スロヴェニアのカジノ

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 やはりリュブリャナに比べるとゴリツィアは大分暖かい。27日の午後、やっと引っ越しが終わって、ほっとした。アパートでは20歳そこそこのジューリアがあれこれ世話を焼いてくれて、荷物運びを手伝ってくれた。
 今回の引っ越しを手伝ってくれたリュブリャナでカジノのディレクターをやっているトンチェックさんは39歳と思いの外若く、スロヴェニア語、イタリア語、英語を話し、ビジネスチャンスの拡大を考えロシア語まで学んでいるという真面目そうな人だった。リュブリャナからゴリツィアまで「カジノ仕様」のかなり恥ずかしいJaguarに乗って、快適に移動することができた。
 道々、スロヴェニアの娯楽産業について色々教えてもらえたのが本当に楽しかった。リュブリャナのカジノは顧客の70%位くらいをスロヴェニア人が、残りをオーストリア人、イタリア人が占めるのに対して、イタリアとの国境に位置するノヴァ・ゴリツァでは96%がイタリア人らしい。ロシアその他の国からわざわざやってくる客の多くはリュブリャナではなく、海や温泉がある滞在型のリゾート地ポルトロージュへ向かうそうだ。
 ちなみにノヴァ・ゴリツァではラスヴェガスのカジノからの8億ドルほどの資金を得て、新しいカジノ施設を建設する予定らしい。契約は紳士協定レベルにとどまり、現在税率を巡って話し合いが続けられているそうだ。ノヴァ・ゴリツァの命運はカジノ産業にかかっているだけに、ビジネスチャンスを窺う住民からの熱い視線が注がれている。
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引っ越し2

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 ようやくリュブリャナ=ゴリツィア移動の段取りが付いた。明日金曜日の午後に出発するので、今日は頑張って荷造りだ!といっても今回リュブリャナでやりきれなかったことが沢山残っているので、近いうちにまた来ることになりそう。暖かくなったら資料収集、友人知人の訪問、鉄道博物館と技術博物館見学をセットにして来るのもいいかも。国境越えは不便で面倒だけど、地域のことを理解する上で決してマイナスにはならないはず。
 明日ゴリツィアに連れて行ってくれるのはリュブリャナのカジノのディレクターらしい。カジノといえば、ボスニアマフィアとの関係とか怪しい噂も聞くけれど、友達の友達だしまあ大丈夫だろう。
 ゴリツィアのアパートの部屋にはまだ前住民がいるので、数日は友達の部屋に居候することになるかも。ま、仕方ないか。とにかくごちゃごちゃしたことをとっとと片付けたい。2月からは整った研究環境で論文書きに集中できるといいな。ADSLは当分先になりそうだけど…。
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笛を吹く女

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 保母さん目指して専門学校でpedagogyを学ぶルームメート。(珍しく)遊びに出かけない夜は、ありとあらゆる友達に”Kaj delaš?(何してるの?)”と電話をかけまくる。普段幼稚園児と遊ぶ彼女なので、家でも縦笛を吹いたり、折り紙を折ったり、工作したり、落書きみたいなのを描いたりするのが趣味。友達から借りてきたという旧式のキーボードをいじっては、小学生低学年のような調子で縦笛をぴーぴーやるのだ。大体1時間もしない内に飽きて止めるから近所から苦情はこないものの、これが始まると研究どころじゃなくなる。ちなみにここから就寝までひたすらSMSを打ち続けるのが彼女の日課。この凄まじいSMSに応えるかのように、夜中の1時2時まで、朝は6時頃からすさまじい携帯の受信音が鳴り響く。
 多分私たちの「音」に対する感覚は相当違うのだろうと思う。ちなみに 彼女はプリモールスカの農家育ち。人間性云々とかいう問題じゃなく、一緒には住んではいけないモノ同士が世の中には存在するのだ。基本的に常時読書か物書きしている私と暮らすのも彼女にしてみれば超ストレスフルだろう。言葉を引き合いに出すまでもなく、生き方が180°違う私たちが一緒にいること自体「異文化交流」。きっとあとできっと懐かしく思う日が来るだろう。彼女のあらゆる行動が理解できないのに、別に彼女が嫌いなわけではないのだ。
 ちなみに自腹を切って登録した(彼女はそのためにリュブリャナに暮らし、毎日のように労働している)大学の試験が来月あるはずなのに、一向に勉強する兆しがない彼女。これは永遠に卒業不可能だな…。
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引っ越し

