梶井基次郎の小説「檸檬」↓を読みました。

http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/hikaku/lemon.html


以前、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」を読んだときに、主人公のチェロ奏者が練習の邪魔をする猫を蹴り飛ばす(だったと思ったが、忘れた。なにかしら虐待する)と、猫が壁にぶつかって青く光る、というようなくだりがあって、「冴えてる!」と思った。しかし、作品全体としては「べつにぃ~」という感じだった。だが、梶井の「檸檬」は、「セロ弾き~」の「光る猫」のくだりから得た感覚が全編にみなぎってるとの印象を受けた。

「セロ弾き~」のほうは、作品の舞台が無国籍でメルヘンチックな世界だったので、「光る猫」の良さが結局全体に埋もれてしまったような読後感を持った。いっぽう、「檸檬」のほうは、舞台が実在する地域(京都)で、実在する店(丸善)も登場し、生活の現場の中から自然に「光る猫」的世界へと移行していくのが心地よい。


ここ↓にTBしました。

http://across.air-nifty.com/world/2007/07/post_d4d7.html


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