イイオンナ推進プロジェクト 公式ブログ

「イイオンナ」は、「ありのままの自分を受け入れ、それを周囲に発信できる人」自分が提供・貢献できること、女性一人ひとりが自覚をし、そしてそれを社会の中で発揮していく。そんな女性を増やすため、表参道を拠点に活動しているのが、「イイオンナ推進プロジェクト」です。

~11月7日はイイオンナの日~
お申し込みスタートしました☆ 早割で受付中です!!

テーマ:
こんにちは。
火曜日にお届けしているのは
~あなたの笑顔を紡ぐ介添人~
伊藤ひろみさんのコラムです。

今日のテーマは、悩み苦しんでいる女性が
多くいらっしゃるのではないでしょうか。
もし、お近くで該当する方がいらしたら
伊藤ひろみさんの存在を教えてあげてください。

彼女はきっと、苦しい気持ちを
分かち合ってくれることと思います。

イイオンナ通信はこちらから
http://www.1107woman.jp/1107mailmaga01.html



第3回 子供を授かることができなかった私

私は 19年間企業に勤める会社員として、結婚した女性として過ごす中で、いつも生きづらさを抱えて過ごしてきました。

今振り返ると、「あの時こういうことを知っていたら、こうしていたら」という思いがたくさんあります。

今の自分からあのときの自分に掛けてあげたい言葉、それを今必要としている方にお伝えすることが「あなたの笑顔をつむぐ介添え人」でありたい理由なのです。

あなたの笑顔をつむぐ介添え人でありたい理由を6回にわたり、綴ってまいります。

第3回目の今回は、子供を授からなかった私について綴ってみたいと思います。


●子供のいない私

私には子供がいません。




子供がいない人には様々な理由があったり、理由などなかったり、それもいろいろだと思います。

私は子供を授かりたいと思っていましたが、授からなかったタイプ

27歳で結婚し、ずっと子供を望んできましたが、確たる理由がわからないまま38歳のときに子供を諦めることを決めました。

子供を授かるためにしてきたこと、感じてきた思いを綴ってみたいと思います。
子供を授かろうと努力してきた経緯やその時、その時感じてきた気持ち、今わかったことなど
●結婚当初のこと

第一回のコラムで綴ったように、私は新婚時代あまりにも心身ともに余裕がなく体も不調が続いていました。

そのためか27歳と若かったにもかかわらず子供は授からず、そうしているうちにうつの症状のために休職、療養となってしまいます。

うつの症状が改善し、復職が近くなった頃、子供を授かりにくいということを感じ、クリニックに相談に行きました。

そこでは女性のホルモン周期に合わせて何種類もの検査をしました。

もちろん夫の方も検査をします。

検査が一巡するだけで2カ月ほどかかったでしょうか。

検査が一通り終わった後は、まず自然に妊娠するようタイミング法の指導を受けました。

半年ほど続けましたが授からず…

そのクリニックは不妊治療専門ではなかったため、妊婦さんにまじって待合室で過ごす時間は非常に居心地の悪い思いでした。

その後不妊治療専門のクリニックに移り、人工授精も経験しました。

このときは既に復職していたので、ホルモンの周期に合わせて注射をしに行ったり、診察を受けたりするために会社に休暇を願い出なくてはいけないことがとても大変でした。

不妊治療をしていることを職場で公にして休暇を取りやすくするということもできたかもしれませんが、自分ではそれを望まなかったので、あれこれ理由をこじつけてお休みを頂いていました。

