国境サイクリング 2

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 前日に引き続き、4月20日も夕方になってから国境のサイクリングロードを走ってきた。実は前日スロヴェニア人の友達と待ち合わせしてたのをど忘れして、埋め合わせにスロヴェニアの彼らの家まで遊びに行くことにしたのだ。
城ゴリツィア
写真はカザ・ロッサ国境からカスタニェヴィツァ方向へ向かい、サイクリングロードに入ってすぐ。奥に見える建物は元Ex-seminario、現トリエステ大学ゴリツィア校。スロヴェニア側は兼業農家の小さな畑が多い。
城ゴリ
続いてゴリツィアの城が見えてくる。イタリア側からの景色に比べると大分すっきり。
線路
スロヴェニア国旗がたなびくseconda categoria(EU市民のみ通行可能)のスロヴェニア・イタリア国境。線路を挟んで両側に検問がある。
列車
北からやって来た貨物列車。
kastanjevica
小さな国境のスロヴェニア側にはすぐカスタニェヴィツァの僧院が見える。この僧院にはブルボン家のお墓や歴史的価値のある文書館があることで有名。
italia城
一方のイタリア側には城が見える。
線路
さらにサイクリングロードを進むとカスタニェヴィツァの丘とそのトンネルに突き当たる。
pozor
この辺りでサイクリングロードはイタリア側の民家と接していて、「国境注意!」という看板まで。「注意!」と言われても、「うっかり」国境沿いの民家に侵入する人なんてまずいないと思われる。ちなみに民家の塀には触ると感電しそうな(?)線とかセンサーのようなものが張り巡らされていた。これらの装置の具体的な機能について説明した方が違法越境の予防効果があるのでは?
kastanjevica,tunnel
カスタニェヴィツァのトンネルを越えた。
transalpina,sabotin
トンネルと越えるとそこにはトランス・アルピーナ駅とサボティン山(左)、聖地Sveta gora / Monte santo(右)が見えてくる。サボティン山のNaš Tito(我らのチトー)石文字も健在。
 ここからノヴァ・ゴリツァのセンターはすぐ。この日はカジノ・ペルラのカフェでケーキと紅茶を頼んだ。ここは鉄製の急須でお茶をサーヴしてくれるのが嬉しい。
 ところでこのサイクリングロードはゴリツィアのイタリア人の間でも非常に人気がある。イタリア側がなかなか自転車専用路を(というより道路一般を)整備しないのに対し、スポーツ好きがやたらと多いスロヴェニアでは早くからあちこちで安全にサイクリングやローラーブレードを楽しめるようになっていた。ノヴァ・ゴリツァの町中では、小学校の先生に引率されヘルメットを付けた小さな子供達が交通ルールを学びながらサイクリングする姿がよく見られるけど、こんなのイタリア側では見たこともない。
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国境サイクリング

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 よく晴れた昨日の午後、国境に沿ってサイクリングをした。ノヴァ・ゴリツァ(スロヴェニア)のゴリツィア(イタリア)との国境沿いのサイクリングロードを走ってきたので、正確にはスロヴェニアでサイクリングしたことになる。ただ首を左右に動かす度にスロヴェニア、イタリア、と2カ国の風景がかわるがわる楽しめるのは国境ならでは。「これこそ国境を挟む体験だよ!絶対行くべきだ。」と友達がすすめてくれた理由が分かった。
 EU市民以外がゴリツィアからノヴァ・ゴリツァへ入るとき、大体カザ・ロッサ国境を越える。サイクリングロードはイタリアとスロヴェニアの検問の間を横断する線路に平行して走っているため、両国の国境検問を見ることもできるわけだ。入り口が国境沿いに幾つかあるのも便利だし、この道を通ればカザ・ロッサからノヴァ・ゴリツァのセンターへ行くのに、丘を越えたり、自動車道を通ることなく辿り着けるのも嬉しい。
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リュブリャナとゴリツィアのスーパー

