いろはのススメ

物事の初歩「いろは」
生活の中に感じる「いろは」を大切に綴ります


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ゆっくりしに来ませんか?

 

 

お気に入りの本を片手に、珈琲でもいかがでしょう。

本を開かず、何もしない時間を過ごすのもよいでしょう。


時には、そんな時間も 大切です。

ただ、ボーッと、縁側から外を眺めるという過ごし方も 贅沢です。

 

 

 

 

里山の古民家「えんじゅ庵」にて。

 

ゆったり流れる時間の中で、お気に入り時間を過ごしていきませんか?

 

 

 


つくばの市街地から少し外れ、山の中をトンネルでくぐった後にさらに歩みを進めると、そこにはまだ、茅葺屋根の家の姿を残す地域があります。


旧八郷地区。


そしてこの10月から、月に数回、

この地区の古民家「えんじゅ庵」にてBook Cafeがオープンします。

 



初日の10月20日。

私も、覗きに行ってみました。

 


 

入り口をくぐると、まるでバーカウンターのような空間。

静かに音楽が流れます。


 

 

柳行李(やなぎごおり)という柳や竹、籐で編んだかごに並べられた古本たち。
心躍ります。

 

赤色ラベルは 持ち出し(禁)。

黄色ラベルは 貸し出し(可)。
緑色ラベルは お持ち帰り(可)。
 

学生時代、図書委員だった頃を思い出しました。

 

 

 

縁側席の本棚には、漫画も。
管理人さんおすすめの 3月のライオン が気になりましたが、

どなたか1巻から読書中のよう。

 

 

 

どなたかの読みかけの本でしょうか。

 

 

 

そして、今日の私のチョイスはこちら。

 

 

 

お隣の方とたまにお喋りしたりなんかして、

ゆったり、ゆっくり。

時間が流れていく。

 

 

 

時々ウロウロしたり。

 

 

 

縁側に座り、ぼんやり外の景色を眺めていると、
鳥の声が聴こえてきました。


そして、ふと、日が落ち始めたことに気づく。
あぁ、もう夕暮れが近づいているようです。

 

 

さて、今日はこれにてお終い。
片付けて帰ろうか、という時、お茶の先生がいらして、

大変美味しいお抹茶を点てて下さった。
季節のお菓子も可愛らしい。

 

 

 

次の日はちょっぴり早起きして、
自宅の縁側でちゃっかり、昨日お持ち帰りした本を読む。

なんて贅沢時間。


 

。*******。

次回の Book Cafe えんじゅ のオープンは、
10月29日(土)10:00 〜 16:00 
Facebookページ もどうぞご覧ください。

。*******。

読書の秋。
 

古民家でゆったり、のんびり。
ここ八郷で、豊かなひと時をご一緒にいかがでしょう?


 

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自分が、若しくは 大事な人が、

 

「病気」になったり、

「体調不良」になることがきっかけで、

 

改めて「身体」という存在を見つめ直すというは珍しくないのではないでしょうか。

 

 

何故なのでしょう?

身体。
特に自分の身体ほど、物理的にもこんなに近い存在はないというのに。

 

 

動いて当たり前、あって当たり前、使えて当たり前、
そんな “当たり前” が当たり前ではなくなった時に、

当たり前の大きさを知ることになる。

 

 

かく言う私も、身体について深く考えるきっかけとなったのは、
家族や自分が患った「病気」。

 

 

 

もし、他の入り口があったとしたら---。

 

 

学校教育でも家庭でも地域でも場所はどこでもいいのだけれど、

 

治すとか、改善するとか、

病気とか病気でないとか、

正常とか異常とか、

そういうおまけや目的をつけずに、
バイアスも一切かけずに、


ただ単に身体の構造としての巧妙さや美しさ、

身体というものの上に培われてきた文化や歴史に感嘆する時間がもう少し欲しかったなぁ、なんて最近よく思ったりします。

 

きっと過去に抱いた好奇心が不完全燃焼状態で残っていたのでしょう。

 

だから、ここで発信することは、そんな過去の自分に対する語りかけでもあるのかも、知れません。

 

 

 

 

 

 

 

こういう気持ちになるのも、あれこれ悩みながらも、歩いてきた自分の道がどこかの目的地に到着して、一つのルートとして自分が認識したからなのでしょう。

 

 

だから、やっと他のルートの「入り口」が目に入って、

且つ、その道は今歩いてきた道とどうやら繋がっているらしいということが分かるから、どちらの道も大事だと分かる。

高校生の頃、好奇心だけは強くて、色んな道の入り口が目の前にあることは分かりつつ、特に何になりたいわけでもなく選べず、立ち往生していた自分。

その自分にもし逢えたら、
「どこでもとりあえず歩いてみたら?」と今なら肩を叩けると思う。

 