勤めに出ながら不妊治療をするというのは、たびたび休暇やフレックスタイムを使わなくてはいけないことも負担でした。

大変でも子供が授かればよいのですが、人工授精を3回ほど試しても授からず、理由をつけて休暇を取ることにも限界を感じ、治療をストップしました。


●その頃感じていたこと

私が結婚したのは27歳で、大学の友人や会社の同僚と比べて決して遅い方ではありませんでした。

でも、私より何年も後に結婚した友人たちが次々と出産していく。

友人の出産は私も嬉しい思いでしたが、どんどん追い越されていくようで、とても寂しい気持ちでいたのも事実でした。

30歳手前でうつを患ったため仕事を休んでいたことも手伝い、

私は仕事も頑張れなければ、子供を産むことも出来ない。どうしてこんなに出来損ないの人間なんだろう

そう思って自分を責めていました。

今思うと、仕事、家事、育児をしている同僚と同じようにしなくてはいけないという基準を自分に課していたのと思います。

でも、私は子供が好きかと問われると、正直なところ、子供は苦手で自分が本当に子供がほしいと思っているのかどうかよくわかりませんでした。

その後はしばらく子供のことを棚上げした状態となり、そうこうしているうちに夫が慣れない業務をする職場に移ったストレスからうつになり、療養に入ります。

こうなると子供どころではなくなってしまいました。

●不妊治療の再開

棚上げにしていた子供のことでしたが、再び授かる努力をしてみようと決意する出来事がありました。

2011年に起こった東日本大震災です。

あの地震では、被災地だけでなく埼玉県に住む我が家にも生活に大きな影響があり、毎日家族と無事に過ごせることのありがたみを再認識しました。

そして、子供のいない私たち夫婦も、やはり大事なのは家族という気持ちが高まり、私の年齢が38歳と妊娠にはギリギリの年齢に来ていたこともあり、不妊治療を再開することにしました。

●2回目の不妊治療

この時受診したクリニックは完全予約制で、夜間・休日も診療をしていたので、仕事をしながらでもどうにか検査や治療をすることができました。

幸か不幸か不妊治療を受けることに慣れていたので、治療の再開を思い立ってからは基礎体温を記録するなど準備をし、検査にかかる期間も最短で済ませることができました。

1回目の治療のときもそうでしたが、ここでも夫も私も確たる不妊の原因がわからないままでした。

当時は震災の影響もあり、仕事が多忙でしたが、診療時間が長く休日診療もあったのでとても助かりました。

こちらのクリニックでも人工授精を行いました。

本当は年齢が38歳と高くなっていたので、人工授精を飛ばして体外受精をお願いしたい気持ちでしたが、7回ほど人工授精をしてダメなら体外受精と言われてしまい、人工授精となりました。

どうしても子供が欲しいという気持ちがあったら、医師にもっとよく相談する、場合によっては転院する選択をしていたかもしれません。

治療は会社帰りにすることができたので、その面では楽でしたが、人工授精後に服用するホルモン剤の副作用が強く出て、仕事に行くのも難しいほどの吐き気に悩まされました。

吐き気止めを処方してもらい、おさまるようになりましたが、つわりを疑似体験させてもらったような辛さでした。

2回の人工授精を行いましたが、妊娠には至りませんでした。

●夫の病気と治療の中断

そうこうするうちに、夫の様子が変わっていきます。

1回目の不妊治療の後、夫はうつを患い、継続して抗うつ薬を服用していましたが、東日本大震災の後1カ月ほど経った頃から、それまでの夫からは考えられないほど陽気になり、もう少し経つと、話し出すと止まらない、余分なものをたくさん買い込む、睡眠をほとんど取らないという通常では理解出来ない様子を見せるようになりました。

かかりつけの医師に相談すると、躁鬱病との診断を受けました。

夫のあまりの変わりように私は動揺し、どうにか早めに躁鬱病の治療をさせなくては、と病気のことをいろいろ調べました。

躁の症状を発症している夫と過ごすこと自体が私は苦痛になっていき、そのことに必死で、もはや子供どころではなくなりました。

こうして2度目の不妊治療も中断となりました。

●その後の心の動き

夫のケアをするうちに私も調子をくずしてうつを発症したことは前回のコラムにも書いた通りです。
(前回のコラム:http://ameblo.jp/mariami1114/entry-12157861614.html

そのときは自分のありとあらゆることを責めていて、子供を授からないことについても同様でした。

治療をしようとすると継続することが難しくなるような状況になることを思って、せっかく治療を再開したのにすぐに断念しなくてはいけなくなるなんて、私に何か悪いところがあるのではないかと思うようになりました。

自分が子供好きではないことも気になっていたため、

私には母性がないから子供が授からないのだ

と思い、それを気にやむようになりました。

今振り返ってみて思うのは、私の中で女性はこうあるべきというものを勝手に決めているところがあったということです。

女性は結婚して出産しなくてはいけない

当然にこのプロセスを踏める場合はそれでもよいのかもしれませんが、子供を授かることが自分にとっては容易ではないということがわかったときに、このルールを自分から外してあげる必要がありました。

