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幻の宮への扉をひらく斎宮歴史博物館2〜2016冬至伊勢行(12)←(承前)

 

 

 

 

映像展示室へと入りました。

壁面には、平安時代の装束・調度の模型などが展示されています。

 

そしてここでは、ハイビジョン画像の大画面で『斎王群行』と『今よみがえる幻の宮』の映像が、1日に5回ずつ交互に上映されます。

 

A映像:斎王群行(18分)

 斎宮についての総合的な紹介と、斎王をより身近に感じていただく映像です。

(中略)

 時代は宇治の平等院の出来たころ、斎王は後朱雀(ごすざく)天皇の皇女、良子(ながこ)内親王で、年はまだ十才。初めて都を離れるその肩には、重大な使命が課せられています。彼女はどんな想いで都を離れていったのでしょう、そして彼女を見守る藤原資房の心は…。

 

C映像:今よみがえる幻の宮(約13分)

 昭和45年以来、現在もつづく斎宮跡の発掘調査は、総面積137ヘクタールにおよぶ史跡の地下に眠る「幻の宮」の実態を明らかにしつづけています。

(中略)

文献史料から斎王の日常生活や勅使の訪問のようすを可能なかぎり再現した実写により、具体的な斎宮像とともに斎宮の発掘の理解を深めることができます。

斎宮歴史博物館/常設展案内/映像の内容と上映時間

 

私たちは、時間の都合で『今よみがえる幻の宮』だけを観せて頂きましたので、次の機会にはぜひ『斎王群行』をと思っています。

 

 

 

 

斎王の装束、なんでしょうか?

着物の右下に置かれた説明書にピントが合ってないため読めません。

 

というか、斎宮歴史博物館ホームページにある所蔵品情報データベースには写真のないものが多く解説もほぼ全て空欄ですし、そもそも展示品の目録さえ発行されていませんから、観覧者としてはチョットどうか、とも思いますけど…

 

まあ、職員の方々は発掘と研究に追われそれどころではないんでしょうが、後で調べようと思っても手掛かりがありませんので、もっとしっかり写真を撮っておくべきだったと反省です。orz

 

 

 

 

根古志形鏡台(ねこじがた きょうだい)

 

 

 

 

桧扇(ひおうぎ) 懸守(かけまもり)

 

 

 

 

美麗几帳(びれい きちょう) 三彩陶器薬壺(さんさいとうき やっこ)※右下

 

 

 

 

左の壁面には、斎王群行の大きな絵が貼られています。

その出典は分かりませんが(泣)

 

 

 

 

その左壁面の奥にも装束が展示されています。

これも、斎王の装束、なんでしょうかね?

 

 

 

 

あと、映像展示室の観覧席後部には、斎宮跡出土の土器を時代順に並べた編年展示があります。

(右から) 飛鳥時代(7世紀) 奈良時代前期(8世紀前葉) 奈良時代中期(8世紀中葉)

 

 斎宮の発掘調査では、主にどんなものが出てくるの?

斎宮跡から出土する土器のほとんどは土師器(はじき)と呼ばれる素焼きの土器で、全体の約90パーセント以上を占めています。それ以外に須恵器(すえき)や灰釉陶器(かいゆうとうき)、緑釉陶器(りょくゆうとうき)などがあります。

斎宮歴史博物館/斎宮Q&A

 

 

 

 

上の写真で真ん中あたりに掲げられた写真をアップ。

斎宮跡発掘作業に尽力された、地元の姉さん方々です。

 

おそらくですが、掘立柱の立っていた柱穴ひとつに一人、立っておられるのだと思います。

だとしたら、これこそまさに生きる〝人柱〟ですね〜(苦笑)

 

 斎宮の発掘調査ではどれぐらいの深さを掘るの?

場所や遺構によって様々です。深いものでは数メートルも掘ることがあります。しかしながら斎宮跡の発掘調査は、遺構の情報を得るための最小限の調査しか行いません。ですから多くの遺構は底まで掘らずに途中まで掘って遺構を確認すると、そのまま埋め戻してしまいます。これは遺跡を保存していくためと、将来再び発掘調査ができるようにするためです。

斎宮歴史博物館/斎宮Q&A

 

 

 

 

飛鳥時代(7世紀)

 

 

 

 

奈良時代前期(8世紀前葉)

 

 

 

 

奈良時代中期(8世紀中葉)

 

 

 

 

(右から) 奈良時代後期(8世紀後葉) 平安時代初期(9世紀前葉) 平安時代前Ⅰ期(9世紀中葉) 平安時代前Ⅱ期(9世紀中葉〜後葉) 平安時代中期(10世紀前半)

 

 

 

 

「斎宮跡の土器編年」

 発掘調査で出土した土器は、それぞれのやきものの焼成や用途の違い(器種)、形の違い(器形)により分類されます。それらが含まれる地層の順や遺構の重なり合いの順、判定の基準になる遺物の共伴状況により、時間軸の上に整理する作業を編年といいます。

 この土器の編年作業の成果は、文字資料の少ない斎宮跡では、遺構の時期を決定する重要な根拠のひとつとなっています。

 

この編年表は、右端の飛鳥時代に始まって、左端の鎌倉時代で終わっています。

そこで最も広い面積を占めているベージュ色は土師器を示しており、斎宮の歴史でも一貫して主に使われていたことが分かります。

 

土師器(はじき)

土師器は、弥生土器の流れをくむ素焼きの土器で、古墳時代以降長きにわたって使用された。一般には、赤褐色ないし黄褐色を呈する。斎宮で使用された土器の95%以上は、この土師器であり、圧倒的な出土量を誇る。主な器種に、杯・皿・椀・高杯といった供膳具のほか、甕・鍋といった煮沸具がある。斎宮跡周辺には、土師器を野焼きした二等辺三角形の窯跡が多数確認されており、旧有爾(うに)郷一帯は、斎宮ならびに伊勢神宮に土師器を供給していた一大生産地であった。

斎宮歴史博物館/斎宮関連用語集

 

そのベージュ色の左下、平安時代中葉あたりからオレンジ色が出ていますけれど、これはロクロ土師器を示しており、その頃からロクロが使われるようになったようですね。

 

 

 

 

奈良時代後期(8世紀後葉)

 

 

 

 

(右から) 奈良時代後期(8世紀後葉) 平安時代初期(9世紀前葉)

 

 

 

 

(右から) 平安時代前Ⅰ期(9世紀中葉) 平安時代前Ⅱ期(9世紀中葉〜後葉) 平安時代中期(10世紀前半)

 

 

 

 

(右から) 平安時代後I期(10世紀後半) 平安時代後Ⅱ期(11世紀前葉〜中葉) 平安時代末期(11世紀後葉〜12世紀後葉) 鎌倉時代(12世紀末〜13世紀頃)

 

 

 

 

平安時代後I期(10世紀後半)

 

 

 

 

(右から) 平安時代後I期(10世紀後半) 平安時代後Ⅱ期(11世紀前葉〜中葉) 平安時代末期(11世紀後葉〜12世紀後葉) 鎌倉時代(12世紀末〜13世紀頃)

 

 

 

ということで、土器について特にコメントできるような素養が私にはありません(泣)

次は、展示室Ⅱ「ものからわかる斎宮」へと進みます。

 

 

 

(つづく)→ 幻の宮への扉をひらく斎宮歴史博物館4〜2016冬至伊勢行(14)



 

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