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幻の宮への扉をひらく斎宮歴史博物館4〜2016冬至伊勢行(14)←(承前)

 

 

 

 

斎宮跡から北へ4kmほどの田園地帯に鎮座する神服織機殿(かんはとりはたどの)神社。

広大な田畑の海にぽっかりと浮かぶ小島のようです。

 

斎宮歴史博物館から近くのため油断してカーナビ任せに道を行くと、入口が分からないまま大きな杜を巡る畦道を半周以上してしまいました(泣)

 

 

 

 

このような轍(わだち)のある畦道が、境内の周囲をぐるり取り囲んでいます。

 

 

 

 

こちらは反対方面。

境内へ参入する前に、サチエはスマホで諸連絡の確認中。

 

この畦道、対向車があったらアウトでした…

 

 

 

 

そして、真っ直ぐに伸びた参道へ参入します。

 

 

 

 

参道の突き当たりに社務所があり、その右手に玉砂利を敷き詰めた広い御敷地が開けます。

 

 

 

 

聳える巨木。

クスノキ、でしょうか。

 

 

 

 

来た方を振り返ります。

 

このように、鳥居の向こうへ延びている参道も舗装されているとはいえ狭い道です。

そこに軽ワゴンが駐車していましたから、私たちの車をどうしようか悩んだのですけれど、縦列にする余地もなかったため、取りあえず間をあけ並ばせて頂きました。

 

 

 

 

参道を覆う杜のトンネルを抜けると、右手にポッカリと広い空間が開けます。

 

ここまで歩いて来る間、掃除用のブロアー音が次第に大きくなりながら聞こえていましたが、まさにお掃除の真っ最中でした。

 

けれど集められた落葉を見ると、もうかなり集まっているようでしたので、そろそろ終わる頃かと思えましたから、先にノンビリ境内探索させて頂くことにしました。

 

左に大きく見えているのは八尋殿(やひろでん)と呼ばれる御機殿で、ここで和妙(にぎたえ・絹布)が奉職されますが、神さまを祀った社殿ではありません。

 

右の向こうに並んでいる小さな社殿は、神服織機殿神社末社八所のうちの四社です。

肝心な神服織機殿神社の本殿は、この写真の左外で柵だけが見えています。orz

 

神衣を奉る

 各地の神社でも年一度の大祭にあたって、あらかじめ御座替えといって新しい神座を奉ったり、またお衣更えとか御衣(おんぞ)祭と称して神衣を奉る行事が行われるところはけっして珍しくない。少くとも年一度は神座あるいは神衣を新たにして神威の格別なご発動を仰ぐというのがその由来であると解釈されている。

 伊勢の場合は『神祇令』の規定に、四月と九月の両度の神衣祭があげられているから、おそくとも奈良朝初期以来恒例の国事として年二回も神衣が奉られてきたのである。

(中略)

 それではこの重大な神衣とは、どういう品々であったろうか。

『伊勢神宮』櫻井勝之進(学生社/2013年)

 

 

 

 

ともあれ、鳥居から参入します。

それでも本殿が写真に入らないほど、とにかく広々とした境内です。


 

 

 

先ずは八尋殿の間近まで進みました。

ようやくその向こうには、本殿も見えています。

 

神服織機殿神社(かんはとりはたどのじんじゃ) 皇大神宮所管社 

祭神:神服織機殿鎮守神(かんはとりはたどののまもりのかみ)

祭神は神御衣祭(5月と10月の14日)に供進される和妙(にぎたえ・絹布)を奉職する御機殿(八尋殿)の鎮守の神、神服織機殿鎮守神。社地には小社殿ながら、所管社の神服織機殿神社末社八所、祭神は神服織機殿鎮守御前神(かんはとりはたどののまもりのみまえのかみ)がご鎮座されている。

神宮神職が参向(14日間)し、地元の者が古い伝統のままに奉職を奉仕している。下機殿(しもはたどの)とも呼ばれている。

お伊勢さん125社まいり/斎宮めぐり/神服織機殿神社

 

 