これにプラスして、仕事、家事、育児をしている同僚と同じようにしなくてはいけないという基準を自分に課していたことでさらに自分を追い込んでいました。

●子供が欲しいという気持ち

私の場合、今でも本当に子供が欲しいと思っていたのか、女性は子供を産むものという勝手なルールからの焦りをもっていたのか、わからない部分もあります。

でも、私は今そのことが気になることはほぼなくなりました。

自分には母性がないのではないか」という気持ちは、病気療養中にペットとしてうさぎをお迎えし、育てるうちに、自然と消滅していきました。

赤ちゃんのときにお迎えしたうさぎがだんだんに大きくなり、懐いたり感情豊かな仕草を見せてくれたりすると、無条件に可愛く、出かける前、就寝前など何回も振り返って声をかけてしまいます。

私にもどうやら母性があるらしいと、以前の悩みが嘘のように感じます。

私は行動することで気持ちが変わるということが多いほうだと思います。

ペットをお迎えすることが子供を授からない人すべてによいということを言いたいのではありません。

私の場合、子供を授からなくて寂しいという感情の奥にあったものが、母性がないのではないかという囚われだったため、うさぎを育てることを通じ、その囚われから解放されていきました。

そうしているうちに、子供を産まなくては女性として一人前ではないという囚われにも、「いやそんなことはない」と自然に思えるようになりました。

●こんな私だからできること

心底子供好きな方のことを思うと、私よりさらに辛い気持ちをお持ちだろうと思います。

不妊治療を経験した私ですら、もっと辛い思いをされている方々の気持ちのすべてがわかるわけではありません。

多額の費用を負担し体外受精に挑戦したのに無事に出産にこぎつけることのできない方もきっとたくさんいて、経済的にも精神的にもどれだけ辛いだろうかと思います。

でも、治療の過程で感じるプレッシャーやストレス、不自由さ、周りで出産していく女性を目にしてきたときの気持ちなど多くの部分を共有し、共感することができると思っています。

初めて会った人で、未婚か既婚かすらまだ話していないのに「お子さんはおいくつですか?」と尋ねられることもしばしばあり、その時に感じる寂しいような、困ったような感情、「子供はいないのです」と答えた後の微妙な空気もわかります。

子供のことだけでなく、結婚についても然りで、結婚をしていない人にもいろいろな理由や背景があったり、理由などなかったりさまざまだと思います。

子供を授かることができなかった代わりに得られたものは、

・まるで当たり前のように言われてしまうことが当たり前ではないことが身をもってわかること
・そんな人の気持ちに寄り添うことができること

だと思います。

最後に、あの時の私にかけてあげたかった言葉、すなわち、今同じ思いをしている皆さんにかけて差し上げたい言葉を記します。

・「女性は子供を産むもの」という観念で自分を縛っていないか?
・周りの人と自分を比べなくてよい。
・治療のことを一人で抱え込んでいないか?必要な場合は助けを求める。
・「結果が全て」の不妊治療であっても、今頑張っている自分をねぎらい、いたわることを忘れない。


【あなたの笑顔をつむぐ介添え人ができること】

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●伊藤ひろみ プロフィール
大学卒業後、大企業に就職、結婚。
自身の多忙と配偶者の病気を機に2回の抑うつ状態・休職を経験。
在職19年目、41歳のときに会社を退職。
その後天然石アクセサリーのオンラインショップPetit Lapinの代表として、
お客様の心をやさしく包むようなアクセサリー作りを開始。
その後「おもてなし心理学」と出会い感銘を受ける。
頑張っているのに上手くいかず、幸せに過ごすことのできなかった自らの会社員時代を振り返り、「おもてなし」を「相手と自分の気持ちに寄り添うこと」と定義する「おもてなし」の精神をもって、今同じ気持ちに苦しむ女性が心からの笑顔に出会えるよう寄り添う活動を開始。
◇天然石アクセサリーPetit Lapin 代表
◇おもてなし心理学協会 認定コーチ、協会認定ジュニアインストラクター
◇コミュニティ・カウンセラーネットワーク認定コミュニティ・カウンセラー

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こんにちは。
火曜日にお届けしているのは
~あなたの笑顔を紡ぐ介添人~
伊藤ひろみさんのコラムです。

大企業につとめ、幸せな結婚生活を送るはずだったひろみさん。
どのような毎日を過ごされていたのでしょうか。
ぜひ最後までご覧ください。


イイオンナ通信はこちらから
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第2回 できない自分を責めてしまう

