ricomincio
 日本でもお馴染み、ほんわりしたナポリ方言のお笑い芸人Massimo Troisiマッシモ・トロイージの最初の劇場作品で、作品と主演男優部門で1981年のDavid di Donatello賞を受けている。トロイージと彼の相棒Lello Arenaの絶妙な絡みが最高。多分翌年に撮ったScusate il ritardoにもこのゴールデン・コンビが再登場していたような気がする。
 ナポリのハンサムだけどボケ~っとしたガエターノ(トロイージ)は実家にも仕事にもウンザリして、叔母さんがいるフィレンツェにヒッチハイクで向かうことにする。道中から「どちらから?」と聞かれ「ナポリからです。」と答える度に「ああ、移民ね」という会話が繰り返されたり、
 アメリカから新宗教の布教にやって来た若者がアッシーシのサン・フランチェスコのかの有名な「鳥への説教」に言及すると、「ふ~。もううんざりだよ。あの話には。鳥だってウンザリしてたはずだよ。鳥の「渡り」が始まったのはあいつのせいだ。」とか、次から次にbattuteギャグを連発。ただ日本語で改めて書いてみると「全然面白くない!」のが不思議。これは彼の人徳と愉快なナポリ弁のお陰なのかな。
 マッシモ・トロイージはIl postinoあるいはマストロヤンニと競演したChe ora è?(1989) でイタリア以外でも有名になったみたいだけど、イタリアではこの作品、あるいはロベルト・ベニーニと競演したNon ci resta che piangere(1984)がとてもよく知られている。後者に関しても大爆笑を保証!
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The Dreamers(2003)に落胆

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 やっとBertolucciのThe Dreamersを見た。「え?こんなのテレビでやるの?」という映画を見られるのは、イタリアにいてよかったなあと思える瞬間。私は初期のBertolucci作品が結構好きなんだけど、最近のはイマイチ。ただこの作品に限っては、キャストとか舞台設定がなかなか面白そうで、「ひょっとしたら?」と期待していたのだ。でも結局あんまり面白くなかった。勿論見るべきところがなかった訳ではない。双子のお兄さんTheo役のLouis Garrelの美貌とか、アメリカ人Matthew役のMichael Pittがフルフロンタルで頑張っていたり、幾つか印象的なシーンもあった。でも肝心な60年代末パリの社会動乱にしまりがない。これは双子とアメリカ人の間の緊張感の高まりの象徴なんだから、もう少し緊迫させられなかったのかなと思う。ついでに言うと、3人の関係以前に双子とその両親の関係もあまり上手く描けてなくて、最後まで違和感が残った。ねじれるにしてもねじれ切れず、「キレイで軽いヨーロッパ映画」。でともあれ、随所に挿入されている古い映画のシーンを見ているだけでも気分がよくなったから後悔はないけど、DVDを買わないでよかった。
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tassinaro
 ローマのタクシー運転手達の人情味に溢れた「日常」(!?)を描く作品。ストに参加したり、テキサス人客をローマ観光に連れ出した挙げ句喧嘩になったり、ワケありな若い女性客を乗せて世話を焼いたり、女優を乗せて怒らせたり、息子と衝突した挙げ句、客の大物政治家(アンドレオッティ本人!)に相談したり、日本人客が多い〔でました!〕という売春婦を乗せたり、毎日毎日大変だ。数ある「タクシー映画」の中でもなかなかの出来だと思う。思わぬ収穫だった。
 筋を離れたところでは、82年に製作されたこの作品に溢れる当時のローマの空気がとても好き。私が初めてローマを訪れたのは90年代初頭だけど、その頃にもまだ映画の雰囲気が残っていたような気がする。リラだった当時、食べるにも見るにも負担が軽く心も軽かった。遺跡は真っ黒で、駅は危険、見所付近にはキッチュな土産物が溢れ、タクシー運転手、ウェイター、商店主らは垢抜けず、粗暴だけど人情味のある人が多かったような気がする。
 主人公らのタクシーは、コロッセオを初めとする代表的な遺跡のそばやテヴェレ川沿い、高級住宅地や町外れまで、1日中ローマの町を走りまくる。フェッリーニの『ローマ』の「80年代労働組合版」みたいだな、と思っていたら、なんと最後には客役でフェッリーニが登場!!!台詞だか自由な会話だか分からないような調子で、運転手とフェッリーニはしゃべりまくりチネチッタに到着!映画はここで終了。
 この映画を見た後でil Tassinaroの10年前に作られたフェッリーニの『ローマ』を思わず見直し、この天才の創造性、スケール、感受性はやっぱり隔絶しているしているな~と改めて感心した。
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Italian Sud Est(2003年、Fluid Video Crew)

