イタリア編 ホームグラウンドへ

テーマ:
3月1日(月)今日はラヴェンナからゴリツィアまで移動した。途中列車には激しい雪が吹き付けられた。フェッラーラで3時間待っている間に読書してたらあっという間だった。なにせフェッラーラの駅は待合室が広くて暖かかったから。エミリア・ロマーニャの経済力をみせつけられた気がする。雪のためヴェネツィア行きは15分遅れ、なんとかぎりぎりウーディネ行きに接続した。イタリア人の行儀の悪さにいちいちイライラする自分が可哀想。いい加減あきらめなければ。そしてゴリツィアの駅からufficio d'imposteに寄ってcodice fiscaleを取得。3時にオフィスがあくまで隣のバールにいたんだけど、そこのおばさんが気さくでいい人だった。日本語の縦書きの本が面白いらしく、他のお客さんにも見せてあげた。その後チェントロに向かう途中でクラスメートに遭遇。身成のよい黒人と一緒だった。挨拶してBNL銀行に行くとコンピューターに接続できない!だって。あきれちゃう。さすがイタリア!寮へ帰るとスオル(シスター)・アデオダータが熱いバーチョ(キッス)で迎えてくれた。嬉しい。温かい人。だいすき。permesso di soggiornoの書類を作って、メールをチェックした。「羽目を外すな」。友人からのメールに苦笑した。部屋に戻りシャワーを浴びた後、questuraへ向かった。ここでは聞きしにまさる劣悪な待遇にむっとなった。列を作っている人々はみんな家族を養うために頑張って仕事してまっとうに生きているのに、寒空の下外に並ばせられてた。並びながらマケドニアから、という二人と世間話をした。温かい人たち。貧乏人は助け合うのだ。そうでなければ生きて行けないのだ。学生の身分を卒業してもこういう人々と分け隔てなくおしゃべりできる人間であり続けたい。やっと中に入ると、結局午後6時半からは更新の人だけだと中で知らされた。もう本当に非効率だね。スーパーで苺とか買い物して帰った。ローマのテルミニで3ユーロくらいしてたのに、ここでは1ユーロ。田舎にもいいところはあるのだ。ふふ。とにかく、毎日毎日がぱらぱらと風にめくり上げられてどこかに飛んでいっちゃう感じがする。日々なんとかこなすので精一杯。イタリア語の聞き取りも精一杯。
AD
29日(日)はラヴェンナ見物。朝食は部屋の2人、日本人Yさんとドイツ人サラと一緒にとった。イタリアのパンはいかにしてかくもまずいのか???サラはベルリン出身で、市民大学でイタリア語を学び、UCで一年勉強して来たそうで英語も堪能。トレントの小学校でドイツ語を教えているけど、ボスと喧嘩して仕事を変えると言っていた。Yさんは岩手で看護婦さんをしていたけど、仕事を辞めてバカンスを楽しんでいると言う。すごくしっかり者でした。それぞれオステッロを後に観光に出発した。モザイクは感動的!の一言。キラキラと陽光を反射する無数のガラスが紡ぎだす絶妙な色彩バランスはカメラでは捉えきれない。劣化しない芸術に古代人の栄華と夢をみたような気がする。ただ寒かった。めちゃくちゃ寒かった。吹雪にならない分有り難かったのかもしれないけど。昼前に二人と再び偶然再会し、バールに立ち寄った後エミリア・ロマーニャの郷土料理店に向かった。ウサギ肉のきしめんと野菜炒めを食べたが、満足だった。他の二人の料理もおいしそうだった。午後は二人と別れて平原の中に聳え立つバジリカを見学した。確かに素晴らしかったんだけど、これまた寒すぎて落ち着かなかった。気候が精神に及ぼす影響は計り知れない、と実感。毎度のことだが。マックで晩ご飯を済ませ、ウピムで台所用品を仕入れて早々にオステッロに帰った。さて明日はゴリツィアへ移動だ。
AD

