもありません。


これは、仏教の無常観の思想がこのことをよく表現しているのではないかと私は思います。


「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」の平家の没落もそうだし、「人間万事塞翁が馬」です。


では、このように考えると偉い人とは、いったいどんな人を指しているのでしょうか?


私は、キリスト教が一つの答えを示してくれていると思っています。


クリスチャンが最も価値があり大切なことと考えるのは、愛の精神、奉仕と献身の精神です。


人間は、大変裕福な家庭に生まれ、身体強健であり、環境にも恵まれ、おまけにこれ以上ないといわれるほどの高等教育を受けて成長していく人もいます。


その反面、貧困と暴力や戦争といった最悪とも言える環境の中で、そこで暮らす人々の猜疑心と妬みの感情の中で、飢えの苦しみを味わいながら、またほとんど周囲から愛情を注がれずに成長せざるを得ない人もいます。


こういう意味では、人は、公平ではありません。


しかし、キリスト教の考え方は、違います。


あなたがたのうちの1番偉大な者は、あなたがたに仕える人でなければなりません。
だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます。(新約聖書より)


私は、人間の真価が如実に問われてくるのは、逆境にあるときではないかと思います。


自分が成功者としてもてはやされ、順境にあるときには、誰も彼もが何らかの理由をつけて、友達だの遠い親戚だの大学の先輩後輩だのと言って近づいてきます。


しかし、悲しいことではありますが、その内のほとんどの人が、時の権力者から睨まれているとき(学校や職場でいじめにあっているとき)や自分が生活に困るほどの苦境に陥ったときには、他人の振りをして知らないと言ったり、遠ざかって行ってしまいます。


そんなときでも、キリスト教の精神を深く理解し実践しようとしている真のクリスチャンは、創造主の視点から見れば、この世の中での富者や貧者の違いなどは問題ではなく平等であり、どれだけ周囲に愛を与えられたか、困っている人を助けることができたかこそが、重要であり、それを実践してこそ、神からの祝福を受けることができると考えます。


もちろん、思想、信条、信仰は自由なので、人生において価値があるのは、お金持ちになることだと考える人もいるだろうし、社会に影響を与えるような大きな業績を残した人こそが偉い人であるとか、とにかくどんな分野でもいいから一番になって頂点に立つことだと考える人もいるでしょう。


しかし、この世の中における運、不運の量や個人に与えられる身体的、精神的な特徴、生まれつきの才能といったものは、自分ではどうすることもできません。


意見が対立したときに動物のように、殴り合いの喧嘩で決着をつけるのであれば、身体が大きく腕力が強い方が勝つのは当たり前です。


またお金がある方が、この世の中に存在する物質的なものをたくさん手に入れたり、多くのサービスを受けることができるのも当たり前のことです。


しかし、私たちの創造主たる神が、人間に対して、こんなこと(=弱肉強食の世界)を望んでいるでしょうか?


私は、絶対にそんなことはないと思います。


何のために、神は人に自由意志を与えてくれたのでしょうか?


それは、人間が自らの意志で、邪悪な心、妬みや敵愾心といったものが渦巻く暗闇の世界から抜け出し、悔い改めることで、私たち一人ひとりが良い人間になるためではないでしょうか?


太平洋戦争を経験した日本人にとって、平和な社会の実現というのは、共通の願いだと思います。


政治家が大所高所からそれを訴えるだけではなく、私たちの日常生活のたとえ些細なものであったとしても、地道な優しさの積み重ねこそが、一番大切なのではないのかと考えます。

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2012-02-24 09:44:32

人生脚本からの解放

テーマ:ブログ

ある心理学の理論、分析によれば、人は、幼児の頃に親や周囲の人たちの影響で、自分がどういう人生を送るのかという人生脚本を無意識の内に心の中で書いてしまうということを聞いたことがあります。


この理論によれば、人生脚本は、必ずしも前向きでハッピーな人生観ばかりではなく、虐待の記憶が原因で心に傷を負ってしまい、破滅的な脚本を作ってしまう場合もあるということです。


だから、人は、知らず知らずの内に、人生の様々な場面で、この脚本に縛られてしまい、ときに幸福になるための大きなチャンスを逃してしまう(幸せになっていいのだろうかとか、私がこんなイケメンにもてるはずがないなどと思い込んだりして、一歩を踏み出すことができない)ことすらあるそうです。


私は、心理学の専門家ではないし、心理学が人の可能性をとことん信じて、成功や幸福をもたらすために(=サポートするために)活用されるのであれば大いに価値があると思いますが、人を上から目線で、知能検査などで点数を付けて決めつけたり、人間性を評価したり、人間の可能性を幼児期の体験によって限界を決めて否定する方向に作用してしまうのであれば、そのような考え方(=心理学的決定論からの見解)は好きではないし、それは一つの理論であると捉え、私は、私の道を進みます。


自分の経験から思うことですが、人が人生に挫折し、自殺を考えてしまうときというのは、自分のこれからの人生(=将来)において光(=希望)を見いだすことができず、可能性がないと思い込んでしまったときではないでしょうか?