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italian sud est
 イタリアの鉄道に愛着を感じている人、あるいは一般に鉄道の旅が好きな人ならきっと楽しめる1本。というのもこの作品はイタリア南東端サレント地方の8路線、計473km、66駅で働く鉄道員や乗客、沿線で繰り広げられる人間模様を軸にしているから。フィクションとドキュメンタリーの中間をふらふらする不思議な映画で、ヴェネツィア映画祭のNuovi Territori新領域賞を獲得したというのも納得。低予算でこだわりの小作品を多々生み出してきたFluid Video Crewの手による最初の長編映画だ。
 態度の大きな押しつけローカル・ガイド、逮捕歴のあるヌーディスト、駅舎の住み込み鉄道員母子、沿線で恋に落ちたという濃いカップル、常時躁状態のアーティスト、トリーノの工場に出稼ぎに行って政治活動中に逮捕され、故郷の刑務所に移ってからは電車で職場(障害者施設)に通っていう受刑者、イタリアに来て15年というレバノン難民などなど、片田舎の鉄道と関わりながら、普通の人がそれぞれの歴史を背負って生きているという当たり前の事実に感動する。
 超低予算で作りながら、出演者の1人1人、1つ1つのエピソードに対する製作者の思い入れが感じられる。映画製作を学んでいる素人が作ったような練り切れていない中途半端なプロットや台本も好意的に解釈したくなるのは、この素朴さや温かさ故かもしれない。
 それにしてもイタリアもプーリアまで南下するとアルバニアまで100kmもない。ギリシャだって200km弱。ここにもまた厳しい国境の現実があるのだろう。実際このDVDに一緒に収められている短篇映画はGallipoliに到着したトルコからの不法入国者や、それを見守るプーリアの人々の表情を捉えた作品で、ボルツァーノの「国境映画祭2003」で受賞している。

La comunidad

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comunidad
 La comunidad(2000)とLa pasion turca(1994)というゴヤ賞を受賞した2本を先月連続してテレビで見た。後者はスペインの中途半端に金持ちな奥様がトルコ旅行で危険なトルコ男に引っかかり愛に溺れて破滅するというありがちな1本。特にひねりもなく際立った美意識も感じられず全然面白くなかったんだけどゴヤ賞を2部門受賞したらしい 。一方のAlex de la Iglesia監督のLa comunidadはかなり楽しめた。
 粗筋はこんな感じ。とある高級アパートで大金持ちが誰にも知られぬまま息を引き取り、不動産販売員のフリアがたまたまその遺体と隠し財産を見付ける。ところがアパートの住民はみなその隠し財産の存在を知っており、分配計画を立て、長年金持ちが逃げださぬように見張りながら、その死を待ちわびていたのだ。隠し財産をめぐって、フリアと住民の間で文字通りの「死闘」が繰り広げられる。
 基本的にはスレアーレでグロテスクなスリラーなんだけど、そこかしこに笑い誘う細かい仕掛けが施されている。デリカテッセンとか初期のアルモドヴァルを好きな人なら気に入るんじゃないかと思う。この作品にとてつもないパワーを与えているのは、 緩んだ肉体も欲も暴力も惜しげもなく披露する中年不動産販売員フリア役のCarmen Mauraの体当たり演技だ。彼女の脇を支えるのは共同住宅の強欲で邪な住民を演じる個性派俳優達。

