マンタムのブログ

この世にタダ一つしかないカタチを作ろうとしているのですが出来てしまえば異形なものになってしまうようです。 人の顔と名前が覚えられないという奇病に冒されています。一度会ったくらいでは覚えられないので名札推奨なのでございます。

マンタム (田村 秋彦 mantam)

2010年秋 パラボリカ・ビスで初の個展開催


以降パラボリカ・ビスを中心に個展 多くのグループ展に参加


企画展も手掛ける


パラボリカ・ビスでの展示のほぼ全域にわたる美術を担当


チェコ大使館チェコセンターで開催され好評を博したヤン・シュヴァンクマイエル氏への逆襲展を企画主催  


去年夏開催された マックス・エルンスト ヤン・シュヴァンクマイエル 上原木呂 展で美術監督で参加。会場入り口に椅子を天井に貼付けたオブジェを制作。





HYDEの最新PVに特殊美術で参加。作品が多数出演している。(今年のハロインで公開予定)






現在

大阪月眠ギャラリーで 関西初になる個展 「畜骸曲舞団」 2012年9月17日迄

東京初台 にある初台Zaroffルリケ―聖遺物の表徴―作品を出品 

10月6日より パラボリカ・ビスでmantam +P.P★★★CRYSTAL CATASTROPHE GLASS BARを開催

10月16日(火)~10月28日月眠ギャラリーでパラボリカ・ビスとの巡回展になる ボックスアート展に参加

12月14日 マンタムの古道具屋としての本である 「がらくたからたから」パラボリカ先行発売&サイン会
2013年2月8日[金]~2013年3月4日[月]
『諸星大二郎 トリビュート展』パラボリカ・ビス 企画 ナハトの空間設営 ショーウィンドウ原画の選択等。
本企画は諸星大二郎氏に原画展をお願いしたところマンタムの作った空間でならと言う事で実現したもの。
トリビュート展ということでマンタムを含む13名の作家と音楽 ダンス 朗読等のライブも行われた。

2013年4月 新宿 A Story 店舗空間設営 

マンタム個展「 残骸に在るべき怪物 」パラボリカ・ビス
part.1●2013年4月10日[水]~22日[月]
part.2●4月24日[水]~28日[日]
初の作品本となった「鳥の王」出版記念展示

新宿 A Story 5月 アウトロー骨董市 現在月1度のペースでワークショップを開催中

マンタム『鳥の王』お渡し会 パラボリカ・ビス
2013年5月18日[土]~5月26日[日]
2013年5月20日~6月27日
三省堂神保町本店4階芸術コーナフェアスペースにてマンタム「鳥の王」ブックフェア

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HP

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R氏の憂鬱

R氏は商人だった。

彼が商うものは記憶だ。

記憶をなくしたい人間と記憶を失った人間の間に入り必要な記憶を売り買いする事が彼の仕事だった。
世の中にはどれだけ多くの富を得ようともそれによって澱のように溜まった受け入れがたい過去を抹消したいと願う人間や多くの愛情を得たがそれに応える事が出来ず愛を棄てようとする者。
何かの拍子で記憶をなくしてしまった者。
年老いて記憶を逸してしまう者。
記憶とは積み重ねられた過去から現在への系譜であり自我そのものであってそれを無くす事はただの器になることでありR氏は器に必要な水を注ぎその器のあるべき意味を為す者だった。
氏の商売は成功し富を得たが同時に大きな問題が存在した。
R氏は記憶を一度自身に取込んでそこから依頼者に移すと言う方法をとっていたが彼の中には人々の様々な記憶の残滓のようなものが少しずつ蓄積されていたのだ。

それは一つ一つをみれば小さな妬みや嫉み反感や嫉妬のようなものだったが沢山の小さな虫にたかられるように若い頃から徐々にR氏は蝕まれその結果彼は気がついた時にはとても深刻な状態に迄追い込まれていたのだ。
肉体と言うものは所詮器に過ぎず自我とはその容れ物を操る本来は全く別の存在だ。
人は肉体の成長とともに自我が発達すると考えているが本当は肉体と言う器の中で蓄積された記憶の集合体から生み出されるものが自我であってそう認識することで初めて出し入れが可能になるのだ
R氏は太古にその事実を発見し
その為の技術を何十代もかけて造り上げた一族の末裔にあり本来は決して外に出すべきではない技術で商売を始めたのだ。
だがそれを弾劾するものはいなかった。
彼の一族は既に彼1人を残すだけだったのだ。
だからR氏がどれだけ苦しんでも彼を直せる人間は何処にもいなかった。
彼に染み付いた多くのあまり歓迎できない記憶は彼の器である肉体にも影響を与えていてやがて自分の姿さえ維持出来なくなっていった。

体は古いガラスのように崩れ始めR氏は仕事どころか屋敷から出る事さえ出来なくなっていたのだ。
崩れて行く姿を誰にも見せたくなくてたくさん居た使用人達にも暇をだした。
R氏は先祖から受け継いだ大きな屋敷にただ一人で残されたそう多くない時間を過ごすようになったのだ。
既に顔は虫に食い荒らされた古い木壁のようであり指ももうあまり残っていなかった。
食事等は特に必要のない体になっていたので一人でもなんとか生活はできたが何をするにも大変な努力と集中力を要した。
家族もいなかったし自身の死に対する後悔や恐れのようなものはなかったがそれでもこのまま壊れるように消えて行くのには忸怩たる思いがあった。
少なくともこの死は必然的な結果ではなく寿命等というものとはほど遠いものだったからだ。
回避出来るものなら回避したいと願ったのだ。
方法は無いわけではなかった。
先祖から代々受け継がれて来た膨大な資料の中にその為の対策として壊れた体を棄てて一時的に記憶を用意した違う容れ物に託し適当な肉体が手に入ったらまたそこへ移せば良いと言うものがあったのだ。




つまり記憶を封印して残すというものでそれは記憶の為の箱のようなものだろうとR氏は考え実際そうはなれた考えではなかった
だが資料には記憶を残すだけのものとありそれが今ある自我と同様のものが残せるかどうかはわからなかった。
それでもこのまま体が崩れて行けば記憶は体から零れ四散し二度と元に戻る事はないだろう。
だからといって箱にうまく記憶を納めたとしても一体誰が次の体を用意して元に戻してくれると言うのだろう?
そこで彼は遺書を書き使用人の中でも特に信頼していた中年の執事に送った。
それには屋敷や財産を移譲する代わりにいつか心を失った人間を見つけて自分の記憶を移せるようにその手順や方法 道具や香料の使用法等も詳しく書き記しておいた。
これがあてになるかどうかはわからなかったがそれでもやらないよりはいいだろう。
R氏はそれでようやく決意を固め慎重に手順をふんで箱の中に記憶を移した。
箱の側面には在りし日のR氏の肖像画を貼付け箱のなかのオウムガイに大変な苦労をして記憶を封入していった。



オウムガイは3億年前からこの星で生きて来た生物であり内部には細かく区切られた浮力を得る為の部屋がありその構造は他に例を見るものはない。
この細かな部屋が記憶を混ざらないように封印するにはとても都合が良かったのだ。
やがてR氏の記憶は箱に収められオウムガイは青く光り始めた。
R氏は遺書を受け取った執事が約束を果たしてくれるかどうかを考えたがそれは無意味なことだった。
彼は既に貝の中に封じられていて外の様子は何一つわからないのだ。
それにもう決断して実行した事を今更悔やんでも仕方が無いし執事がどれだけ誠実であれ彼が生きている間に都合の良い肉体が見つかる保証等なにひとつないのだから。
それでもこのままチリのように消えてしまうよりは良いと判断したのではないか。
そう考えるといくらか気も楽にもなったが結局排除出来なかった記憶の残滓達は悪夢となって日々R氏を蝕んだ。
起きているのか眠っているのかさえわからない状態で彼は自身の広大な記憶の荒野を彷徨っていた。
それは際限なく繰り返される日常でもあれば突発的で非現実的な崩壊する世界でもあった。
その中で翻弄され氏はようやく気がついたのだ。
結局これは体を失ってしまった事で自我が閉塞し自身が自我に囚われてしまっているからだと。
記憶から発生する自我は肉体があることで得られた新しい記憶により活性化しようやく前に進む事ができるのだ。
R氏はそれに気づき結局新しい記憶に自らを蝕んでいる他者の記憶の残滓から得る事でどうにか自我を維持出来るようになった。
だが それは大半が小さな憂鬱のようなものばかりでありR氏は悪夢からは開放されたが今度はとても長い時間膨大な他者の憂鬱の中で過ごさなければならなくなったのだ。