確かに、育ちや環境による影響は、大きいとは思いますが、その縛り、束縛の鎖から絶対に逃れることができないとは思いません。


怒りに震えた握りこぶしでは、誰かを殴り倒したり、物を動かすことぐらいしかできないかもしれませんが、怒りを優しさに、思いやりに、寛容な心、愛情に方向転換して、握りこぶしを「開いた手(=自分の可能性を信じて心の扉を開いたら)」にしたら、いったいどれだけのことができるでしょうか?


握りこぶしではできなかった、予想すらできなかったようなたくさんのことができるようになり、可能性もどんどん広がっていくのではないでしょうか?


私は、誰でも自らが心に信じて努力すれば、主体的に自分の生きたいように、なりたい自分にむけて、人生脚本を書き直すことができると信じています。


GReeeeNの「扉」という曲が心にしみます。



ほら、顔あげ少し笑って
そりゃ色々あるよ解るって
思い通りのstoryとは行かないけれど


誰しも明日は来るって!
待ってくれない 時は過ぎ去って
あなたに 今見える未来から 目をそらさずに


意味の無い事は 何一つ無いって気がすんだ
思い切りやり抜いたら 気持ちハレバレ!
振り返れば ほら見えるだろう? 歩んだ道のり
恐れずに次の一歩 ほら 踏み出せ!!!


君が開くその目の前に 明日の自分は見えていますか??
新しい扉のその先に きっと出逢える
『次の自分』に


ほら?どうした?暗い顔 ツライかもしれないが さぁ笑おう!
黙っても過ぎてく日々なら 明後日、明日、今日、意味がある
迷ってばっか 一刻一刻と カレンダーの日付 コツコツと
待ってくれるわけなんてないんだ じゃあ今 速攻で即行動!!!


意味が無いとただ決めつけて 扉閉めてるんだ
見えない様 聞こえない様にしてるだけ
明日何が出来るなんて 君が決めるだけ
恐れずに次の一歩 ほら 踏み出せ!!!


君の扉を開ける鍵は いつも君のポケットの中
今開けば ほら目の前に きっと待ってる
『次の自分』が


立ち止まって動けないなら
僕がそっと君の背中押すよ
その一歩で 前に出たなら
あとは一人で進めるはずさ


いつかきっと あなたの『夢』が『想い』が届くんだ!!!
思い切りやり抜いたら 気持ち×100!!!
それも全部分かってるんだろう?
扉開くには その想い 全部抱え ほら 踏み出せ!!!


君が開くその目の前に 明日の自分は見えていますか??
新しい扉のその先に きっと出逢える
『次の自分』に


君の扉を開ける鍵は いつも君のポケットの中
今開けば ほら目の前に きっと待ってる
『次の自分』が

2012-02-21 20:26:10

会社員時代を振り返って

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私が大学卒業後、新卒採用として就職した会社を退職したのは、ちょうど30歳のときでした。


もちろん最初から退職を考えていた訳ではありません。


その企業が本当にいいと思ったから就職を希望したのだし、実際にその会社の経営理念などには共感する部分も多く、また業種もいいし、まだ出来上がっていない分だけ、面白いし、やりがいもあるだろうと思っていました。


実際に、会社の管理職の方からみれば、稚拙なものだったのかもしれませんが、私なりにどうしたら自分が働いているこの会社をよりよくすることができるか、会社を通じて社会貢献できるかということを考えて、いろいろと提案書や企画書を作成して、上司に提出していました。


新人の頃はもちろんのこと、ある程度、仕事を覚えてきても、当時の管理職の方からは、「こんなの部長が考えることだ」「まだ今、与えられた仕事が充分にできてもいないのに、改善点についての提案書を書くなんて10年早い」「お前、今俺に向かってやっているように、そうやって社長と対等に話すことできるか?社長にはできないのに、俺達にだけいいということはないだろう」などと言われたこともあります。