私は 19年間企業に勤める会社員として、結婚した女性として過ごす中で、いつも生きづらさを抱えて過ごしてきました。

今振り返ると、「あの時こういうことを知っていたら、こうしていたら」という思いがたくさんあります。

今の自分からあのときの自分に掛けてあげたい言葉、それを今必要としている方にお伝えすることが「あなたの笑顔をつむぐ介添え人」でありたい理由なのです。

あなたの笑顔をつむぐ介添え人でありたい理由を6回にわたり、綴ってまいります。

第2回目の今回は、できない自分を責めてきた私について綴ってみたいと思います。

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どうして私はできないのだろう?
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私は職場でも、家でもいつも「どうして私はできないのだろう?同僚の女性たちは家事や育児をしながらしっかり仕事も頑張っているのに・・・。」と思っていました。



仕事も家のこともしつつ、きれいに身なりを整え、爪まできれいにお手入れしている人もいる一方、私はいつも疲れていて、どうせ私のことなど誰も見ていないと思い、どんどん服装にも気を配らなくなる・・・。

そうしているとますます自信がなくなっていきました。

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仕事や家事がしんどい
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朝起きて支度をし、通勤時間の満員電車に乗り、職場で仕事する。

仕事が終わらなければもちろん残業になる。

帰宅したら夕食のことを考えなくてはいけない。

週末はたまっている家事をしなくてはいけない。

私だけでなく、仕事をしている人なら誰でもやっていることばかりですが、私にはものすごくしんどいことでした。

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完璧を求める性格
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他の人と変わらないことをしているのに他の人よりしんどく感じるのには理由があるはず、と今は思いますが、当時はそんなことを考えたこともありませんでした。

前回のコラムでエニアグラムという性格論を私が学んだことを書きました。
(前回のコラム:http://ameblo.jp/mariami1114/entry-12156409425.html

このことについても、エニアグラムを学び、自分の性格タイプを知ってから気づいたことがあります。

私がもっている性格の要素の中で、2番目に強いと思われる要素の中に「完璧を求める」というものがあります。

いつもきちんとした自分でいなければいけないよいものをつくり出さなくてはいけないいつも一生懸命努力していなければいけない、などいろいろなことにとらわれがちな性格のタイプと言えると思います。

仕事や家庭での自分のことを振り返ってみると、いろいろ思い当たることが出てきます。

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自分で基準をつくりあげてしまう?
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結婚当初、私は得意でもない料理を完璧にやろうとして挫折した苦い経験があります。

私は結婚するまで一人暮らしをしたことはなく、実家で不自由なく、むしろ過保護に育ち、生活してきました。
実家の母は家事全般てきぱきこなすほう、一方私自身はろくに家の手伝いをすることなく過ごし、 27歳のときに結婚しました。

手伝いこそしないものの、母の様子は見ていて、結婚したら母と同じようにやるもの、と勝手に思い込んでいました。

結婚した時期は仕事が忙しく残業も多かったため、普通に考えればベテラン専業主婦の母と同じようになどできるわけがないのですが、当時はなぜかそう思い込んでしまいました。

結婚して 3か月ほどは、料理などできもしないのに出来合いのお惣菜を買わずに頑張りました。

でも、すぐに破たんします。そうなると最早ほとんどやる気がおきず、毎日お弁当を買って帰る日々に・・・。

完璧を求める性格でもあったために、料理が得意でもないのに、お惣菜は買わない!などと初めから自分に高いハードルを突きつけ、挫折してしまいました。

そこからは「他の人はできるのに私はできない」と自分を責めるようになりました。

自分が作ったルールで自分の首をしめてしまう、そういうところが自分の性格の強く出ている要素の特徴であることを、エニアグラムを学んではっきり知ることができました。

料理はできるときに少しずつすればいい、という融通がきかない性質だと今はよくわかり、出来ないときにはどうにか乗りきる他の方法をとれるようになっています。

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仕事でも同じことがいえる
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職場での仕事についても、同様のことがいえます。

私が会社勤めをしている時、夫が病気で3ヶ月ほど入院したことがありました。

その頃私は仕事が忙しい職場に在籍しており、残業や休日出勤が多く、そこに入院している夫の面会も加わりました。

夫が入院する少し前、病気の性質上やむなく別居し、私は実家暮らしをしていたため、自宅を放置するわけにもいかず、月に2回ほどは自宅の様子も見に行っていました。

そうなると、絶対的に時間も体力も足りなくなってきます。

私がこの時思っていたことは、夫婦とも同じ企業に勤めていたこともあり、会社には夫の病気のことで迷惑をかけないように、それまでと同じ量・質の仕事をしなくてはいけない、ということでした。

社会人なら当たり前なのかもしれませんが、たびたびある休日出勤をしながら、その合間をぬって病院の面会、それが無い日は残業では間に合わない仕事を実家に持ち帰ってする生活を続けているうちに、疲れがたまり、寝込むことがだんだん増えました。