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少年も物心ついた頃から片足が無かったがそれについて特に苦痛に思う事は無かった。
だから足が欲しいと思った事は無かったのだがある時父親が少年の為に足を持って来たのだ
それは深夜月の明かりに照らされるようにして夜空から降って来た
だから誰にも気づかれず父親はそれを自分のケープに隠して家に持ち帰ることができたのだ
その足は金属でできていて不格好であまり好きになれなかったがそれでも少年は持って来くれた父と神の為にその足をつけた。
だが足はなかなかうまく少年の体に馴染まなかった。
歩くのには酷い痛みに耐えねばならなかったし暫くすると接合部の皮膚は擦れて腫れ上がり化膿し始めたのだ。
それでも神からの授かり物でありいつかは本当の足になるものと少年は思いその苦痛に耐え続けていた。
だがやがて腫れ上がった接合部から崩れ始めた少年の血肉が金属の足と癒着し外せなくなると少年は熱を出して動けなくなってしまった。
彼は小さなベッドに寝かされて時間の大半をそこで過ごすようになったが医者を呼べる程のお金がなかったので父親と母親が交代で看病を続けていた。
少年の生活の殆どが少年の夢の世界へと変ったがそこでは少年は自由で融合した新しい足を使って砂の荒野を走っていた。
少年は行きたかったあらゆる場所に行き鼠や蜥蜴を追いかけた。
風が舞う崖の下で父親が作ってくれた凧を飛ばし隣の痩せた犬と遊んだ。
杖をもった老人をからかい露店に並べられたパンを盗んで食べた。
でも 現実の世界ではベッドに横たわり寝返りさえ満足にうてないような状態だったのだ。
病状は日に日に悪化していてそれに不思議な事だが少年は足に侵蝕され始めていた。
太ももの先についていた筈の足はいつの間にか付け根部分に迄達していてそれは足が少年を食べているようにしか見えなかった。

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だがそうなってさえ足を外す事ができず父親は村の長老の1人でありウラマーでもある老人を呼んで少年を見せた。
老人は3日間をかけて足を調べあげ 
「これは普通の足ではない 途方も無い知識と技術をもった者が造った物でこれを外す事は私にはできない だがこれが着いていればこれが着いている間この子が死ぬことは無いだろう」
少年は夢の中で過ごす時間がだんだんと長くなりそれにあわせるように足に取込まれて行った。
それに対して抗う方法は無く父親も母親もただ少年が生きていると言う事だけで満足するしか無かった。
そうだ それでも息子は生きていて夢の中とはいえ自由に暮らしているのだ。そのことを誰が非難出来ると言うのだ。
少年が足をつけてから大凡3年が経過して少年は家中が見渡せる明るい壁に吊るされていた。
そこからならいつでも父親か母親のどちらかを見る事ができるし窓やドアもみえるから天気のいい日なら少年が好きだった遠い瓦礫のような山も見る事ができる。
夢の中で少年は鳥のように自由でその山の頂きにも何度か訪れていた。
自分の現在の状況もわかっていたがそれは大した苦痛ではなかった。
少年の意識はいつでも自由に飛びまわる事が出来てそれが彼にとっての現実そのものだったからだ。
もう足と頭部だけの存在となりすっかり軽くなって壁に吊るされていたが 起きている僅かな時間の間でさえ少年は自分の事を不幸だとは考えていなかったのだ。


href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150725/10/manntamu/78/63/j/o0715053613375880589.jpg">
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去年に引き続き 初台のZaroffで個展を開催致します。
2月6日から24日までという長めの会期になります。
午後12時より午後8時迄
毎週水曜日はお店がお休みですのでお間違えのないようにお願いします。

今回は会場音楽に ブルースシンガーのナカヒラミキヒトさんをお願いしました。

今から3年程前に知合いの踊り子に連れられて上野の骨董市に魔王と遊びに来てくれたのですがその時にCDを頂いてそれがすっかり気に入って一度無理をお願いして私の企画した展示でライブをやって頂いたのですがそれを聞いているうちに彼の夜が見えたように思えたのです。




7日には ナカヒラミキヒトライブが午後6時より始まります。
料金は2000円会場には15人程度しか人が入れないので予約制になります。
「夜明けの晩」午後6時(1ドリンク付き2000円)開催。03-6322-9032 ザロフ 石井




今回のテーマは 月の夜 です。

夜の中の出口としてあるような月が照らす夜なのであり

その出口として月が示すものは

輝く明日などではありません。

夜の向こう側に辿り着くということなのですが夜の向こう側にあるのは朝ではないのです。

夜の向こう側にあるものは夜の先に用意されたものであり

月は其所へ向かえる唯一の出口のように思えるのです。





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人種 思想 宗教 言語 習慣 等の差異があったとしても一緒に構築していける世界であることが一番大切な要件であり社会的弱者を救済し保護する為に政府が存在するというのが一番望ましい国家形態でありそれは現代の世界の原則でもあるのです。

これは私個人の考えと言うわけではなくて人類と言う種の未来を考えれば当然行き着くべき帰結なのです。

私達の迎える未来はその本質において不確定要素そのものでありなにひとつ約束されたものなど存在しません。

それに対応し種として生き残る為にはあらゆる可能性を用意する必要があり同時にそれはあらゆる状況を受け入れて適応して行かねばならないことを意味しています。

これはよく勘違いされていますが生物にとっての生存の本質は弱肉強食ではなくて適者生存なのです。

人類は本質的に集合して集団を形成し社会というものを構成して生きています。

単一の高等生物がこれほど繁栄した事はこの星の歴史においてもはじめてのことですがそれはこの社会というシステムが常に流動的に変化してより広範な適応力を持ったからとも言えるのです。

そのシステムは人類の発明した道具というものの発展から近代工業へとつながり爆発的な経済の発展は人口の増加とその生存の為により複雑な社会システムを生み出しました。

そうやって社会システムが作り上げられる中で確実に弱者を保護する為の福祉という社会システムが形作られて行きました。

これは社会的に弱者であったとしてもどういう可能性を秘めているかは誰にも判断できないからです。

その為人類は弱者を含めたあらゆる可能性を未来に託すという方法論を選択しそれが現在の福祉というシステムになっています。

現時点の殆どの国家ではどんな形にせよ福祉というものが存在するのは人道的理由は勿論ですが(その概念を持つ事が重要なのですが)本質的には不確定的要素に対しての集団で生きる生物の基本的な戦略なのです。

つまり基本的に目指すべき世界は決まっていて最終的には国家というものすら存在の意味を無くす事になります。

過去の戦争をひも解いても 現在の戦争やその原因をみても多くは利権というもののための戦争であってそれを起こすのは基本的にそう言った利権にぶらさがっている権力者利権者達でありそこに暮らす民衆は戦争に駆り出され彼らの為の殺し合いを強要されます。

ヨーロッパを長きに渡って支配して来たカソリックでは 人を殺すな 盗みをするな 姦淫をするな 神の前には人は平等であるという教えのもとに 王 貴族 法王というとんでもない特権階級を作り出し 聖地巡礼という名目のもとに中東で戦争を続け多くの血を流しました。