 

最後の何行かは、先ほど電話した悩める乙女へ。

 

 

 

 

 


 

 



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昨年5月に、月に4回ブログを書こうと決めて、今日で一年が経ちました。

「今週の読みました」とお声かけ頂いたり、

「今月まだ4つ書いてないんじゃない?」と言葉掛け頂いたり、

さらには、
「私もブログ始めてみました」という友人・知人からお便りを頂いたり。

お陰様で3日坊主の私も、1年書き続けることができました。
本当にありがとうございます。


日記をつけることが小学校の頃からの習慣で、
私にとって文字を書き綴るということは好きな行為ではありました。

ただ、こうして公の場に発信する文章となると、中々筆(キーボート笑)が進まないのでのでした。

そして、私には「こういうことをブログで発信したい」という明確な意図があった訳でもありませんでした。


どちらかといえば、

 自分が普段から何を考えているのか?

 自分のプライベートとパブリックの境目はどこなのか?

 自分の主張は何か?

コンスタントに「書く」という行為を続けることで、探って行くためのトライアルであったと思っています。


1年間のトライアル結果、自分の考え方や行動の癖も分かり、
何より「自分の主張したいこと」も見つかりました。

継続は力なり、を自分の身を以て体験中です。


ブログを書く上で特に、「理学療法士として」ということを考えることが多かったのですが、私はコツコツと手技を磨いたり、一つの理論を突き詰めていくタイプではありませんでした。

大学を卒業してから、同期が理学療法士として学会発表をしたり、研究会を運営したり、理学療法のセミナーに参加する中、


私は・・・

音楽療法だったり認知科学だったり、心理学など微妙に畑違いの場にばかり参加していたり、(お陰で主人とも出会えたのですが・・・)

身体と音楽との関係性についてバレエピアニストに意見を求めたり、いきなりメディカルライターになってみたり、デザインの学校に通い始めたり。

古民家に住みたくなって、田舎に移住し、土いじり。
植物に想いを馳せ、着物に興味・・・。

興味がチリチリバラバラで、全く以てまとまりなし。


しかし、文章として形にして行く中で気付いたのです。
全て「身体」と何かの関連性を考えていたのだ、と。

音楽と身体
芸術と身体
言葉と身体
衣類と身体
家屋と身体
植物と身体
食物と身体
デザインと身体
 ・・・。

ずっと、「身体」のことを考察していた。
人と生活の中の、「身体」を考えていた。


このキーボートを打つ手も、
階段を下りる足も、
ぐぅと鳴るお腹も、
分からなくて右に傾げた首も、
気付いたら長くなっている爪も、

普段当たり前のこととして意識していないけれど、
すごいなと思う。


全てのことに身体が介在していて、当たり前に過ごしているのに、
私たちは身体の多くのことを知らない。



それを知るヒントはいつも生活の中にあり。

「着想型」思考の私は、何か一つのことを考えようとしても、
そこに突然何かがどんどんくっ着いて、新しいアイデアとしてどんどん拡がってしまうため、アプトプットしようと試みた時にはいつも出口は渋滞状態。

さらに、アイデアというものは、形にしないと意識にのぼらないが頭の中には溜まっていくらしく、
便秘状態になるとなんだかイライラしてくるらしい、ということが分かった。(私の場合)。


理学療法士という職業は「職人気質」の人間が多い、と言われることもありますが、
私にはまったくもってその様な気質はないように思われ、
そのことがずっとコンプレックスでもありました。

しかし、そんな「拡散型」思考の私だから発信できる何かがきっとあるはずだと信じて書き続けています。

今後ともどうぞお楽しみに。


最後に、アウトプットをしよう、と意図してから、
文章の講座を受講したり、デザインの専門学校に通ったり、図書館で本を読みあさったり、内省したり。

私にその時間を許してくれた主人はじめ、周りの方々に感謝の意を示したいと思います。
本当にありがとうございました。














































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少し前になりますが、主人と二人、
菖蒲薬師古道を歩きました。(リンクは石岡市公式ホームページより引用)