今思うと、会社に迷惑をかけないことはもちろん大事ですが、それだけでなく、迷惑をかけないようにしつつ、自分がつぶれてしまわないように取れる対策があるか、を考える必要があったのだと思いますが、それは全く思いつきませんでした。

それまでと同じように仕事をする、という自分が決めたルールにとらわれて最善の策を探すことを思いつがなかったのです。

心身ともに無理をして自分自身が体調をくずすことを避けるために何ができたのか…

職場に事情を説明して支援を求める、公私ともに自分に与えられた時間・体力を考慮して、その範囲内でできるよう仕事の仕方を変える工夫をするなど、対策が取れたかもしれません。

何が何でも従来と同じに」という囚われが冷静な判断を妨げていたと思います。

そして、自己主張の苦手さも状況を悪くしていました。

この後、夜寝付くのが難しく、日中仕事をしているとどうにもならないほど眠気が出てくるようになり、大事な会議の幹事役の仕事が終わった翌朝、起き上がることができなくなりました。

こうして2回目のうつを発症してしまいます。

このようになった時、「私はまた調子をくずして仕事を放り出すことになってしまう。どうして私はこらえ性がないのだろう」と自分を責めていました。

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私には何が足りなかったのか
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私に一番足りなかったと思うことは、「自分を知り、理解する」ということです。

断片的に、「真面目である」「人にものを頼むのが苦手」「穏やかだけど頑固」「融通がきかない」などの性質は自分でも認識していました。

こういった断片的な理解だけでなく、性格の分類による体系的な理解をするという概念があるということを初めて知ったときに、目から鱗が落ちる思いでした。

分類論が絶対とは言えないかもしれませんが、自分が感じていたことが言葉で表現され、体系化されているのを学んでみると、自分の性格の特徴の全体像が見えてきました。

そして、自分が当時どんなことをすればよかったのか、当時うかんだ感情やそのときとった行動の意味が明らかになっていきました。

私の場合は、こういったことがわかっても既に「後の祭り」なので、退職した私が再び元の会社に戻ることはできませんし、それを望んではいません。

また、今から新婚時代に戻ることもできません。

ただ、昨今は結婚する選択をする人が減ってきている中で、せっかく結婚したのに私のような辛い新婚生活を過ごすことはとてももったいないと思っています。
(内閣府 少子化対策キッズページより:http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/kids/1_2.html)

私と同じ思いをしないために、こんなことに気をつけてみてくださいね。

□人と比較して、できない自分を責めない
□自分で作ったルールで、自分の首を絞めていないかチェックする
□無理をせず、苦しいときには苦しいと口にする
□完璧でなくてもいいと自分に許可を出す
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こんな私だからできること
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私自身がもとに戻ってやり直すことはできませんが、今現在進行形で辛い経験している人に私のこと、私が当時知っていたらよかったと思うことを伝えていくことはできると思うのです。

その人たちが「後の祭り」にならないために、体系的に自分や周囲の人の性質を理解するということをお伝えし、コーチングで自ら気づきを得ていただきたい・・・。

私自身は残念ながら、これらの経験をしたその時、上手に対処することができませんでした。

こんなにも上手くやれない自分が情けなく、腹立たしく思ってきましたが、今はこの経験をしてきた私だからできることがあると思えるようになりました。

今はコーチングの無料体験セッションをさせていただいていますが、コーチングは特別な人だけが受けるものではなく、日常のことで悩んでいる私のような普通の人にこそ受けていただきたいと思っています。

その時にこそ、上手くやってこられなかった私自身の経験を皆さんに活用して頂きたいのです。

そして、その人たちが笑顔になるということは、世の中に本当にたくさんの笑顔が生まれることになると思うのです。

最近私は友人から「笑顔が多くなった」「表情が豊かになった」と言ってもらえることが本当に多く、自分ではそんなに変わったのだろうか?と思ってしまうくらいです。

でも、そんな人が増えたら素敵だと思いませんか?