騎士道という言葉はこの頃生まれますが 騎士というのは貴族等の特権階級しかなれず彼らは鉄板で覆われた鎧で身を守り安全な馬上から兵士を指揮しました。

騎士の持つ武器は武器と言っても鎖のついた鉄の玉や棍棒でどれも必殺の武器ではありません。

つまり彼ら騎士同士はお互い殺し合わない事を前提とした存在で鎧はあくまでも身を守る為であり馬にも鎧にも紋章をいれた飾りをつけるのは捕まっても貴族なら身代金を払えば命を奪われずに帰してもらえるからなのです。

実際に殺し合いをさせられるのは農民からかり出された人達ですが彼らも生涯農場で馬車馬のように働かされて死ぬよりもまだ戦場にでて手柄をたて出世する糸口を掴むか 戦場であらゆるものを略奪し強姦し彼らなりのいい思いをするほうがいくらかでもマシと考え兵士になっていったのです。

十字軍の正規兵達はいくらかでも宗教的理由で参加していたのでしょうがそのなかでも縁故に拠る差別は横行していました。

往時ヨーロッパは宗教戦争という名目で休みなく戦争を続けていましたがその本質はそれぞれの王家の領土の(領民をも含めた)奪い合いでありそれぞれが大義名分をつける為に宗教を味方につけようとしました。

その結果カソリックの本山であるバチカンのローマ法王は強大な富と権力を持つようになり逆に王達をコマのように扱い自身の権力の更なる強化を図るようになりました。
13世紀から17世紀のヨーロッパはそう言った状況のなかで際限なく戦争が繰り返され国境が変化する世界だったのです。

当然ですがここで一番悲惨な目に遭うのは農民達であって戦争のための重い年貢と戦時には男手がかり出され殺し合わされるという状況に陥っていったのです。

共産主義で宗教を否定するのは彼らが唯物論者であり神が物質的に証明出来ないからでもありますが 宗教が本質的に常に政治的にその国の国民を支配洗脳するための道具として使われごく一部の宗教者を除き大半が権力者と迎合もしくは自らが権力者として民衆を洗脳支配するという状態になっていたからなのです。

私は共産主義者ではありませんが歴史的にみてもシャーマニズムなど原始宗教は別としてユダヤ教 キリスト教 イスラム教 仏教についてはそういった役割を果たしてきているし現在も変わりないと考えています。

こういった構造のなかで抑圧され搾取され続けて来た国民は自らの不満のはけ口をユダヤ人など社会的弱者にぶつける事で解消しようとします。

基本的には階級制が存在する社会は差別構造をもった社会でありそれぞれの階級のつながりと縛りは現在の私達には想像出来ない程強いものでした。

突出した才能を武器に貴族達の後ろ盾を得て芸術家になるか 戦争で手柄をたてて出世するか 法曹界に入り身を売ってでものし上がるくらいしか階級から逃れるすべはありませんでした。

だが農民が学問を身につける事は非常に難しく経済的にも極度な貧富のある世界であり17世紀くらいまでの特権階級を除く殆どの人達は狭い住居にすし詰めのような状態で暮らすのが普通でした。

学校に通えるだけでもそれは裕福な家庭の子弟達でありそう言った人間達がまた特権を確保して行ったのです。

産業革命等によって経済が発展するまでは経済的な限界がありその限られた経済的利権をどう分配するかというための階級社会であるため階級制度は血筋によって受け継がれその境界が壊されることはなかったのです。

それは全て頂点にたつ権力者達の利権を守るためであり彼らがより大きな富を求めるならそれは他国への侵略行為しかなかったのです。

16世紀になり大航海時代がはじまるとその矛先は アジア アフリカ アメリカ大陸へと移行して行きます。

当時火器を知らない人間達に対しごく少数の軍隊が国家を制圧し植民地として支配し搾取し続けたのです。

その中での人間の支配にもキリスト教は有効に活用され現代の感覚では狂信者としか思えないような熱心な神父達の手によってもとあった宗教や文化習慣は根本から破壊されて行きました。

結果として経済や産業 文化が発展したという見方もあるでしょうが結果として残されたものは現在でも残る内戦の火種にもなっているのです。

17世紀から18世紀にもなると科学が発達し教会の政治への影響力は随分と弱まり大航海時代の交易によって発達した経済力を身につけた商人達が資本家としての道を歩み始めます。

彼らは利益優先のためにあらゆるものを食いつぶす白蟻のような存在でもありやがて宿主の国家さえもゆるがし結果王や貴族など旧体制の権力者を意のままに操れるようになり必要とあれば旧体制を倒して国家そのものを刷新し動かすようになりました。

19世紀になって産業革命が成立する頃になると彼らは国家そのものを後ろ盾に圧倒的な軍事力と経済力により過酷で狡猾な植民地支配を進行させていきました。

そしてアジア最後の砦であった大国中国さえもがイギリスの支配下に置かれます。

第一次世界大戦の実質はヨーロッパの植民地の争奪戦といっても過言ではない状況だったのです。

その国家を動かしていたのは当時の資本家達とそれに繋がる国家官僚達王族達でした。当時は強力な軍事力を背景にした帝国主義がヨーロッパ列強の国家システムでありその軍備で潤った重工業が更に新しい殺戮兵器を作り出し戦場に送り出しました。
最初に毒ガス兵器という大量殺戮兵器が作られたのも戦車や飛行機が登場したのもこの戦争からでそれまでの戦争とは規模も被害者の数も桁違いに増え900万人以上の戦死者をだしました。

結果ドイツは国家が破綻するレベルの戦時賠償を要求されロシアはレーニンが指揮するボリュシュベキによって倒され社会主義国家になります。

この人類初の社会主義国家の成立はマルクスの唱えた人類の理想的な形態である共産主義単一国家への過程であり世界革命を前提とするものだったので共産主義運動はヨーロッパだけではなくアジアアフリカ南アメリカ中国日本にも影響を与え拡大して行きます。