この八尋殿は、神御衣祭(かんみそさい)で皇大神宮と荒祭宮のアマテラスへ供進される和妙を奉職する際、このように正面の扉が開かれるようです。

神宮/祭典と催し/恒例祭典/神御衣祭(かんみそさい)

 

 

そして、織子(おりこ)と呼ばれるその和妙を織る奉職工の方の様子はこんな感じです。

八尋殿で織られる和妙

神宮/神宮について/神宮の御料と御料地/神様の衣「神御衣」

 

やはり織子さんは、女性なんですね〜。

それも、右下で補助的な役割の方もおられるようですから、複数のようですが…

 

神御衣奉織始祭

神宮/神宮について/神宮の御料と御料地/神様の衣「神御衣」

 

向かって左側に並んでおられるのが織子さん方だとしたら、計4名の女性が奉職されるようです。

 

 

服部と麻続部

 大御神と荒祭宮に奉る神衣は、和妙(にぎたえ)と荒妙(あらたえ)の二種類である。それにモトユイの糸、頸玉•手玉・足玉の緒、ふくろ襪(しとうず)の緒などの紐類•長刀子(がたな)・短刀子・錐•針・鉾鋒(ほこのさき)・縫糸などの御裁縫具までもとり揃えてお供えされた。今日も和妙(絹)荒妙(麻)に糸や組紐、針の類がだいたい古来そのままに調進される。

 この和妙の衣(みそ)というのは、三河国からたてまつる赤引(あかひき)の糸で織った純白の絹で、これを調進するのは服部(はとりべ)一族の任務であった。また、荒妙の敷和(うずはた)の衣(みそ)といわれた麻布の方は麻続部(おみべ)の調進するところであった。これらの氏族は、察するところ、櫛田川から多気川にわたる平野部にその生活圏を持っていたようである(もっとも、麻続部一族の中には、土師器の技術をもって奉仕する一団もあり、これは多気郡の有尓郷に居住したことは前にものべた)。

 かれらは大神宮のご用を勤める上から、神服部(かんはとり)、神麻続部(かんおみ)といい、それぞれ封戸ニニ烟を宛てられていた。その機殿の所在地は近世のいわゆる御糸(みいと)六六郷の地域で、今は松阪市に属している。

(後略)

『伊勢神宮』櫻井勝之進(学生社/2013年)

 

 


 

ブロアーでのお掃除は続いていましたから、私たちに気遣って頂いては申し訳ありませんので、今はまだ本殿へは近づかず、末社の方へ進んでみます。

 

 

 

 

こちらは多分、式年遷宮を機に社殿が新しくなっていると思います。

 

ご祭神は末社八所まとめて神服織機殿鎮守御前神(かんはとりはたどののまもりのみまえのかみ)ということで、社殿それぞれの詳細は不明なんでしょうけれど、大きさや配置にも何か意味があるんでしょうね。

 

 

 

 

こちらは境内で向かい側にある神服織機殿神社末社八所のうちの二社。

 

けれども、これだと先ほどの四社と合わせ六社しかありません。

他に見当たりませんでしたので二社足りないのですが、もしかしたらその二社はどこかで相殿になっているのかも知れません。

 

しかし、ご祭神の詳細が分からず相殿っていうのもチョット無理があるように思えますから、正確には公表しないだけなのか、あるいは単に私たちが二社を見落としていたのか、分かりませんけれど…

 

 

 

 

境内の鳥居を振り返ると、ほぼ正午の太陽が輝いていました。

それにしても、杜にかかったその位置は低く、冬至の日の短さを思い知ります。

 

この時、ブロアーの音が止まりました。

奉仕されていたのは近在のご夫婦のようで、お昼休みにされるようです。

 

そこで、鳥居前に駐めている車の件をお伝えすると、気さくに「あ〜、構わんよ、よ〜お参り〜」とお応え頂けましたのでひと安心でした。

 

 

 

ということで、参拝させて頂きます、

 

ちなみに、この神服織機殿神社と次の神麻続機殿神社は、ほぼ全く同じ規模と造りなのですが、そのどちらにもある八尋殿こそが明治になるまでは主役で、あくまでも神社はその鎮守ということだったそうです。