イタリア編 アッシーシ

テーマ:
 29(日)昨日は移動に疲れた。アッシーシにバスで向かったのは完全な失敗。ローマで雨が激しく降り始めて悪い予感がしていたのだけれど、見事に途中のペルージアで吹雪。アッシーシでは晴れ間も見られたけど、タクシーにぼられた。イマイチ心が晴れないままに観光を終えた帰り際、バス運転手Vincenzoが「乗っけてってやる」だって。町のバス停から駅まで貸し切り状態で連れて行ってもらった。これだからイタリアを嫌いになれない。スイスのイタリア語圏でも、ローマ近郊でも同じような経験をした。こういうフレキシビリティって日本にはないような気がする。アッシーシのサン・フランチェスコは見事だったけど、予想を上回る感動、とまでは言いがたい。清貧に徹した聖人をここまで金をかけて祭り上げるなんて、矛盾も甚だしいのでは?宗教でもっている町なんて、なんだか肌に合わない。もう来ることもないかな。アッシーシからラヴェンナへの乗り継ぎは悪かったけど、マルケやエミリア・ロマーニャの海を車窓から楽しんだ。湘南海岸に毛が生えたくらいのものだけど、歴史と文化がある分2、3割マシだ。持参した本も集中して読めた。塩野の「ローマ人の物語」を再読していた。前に読んだときには彼女の功名心とか欠点ばかりが目についたけど、今度は不思議と素直に評価したくなった。ラヴェンナ駅に到着すると、外は吹雪。交通は麻痺し、道行く人は家路を急いでいた。バス停で話しかけた男はボローニャでは膝まで雪が積もっているといっていた。更に悪いことに、海岸の方まで異常に遠回りするバスに乗ってシチリアのナンパ師につきまとわれた挙げ句、オステッロまで一時間もかかってしまった。ラヴェンナのオステッロは近代的なしっかりしたつくりで、レセプションも感じがいい。部屋に入ると他の2人は既に就寝していた。
AD
 27日(金)には朝8時半ころのICに乗ってオルヴィエートへ。電車の中でローマ大学の学生エマヌエルと知り合った。彼は日本通で坂本龍一や矢野顕子が好きだと言い、日本の映画監督なんかにも詳しいようだった。下車間際にメールを、という話になりぐちゃっと書いたけどはたして判読可能か?<後日メールが無事届きました。>オルヴィエートの全てが気に入った。緻密なフレスコで装飾されたDuomoが想像以上に感動的で、なにより観光ずれしてない人々に心を打たれた。井戸を足下に見下ろせるレストランでは15ユーロほどで大満足。地方のスプマンテ、トルテッリーニのスープにウサギのトマト煮、tartufo neroを食べた。店のおじさんは井戸見学の代金をおごってくれた。オルヴィエートは歴史地区の散策も楽しいが、高台から見下ろす鮮やかな緑色の田園風景は更にいい。ホフマン物語のCDを聴きながらゆっくりと散歩した。気持ちいいの一言だった。一通りの観光をしても3、4時間。ゆったりとローマへの帰途についた。フニコラーレもなかなか快適で、本当にケチの付けどころがなかった。テルミニでメールをチェックしてホテルに戻った。明日は6時に起床してアッシーシへバスで向かう

イタリア編 心の晴れないローマ

テーマ:
 26日(木)は早朝からローマを回った。大好きなトラステヴェレや思い出のPonte Milvio(ミルヴィオ橋)、S.M.Sopra Minerva(サンタ・マリア・ソプラ・ミネルウ゛ァ)教会を訪れても、なんだか心が浮き立たない。ただむなしい確認の作業をしているような気分だった。好きな場所をひたすら歩いた。一人で。いつ頃からか一人旅を心の底からは楽しめなくなってきた。やはり一人は寂しい。誰かと感動を共有したい。夜ユースホステルの部屋に帰るとオースリアの女子学生がいた。政治学と医学専攻の二人組。ワインをおごってもらった。オルタナティブな文化が好きだとかで、モロッコも旅行したといっていた。ちょっとぼさっとした彼女達も夜にはばりっとお化粧してディスコへ出かけていった。私にはその元気は残っていなくて、2人をお見送りした。時間の制約下では当然の選択なのだが、疲れた所でふっと腰を上げる意気込みをもたないと、色んな得難い経験を仕損なうかもしれないな。

イタリア編 韓国経由ローマ行き

テーマ:
 25日、ほとんど眠れずに朝を迎え、ばたばたと家を出て地下鉄の駅に入ると、着の身着のままのMさんが!忘れたローションをもってきてくれたのだ!息を切らせて!感動しました~。私が今度大学に戻る頃にはもう先輩たちは皆いないのだ。そのうち何人が研究者として働いているのだろうか。次に再会できるのはいつ?若干感傷的な気分にもなった。空港で文芸春秋を購入。
 大韓航空はスチュワーデスの干渉具合がちょうどいい。食事もビビンバとか、長時間のフライトでも胃がもたれないものが出た。異臭を放つ老人のお陰で?二人分の席をあてがわれ、ぐっすり眠れた。快適だった。今年の芥川賞にはがっかりだ。稚拙すぎる。とても読めない。気兼ねなく本を飛行機に残して、ローマに到着。飛行機を降りるときにへたくそなイタリア語で話しかけられた。話しをきいてみると、カナダ出身で神戸大で経済を学んだという。ただ話を大きくする人みたいだからあまり踏み込んで付き合いたくはなかった。地方のブランド販売会社の社員で買い付けにヨーロッパを飛び回っているらしい。楽しそうな仕事だけど飽きそう。まあ「旅は道連れ、世は情け」、連れがいた方が楽しいに決まっている。コーヒーをおごってくれたり、雨の中泊まる予定のホテル探しを手伝ってくれた彼には感謝している。いいやつだった。

イタリア編 出発はいつも重苦しく

テーマ:
 23日(月)大学の研究室で仮眠し、明後日早朝にはソウル経由ローマへ旅立ちます。日本でやるべきことは大体やった、と思う。気力も残して出発できそうだ(実際にはちょっと疲れてるよね。先々も不安。)20代の真ん中くらいまで、旅の前はいつもかなりナーバスになってた。最近なんにも考えないで本を読んだり音楽を聴いたりして、気持ちをよそに向ける技術を体得したような気がする。とはいってもやっぱり心配だわ。今回の長くなりそうだから。
 翌日は大学近辺で健康診断書を作成したあと、Hさんと焼き鳥を食べた。その頃不幸が続いていた彼女を元気づけたかったんだけど、逆に励ましてもらっちゃった。少し元気になってまた再会できればいいけど。10時頃にはM先輩宅へ。待ち構えていた先輩達2人がなんと足つぼマッサージをしてくれた。お湯で足をふやかして、エッセンシャル・オイルを使う気合いの入ったケアだった。そのあとも色んな話をした。Mさんは直截的な人だからコミュニケーションがとっても心地いい。明日は出発だけど、結局世が明けるまで延々としゃべり続けた。飛行機でよく眠れるから、出発前に睡眠不足はそう悪いものでもない。