その影響が一番端緒に現れたのが戦争の賠償金で疲弊し切ったドイツ国民でした。

ですが同時に国家主義と民族主義を鼓舞しトゥーレ協会という神秘主義団体や右翼組織を背景にしたナチスが誕生し突撃隊という警備団を組織。

彼らは活発に社会主義共産主義運動を攻撃しました。

当時ドイツの労働者階級の指導者であったローザルクセンブルクは反革命義勇軍(フライコール)によって逮捕され惨殺されました。

このフライコールのメンバーには後のナチ幹部が多く含まれています。

‘(ローザとリープクネヒトは1919年1月15日にベルリンでフライコールに逮捕され、数百人の同志と同様に2人とも殺害された。リープクネヒトは後頭部を撃たれて身元不明の死体置き場へ運ばれ、ローザは銃床で殴り殺されて近くの川に投げ捨てられた。ローザの死体は6ヶ月ものあいだ放置され、拾い上げられたときには識別困難であったという。その後、遺体はナチス政権により暴かれて所在不明となってしまった。2009年5月、ベルリンのシャリテ病院で身体的特徴がローザのものと一致する首の無い遺体が発見され、現在調査中[1]だと報じられた(ナチスによる墓暴きもこの時に判明した)。
日本は当時立憲君主国家であり不平等な選挙権が施行されるまだ民主主義国家とはほど遠い存在でしたが共産主義運動は活発化しておりそれは民主主義への扉を開くものでもありました。
当時の日本の国家権力は社会主義に対してはまだ寛容なところがありましたが共産主義は徹底して弾圧され1923年に起きた関東大震災には在日韓国人朝鮮人が暴動を企み水源に毒を投げ入れたとのデマが意図的に流され自警団によって多くの朝鮮人韓国人が虐殺されました。その正確な数は今もって不明ですが2000人とも3000人とも言われています。
(軍・警察の主導で関東地方に4000もの自警団が組織され、集団暴行事件が発生した。そのため、朝鮮人だけでなく、中国人、日本人なども含めた死者が出た。朝鮮人かどうかを判別するために国歌を歌わせたり、日本共産党員で詩人の壺井繁治の詩「十五円五十銭」によれば、朝鮮語では語頭に濁音が来ないことから、道行く人に「十五円五十銭」や「ガギグゲゴ」などを言わせ、うまく言えないと朝鮮人として暴行、殺害したとしている。また、福田村事件のように、方言を話す地方出身の日本内地人が殺害されたケースもある。聾唖者(聴覚障害者)も、多くが殺された。
横浜市の鶴見警察署長・大川常吉は、保護下にある朝鮮人等300人の奪取を防ぐために、1000人の群衆に対峙して「朝鮮人を諸君には絶対に渡さん。この大川を殺してから連れて行け。そのかわり諸君らと命の続く限り戦う」と群衆を追い返した。さらに「毒を入れたという井戸水を持ってこい。その井戸水を飲んでみせよう」と言って一升ビンの水を飲み干したとされる。大川は朝鮮人らが働いていた工事の関係者と付き合いがあったとされている。また、軍も多くの朝鮮人を保護した。当時横須賀鎮守府・野間口兼雄長官の副官だった草鹿龍之介大尉(後の第一航空艦隊参謀長)は「朝鮮人が漁船で大挙押し寄せ、赤旗を振り、井戸に毒薬を入れる」等のデマに惑わされず、海軍陸戦隊の実弾使用申請や、在郷軍人の武器放出要求に対し断固として許可を出さなかった。横須賀鎮守府は戒厳司令部の命により朝鮮人避難所となり、身の危険を感じた朝鮮人が続々と避難している。現在の千葉県船橋市丸山にあった丸山集落では、それ以前から一緒に住んでいた朝鮮人を自警団から守るために一致団結した[19]。また、朝鮮人を雇っていた埼玉県の町工場の経営者は、朝鮮人を押し入れに隠し、自警団から守った。)

このどさくさにまぎれるかのようにして憲兵大尉だった甘粕正彦がアナキスト大杉栄と内縁の妻伊藤野枝、大杉の甥橘宗一の3名が不意に憲兵隊特高課に連行、憲兵隊司令部で殺害し、遺体を井戸に投げ捨てるという事件が発生しています。
裁判になりましたが主犯で実際に大杉 伊東を殺害した甘粕には懲役10年(→恩赦減刑2年10ヶ月)と状況からみても非常に軽い処分に終わりました。
これ以降日本は坂を転げて行くようにファシズムの道に走って行くことになります。

ナチスの軍服がヨーロッパで否定され旧日本軍の軍服が否定されるのは敗戦国だからという理由だけではないのです。

彼らの背景に在るものが 「断種法」や民族浄化等に代表される社会的弱者への徹底したレイシズムであり それによる虐殺行為だったからです。どういった理由があるにせよ ホロコーストによって何百万人もの罪なき無抵抗な人々を殺してしまった事実は時間が経ったからと言ってぬぐい去られるものではありません。
言論の自由を奪い表現を規制し自身の権力強化と保身の為に他者の財産や生命を奪う軍隊の制服はそういった行為をシンボルとして代表するものなのです。
日本軍は大東亜共栄圏の名の下にアジアのヨーロッパ植民地からの解放をうたいアジアに進撃しましたが現実には日本人があらたな植民地支配者になっただけのことでした。
戦況が悪化するとまず軍官僚達は逃げ去り補給路を断たれ孤立した部隊は武器どころか食料さえなく殺した敵兵や死んだ仲間の肉を食べていたと言うのは戦後あまねく知られていた事実なのです。
なかには下級兵を冤罪に陥れそれを理由に銃殺して皆で食べたという事実さえあったのです。(映画 行き行きて神軍)
これは戦死者230万人のうちの6割ちかくが餓死だったという当時の軍部官僚(特に陸軍省)無能さ高慢さを端的に現す事例なのです。

戦争中は欲しがりません 勝つまでは!の号令の元にあらゆる表現にたいする規制が行われ敵性言語であるからと英語の使用が禁じられジャズすら聞けないおろかしい環境だったのです。
戦争に異を唱えると非国民と呼ばれ場合によっては特攻警察に捕まえられ最悪な状況下では獄死させられてしまうというケースさえありました。
作家の小林多喜二が戦争反対を唱え共産主義運動に加担していたところから獄中で殺された事はあまりにも有名な話です。
物資が枯渇する中紙さえすべて軍部の管理する所となり作家は文章が書けず画家も絵を描きたければ戦争画を描くしかない時代だったのです。
当時のこの国の画壇は積極的に戦争勝利の為と率先して協力しましたが戦後になって多くは糾弾されることになりました。
反面当時戦争に反対する事は投獄と刑罰を覚悟の上の事であり多くはそのまま徴兵され戦地で命を落とすか、投獄され拷問にも等しい取り調べに耐えるかだったのです。
食べるものもなくいずれは本土決戦があり竹槍などで米軍と戦う事を強要され男達の大半は戦場に送られ子供達は学校に行く代わりに軍事工場で勤労奉仕という名目で働かされていたのです。
それを支えていたのは隣組という相互監視システムで愛国婦人会と憲兵隊が協力関係で不平者達を取り締まっていました。
戦時中だれもが嫌がっていたのがこの愛国婦人会と憲兵隊で食べるものさえままならない状況のなかようやく手にいれたまんじゅうを子供にあげようとしているところに愛国婦人会と憲兵が土足であがりこんできて「贅沢は敵です!」とそのおまんじゅうを取り上げたという話を聞かされた事があります。
今の北朝鮮の国家体制を非難出来るような国ではなかったのです。
(しかも戦後になってようやくあのイヤな愛国婦人会を見る事もなくなったと安心していたら今度は米軍のMPと一緒に現れて平和で民主主義の国を作りましょうと言い出したので心底うんざりさせれらたという話を国立歴史博物館の戦時体験聞き取り調査で聞かされたことがあります。
これは当時の官僚達も同様で終戦時A級戦犯として捕まえられていた政治家官僚の多くが復帰して政府の要職についています。)
そのなかでとにかく特権階級で当時の公家たちでさえ食べるものには困窮していたときにさえ幹部出張には必ず陸軍省の息のかかった料亭での接待があり彼らは国民の困窮等どこ吹く風だったのでした。
彼らは本土決戦の名の下に多くの航空機 兵器 食料 物資等を温存し人々が困窮に喘ぐ中でさえ特権を欲しいままにしていたのです。
彼らは作戦に失敗すると更にそれを上回る無謀な作戦をたて犠牲を増やして行きました。
無謀な作戦の積み重ねによって戦線が分断され孤立した小部隊単位でジャングルに取り残されなんの物資支援も得られる事なく飢餓と病に倒れるような環境になってさえ降伏する事さえ許されずあげくは刀と銃剣で突撃し玉砕をさせられたのです。
これは同時に軍作戦司令部の証拠隠しにもなっていました。

東京大空襲 広島 長崎の原爆投下はなにをどう言い繕うが一般人の大量虐殺行為以外のなにものでもなく30万人もの人間が焼き殺されました。
ナチスのホロコーストを遥かにしのぐ人類史上最大の虐殺行為ですが戦後非難される事はなく第一次佐藤内閣は東京大空襲を立案したカーチス・ルメイに対し勲一等旭日章を与えています。
佐藤栄作はA級戦犯として拘留されていた岸信介(東條英機内閣の大東亜戦争開戦時の閣僚の一人でした終戦に際し彼が尽力したのは事実だが戦後アメリカの政策に呼応して統一教会本部やその関連団体「国際勝共連合」等にも非常に協力的である事も知られている)の実弟なのです。

そんな国の軍服を誰が喜べるというのでしょうか?
戦争が終わったばかりの時にこの国の殆どの人は軍服を廃棄して違うものに作り替えるか納屋の奥に仕舞い込みそのまま忘れてしまうかのどちらかの場合が殆どだったのです。
ですが70年と言う時間が経過し戦争をする人も少なくなり現在の政治的都合から奇妙に美化正当化されているように思えてなりません。