私が笑顔を失ってから、また新しく笑顔になれるまでに経験したことをお伝えして、お会いする方の笑顔をつむいでいきたいと思います。

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あなたの笑顔をつむぐ介添え人ができること
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●「あなたの笑顔をつむぐ介添え人」のコーチング
ただ今コーチング無料体験実施中です。
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天然石アクセサリーPetit Lapin。
つける人をやさしい笑顔でつつむアクセサリーをお届けしています。
オーダーメードも承ります。



http://petit-lapin-accessory.com/

●伊藤ひろみ プロフィール
大学卒業後、大企業に就職、結婚。
自身の多忙と配偶者の病気を機に2回の抑うつ状態・休職を経験。
在職19年目、41歳のときに会社を退職。
その後天然石アクセサリーのオンラインショップPetit Lapinの代表として、
お客様の心をやさしく包むようなアクセサリー作りを開始。
その後「おもてなし心理学」と出会い感銘を受ける。
頑張っているのに上手くいかず、幸せに過ごすことのできなかった自らの会社員時代を振り返り、「おもてなし」を「相手と自分の気持ちに寄り添うこと」と定義する「おもてなし」の精神をもって、今同じ気持ちに苦しむ女性が心からの笑顔に出会えるよう寄り添う活動を開始。
◇天然石アクセサリーPetit Lapin 代表
◇おもてなし心理学協会 認定コーチ、協会認定ジュニアインストラクター
◇コミュニティ・カウンセラーネットワーク認定コミュニティ・カウンセラー



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テーマ:
こんにちは。
GWはどのようにお過ごしですか?

私はほとんどお仕事でした^^
でも、自分のミッションに沿った好きな仕事をしているので
そんなに苦ではありません。

でも、根詰めてやっていると、
海などに逃避行したくなりますね^^

さて、今日は

自分一人で頑張ろうとしているあなたへ

お伝えしたいことがあります。






私は、女性向けのプロジェクトを立ち上げて
イベントやコーチングを行なっておりますが

もう一つの顔は
おもてなしの教育をしております。

おもてなしと一口に言っても様々な切り口でお伝えしています。

・VIPや富裕層への接遇
・企業文化と従業員満足度の関係
・コーチング
・タイプ別コミュニケーション
・日本の歴史や文化のお話など

そして今回ご縁をいただき、大久保寛司さんというかたと
講演会をさせていただきます。
大久保寛司さんは、経産省が主催する
「おもてなし経営企業選」の選考委員でもあり
企業風土改革の第一人者のかたであります。

講演会のテーマは
「おもてなしと経営」というテーマです。
http://double-m-inc.com/lp160526/

少し難しそうに聞こえるかもしれませんが、
私のパートでは、
<会社の中で、どのように育てられたか>を
お伝えしようと思っています。

私は、この講演会をたくさんのかたに聞いていただきたいと思っています。
それには理由があるんです。

それは、私のいけてない過去のお話をするから。
単にイベントの告知ではなくて、私は
日本の企業を変えるために、結構な決心で話そうと思っています。

だから最後まで、このブログも読んで欲しいです。

今まで私は、公の場では語ってきませんでした。

過去の自分がどんなタイプの人間で、どうやってここまで来たのか。
胸を張って言えるようなことではなかったし、
どちらかというと恥ずかしい過去だったから。

でも、一人の人間が、人を信じられるようになり、
仕事に打ち込むようになったのは、それなりに理由があるんです。

私の場合、先輩や上司、同期との関わりでした。

私は、ダメ社員だったけれど、会社のために、
そして自分を育ててくれた上司や先輩、
応援してくれた周囲のために、役に立ちたいという気持ちは
人一倍強かったと思います。

独立をした今でも愛社精神は消えていません。

最初は腰掛けで入社した会社だった。
でも、生涯感謝してもしきれない会社になった。

会社の中で何があったのかをお伝えするのは、

私にとって、少しだけ勇気がいることです。
でも当日は、前職の上司や先輩たちが、応援にかけつけてくれます。
だから、ありのまま話そうと思っています。

そして今私は、
それを話さなければならない時が来たのだと思っています。

日本のおもてなしを伝えていくために、
切っても切れないCSとESの関係。
身を持って体験した私が、多くの企業や多くの管理職、多くの従業員、
多くのお客様に伝えていく必要があるのだと思っています。

私は会社に、心を育ててもらいました。
JCBでどんな風に過ごしたのか。
是非聞いて欲しいです。

かつての私と同じように、人を信じられず、
自分一人で頑張ろうとしているあなたには、特に。

講演会を主催してくれている安井麻代さんと
大久保寛司さんの対談動画をご紹介しますね。
素敵な機会を作ってくださったお二人に感謝の気持ちでいっぱいです。

https://www.youtube.com/watch?v=UEecO1cI4gA&feature=youtu.be

講演会のあとに、懇親会もご用意しております!
是非足を運んでいただけると嬉しいです。
http://double-m-inc.com/lp160526/

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