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 の準備に取りかかった。今日は増えた本を日本に送り、スロヴェニアの郵便局の親切さを実感した。イタリアでは荷物を包装紙で包んで宛先を書いて郵便局に持って行く。スロヴェニアではそういうことを全部あちらがやってくれるのだ。最終的な重さの調節を郵便局でしたいとき、これは本当に有り難い。
 リュブリャナ=ゴリツィア移動の足探しはノヴァ・ゴリツァの友達にお願いした。ノヴァ・ゴリツァとリュブリャナの間を往復する人は結構多いので、顔の広い人に車探しをお願いすれば大体なんとかなる。重い荷物を運ぶのも、車を持っているアフリカからの移民などが時給10euroくらいで引き受けてくれる。その中でも働きぶりが真面目な人の電話番号は、町のお金持ちの奥さん連中の間ですぐ広がるのだそうだ。これをもし業者に頼むと、越境引っ越しで100euro、荷物運びで2,30euroはかかっちゃう。
 私がこの地域で不便に感じたことを補う方法を住民達は知っている。この地域に根を張ってないよそ者の学生などにとっては極めて生活しづらいということでもある。

スケート

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 今日はとても暖かいな~と思ったら-2℃。ちなみにゴリツィアは3℃で、トリエステ5℃、ローマ10℃、ミラノ0℃、モスクワ-16℃(feel like -27℃!!!)、ブダペスト-4℃、ニュルンベルク-5℃(feel like -10℃)、パリ7℃、東京は9℃か。早いとこ少しでも暖かい方へ移動したい。
 今週末から近所のティヴォリ公園で野外アイススケート場が始まったので、早速滑ってきた。靴を借りて数時間滑っても300SIT(1.2euro)だった。靴と氷の質がすごく悪かったけど、いい運動になった。広くてきちんと管理されているティヴォリ公園内にある屋内スケートリンクは専ら選手用で、一般に開放されるのは毎日1時間半のみ。広いし氷の質は良さそうだけど、値段は野外の2倍以上。ともあれ、野外のリンクは毎日大盛況。常時氷が溶けない気温の土地ならではの楽しみだ。
 事務手続きの季節が到来。とっとときっちり片付けよう。

最後の授業

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 今日スロヴェニア語1年コースの前期終業式だった。各クラスが芸を披露して、証明書をもらい、みんなと歓談して、別れを告げた。本当に温かい人たちだった。もう来週から授業がないと思うと寂しいような気がする。でもこれで次に進むことができる。後ろを振り返るのはもっと後にしよう。
 ちなみに私たちの芸はマーク考案のボブスレー・コント。無難な歌ではつまんないし、台詞の多い寸劇は分かりにくいし、ということでオーストラリア風「体力ギャグ」で乗り切った。みんな一番「ウケた」とご満悦。最後にわーっと騒げて面白かった。でもお陰で喉が痛い。風邪引いたのかも。