コスプレとして来て街を闊歩するにはあまりにも重い歴史を背負った服である事を忘れないで欲しいと願います。
この軍服をただカッコいい特攻した人達は英雄だからと美化して着てしまえるのならそれは歴史を検証し事実をきちんと認識せず奇妙なヒロイズムにとらわれた馬鹿者のすることだと私は考えます。
確かに戦争に行った多くの人達はこの国の家族や大切なものの為に闘ったのだと思いますがそれをコントロールして殺し合いをさせたのはこういった政治家官僚達であって本当はそういった事実がつまびらかにされ公の場できちんと議論されていたらもっと違う結果になり犠牲者の数も相当違っていたはずなのです。

現在多くの史実が都合よく解釈を変えて公開されていてウィキペディアの記事も変更されつつあります。

阿部政権は飾り物だと私は考えています。

現実には戦前の亡霊達が(実際にその子孫達が総理大臣を歴任していて阿部総理もその血脈の1人なのです)この国を ぼちぼちほとぼりがさめたなぁ 反攻勢力もなんとか力を削ぎおとしたしと手ぐすねをひいているようにしか思えないのです。


憲法9条を改正し徴兵制をひく 彼らが守りたいのはこの国の誇りや民族性やましてやこの国に暮らす人達の生活などではありません。

先祖伝来引き継いできた自分達の特権を守りたいだけなのです。

戦争は人類が作り出した最悪で最低の悲劇でそれの犠牲に供されるのは言葉巧みに操られた無辜の民なのです。

戦争を決してヒロイックに描く事も考える事もやるべきではありません。

戦争は当事者にとってはただただ悲惨で残虐なものに過ぎないという事実を忘れないで欲しいと思うのです。



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トリックオブジェの世界

2014年11月20日(木)~12月6日(土)

11:00~19:00 (€最終日17:00まで)

上野シゲユキ、内林武史、菊地拓史、北見隆、木村龍、
桑原弘明、はがいちよう、緋衣汝香優理、百武朋、
マンタム、矢沢俊吾、山脇隆
特別出展: 荒木博志

昨日なんとか搬入をすませ 他の出品者の方々の作品を堪能させて頂きました。

今回は大御所実力者揃いで相当見応えの在る展示になっています。

是非いらして下さいませ!

私は 永久機械#6 プリシラ Po noc #2 の3作品を出品しています。

今回の為に造り上げたPo nocは2度目になるのですが前回作った時に果たせなかった色々な事に決着をつけるためあえてもう一度カタチにしたのですが本当はもう一度合いたかったようです。

今回物語も新しいPo nocに合わせて少しですが変えてあるのです。

20日 24日 27日 4日 6日と在廊し Po nocによる演奏会を行います。

1940年代から50年代の貴重なSPレコードをかけますのでよろしければ聞きに来てやって下さいませ!




   +  少しだけ変化した新しいPo nocの為の物語  +



ガランドウのカラダとそれが紡ぎだす夜について


Po noc



彼女は生まれた時から抜け殻でガランドウな存在だったがそれは彼女のせいではなかった。

彼女自身自分がいつ生まれたのか知らなかったしいつから今あるようにここにいるのかも理解出来ていなかった。

でも気がついたときには所々漆喰が剥がれ落ち古い木地がのぞいているロココ調の広間に家具や複雑なカタチをした自動演奏機械に埋もれるように置かれていたのだ。

彼女は豚の頭部に漆喰で塗られたガランドウのカラダを持つだけの存在だったがそれでも誰よりも美しい声で唄い他者の悲しみを理解する心を持っていたのでこの家を訪れる多くの客に好かれていた。

家族は父親だけで彼はその古い格式張った家の主でもあったが誰でも受け入れ身分を問わずに相談に乗り悩みを聞いてやっていたので客足が絶えること はなかった。

元々人が絶えることがなく集められたオルゴールや自動演奏機械のおかげで賑やかだった広間は彼女の唄が加わることで更に華やかさを増していた。

天空に月が輝く良く晴れた夜には手入れの行き届いた中庭で彼女を囲んで唄を聞く事が集まった村人達の一番の楽しみになっていた。

やがて彼女の唄と存在は中央の貴族達の知るところとなり秋から次の春にかけての期間は父親につれられて特別仕立ての馬車で外国まで遠征するように なったのだ。

彼女は請われればどんな唄でも唄った。



当時高名だったあらゆる演奏家達と競演の機会を得て時代の寵児のように扱われたがそれでも慢心することは無く誰の要求であろうと応えあらゆる楽曲 を唄った。

彼女は一躍人気者となりサロンの寵児となったがそれを良く思わぬものも少なからず存在した。

それは彼女によって唄う場を奪われた歌い手やその関係者たちであり同時に異形のものを受け入れることのできない悲しい人間達だった。

彼らは彼女に恥をかかせようと現在の人間では唄いこなせないカストラート用に作られた楽曲を持ち込んだりしたがそれさえ彼女が苦もなく唄いこなしたので彼らの目論みは失敗に終わり逆に彼女の名声を高める結果に終わってしまった。

演奏を妨害したり客席から野次を飛ばしてみたりしたがたいした効果はなくむしろ顰蹙をかったのは彼らのほうだった。

彼らの多くは本来あるべき努力や持つべき誠意を持たず人間関係を利用する事で自分にとって都合の良い状態を得ようと考え行動する傾向にとらわれて いた。

それだけに彼女の有り様は本来あるものよりも更に強大に感じられ彼らの憎しみと敵意を日々増大させていた。

そもそも彼女は人でさえないのだ。

言わば便利な自動演奏機械のようなものでそんなものが自分たちの大切な仕事を奪って行くのを許すべきではないと考えるようになったのだ。

彼女を殺すのではない。

余計な機械を壊すだけだ。

新大陸で自動的に鉄道の線路の釘を打つ機械が発明され多くの黒人の仕事を奪おうとした時それと闘って機械を廃棄させた黒人のように我々は我々の権 利を守るのだ

そのすり替えられた思考は談合するたびに歪み徐々に具体的な計画となりある冬の夜それは実行された。

演奏会の帰りにたまたま父親が別件で人に会う為に彼女をその屋敷の召使いに任せたのだ。

だがその召使いは幾ばくかの金を握らされて彼らを招き入れてしまったのだ。

殺しはしない 

それは酷いことだから 

我々は貴女を唄えなくするだけだ 

そうしないと我々が生きて行ける場所がなくなるからだ 

貴女は食べなくても生きて行ける体と環境があるが我々には日々のパンが必要なのだ 

惨い事だとは思うが理解してもらいたい 

出来るだけ手早く済ますつもりだ 

ゆるして欲しい

彼女は抗弁したかったがそれさえ許されなかった

彼女が助けを呼ばないように用意してあった口かせを閉め込まれていたからだ

彼らは用意してきた解剖刀で彼女の顎の下を切り開くと金属の口かせで押し込められ小さくなっている舌を根元から切り取り頭部をハンマーで砕いた。

するとPo nocの頭部は不死と言う永劫の時間から解放されたかのようにゆっくりと溶け始めたのだ。

彼らはその光景に恐れを抱いたがそれでも切り取った彼女の舌を切り刻むとそれを皆で食べてしまった。

彼女の舌には霊力がありそれを食すれば美声が出せると口かせを作った魔導師がそう彼らにふきこんだからだ。

でも もう彼女がそれを悲しんでいるかどうかさえ誰にもわからなかった。

残されたものは漆喰でがらんどうの体と溶け残った穴だらけの顔の皮だけだったからだ。

魔導士には彼女の本体はがらんどうの体の中に居て頭は声を出す道具に過ぎないと聞かされていたから破壊できたのだがそれは同時に彼女を只の奇怪な置物に変えてしまう事でもあった。