我が家の裏山の道に入り、
登り進めれば進めるほど、どんどん自分を包む音が変わってゆきます。

登りはじめ、聞こえるのは、チェーンソウや農業用の重機の、車の音など、
いわゆる人間の発する音。

里の音。





しかし、
段々に登っていくと、次第に人間の音にまみれて聞こえなかったような、

自然の音が鮮明に聞こえてきました。


葉同士がこすれる音
鳥の鳴き声
風で木が軋む音



自分と自然との間を隔てているものは、そこにはない。
心地よい安心感に包まれました。






音だけではありません。

まぶたに当たる、太陽の暖かさ、
血管の透ける色、
やさしい風がそっと顔の産毛をなでていく感触。

土を踏みしめた時に少し沈み込む感覚を足に受けながら、
自分の呼吸の音が聞こえてきました。

地図を持って前を歩く主人と、重なったり、ずれたりする足音のリズム感。




普段恐らく知覚はしているのだろうけれど、感じていなかった、
様々な感覚がくすぐられる。


この日は少し肌寒い気温でしたが、
不思議と木と葉と土に包まれた古道はとても暖かかった。





水の神様の「龍神様」にご挨拶を済ませ、
途中道に迷いながらも、さらに奥へ奥へと進んでゆきます。




すると、薬師堂への案内板が見えてきました。





桜の花びらの絨毯を踏みしめ、弁天池の横を通り、いざ薬師堂へ。







たどり着いたお堂の中には、「阿・吽」の口をした不動明王の姿。
この地の平安を、その鋭い眼光で照らしてきたのだろうか。

何度も天災に見舞われながらも、この地の住民の手によって守られてきたこの場所は、清々しい暖かさに包まれていた。

また、帰って来よう。

自分の感覚を忘れた時、
リセットしに。

また歩いて来よう。



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【 二の足を踏む 】


「二の足」とは、二歩目を意味する。一歩目を踏み出し、二歩目を思い悩んで踏み出すことから、物事を進めるのに思い切って出来ないことの喩えを表すようになった。
                 (Web:故事ことわざ辞典より引用)






戦前から戦後の動乱を駆け抜けて来た祖父も、
いよいよ90歳を迎えようとする頃には、足元のふらつきが隠せなくなっていった。

ヘルパーさんや、担当医、理学療法士が杖を進めるも本人は、拒否。

とりあえず使ってみたら?と家族が福祉用具店で買ってきた杖も、
「デザインが美しくない」とまた断固拒否。




「転んだら危ないでしょう?」と家族が説得も試みるも、
「転んだら転んだでそん時考えるからいいっ!」と取りつく島もなし。

「でもね、転んだらそのまま寝たきりよ」と言うと、
「じゃあ寝たきりでいい!生きながらにして天国じゃあないか」とまぁ、
ああ言えばこう言う、の繰り返しで、埒が明かない。

「いつまでも元気で歩いていられる方がいいでしょう?」なんて言うと、
「棺桶まで歩いて行く体力だけは残しておかんとなぁ」と、暖簾に腕押し状態。



終いには、
「これだけ頭がしっかりしていれば当面大丈夫でしょう」と、
担当医から苦笑いをされる始末。




しかし、その後、家族は驚愕の光景を目にすることとなる。




なんと、あんなに杖を拒否していた祖父が、杖が持って歩いているではありませんか…!



一人での外出は控えるようにと言われていた祖父だが、
家族の目を盗んでこっそり家から抜け出したらしい。

近所のスーパーで大好きな鱈を購入したらしく、スーパーの袋を腕に下げて上機嫌である。


「ちゃんと杖をついて行ったのだからいいだろう」

それが祖父の言い分である。






だが、祖父のその手にしているのは、家族の買ってきた杖とは明らかに違った。

仙人が持っているような持ち手が丸くツルツルした上質な木でできた、なんだか雅な杖。



「いい木があったからよ、引っこ抜いて来た」とにやり、笑みを浮かべた。



どうやら、家の近くの空き地に生息していた小さな木から、
お気に入りの一つを引っこ抜いてきて、自分で作ったらしい。




自分の背丈に合わせて何度も高さを調整し、
表面はヤスリで磨く。
さらに、上からぐっと押した時に手のひらにしっくり来る断面に整え、
先っぽには滑り止めのゴムまで付いていた。



担当の理学療法士もビックリである。




本人は、手塩にかけて作った “世界に一つだけの杖” を片手にご満悦。

一方家族のもの達は、
一体あのふらついた足でどうやって木なんて引っこ抜いて来たのかと、
身体の血の気が引く想いがしながらも、

祖父の生きることへの意欲作とも受け取れる杖の出来栄えに、
少し安堵の表情を浮かべていた。





「いいだろ?これ」



そう言って自慢げに杖を見せてくれながらも、



 「二の足踏んでいるんだったら三の足をつくるが宜し」


と、お得意のじぃじ語録を続ける。



どこまでもマイペースな祖父にその人らしさを感じる同時に、
こうも思った。


祖父は、本当はすべて、分かっていたのだ、と。


自分が老いて行く、ということ。
いつか、家族の世話になる日が来る、ということ。

そして、いつか自分が死ぬ日が来る、ということも。


すべて分かっていたのだ。





「さてと、棺桶に片足突っ込んでたけども、もうちょっと頑張るかや」

そう言って、棺桶に突っ込みかけていた足と、
新入りの三の足と共に、また鱈を求めて歩いて行った。


そんな、祖父の生き様が、私は大好きでした。









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