このブログは、

レイキティーチャー・ヒプノセラピスト・

シータヒーリング マスター&サイエンス認定インストラクターなどとして約12年間働き、

現在、4年目となる画家活動の傍ら、

世界でたった二人の、一般人がお会いすることができるヒマラヤ大聖者:ヨグマタ 相川 圭子さんと出会い、

サイエンス オブ エンライトメントに在学、

悟りのための瞑想指導を受けながら、

善行と学びを生活の中心に置いて「生きること」をテーマに色々綴る

西出 麻里奈の文章メイン ブログです宝石ブルー

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大切なものって、皆さん持ってると思います。

大切なものをなくす辛さってあると思います。


大切なものたちを「まだ手元に置いておきたい!」って抵抗する自分も、

本当は大切じゃないことを知るのが怖い自分もいるかもしれません。


大切だから、好きにいいようにして、

大切じゃないから、無視してスルーするような

どうでもいいような扱いをする人もいれば、


大切なのに、大切に扱う表現をできない人もいます。


大切なものは何のためにあるのでしょうか?

大切だと握りしめているものは、

果たして

それ自体が本当に大切だからでしょうか?


大切にしていても、それは薄れてきます。

だって、次から次に新しく大切にしていたいものが現れて、

次から次に増えていくと、

今まで大切にしていたものを大切にしようとするパワーは持てないことがほとんどですからね。


そんなにたくさんのパワー・神経をずっと使ってるなんて消耗で神経すり減ってしまって、

本人が大変ですからね。


で、

大切なものを自分が納得してない段階でなくすことが辛いですよね。

まだ持っておきたいのに、

人生の方からの流れで  とか、

相手側の決断で  とか、

うっかりミスで  とか、

納得していない段階で起こる「失い」は、痛い。


なんででしょうか?


それがなくなると、何でそんなにも悲しいんでしょうか?


その「モノ」に、どんな想い入れを込めてしまっているのでしょうか?


その想い入れによって、

それがまるで自分の一部のように感じてしまっている時に失うと、

痛いと感じるものなんですよね。


何でもいいですよ。

お気に入りの高価なサングラスとか、

親離れし始めたお子さんでも、

愛するパートナーでも。


失うことが怖いんじゃなく、

自分の一部だと錯覚していることが、痛みの原因なんです。


何でこれを書いてるのかと言いますと、

神様はわたしたちの中に、

わたしたち自身のモトとして、存在している訳ですが、

わたしたち自身のモトは、わたしたち自身(マインドさん)には見えにくくなっていて、

それは曇ってしまって、思い込みたちに邪魔されているからなんですけど、


本当は、自分の蓋を開けてみたら、

自分というのは純粋な神のクオリティでできた

そのものなんですね。


瞑想の中で、

その自分と出会えた時、

それは嬉しくて嬉しくて、

幸せで幸せで、深い深い安堵で、

感謝・感謝なんですけど、


その自分と〝ひとつ〟で居られない自分がたちがいまして、

その自分たちというのは、

マインドの自分たちで、エゴ/欲を信じてる自分たちでして、


でね、その自分たちは言うんです。

この世は残酷で、わたしたちは希薄で、

世界は分離してるって。

だからわたしたちは一人ぼっちで、誰とも繋がっておらず、

誰からも大切にされてないし、

誰の懐に入ることもできないし、

敵が責めて来ないように自分を壁で守らなくちゃいけないし、

寂しい世界なんだよっ   って。


それで、わたしたちは段々希薄になり、

その代わりに何かに想い入れこんでゆき、

大切にしてみたり、

「この人だけは違うかも!」と、

相手を見つけて想い入れを持つみたいなんですね。


そういうことを繰り返して生きてる。


で、

認めてみる。


大切なんじゃなくて、

想い入れを満たしてほしいから大切にしている

ということを。

見返りを求めていることを。


だから、違う新しい満たしてくれそうな可能性を見つけたら、

そのモノに気持ちがワクワク移行して、

古いものは忘れ去られたり、処分されたりしてる。


いつも、どの時代も、

見返りを求めてGETしようと奮闘しているのですね。


それに気付いた時、

愛は 「見返りを求めてるから 今まで思うように手に入らなかったんだ…」  と、

気付けるかもしれないし、


とにかく、痛いのは〝見返りを求める心〟なんですね。


その人の本質が痛いと感じている訳でも

苦しんでいる訳でもなく、

わたしたちの本質はいつも静寂で平和です。


だから、見返りを求めない本物の愛は 強いです。


なくなることを怖れるレベルに居ないし、

都合のいい期待を寄せない。


何があっても大丈夫で、

捧げている  根本に基づく自分がある。


本当は皆 そういう人たちなんだけど、

色んなカルマで、

純粋性より、

〝見返り求め性〟になっていることにすら気付かないほど、

自分を見る目が曇ってしまって、

見返りを求める心に居ることが慢性化してしまっている。



本当はもっと素晴らしい存在なのに!


次回続きでは、

カルマを落とし、運命が変わっていく

どなたでもできる行いについて、

書いてみたいと思いますピンクハート



お読みいただき、ありがとうございました虹




宝石赤見返りを求める行為から純粋な愛の行為へ移行していくことについて書かれたヨグマタ 相川 圭子さんのお勧めご著書一覧

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   本の種類もすごくたくさん出版されています。



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