人生色々

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 今日最後のテストがあり、スロヴェニア語講習は無事終了。私たちのクラスは9人でスタートし、最後の試験を受けたのは6人。トルコ人バランは途中でやめてしまい、ロシア人リザは里帰り、オランダ人ダフネは仕事(スノーボード講師)の関係で欠席だった。
 実質4ヶ月弱の講習(1年コースの前半)で、一番伸びたのは予想通りリザだった。スロヴェニア語がロシア語と同じスラヴ語だということもあるけれど、女優という仕事を通して培ったという彼女の記憶力がものを言ったような気がする。今年リュブリャナ大学に入学し、public relationsを勉強するつもりだと言っていた。どのみち、なるべく早く親元を離れ、海外留学したいらしい。女優業を続けたい彼女にとって大切なのはスロヴェニア語ではなくやはり英語なのだろう。
 去年1月スロヴェニア旅行中に現在のスロヴェニア人の旦那さんと知り合い、7月にはスロヴェニア語集中講座を受け、9月にブルダで結婚したというのは二十歳のオランダ人ダフネ。10月には旦那さんと一緒に新しくできたLogatecのスノボー教室の専属講師として契約を結んだそうで、毎日忙しそうにしている。旦那さんはツェルクノという田舎町出身だから、村的人間関係に疲れるとこぼしている。でも彼女は本当に幸せそうだし、毎日ばたばたと頑張っている。オランダ語以外に英語もドイツ語も母国語同然だという彼女のことだからスロヴェニア語もすぐに上手になるだろう。
 オーストラリア人で神学者のマークは奥さんのロシェルと1年、キューバ人アレックスは2年スロヴェニアに住んでいるというけれど、彼らは語学習得のセンスが気の毒なくらいなかった。マークは勤勉で、単語カードまで作って頑張っていた(いかにも効率悪そう~)けど、この4ヶ月の間ほとんど成長の跡がみられなかった。アレックスは、家でスロヴェニア人の奥さんとスペイン語で会話し、学校ではスペイン語圏の友達と連むからスロヴェニア語はちっとも上手くならないらしい。ちなみにマークの奥さんロシェルは5月に、アレックスの奥さんは7月に出産する予定だという。アレックスの所はなんと4人目。マーク達は10年くらいリュブリャナに住む予定で、アレックスは医者の奥さんを助けながらここリュブリャナで一生主夫業をして行く覚悟らしい。人生色々だな~と思う。
 気の毒だったのはナディン。大学生だという彼氏にくっついてドイツからスロヴェニアにやってきたスロヴェニア系ドイツ人の彼女は色んな意味で自信を喪失しちゃったみたい。いつも疲れを口にしていた彼女の話題は、彼氏への不満か今晩のおかず。1つ年下のリザや1つ上のダフネがあの通り大人で、しっかり目的をもって生きているのを見たら、やはり考えちゃうこともあるんだろう。ナディンは10月頃からず~っと風邪を引いていて、授業も休みがちだった。語学学校でドイツ語を教えたいと言うけれど、まだ19歳で大学も出ておらず、スロヴェニア語も英語もかなりドイツ風アクセント+スラング混じりのナディンにとって、状況はかなり厳しい。これからどういう選択をするのかな。
 ジャーナリスト志望だと言っていたバランはリザと喧嘩してから、学校に来なくなった。現在は義理のお兄さん(スロヴェニア人)がポストイナに開いたという店でマネージャー(自称)として働いているらしい。その内ポストイナでばったり、ということもあるかも。
 クラスで一番頑張ったのは多分オーストラリア人キングスリーだったと思う。彼は5月に1年コースが終了したら、家族を連れてマリボールに引っ越し、あちらの教会で働き始めるらしい。毎週スロヴェニア語で説教をしなければならないという重圧を使命感で乗り切ったようだ。2人の子供のお父さんで、ギターとクリケット、テニスを愛する明るいオーストラリア人だった。
 マークとキングスリーは授業中いつも冗談ばかり言っていた。最初は「何故ここまで?」と思っていたけど、彼らのお陰で、疲れていたときも愉しく勉強することが出来た。「クラスメート」と毎日一緒に勉強したのは高校以来で、愉しくもストレスフルで忘れられない経験になった。
 さあ、次は論文だ!いや、その前にアパート探しか。

リュブリャナで落ち着ける場所

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pisis
Marina con conchiglie
oil on cardboard, 50 x 66
Filippo De Pisis - 191