Doppio sguardo2つのまなざし

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 サイクリングをだらだらしていたら時間がなくなり、再度友人との約束を反故にしてしまった。急いでゴリツィアに戻ったのは「Doppio sguardo sulla grande guerra / Dvojni pogled na prvo svetovno vojno大戦への2つのまなざし」と題された、ウーディネ大現代史の先生による解説付きの映写会があったから。初めにフランス語と英語で制作された東部戦線様子を記録したプロパガンダ映画を10本くらいみて、そのあとKubrickのPaths of Glory(1957, USA)をみた。
 プロパガンダ映画を見ていたら珍しく気持ち悪くなってしまった。ヨーロッパの報道は試写や負傷者の映像を比較的ダイレクトに視聴者に見せるから、そういうものには慣れているんだけど、やはりあれだけの被害を出した大戦の生々しい映像の迫力に気圧された感じ。前線からは若干離れた兵士達の様子や、当時アメリカと大差なかったという軍事技術の粋である最新式の大砲が次々に映し出された。舞台はPiave, Koper, Salonico, Trento, Trieste, Polaなどなど。当然捕虜や死体の映像のほとんどはドイツ兵だった。
 個人的にはイストゥリアの戦争記録映画が面白かった。この辺りではTrentoなどと比べても終戦時の盛り上がりに大分欠けていた。これは愛国教育を受けた中流以上の階層が極端に限られていたからだという説明があった。
 Path of …,は今からおよそ50年前の作品。20年後に製作されたApicalypse Now(79)や30年後のFull Metal Jacket(87)と考え合わせると、戦争を人間の内面の問題として一貫して追求した28年生まれのキューブリックの指向性のようなものを感じることができるのかもしれない。この映画を見にゴリツィアの若い学生達が結構集まってきたのもなんだか嬉しい。まあ車のない学生にとっては他に娯楽のない町だから。
ところで、今回の映写会もやっぱりKinoateljeが主催していたんだけど、彼らの発想とか潜在力、あるいは彼らと志を共にする州内の映画批評家や歴史家の協力体制には毎度感心させられる。彼らの組織はフラットで代表や監督も友好的でざっくばらん。映写会は全て無料だ。
 ちなみに来週4月27日(木曜日)は「Hollywood sul Tagliamento / Hollywood na Tilmentuタリアメント川に架かったハリウッド」と題された映写会がある。初めにRitorno al Tagliamentoタリアメントへの帰還というドキュメンタリーをみる。この作品はHemingwayのA Farewell to Arms / Addio alle armi / Zbogom orožje武器よさらばの舞台となったイタリア・スロヴェニア国境地域を訪れるドキュメンタリーで、次に見るA Farewell to Armsの布石になる仕組みだ。ゴリツィア出身でない学生達にとっても、この地域の歴史を知るよいきっかけになると思う。

スロヴェニア映画祭

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gravehopping
(写真はOdgobadogroba(Ditombaintomba/gravehopping))
 お昼前に少し目抜き通りのカフェでゴリツィア在住の日本人の方とお会いした。小さなお子さんのいる方で、トリエステでは学校や公園でアジア系に対する風当たりの強さを感じたらしい。トリエステに比べるとやはりゴリツィアは住みやすい、と聞き納得した。
 そう言えば今日、レガ・ノルドを支持する右翼なゴリツィアーノが「トリエステのファシストは“本当に”ファシストなんだよな~」というのを聞いた。サウナで。ホテル・インテルナツィオナーレのサウナはノヴァ・ゴリツァ(ペルラ)のそれと比べるとお客が少なくて、色んな話をじっくり聞くことができて面白い。閑話休題。
 今からちょうど25年前、1981年12月15から20日にかけてゴリツィアで初めてスロヴェニア映画が上映されたそうだ。今日はその記念祭で、ゴリツィアでは朝から映画の上映やシンポジウムがあちこちで行われていた。
夜9時頃からGregor BožičのMoji Materi(A mia madre, 2005)という短篇とJan CvitkovičのOdgobadogroba(Ditombaintomba, 2005)を見に行ったら、会場には知り合いのミノランツァが勢揃いしていた。県のassessoreやKinoatelje関係者、Moja Meja(Il mio confine)の監督などなど。
 前者はリュブリャナの学生の作品で、スロヴェニア語を話せないトリエステのミノランツァの記憶やアイデンティティを描いている。スロヴェニア語で悲しみを吐露する母親の隣でその言葉を理解できずに、「自分はイタリアで生まれ育ったイタリア人だと感じる」と語る主人公に共感するミノランツァも多いはずだ。
 後者は2001年のヴェネツィア映画祭でLeone del Futuroを受賞した監督の作品で、2005年、Cottbus、Torino、San Sebastinの映画祭で受賞履歴がある。弔辞を仕事にする若者の家族や友人の話で、ストーリーは軽妙に始まるも中盤からdepressiveな「スロヴェニア節」が絶好調で、最後にはがっくりと肩を落としてしまった。墓にまつわる話なのは分かるけれど、な~んで「ここまで」しなきゃいけないのか、私には理解できない。スロヴェニアに「めちゃくちゃ笑えるコメディ」というものが果たして存在するの?
ararat
 21日(火)は国境映画イヴェントの2日目。今日はゴリツィアのコムーネと県が協賛しDAMS(ウーディネ大映画科)の学生達が作ったmediometraggio(中篇映画)、Non c’è più nessuno(もう誰もいない)を一応チェックして、Ararat (A.Egoyan, Can/Fra, 2002)とIl muro (S.Bittan, Fra/Isr 2004)を見てきた。
 Non c’èはトランス・アルピーナ鉄道駅に日参して誰かを待つ老人の姿を中心に据えて、国境の町ゴリツィアのイメージを断片的に織り込むも、イマイチまとまりに欠けた。「ひょっとしたら面白い映画になるかもしれない」という予感を抱かせる辺りで終了するのは予算と時間の制約のせいか。学生の卒業制作のような性格のフィルムだったらしく、彼らの親類や友達が大挙してやって来たKinemaxは大混雑し映写は2回に分けて行われた。
 とっても楽しみにしていたAraratはトルコによるアルメニア人のジェノサイド(1915)を映画化する人々を通して歴史問題やトルコ側の見解、アルメニア人の心情などを上手に描き出している作品。単なるプロパガンダ映画に留まらないのは、練りに練られた台本のお陰かもしれない。監督サローヤン役の「(失われた領土や命以上に)ここまで憎まれたという記憶が心を苦しめる」という台詞が印象に残った。
 Il muro(壁)というのはイスラエルでパレスチナ人とイスラエル人居住区を仕切る壁のこと。映画の中で彼らの社会生活は相互依存の関係にあって、混血も相当進んでいるというような事実が淡々と綴られていく。このシチュエーションは47年に突如国境によって引き裂かれたゴリツィアのそれに酷似している。イスラエル人、パレスチナ人双方が「壁」について語る言葉はゴリツィアやその周辺の村落で聞いた「国境」に対するそれとほとんど一緒だった。
 壁(国境)が作り出す問題の普遍性、それを断ち切る難しさについて誰もが意識的になれば、世の中少しは変わっていくんじゃないかと思うけど。