もう彼女の声は誰にも届かなくなったのだ。

次の日の朝になって彼女の異変は帰って来た父親によって発見されたがもはや手の施し用はなかった。

多くの彼女の信奉者達が嘆き悲しんだがもうその時点では彼女が生きているかどうかさえわからなかったのだ。

やがて彼女は馬車に乗せられて家に帰って行った長い家路についた。

彼女が唄えなくなった事でそれまで湯水のように資金を出してくれていたパトロン達の支援が潰えたからだ。

父親は彼女のおかげで多くの人に囲まれ贅沢な暮らしが出来ていたわけだがこれからは節約して慎ましく暮らして行かねばならないだろう。

長い冬がようやく終わりを告げ解けた氷が道をぬかるませていた。

父親はあの夜彼女の元を離れた事を後悔していたがそれでも彼女を厳重に梱包した羅紗から解こうとはせず馬車の荷台に積んだままにしていた。

家を出るときにはずっと一緒に馬車に乗り歌を歌わせていたのにというのにだ。

家につくと大勢の彼女の崇拝者たちが悲報を聞いて駆けつけた。

彼女はようやく厳重な梱包から解かれ父親に呼びつけられた剥製職人によって皮だけになった頭部を出来る限り以前と同じように修復しいつもの場所に据えつけた。

だが会話する事も唄う事も出来ない状態では只の置物に過ぎずあらためて良く見ればそれは奇怪で異様な存在でしかなかった。

それでも初めの半年ほどは時々様子を見に来たり見舞いにくる客もいたが一年が過ぎる頃には誰一人屋敷を訪れるものはいなくなり屋敷はだんだん荒れ 果てて行った。

最初の5年程は彼女のおかげで蓄えた財産があったのでまだ暮らして行けたがそれも乏しくなりやがて借金を重ねるようになっていた。

ちょうどその頃ある友人が父親を元気づけようと手に入れたばかりの蓄音器という機械を見せに屋敷を訪れた。

その機械でよく彼女が歌っていた楽曲を友人に訊かせてもらううちに父親は彼に懇願しその蓄音器を譲ってもらっていた。

それをもう誰も見向きをすることもなく居間の隅で埃をかぶっていた彼女に組み込んだのだ。

ガランドウのカラダを切り開き蓄音器の機械を中に組み込み大きなラッパを頭に取り付けた。

そうやってレコードをかけてみるとまるで彼女が唄っていた幸福なあの日のような気分に浸れるのだった。

それではじめて父親は彼女の事を深く愛していた事を理解したが同時にそうやって音を出す事しかできない彼女の存在がたまらなく辛くも感じるのだった。

ハンマーによって傷つけられた痕がそのまま穴のようになっていてそこから漏れる音が彼女の死を告げているようにしか思えなくなったからだ。

それでも父親は暫くのあいだ彼女と暮らしていたがある日忽然と姿を消してしまった。

付き合いは広かったが特に親しくしていた人間もいなかったので行方の探し用も無く親戚縁者などというものも現れなかった。

暫くして事件の可能性もあるとして警察が入ったことによってようやく彼女と父親の実像というものがつまびらかにされたのだ。

父親は鍊金術師の家系にあったがそれほどの才能はなく先人達の研究成果を切り売りするようにしながら収入を得ていた事。

あるとき先代からの顧客からの依頼で降霊を頼まれシャーマンを雇って研究するうち偶然降霊した霊を入れる器として彼女を使った事。

その器にされたものが彼女で 元は先代が当時の中国の貴人からの依頼で不死薬の研究中に投薬実験の副産物として生まれた頭部だけが不死となった豚の頭部を切り離したものでありそれに霊を縛るために高僧の骨から作った漆喰で塗り固めた身体と組み合わせたものである。

それは死を認識出来ない存在であり故に不死である為それは死者にとって自身を認知されない牢獄のようなものだった。

だが降霊された霊はその器を嫌わず共生しやがて自身の身体としてそれに合わせた新しい人格と記憶を紡ぎあげて行ったのだ。

元がどういう霊だったのかはもはや知る由もないし未だに彼女の中に存在するかどうかさえ定かではなかった。

やがて屋敷は借財者達によって競売にかけられ中にあった雑多な家具や自動演奏機械や先祖から受けついできた膨大な鍊金術の資料や薬なども皆二束三 文で売り払われた。
彼女はもともと彼女の事も父親の事も良く知っていた骨董商に引き取られたようだがその後を知るものはいない。

人々は時々彼女を思い出しそのうちの誰かがPo. Noc(月夜)と名付けた彼女の小さな墓を作った。

それは共同墓地の隅に作られた小さななにも埋まっていない墓だったが人々は彼女を思い出すとそこでもうすっかり遠くなってしまった日々に思いを馳 せるのだった。
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10月4日から31日までh.NAOTO+原宿店(渋谷区神宮前3-18-23)でSTEAM BLOODという展示が開催されます。

h.NAOTO デザイナーである廣岡直人さんのプロデュースによる展示で二階研さんからの招聘で参加する事になりました。

二階さんとは去年のマルイワンでのハロウィンイベントに続いて今年もまた一緒にハロウィンをやることになったわけです。


私の子供のころにはそんなものカゲもカタチもありませんでしたので二階さんと関わる迄は砂漠の彼方の蜃気楼のような存在でしたがおかげさまでようやくなんたるかが理解出来つつある今日このごろなのです。



今回の為に書き下ろされた 二階健さんのSTEAM BLOODという物語をベースに錬金術師が古代から連綿と伝わるキメラ ホムンクルス等 人工生命を造り出すという秘術と蒸気機関を極度に発達させた工学技術を融合させた人造人間を造りだす空間と言う設定になっています。

とはいえお任せということでしたのでやりたいことをやりたいように思う存分やらせて頂きました。



階段を上がると先ず正面にこの物語を写真にした二階健さんの展示空間があるので物語を読みながら1枚1枚観て頂き それから右手に在るカーテンの奥にその人造人間を武器として作り出し世界の経済と軍事を掌握しようとした秘密結社のロッジが現れます。


ロッジの奥には2階建ての研究施設があり勿論中に入って階段を登り物語の世界が現実に立ち現れる様を観て頂ければと思います。



私の作品には物語があり 小冊子がぶら下がっていたり 鳥の王という本が置いてあったりしますが読んでもらえると嬉しいです。


今回は今回の物語に合わせて造った新作 電磁波銃 R.I.P(静かに眠れ)、人工心臓「Steamy Heart Beat」他7点が展示されていて全て販売されていますのでよろしくお願いします。
更に村崎百郎館の構築にも協力して頂いている太田翔さんの怪物20体強がいたるところに存在しているのです。


31日には同会場でハロウィンパーティが開催されます。
私のほうからは特別ゲストとして


Hieros Phoenix
1989年、衝撃的な神秘体験と共に実践的西洋魔術と邂逅。以後「黄金の夜明け」団の儀式魔術体系、並びにアレイスター・クロウリーが提唱したセレマ主義を中心に四半世紀にわたり実践を積む。I∴O∴S∴、B.O.T.A. (神殿建設団)、F.L.O. (隠れたる光の兄弟団) 等、幾つかの魔術団体を経て、現在は世紀末の獣、アレイスター・クロウリーが三代目の首領を務めたO.T.O. (東方聖堂騎士団) の日本代表として活動中。またアレイスター・クロウリーが前世期初頭に設立した魔術結社A∴A∴(銀の星団) を主軸とした修行生活を送りながら、西洋と東洋の秘教体系の研究に従事している。



神木ミサ(魔術師・作家)

