ねむい

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 当人がどうであれ、常識は付き纏うものである。

 太陽が東から昇り西へと沈むといった、研究さえ重ねれば誰もが同じ結果へと到達するのも常識と呼ばれ、エスカレーターの左側を空けて立つというエスカレーターの製作会社から推奨されていないが、関西圏内では暗黙の了解として知れ渡るコレも常識だ。

 つまり常識というのは正しいかどうかよりも、不特定多数の盲信が顕在化するものなのだろう。

 さて、生憎ながらギャンブラーの内少なくない人数は世間一般の常識から外れているだろう。ともすれば良識はおろか、人らしい意識さえ無いかもしれない人も居る、かもしれない。
 しかし常識とは必ずしも守られるものでないことは明白で、上のエスカレーターが良い例だ。誰しもが知っていて守るものであったとしても、正しいわけではないのである。

 深く青い山の獣道にも似ている。常識を盲信することは。名も知らぬ誰かの掻き分けた道を、ただついていく。誰かが通ったから正しい道なのだと。

ねむいので書くのやめます。