 先週末は久しぶりにリュブリャナを散歩した。まずアパートから歩いて10分くらいのティヴォリ公園の中にあるスロヴェニア近現代史博物館へ向かった。ここはいつも人がいなくて落ち着くので、ときどき遊びに行くことにしている。今は20 世紀の社会生活を回顧する企画展をやって、第2次大戦後に作成されたプロパガンダ映画が何本か上映されていた。これが結構面白くて1時間くらいぼ~っと映画を見ていた。ちなみにこの博物館には第1次大戦、第2次大戦を中心にした現代史常設展や第2次大戦中ドイツ軍に占領された地域からライヒあるいはクロアチアなどに強制移住させられた人々のキャンプ生活の様子を主に写真で紹介するコーナ(スロヴェニア語のみ)がある。 ここの常設展はスロヴェニア現代史に興味がある人には、Kobaridにある第1次大戦博物館と並んでオススメ。
 Tivolski gradの方に歩いていくと、雪が積もった公園でそり遊びや散歩をする家族連れやカップルと沢山すれ違った。真っ白なフィールドの向こうには星空のような電飾がほどこされた丘の上にライトアップされたリュブリャナ城が姿を現し、思わず感激した。
 その後、夕方だし入場料をとられないだろうと踏んでNadrodna galerijaへ行ってみた。ここでは15世紀くらいまでの木聖像やMartina van Maytens the Youngerによるマリア・テレジア像、Filippo de Pisisやゴリツィア出身のZoran Mušičの作品などを見ることができる。夕方は全然人がいないので、ここもなかなか落ち着いて散歩できるスポット。近くにあるOpera Barも雰囲気がいい。
 適度に歩いてゆっくりできた週末だった。春になったら再開するというTehniški muzej技術博物館も自然に囲まれたよいところだと聞いている。「春になったら(!)」是非行ってみたい。

タイ人のスー

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 リュブリャナ唯一の寿司屋で彼女に出会ったのは先月のこと。スーは50歳くらいのタイ人で、スロヴェニア人の夫を亡くした後もリュブリャナに住み続けているのだそうだ。バンコク生まれの彼女は派手好きで英語もスロヴェニア語も上手。明るく外向的な彼女はアジア系のよしみか、あの日突然話しかけてきた。
 人口200万の小国スロヴェニアでは一度知り合った人と再び偶然町で出会うことが多々ある。スーとはその後、センターやスーパーなどで何度か出会い、その度にあれこれ世間話をした。先日ついに近所のメルカートルで名刺を交換し、今度和食とタイ料理を一緒に作ろう、という話になった。
 スロヴェニアでは色んな人がアジア人に興味を持って話しかけてくる。まだアジア系が少ないせいか、いつも非常に(過剰に)親切にしてもらっている。今日はドイツで日本人の友達に日本語をならったという中年男性に日本語で、スーの知り合いだという人に英語で話しかけられた。
 ブルダやノヴァ・ゴリツァでも経験したことだけど、ここでは友達の友達とすぐ友達になれるし、割と簡単にディープな人間関係の渦中に突入する。この辺り、イタリアのゴリツィアとは正反対の印象を受ける。新しい友達を作るのは楽しいし言葉の勉強にもなるんだけど、そのための時間とエネルギーが足りないのがすごく残念。スーの家にはその内行ってみようかな、と思う。

バーゲン!

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 がようやくリュブリャナでも始まった。初めは30%から40%引きの店が多い。ここ数年でスロヴェニアでも随分おしゃれな店が増えたな~と思う。
 独立前、スロヴェニア人はジーパンのような安い衣類でもイタリアで買っていたらしいけど、この15年あまりの間に外資企業が進出し、店に並ぶ商品の質は随分よくなった。スロヴェニア人は口を揃えて「もはや買い物はスロヴェニアで全て事足りる」と言う。一方イタリア人は「スロヴェニアには質の良いものはない。だから彼らはイタリアに買いに来るんだよ。」と言う。
 この3ヶ月強あちこち見て回った結論としては、スロヴェニアで手に入る良質の製品は大体イタリア製かドイツ製。高級銀食器やアクセサリーなどをスロヴェニアで買うのはほとんど不可能。イタリア製品はイタリアで買った方が安いので、ある程度以上の品質を求めるときにはやはりイタリアで、ということになるみたい。リュブリャナには「市民の誇り」大型ショッピングモールBTCがあるけれど、どの店も似たり寄ったりで安物ばかり並んでいる。まああと2,3年で様変わりするかもしれないけど。

 ようやく週末に辿り着いた。スロヴェニア語の試験前に沢山覚えなきゃいけないことがあるから頑張って勉強しよう。ついでにしっかり食べて風邪治さなきゃ。