日記
西友にスーツを買いに行った。これまで親父のお下がりを着ていたのだが、全く寸法が合っておらず、どうにもみすぼらしい感じになってしまうので、新調することにしたのだ。
かつて、サラリーマンとしてスーツを着ることには強い抵抗を感じていたのだが、今ではもう慣れてしまった。スーツは楽だ。着るものを考えなくてもいい。さしてファッションに興味がない僕にとって、コーディネイトを考える作業というのは苦痛以外のなにものでもない。とりあえず変じゃなければ何でもいいのだ。
スーツを着ていると色々と良いことがある。まず、コンビニの店員の対応が劇的に改善される。声の掛けられ方、お釣りの渡され方などが、普段着のときよりも遥かに丁寧になるのだ。その威力たるや、まるでマジックアイテムである。挙動不審な振る舞いをしても、スーツを着ていれば許容範囲とみなされる。Tシャツとジーパンだったら即職質だ。或いは近頃のスーツの繊維には「信用」を生成するような化学物質が織り込まれているのかもしれない。
僕は裏地がえんじ色で、薄いストライプの入った黒いスーツを買った。裏地がえんじ色なのは少々気に食わなかったが、他のスーツにはそれ以上の欠陥が存在したため、渋々それにしたのだ。
そして裾直しを店員に頼んだ。その男はスラックスの裾を丁寧に折り曲げていき、適度なところでクリップで止めた。
僕は男の中にイライラしたものを感じた。男は明らかにイライラしていた。平静を装ってはいるが、怒りの蒸気のようなものが、男の体から発せられているのだ。
僕は人間の感情の動きにとても敏感だ。男がイライラしているかどうかなんて、僕にとってはどうでもいいことだし、男だって放っておいて欲しいに決まっている。それでも僕の脳味噌は男のイライラの理由を考えてしまう。男は何故イライラしているのか?家庭で嫌なことがあったのか。スーツ売り場の店員をしていることが不満なのか?毎日が退屈で仕方がないのか?或いは僕が行った何らかの振る舞いに腹を立てたのか?様々な可能性を考え、イライラしている男の一挙一動を観察していく。
これはあまり良くない癖で、何とかしなければいけないと思っているのだが、止められない。恐らく一生止められないと思う。






