難儀
大阪弁で言うなら、「難儀なこっちゃなぁ~」!
辞書をひくと、「困難」 「面倒な事柄」とある。
「難」 で見ると、「苦しみ」「わざわい」「うまくゆかない悩み」とある。
どんな人も毎日、なんらかの「難」に会う。
そして、心騒ぐのです。「人生、うまくいかんもんやなぁ~」と
母の白内障の手術も、そのひとつ。
ほとんどの人は、簡単な手術で良く見えるようになっている。
なのに、「稀に起こる」の「稀」に当たって・・・
レンズの入れれなかったあの手術から、一ヶ月。
片目の不自由さの中、一日が長いらしい。
手術前の母は、私達と同じように、「毎日があっと言う間」
と、時間が足りない位で、退屈知らず。
しかも、疲れ知らずだったのが、
「疲れるって、こう事かぁ。
あんたら、『疲れた~』ってよう言うてるけど、それが解ったわ」
「ほんまかいな。やっと解ってくれたんか?」
なんて言いながら、娘としては、早く前のように疲れ知らずに
戻してあげたい と思わずにはいられません。
これまでどれだけ感謝な日々だったのか。
当たり前のように過ごしていた日々に
新たな感謝が捧げられる。
母がクリスチャンで良かった。
絶望する事がないから。
「難」や「難儀」が、新たな「感謝」を生み出している。
「主に信頼し、
主を頼みとするものに
祝福があるように。
その人は、水のほとりに植わった木のように
流れのほとりに根を伸ばし
暑さが来ても暑さを知らず
葉は茂って、
日照りの年にも心配なく
いつまでも実をみのらせる。」旧約聖書エレミヤ書17
暑さは来ます。
日照りにもあいます。
それでも枯れることはありません。
豊かな命の水である、主なる神を頼みとし、
豊かな供給をいつも頂くからです。
真の神様を信じる者にも、たくさんの「難義」は訪れます。
決して、御利益宗教ではないからです。
ただ「難儀」もまた、私達をさらに「主」なるキリスト、
そうです。
「神の御姿であられる方なのに、
そのありかたを捨てるられないとはお考えにならず
御自分を無にして、仕える者の姿をとり、
人間と同じようになられました。」
「人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い
実に十字架の死にまでも従われました」新約聖書ピリピ書
とある、この方へと心を向けさせてくださる感謝に
変わります。
「難儀」を受ける必要のなかった方「キリスト」が
あえて「難儀」を受けるため、
しかも私達を神に立ち返らせるために
天から来て下さったのです。
肉体の弱さを持つ私達に同情できる方として
母に同情し、寄り添い、祝福を与えてくださいます。
22日に再手術が決まり、まだまだ不自由な日々は続きます。
が・・・、
「水のほとりに植わった木のように
流れのほとりに根を伸ばし
暑さが来ても暑さを知らず
葉は茂って、
日照りの年にも心配なく
いつまでも実をみのらせる」
平安な、入院生活になることを確信させてくださる
約束のみことばです。
主に信頼し、主を頼みとするものへの約束です。
感謝しつつ、手術の日を待ちます。







1 ■ナルドさんこんにちわ!
ナルドさん、はじめまして!ペタさんきゅです&初コメです☆ 面白いブログですね!実はちょっと前から更新楽しみにてましたwちょっと前にペタしたけどわかりました?趣味合うなって思ったからんですけど、よかったら仲良くしてくださいネ(〃ω☆)♪よくみたら近所みたいだしね^^ アメブロよりもモバブロの方をメインでやってるんでよかったらモバブロの方のブログも見てみてね☆ わたしのプロフ載せておくので、そこからモバ友申請できます*^^* モバ友には私の連絡先や日記とかも見れるようにしてあるからみてみてね! できればバブロでプチメしてもらえると嬉しいです☆プロフから直接連絡できるようになってるよ^^b それじゃ待ってるね~♪ ☆☆☆のん☆☆☆