フジテレビで日曜の昼に放送されている
「ザ・ノンフィクション」
。地味だけれども見応えのある内容が多いのですが、3/16(日) に放送された
歴史追跡ドキュメント
帰らざる海峡~加藤清正と二人の少年~
は特に面白かった (^^)
今回は、韓国のジャーナリスト鄭秀雄 (チョン・スウン) さんの取材、演出、撮影による番組で、秀吉の朝鮮出兵の際に加藤清正によって朝鮮半島から日本に連れ去られた二人の少年、後の偉大な僧侶「日延」と「日遥」の足跡を紹介した番組です。
日本にやってきたとき、日延は 4歳、日遥は 13歳でした。
日延は、韓国の歴史ドラマではおなじみの光海君の兄・臨海君の息子です。父親・臨海君とともに清正の捕虜となりましたが、後に父親は釈放されたものの、息子の日延のみが日本に残され、日蓮宗の寺に預けられたそうです。清正としては将来の日本と朝鮮の間の外交に利用しようという思惑があったのではないかとされています。
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Wikipedia「清正公」
しかしその後、臨海君は 35歳で謀殺され、日延の存在は朝鮮王朝の系図からも消えているそうです。結果として、日延は日本でしか生きられない状態になったわけです。そして修行に励んだ日延は順調に僧侶として出世し、晩年は庶民から慕われる「スター僧侶」となったのだそうです。
もう一人の少年・日遥 (本名: 余大男、ヨ・デナム) は、13歳のときに、たまたま山中で清正と出会い、そのあまりの利発さに感動した清正にそのまま連れ去られてしまったのです。そんなこともあり、日遥の子孫である余家の一族は 400年を経た今も清正に対する憎しみの気持ちは消え去っていないようです。しかし日遥が日本で偉大な僧侶となったこと、そして生涯日本にとどまり、故郷に帰ってこなかったことに対しては複雑な感情を抱いており、そんなこともあって子孫の 2人が日遥の足跡を追うために来日しました。
日本で日遥の子孫が見たのは、韓国では極悪非道な悪人として知られている加藤清正が日本では英雄として扱われている姿。そして何より驚いたのは、日遥が始めたという清正を慰霊する儀式の熱気。
この番組で印象的だったのは、日遥と清正の関係、そして日延と清正の関係です。
日本での生活の後ろ盾になってくれていたとは言え、自分の運命を狂わせた清正に対して、二人がどのような感情を抱いていたのか本当のところは本人にしか分かりませんし、この番組もそこまで深く入り込むことは敢えてしていません。客観的な事実としての様々なエピソードが紹介されていく中で視聴者が推測するしかないのですが、憎しみの気持ちがなかったわけではないでしょう。それでもお釈迦様の教えにあるように恨みを持ち続けることの空しさを僧侶として学び、最後は清正の慰霊を行なうまでに至った、その過程には様々な慟哭があったであろうことは容易に想像できます。
幼いときに故郷からも両親からも引き離されながらも、「仇」を受け入れ、異国の地で「偉人」となるまでに至った二人の人生に想いをはせると、胸が締め付けられます。
できれば再放送をお願いしたい番組です。
他にもこの番組で印象的だったのは、ドラマ「白夜行」('06)
の音楽が多く使われていたこと。改めてドラマティックで感動的な音楽だと思いました。