魔術の学院「I∴O∴S∴」正式メンバー。天秤座のA型。好きな魔術は召喚魔術。
贔屓の天使はツァドキエル。

2012年、自身のプロベイショナー(参入修練者)時代の魔術日記に基づいた小説「天使由来」上梓。

作品のモットーは「リアルな magical fairy tale」。現在、ぼちぼち次回作を執筆中。

複数の魔術結社に在籍して平行しながら学習する魔術師達が多い中で、今時珍しい、ただ一つの魔術団体で「薔薇の伝統の径」を探究し続けている魔術師。
I∴O∴S∴主宰者であり師匠の秋端勉の三代前がW・E・バトラー、バトラーの師はD・フォーチュン、フォーチュンはM・マサースが創設した「A∴O∴」の参入者ということで、源流を辿れば、魔術系統は「The Hermetic Order of the Golden Dawn(黄金の夜明け団)」。

のお二方の魔術修行者をお迎えし現在の魔法とはどういうものでどういう活動をされているのかなどをお話していただこうと考えています。

更にゲストライブとして
『20141031』
Script / Lyric : 天城凛太郎
Vocal : 甘束まお
Violin : Jumpei
Guitar : 金子"レフティ"裕亮
Bass : 翼
Keyboard : 難波 研
Electronics : 谷地村啓

これは 悪魔のバイオリンをテーマにした朗読劇になるとのことです。
まだ時間等詳しいことは決まっていませんが宜しくお願いします。
http://www.kincs.jp/info/ai1ec_event/22180?

まぁ でも 4日にトークショーに参加させて頂いたときにもつくづくと感じたのですがまさかこの年になって裏原宿の有名なこんなオシャレなお店でこいういうことをするようになるとはユメにも思いませんでした。

10年程前の私の人生設計としてはこの時期には骨董屋として優雅に暮らしているはずだったしそれより更に40年程前の人生設計では孫を連れて動物園に行ったり公園に犬を連れて散歩していたりしていたハズなのですが日々作品製作と空間設営に追われています。

11日から13日までは大阪の自然史博物館で開催されるホネホネサミットに参加して20日から26日までは愛知県立美術館で開催されるアートセッションに参加します。

11月には渋谷 ノトリア 新宿 A STORY 銀座スパンアートギャラリーで展示があります。

確かに一番やりたかった事なので有り難いことではあるのですがちょっと過酷すぎますね。

人生と言うのは時に実に不可解なものであることを実感させられているのです。






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村崎百郎館記念祭






2014年7月15日から30日迄 午後12時より午後8時迄

東京の神田画廊において 伊東のまぼろし博覧会に去年の6月より多くのボランティアの方達の協力によりようやく完成した 村崎百郎館 完成記念祭という展覧会が開催されます!



村崎百郎氏についてはウィキペディアにあるページをご覧になって頂ければと思います。 

http://ja.wikipedia.org/wiki/村崎百郎

ただ 補足するなら良くありがちな鬼畜とか反社会的な仮面を被っていたが本当は誠実な良い人などではなくて自身の中にある狂気や彼が言うところの電波という押さえることが出来ない衝動と正面から向かい合いそれを覆い隠す事無く社会そのものと対峙した希有な人間であり表現者であったと私は考えています。



今回 村崎百郎氏の配偶者である森園みるくさんからこの仕事を依頼されたときはここまで大変な事になる等とは夢にも思わず二つ返事で受けてしまいましたが実際に作るべき現場を見た時にはかなり後悔しましたね。

なんとなれば現場は崩壊しそのまま放棄されている温室の廃墟だったからです。中には200キロ超えの石がごろごろと転がっているし枯れた樹木がそこかしこに横たわり蔦があらゆるところを這い回っていてトドメのように不要とされた資材がそこに積み上げられていたからです。

これなら更地から作る方がどれだけ楽なことか。

それにそもそも私は村崎百郎という人間を知りませんでした。

接点と言えば同じ出版社の世話になっていたことが在ると言うくらいでこの依頼もその編集長の紹介によるものだったのです。



そこから村崎百郎の著作と関連した資料を読みあさり残された遺物の中から何をどう誰に展示するのかと言う基本的な命題に取り組む事になったのです。

結論的に言えば元々多重人格的な要素を多分に持っていたところから空間を3つにわけ説明的にではなくて彼の脳の中身をぶちまけるような展示にしようと。

最初の部屋を原点であるゴミを拾い集め捨てた人間をプロファイリングする部屋にし真ん中の部屋を編集者としての部屋にして 最後に魔術に傾倒し修行者としての村崎百郎を作ろうと。





結果として40日近くの時間がかかりのべで200人程度の人手がかかったのではないかと思います。

部屋の構築だけではなくて10年以上も土砂に埋もれた300メートルはあろうかという遊歩道を復活させたり猪対策で鉄条網を張ったりと兎に角やることだけはヤマの用にあったのですから。

それを愚痴一つ言わず今迄の人生で触った事も無い電動工具や鶴嘴や鉄道バールや大ハンマーや一輪車でこちらの無理無体な要求に応えてくれたボランティアの方々には本当に感謝あるのみなのです。




おかげさまで 併設のギャラリー 未確認生物博覧会の会場も含めようやく完成致しました!



前置きが長くなってしまいましたが 今回 この 村崎百郎館 の完成を記念して 村崎百郎館記念祭として神田画廊さんのご好意で展覧会を開催できる運びとなりました。

しかも神田画廊さんの最後の展示となります。

今回の展示は 村崎百郎の名前のもとに集まった多くのクリエイター達がどこで繋がっていたのかをひもとく為の展示でもあるのです。




参加作家

榎本由美(漫画家)
大石容子(漫画家)
黒史郎(小説家)
土谷寛枇
P.P★★★CRYSTAL(ガラスアーティスト)
ユキミドリ(美術家/画家)
森園みるく(漫画家)
マンタム(美術作家)
太田翔(画家 彫刻家)
さちこ(画家)
橋本 章聖(アクセサリー)
雛菜雛子(魔法画家アイドル)
中村欽太郎(デザイナー)

神田画廊


展示期間中 15日のオープニングパーティには 

サイエンスライター 川口友万さんのキルリアン実験の実演 午後6時より30分程度

ミュージシャン&舞台&映画女優&音楽芸者 
DemiSemiQuaverのボーカル&キーボードの 
エミ・エレオノーラによるアコーディオン投げ銭ライブ 午後8時より

 《20140726》
7月26日(土)《20140726》@神田画廊
開場■18:30
開演■19:00
料金■2000円
出演■T'風呂n'T(谷地村啓&難波研)with甘束まお
TFT5年ぶり位のライヴです。ご予約は難波まで。

7月27日(日)

開演■16:00
前売り予約1500円
当日2000円
村崎百郎館完成記念祭 特別ライブ 『ナカヒラ ミキヒト』
(vocal & resonator guitar ナカヒラミキヒト / washtub bass 小林勇介)

是非聴いて欲しいシンガーです。
ブルースと言うと取っ付きにくいという人が居るかもしれませんが彼のは既に彼の音楽になっていてとてもスマートなのです。

http://www.kemusi-blues.com/

等のイベントが開催されます。

現在神田画廊さんでもイベントを企画中だということですので決まり次第下記のリンクで告知させて頂きます!

https://www.facebook.com/events/1381893975412679/?ref_dashboard_filter=calendar


皆様何卒宜しくお願いします!!