私自身の反省点としては、管理職から当時の私に求められていることと、私が会社でチャレンジしようとしていることが大きく食い違っていたということに、あまり気づいていなかったということです。


私は、夢と希望に燃えて、この会社の一社員として、少しでも素晴しくなるように貢献したいんだ、オンリーワンの企業と言われるようになるために、頑張りたいんだと思っていました。


しかし、おそらく管理職の皆様は、当時の私の実力と私自身が抱いている夢や目標とを比較して、「今の君の能力じゃ、このような仕事は無理だ。それにも関わらず、身の丈を考えずに理想が高すぎるし、コピー取りやエクセルやワードでのルーティンの資料作成といった細かい日常業務や部会などで使用する資料の準備、お茶などのセッティング、会場設営、忘年会や新年会の会場押さえや会計幹事業務が充分にできていないし、イベントなどでの弁当の手配、スタッフや取引先への差し入れなどの気配りが足りない」と考えていたのではないのかと今、改めて推測します。


だから、私は、相手が私に対して期待していること、私に対して求めているものを充分に提供できていなかったんだとわかりました。


このような状況では、いくら私が、一心不乱になって残業して提案書を作ろうが、企画書を書こうが、受け入れられない訳だし、無駄な残業をしていると言われてしまったのだろうし、やる気がかえって仇となり、空回りしてしまったのだとわかりました。


受験勉強もそうですが、当時の私には、あまりにも夢が大きすぎて、成長の途中に必要である段階を一気に飛び越してしまおうとしていたのかもしれません。


「学問に王道なし」と言われますが、人格の成長も同じなんだろうなぁと、今、反省を踏まえて思います。


会社を退職する少し前の総務部に所属していたときだったと思いますが、書店で何だかとても面白いタイトルの本を見つけ、思わず買ってしまいました。


「役人道入門」久保田勇夫著(中央公論新社)


この本は、東京大学の法学部を卒業した後に大蔵省(現、財務省)に入省され、その後、オックスフォード大学などにも留学され、順調に官僚としてのキャリアを重ね、国際舞台でも活躍し、国土庁事務次官を最後に退官されたという、いわゆる日本で一般的に考えられているエリート中のエリートが書いた本です。


書店で見つけたときに、純粋に日本の最高学府を卒業し、さらにエリートと言われている人がどんな価値観を持って仕事をしているのだろうと大変に興味をもったし、知りたいと思いました。


この本の中の「第三章 組織編」にある「各ポストで学ぶ」という部分が印象に残りました。


係員、係長、課長補佐、課長、審議官、局長、次官というのが役人のヒエラルヒーである。役人が将来それなりの人物になるためには、それぞれのポストでマスターすべきことを順次マスターしなければならない。係員の時代には係員でなければ身につけられないことを身につけ、係長の時代には係長の時代にしか経験できないことを経験すべきである。上司たるものは、その部下が係長である場合には、係長の時代にしか身につけられないことを身につけようとしているかどうか、また身につけられる環境におかれているかに留意しなければならない。


筆者は、大蔵省の新入生の研修会などで「役に立つ話」をするよう求められたことがあり、その際に次のような趣旨の話をした。


人は昔学び損なったことも後で努力すれば身につけることができると考えがちであるが、そうではない。若い頃にしか学べないことがあり、ポストの低いうちにしか身につけられないものがある。


係員の時代は省内を歩いて資料を配ったり、上司の手足としてあちこちの局や課に文書を届けたりすることが一つの仕事である。どういう由来か、また誰が名づけたかわからないが、このように廊下を飛びまわることを「廊下トンビ」という。この「廊下トンビ」は実に下らない仕事のように思われるがそうではない。この時期は、省内のどの局のどの課にどういう資料があるかを覚える絶好の機会である。


役所の仕事はすべてを自分で行うわけではなく、他人の仕事の成果を上手に活用しなければならないことが多い。上司の命令で省内を飛びまわっているうちに大臣官房の調査企画課(現在の総合政策課)では景気の分析についてどういう資料を作成しているのか、主計局の調査課ではどういう資料があるのか、国際金融局(現在の国際局)の国際収支課はどういう形の国際収支表をつくっているのか、それらについて解説書があるのか、などを知るのである。同様にそれらがいかなる時期に公表されるかも覚えるのである。こういうことは、係長となって多少は物事をまとめたり、課や局のなかの調整をするようになる頃、身につけようとすれば格段の努力をしなければならなくなる。(以上、本文より引用)