 

もとはどちらも御機殿の鎮守の神社と申しあげていたが、明治以降はこのように神社を主とし、その域内にそれぞれ八尋殿がある、というように表現の変化をみた(二見町にある御塩殿と御塩殿神社もこれとまったく同じ関係にあり、同じような変更があった。明治の神道行政の一端がうかがわれる現象である)。

『伊勢神宮』櫻井勝之進(学生社/2013年)

 

 

 

 

こちらも新しい社殿になっています。

向こうの八尋殿がまだ古いままなのは、やはり神さまのお社が優先、ということでしょうか。

 

ともあれ、織り上げられた和妙は、このような体裁で供進されるようです。

 

神様の衣「神御衣」

神様の衣を「神御衣(かんみそ)」といいます。神宮では毎年春と秋、天照大御神に和妙(にぎたえ)と呼ばれる絹と荒妙(あらたえ)と呼ばれる麻の反物(たんもの)に、御糸、御針などの御料を添えてお供えする神御衣祭が行われています。そしてお祭りに先立ち、和妙は神服織機殿(かんはとりはたどの)神社、荒妙は神麻続機殿(かんおみはたどの)神社のそれぞれの八尋殿(やひろでん)で奉織(ほうしょく)されます。

 

機殿(はたどの)について

神服織機殿神社と神麻続機殿神社が鎮座する辺りは、古くから紡績業と関係が深く、神様に奉る絹や麻を奉織する服部神部(はとりかんべ)と呼ばれる人々が住んでいたと伝えられます。

周辺の下御糸(しもみいと)・上御糸(かみみいと)・中麻績(なかおみ)・機殿・服部などの地名からも、その関係の深さを窺うことができます。

機殿の由緒は古く、皇大神宮御鎮座当時に、五十鈴川のほとりに宇治の機殿を建て、天上の儀式にならって大御神の和妙を織ったことが伝えられ、その後天武天皇の御代に紡績業の盛んな現在の地に移されたようです。

現在では神御衣祭を控えた5月と10月に神宮から神職が参向し、それぞれの八尋殿で奉織が行われます。奉織の前後には神御衣奉織始祭(かんみそほうしょくはじめさい)、神御衣奉織鎮謝祭(かんみそほうしょくちんしゃさい)が行われます。

神宮/神宮について/神宮の御料と御料地/神様の衣「神御衣」

 

 

 

 

こちらの末社へもお参りさせて頂きます。

それぞれのお名前や事績がまったく分かりませんので、かなり微妙な気分ですけれど。

 

 

 

 

正午を少し過ぎただけなのですが、太陽が早くも傾いてきたように思えます。

 

 

 

 

あらためて、神服織機殿神社。

そもそもが御機殿の鎮守さまとはいえ、立派です。

 

 

 

 

境内が広いため、空も大きく見渡せて、杜も豊かな気持ちの良い空間。

 

 

 

 

参拝も半ばながら、ボンヤリと遠い視線で佇むサチエ。

その側に、集められた落葉が小さく積み上がっています。

 

 

 

 

そうして向こう側の四社にも参拝。

個別のご祭神が分からないため、四社まとめてお参りさせて頂きました。

 

 

 

 

鳥居の方へと戻りながら、大きな木と末社二社を望みます。

 

 

 

 

再訪を期し、記念撮影。

妙にかしこまったサチエです。

 

 

 

 

ようやく全社の写った全体写真。 

左下には、お掃除に使われていたブロアーなどが置かれています。

 

 

 

 

薄暗く高い杜に覆われた参道を戻ります。

 

 

 

 

まさに洞窟のような参道。

 

 

 

 

境内を出ると、いきなり陽光に照らされて、眩しさに目を細めてしまいました。

次は、ここから2kmほど離れた神麻続機殿神社へと向かいます。

 

 

 

(つづく)→ 神御衣祭の荒妙を奉職する神麻続機殿神社〜2016冬至伊勢行(16)




 

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