石川鏡介の旅ブログ

古寺名刹、神社、城跡、名所旧跡。さまざまな旅の思い出を綴ります。


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 昭和新撰江戸三十三観音札所の第二十一番は増上寺です。

 増上寺は徳川将軍家の菩提寺としてあまりにも有名で、都内屈指の大伽藍を誇るお寺です。同じ徳川将軍家の菩提寺・寛永寺が天台宗の関東における総本山であるのに対し、増上寺は浄土宗の大本山です。

 所在地は港区芝公園四丁目の七の三十五で、最寄駅は地下鉄都営三田線の御成門駅か芝公園駅、または都営浅草線の大門駅、都営大江戸線の大門駅ですが、JRの浜松町駅からも北口から西へまっすぐ行くだけでそれほどの距離でもないので便利です。

 お寺の歴史は、弘法大師空海の弟子である宗叡が武蔵国貝塚に光明寺というお寺を建立したのが始まりだとされています。貝塚は今の千代田区麹町・紀尾井町のあたりだということです。

 のちに、室町時代の明徳四年(西暦一三九三年)に酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)という人物が出て真言宗から浄土宗に改宗した。そして天正十八年(西暦一五九〇年)の徳川家康関東移封の際、家康が江戸城に入る時に寺の前を通り、源誉存応上人と対面し、存応上人から十念を授けられたことにより徳川家菩提寺となったという。

 ただし、家康入府以前のことはハッキリした史料に乏しく、よく分からない点が多いようです。

 昭和新撰江戸三十三観音札所の中には、江戸城の拡張工事によって移転を余儀なくされた寺が幾つかありますが(十六番の安養寺や二十番の天徳寺など)、この増上寺も慶長三年(西暦一五九八年)に現在地に移転したということです。なぜこの地になったか、ということについては、風水的に重要な地だったとも、東海道の出入り口として重要な地だったからとも言われます。

 浄土宗の大本山ですので本堂の中心の本尊はもちろん阿弥陀如来なのですが、観音札所としての本尊は「西向聖観世音菩薩」といい、石製の観音像で、本堂より北に小さな観音堂があってその中にまつられています。

 西向観音について、伝説があります。ガイドブック(江戸札所会発行『由緒ある寺院を巡る 昭和新撰江戸三十三観音札所案内』)によると、鎌倉時代の執権北条時頼のころ、時頼が諸国を巡ってこの近くに来た。ちょうど、今の大江戸線赤羽橋駅近くまで来たとき、周囲に古墳群があり、霊地と感じ、また、風雅な土地で憩いの場としても相応しいために、観音山という場所に辻堂を造り、街道に向けて石造の観音像を安置したのだという。

 北条時頼の諸国回遊伝説はただの伝説に過ぎないとよく言われますが、実際、鎌倉幕府ゆかりの人物が建てたのかもしれません。

 現在の観音堂は昭和五十年に浄土宗開宗八百年を記念して改めて建立されたものだそうです。

 観音堂からそのまま、観音様の視線の先、西側へ行くと、徳川家の霊廟の入り口があります。

 徳川家霊廟よりもさらに西には東京タワーがあり、増上寺本堂と東京タワーを二つとも同時に写真に撮るならば、新旧江戸東京の象徴をおさめたことになるといえるでしょう。

(2012年3月19日の「石川鏡介のブログ」の記事を再編集)

 

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