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とある収集家の遺物より出て来たもので木箱に走り書きのようなメモとともに残されていた。

収集家はあらゆる奇妙な物を集めていて 他にも 鬼の手 ジャッカロープの幼体の液浸標本等があった。

これらの標本は他の収集物と一緒に古物の市場に出品されたのを競り落としたもので伊東のまぼろし博覧会の中に作られた村崎百郎館と併設されている未確認生物博覧会に展示されている。

http://maboroshi.pandora.nu/






河童は卵生であり3年から4年に一度くらいのペースで川の上流で産み落とされるがその時点では鮭の稚魚等と酷似しており判別は難しい。

だが成長は早く1ヶ月程度で30センチ程度に迄成長し河童の特徴である甲羅もほぼその時期にはおおよそながらカタチになっていて手足も生えている。

その時期に陸上を移動して沼等に移動するが乾燥に弱くそこで死ぬものも多い。

基本的に臆病で警戒心が強く夜行性でもあるのでまず見つける事は出来ない。




知能的には人間の5歳児程度と考えられているが声帯の構造が単純なため人間のような複雑な音域をつかえず言葉も持たず集団行動をとる事は稀である。

一度に20から30の卵から孵化するが成体になれるものは僅かである。

殆どは1年以内に他の生物に補食されるか乾燥等によって死ぬが死ぬと甲羅は外れてしまうので狸や鳥の死骸と誤認されその死骸の発見例ですら非常に希少である。

今回の死骸は幼体の時に朽ち木に隠れて成長していたがその朽ち木がなにかの原因で川に流され成長時において体を挟むような格好になった為朽ち木から離れる事が出来ず死んだ孵化後一ヶ月程度の個体と推測される。

朽ち木に捕らえられるような格好になっていたため骨格が分解する前に乾涸び奇跡的に原型を多くとどめた貴重な標本である。

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               夜を作る機械







その世界には夜が無かった

長い時間をかけて議論されたが結局夜は必要がないと結論づけられたのだ。

地下500メートルの深さにしつらえられた急ごしらえのシェルターは確かに巨大なものだったがそれでも元々その国にいた人口の2%程度を収容するのがやっとだったのだ。

予想もしない時期に氷河期がはじまり地表がブリザードと氷に覆い尽くされる前の限りある時間の中で選ばれた人間達だけがなんとかそこに逃げ込む事が出来たのだ。

地表の様子はある程度は計器で調べる事が出来たし少しの時間なら地上に出る事も出来たが地表の事はあまりわからないことになっていた。

それは地表に残して来た過去を早く忘れるべきだったし残された人々がむかえているあまりにも過酷な状況を誰も考えたくなかったからだ。

氷に覆われた地表に比べればここは楽園だった。

地熱発電によってエネルギーは豊富であったし当初は地上から回収されたものでまかなわれていた食料もやがて地下で作られるようになったので生きる為に必要な全てのものが充分に足りていたからだ。

人々は夜の無い世界で閉ざされた地下の世界を掘り進みながらその領域を広げそこに残された人類の未来を見出す事になった。

だが 3世代目あたりから明らかに人類と言う種の変質が認められるようになりそれは種としての危機的状況を予想させるに充分なものだった。


彼らには時間的概念が存在せず時系列を理解することが出来なかったのだ。

それに所謂シンパシーが極度に欠如していたのもあって彼らの多くは時間概念の欠如を問題と認識出来ず修正しようとは考えなかったのでそれはより深刻な事態と変化した。

つまり過去と未来と現在が同時、もしくは点在するように存在するため社会的な統一した行動がとれず社会的基盤が崩壊し始めたからだ。

治療の方法はその時点で皆無であってこのままではこの地下世界は遅かれ早かれ崩壊し人類は進化する前の状態に戻りこの地底の中で果てるだろうと予測された。

人々は穴を掘り広げ自らの領土を拡大する事さえやめて治療法を探しはじめた。

唯一原因として考えられたのは夜が無い事だが今更夜を作り出す事はできなかった。

夜と言うのは概念であってただ暗くなれば良いと言うものではなかったからだ。

夜と言う存在 夜と言う状態が本当はどういうものだったかを知る者はもう誰もいなかったのだ。

だが 錬金術という古代の魔法のようなものを知る一族が残っていて彼らが地表から持ち込んでいた資料の中に「夜を作る機械」というものが存在していた。

資料は古く曖昧だったがそれが残された唯一の希望といっても良いものだったので地下世界の指導者達は必要な物資を手に入れるため地上に探査隊まで送り出し結果多くの犠牲をはらったがその機械を作らせることに成功した。

それは夜の鳥である「梟の死骸」をベースにしたもので作動原理すら理解出来る代物ではなかったが錬金術の末裔達は正確に機械を造り上げそれはちゃんと作動して夜を作り始めたのだ。

機械は向き合うと体内にある鳥籠に相手の耳(聴覚)を取り込み相手に自分しか聞こえない音を聞かせる事が出来たのだ。

それは共有する時間であってそれが必要とする音であって梟の死骸に無数に取り付けられた記憶の断片とそれを音に変える鈴の音だった。

夜は共有される時間と記憶でありそれはあらゆる生物に必要不可欠な生きる区切りを示すものでもあったのだ。

夜を失う事は過去を失う事でもありそれは結果として未来への必然を否定しかねないものだったのだ。

だが 多くの人間は夜から帰る事が出来なかった。

あまりにも長い間夜を喪失していたので夜に抗えなくなっていたせいだ。

それでも誰も機械を止めようとはしなかった。

機械の持つ夜はあまりにも甘美でありそこにある記憶は残骸となって出口を簡単に塞いでしまったからだ。

もう穴を掘り広げる者はいなかった。







地下世界はゆっくりと滅び始めたのだ。






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「ヴァイオリンの為の音楽」




ときどき かさかさと音がしてそれがずっと気になっていたのだ

練習をしたくても構えたヴァイオリンに弓をあてようとすると必ず音がして

それが気になって集中出来ないのだ



勿論先生には何も聞こえないので

私のやる気がないからと母親に告げ口されてしまう

母親はその度に私の手を小さな枝で打ったが

だからといって音が消える事はなかった



私はその音が小さな悪魔がヴァイオリンの中でなにか呪いの儀式のようなことをしているように思えて

恐くて仕方がなかったのだ

だから折角買ってもらったヴァイオリンもちゃんと演奏される事はなく

私はいつまでたってもきぃきぃと小さな獣の鳴き声のような音しか出せないままだった










ある夜 

月の光が窓から差し込んで

ヴァイオリンを照らしていたときに

ヴァイオリンが不自然に動き机から落ちてしまった

慌てて拾いあげたのだが背板が少し浮いていてそこからなにかが這い出そうとしているのが見えた




月の光に照らされたそれは間違いなく人の指に見えるものだった

白っぽく細い指がその浮いた背板から這い出そうとしていたのだ

とても恐くてヴァイオリンを投げ出したい衝動にとらわれたが

それよりもその細い指の事が気になってどうしても目が放せなかった



やがて月の位置が変わりヴァイオリンが影の中に入ったので 

ようやくヴァイオリンを放せたのだが

朝になってみると背板は元通りになっていて、Fホールから覗いて見ても振ってみても

指のようなものの気配さえ感じることは出来なかった









その事があってから私はますますヴァイオリンとその稽古から遠ざかるようになり

やがてヴァイオリンも何処かに仕舞われたまま私の目に触れる事さえなくなっていた


あらためてそのヴァイオリンを見たのは母の葬儀のあとで

大切に仕舞っていたらしいヴァイオリンを客が引き上げたあと父親から手渡されたのだ


私はそのまま家に持ち帰ったのだがあれからずっと頭を離れる事がなかったあの月の夜のことが

どうしても気になったので職人に頼んでヴァイオリンを切断してもらった


そうすると


縦に割られたヴァイオリンの棹の付け根のところから

細長くて白い(死んだ母親の指を思わせるような)水晶が出て来たのだ

それは夜の月のようにほの青く光りその光が私の目の中に差し込んで来た

その光はとても不思議な感触で既に遠くなった母親の記憶を想起させるのに充分なものだった








私は壊れたヴァイオリンとその水晶で卓上を照らす為のスタンドを作らせ

今もそれは机の上で読むべき書物を照らしている


母親が何故私にヴァイオリンを弾かせたかったのかはわからなかったが

結局その誰も顧みる事のなくなったヴァイオリンを彼女は捨てる事が出来なかったし

私もその頃の記憶だけは今でも鮮明に焼き付いている


今は時々だがこのヴァイオリンのランプで本を読む時に母親が渇望し弾けなかった曲をかけている

それは



あの月の夜と今は遠い母親の為に。






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