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 リュブリャナから戻ったゴリツィアで買い物しながら、ふと「ああ、ゴリツィアにはアレがない。」と思うことがある。まず大きいサイズのチョコレートがない。リュブリャナではエア・インでも米入りでもなんでも安くて大きかったのに、イタリアに入ると途端に日本のチョコレートと同じくらいサイズが小さく種類が少なくなるのだ。例え同じドイツのメーカーであっても。リュブリャナではレジ付近に大量に用意されているmalica(マリツァ)と呼ばれる豊富な種類のチョコレートバーがイタリアではシュガーレスガムに姿を変える。それからイタリアには牛乳パックに入った無添加の飲むヨーグルトがない~!リュブリャナには色んな種類の飲むヨーグルトがあって、毎日欠かさず購入していただけに悲しい…。これといっしょに混ぜて飲んでいたFructalのジュースもゴリツィアでは2,3割高かそれ以上。スロヴェニアではどこに行っても出される薄々スープもイタリアではぱったりと見られなくなる。ソーセージもスロヴェニアより種類が少なくなる。そしてパン!スロヴェニアのパンは種類が豊富で美味しかった。野菜も新鮮で安かった。缶入りのこってりした豆スープやグヤーシュもないなあ、ゴリツィアには。
 というわけで早速スロヴェニアで買うものリストを作った。ゴリツィアからスロヴェニアに行く、といっても大袈裟なことではないのだ。トリエステ大学ゴリツィア校からはNaš Tito と書かれたSabotin山やスロヴェニアの聖地Sveta Goraも見える。5分歩けば国境だし、パスポートを見せて3分歩けばスロヴェニア最大のスーパーマーケット・チェーンMercatorに到着だ。きっとイタリア側で日常的に買い物する国境地域のスロヴェニア人はこういうマルチ・カルチュラルな楽しみを享受しているんだろう。
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 11月25日。今日はスロヴェニアの語の授業が1時間半だけしかなく、後はみんなで映画を見に行くと聞き、学校を休んでイタリアで幾つかの用事を片付けることにした。6時半のゴリツィア行きバスでリュブリャナ駅を出発し、9時頃にはノヴァ・ゴリツァに到着。国境までバスに乗ってイタリアに徒歩で入国した。ゴリツィアのスロヴェニア系マイノリティのための文化協会で働く友人を訪ねるためだった。用事を済ませた後で、彼女の同僚を紹介してもらい、彼らが協会の活動ついて説明してくれた。今度一緒にブルダのカンティーナに行こうと約束し、次なる目的地トリエステにバスで向かった。
 本来電車が楽なんだけど、10時半から12時くらいまで電車は1本もないのだ。この地域に住んでいて何が不便って、公共の交通手段を当てに出来ないということだ。さらにゴリツィアからトリエステへの直通バスはないので、モンファルコーネで乗り換えなければならない。そういえばモンファルコーネまでのバスで運転手がずっとMy Wayを口笛で吹いていて、脳裏に焼き付いてしまった。バスがモンファルコーネを出発した辺りから雪がぱらぱらと降り出し、スロヴェニアではかなり降っているんだろうなあ~、なんて想像したのを覚えている。
 トリエステではコルソ・カヴールにあるイタリア銀行に向かった。ここの窓口のおじさんも口笛を吹いていて、今度はゴッドファーザーのテーマだった。仮にも1国の中央銀行でこんな勤務態度が許されるとは…。さすがイタリア。その後駅前のトラットリア兼バールで軽く昼食をとり、午後2時発リュブリャナ行きのバスに乗った。
 バスの中は買い物袋を抱えたスロヴェニア人主婦で埋め尽くされていた。6時半にリュブリャナを出発して朝9頃トリエステに着くバスがあるので、彼女たちは朝の数時間を買い物に費やし、午後スロヴェニアの家へ戻っていくのだろう。イタリアの店主達はスロヴェニア人の客にはスロヴェニア語で対応するという。スロヴェニア人は「どうして私がスロヴェニア人だとわかるんだろう?」と首をかしげるけれど、私にとっても判別はそんなに難しくない。典型的なスロヴェニア人主婦の特徴は、パーマのかかったブロンドの豊かな髪、がっしりした体型、無頓着な服装、ブルーの瞳。対するイタリア人は全体的により色素が濃くて、痩せ形、強烈な香水、フルメイク、という印象がある。
 バスはトリエステの裏山をぐんぐん登り、大学を通り、スロヴェニア系マイノリティが多く住む集落やVilla Opicinaを通り過ぎた。 Sežana セジャーナの国境でパスポートチェックを終えスロヴェニアに入ると、突然おばさん達のおしゃべりの声が高くなった。やっぱり自分の国に帰ると安心できるのかな?セジャーナのバスターミナルでほとんどの乗客は降りてしまい、雪の降りは突然激しくなった。道路は渋滞し、リュブリャナには予定時刻6時を30分ほどオーバーして到着した。スロヴェニアの景色は朝からすでに真っ白だったんだけど、雪は多分夜通し降り続け、明日の朝には大分積もっているんだろうな。ああ週末でよかった。