今、改めて読んでみましたが、私は、それは違うなと思うこともあるし、また、官僚主導で政治が行われてきたと言われる日本社会が、これから大きくより良い方向に変革していく上で、改善するべき点をこのような事務次官経験者がオープンにした価値観にこそ、見いだすことができると考えます。


まず、一点目ですが、人は昔学び損なったことを後で努力しても身につけることができず、若い頃にしか学べないことがあるとありますが、そんなことはないだろうと思います。


実際に、だいぶ前にブログで書きましたが、例えば宮本延春さん(「オール1の落ちこぼれ、教師になる」の著者)のような方もいます。


彼は、15歳、中卒で見習い大工に就職。17歳フリーターでミュージシャンを夢見る。18歳両親と死別、天涯孤独の身になる。23歳アインシュタイン博士のビデオを見て感動。『小学3年生のドリル』を買って猛勉強。24歳定時制高校入学(私立豊川高校)、全国模試で上位に、数学は県内トップになる。27歳難関国立大学に合格(名古屋大学)、大学院まで9年間研究に没頭する。37歳現在、私立豊川高校教諭。落ちこぼれの気持ちがわかる「オール1先生」として活躍中だそうです。


制作部で「青春の忘れ物」という企画書を書いて、企画会議で提出したことがあります。


ある程度、予想はしていたものの、私の企画書の企画意図を読んだ当時の上司が怒鳴り声を上げるほど激怒してしまいました。


今思うと、シナリオ学校の映画監督が私の脚本を読んで激怒した理由と似ているのかもしれないなぁと感じます。


「団塊の世代の方などをはじめ、若い頃、やりたかったけれど様々な事情でできなかったこと、青春の忘れ物に再チャレンジして、夢と青春を取り戻そう」というものでしたが、日本人の穢れの哲学?ではありませんが、失ったものは取り戻せないし、人生をやり直すことなどできはしないと思っていたのかもしれません。


先の「役人道入門」の著者である久保田勇夫さんは、「はじめに」で次のようにも述べています。


ところで、私は課長補佐として最も働き盛りの頃、李宗吾という人物による『厚黒学(ずぶとくはらぐろいがく)』という本に遭遇した。これは中国の清朝末期に、自らの英雄豪傑を夢見た李宗吾氏が、どうすればそうなれるかその秘策を求めて、四書五経、諸子百家、二十四史などの文献を懸命に読み、自ら思索した結果たどりついた結論を書きとどめたものであった。尭舜以来、中国四千年の歴史に登場する重要人物(これは劉備、曹操といった『三国志』の英雄が含まれる)の事績を慎重に検討した結果、氏は次のようにさとったという。


「そうだ英雄豪傑となるには、秘伝も何もなかったんだ。ただ必要なのは、鉄のような厚い面の皮と、ずぶとさに徹した腹の黒さだけだったのだ。それをうまく活用できさえすれば、英雄豪傑となることなど、まさに掌を返すよりやさしいものだ」(『厚黒学』<日本語でわかりやすく言うと腹黒学>李宗吾著、葉室早生訳、五月書房)


民国元年(一九一一年)に発行されたこの書は、そのための修業方法や役人になりたい人への助言、役人として成功するための心得などを皮肉を混じえて逆説的に述べている。


とくに厚黒学の修業はこれを三つの段階にわけて進めることが妥当であるとしている。第一段階は「(面の皮は)厚きこと城壁のごとく、(腹は)黒きこと墨のごとし」にとどまると言い、これを越えて、面の皮を厚くし、腹を黒くするための努力をすれば、第二段階である「厚くして硬く、黒くて光る」状態になるという。そしてさらに修業を進めると、ようやく「厚くて形なく、黒くして色なし」という第三段階にいたり、ここで初めて達人の域に達し真の英雄豪傑になりうるというのである。


この書は、訳者である葉室氏が解説されているように、中国人である著者が、その多年の社会的経験と深い儒学の薀蓄を傾けて、中国古来の英雄偉人達を俎上にのせて、その成功と失敗のあとを、「厚黒学」的見地から徹底的に批判し、痛烈に諷刺したものである。そのあとで、それでは、その場合どうすればよかったかの解答をあたえ、それによって、われわれが、この社会において、どうしてやってゆけばよいかについての心がまえを暗示しているのである。


私は、その観点は異なるものの、李宗吾氏が公の仕事にたずさわる者には特別の心がまえや技術が必要だとされている点において意を強くし、それが何かを求められた努力に強く印象づけられたのである。(以上、本文より引用)


人には本当にいろいろな考え方があるものだなぁと感じました。

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