国境・映画

テーマ:
cinque della sera
 Patriziaと話した同じ夜、CONFINI, la mente, la separazione, oltre lo spazio e il tempo(国境:精神、離別、時空を越えて)と題された映画イヴェントに行ってきた。午後にはCinema come viaggio attraverso differenti culture(映画:様々な文化を越える旅)という円卓会議があったのだけれど、私は夜10時半からの映画Alle cinque della sera(S. Makhmalbaf Fra/Iran 2003)のみ、ヴァレやその友達と見に行くことにした。
 これはアフガニスタンで大統領を夢見る女性が性差別や貧困と闘う姿を描いた作品で、テロや仏兵との交流、生まれたばかりの甥の死と埋葬など、様々なエピソードが盛り込まれている。特に印象に残ったのは、黒い室内履きのような靴を白いハイヒールに履き替え、頭をすっぽり覆っている青いベールをまくり上げ、青い日傘を差して闊歩する主人公の姿だった。ちなみにタイトルは彼女を励ます詩人が彼女にプレゼントしたスペイン詩の題名。
 映画が終わった後、隣の部屋でCrashの試写をしていたので椅子に座って見ていたら、友達が慌てて映写室に入ってきた。彼女曰く映写室は既に鍵がかかり、映画館の人達はprova映写を途中で止めて帰ろうとしていたところだったらしい。全部見られるなら閉じこめられてもよかったけど。

Bacio di Tosca(トスカの接吻) (1984)

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 大好きなDaniel Schmidによるミラーノの「元音楽家のための養老院」のドキュメンタリー映画。数年前にVHSを借りパクされてそれっきりだったんだけど、アメリカで入手したDVDで数年ぶりに鑑賞できた。
 ヴェルディが「じぶんより少し恵まれていない音楽家のために」と創設したCasa di Riposo per Musicisti Fondazione Verdi (Casa Verdi)に、スイスの大ホテルを経営する家に生まれ古きよきヨーロッパ文化を愛するSchmidが恋しちゃったというのはなんとなく分かる。「音楽家の老人ホームなんて誰も関心を持たないよ」という周囲の反対を押し切って制作に踏み切ったらしい。
 現役を退いても1度劇場でスポットライトを浴びて活躍した人たちは普通の人には戻れない、とCasa Verdiの職員達は口を揃える。ときに沈みがちな元音楽家たちがなるべく昔のような気持ちに戻れるようにと、家には毎日音楽が溢れている。
 出演者が非常に誇り高くアクも強い。廊下でトスカが始まっちゃうような養老院がこの世に存在するということ自体が愉しいではないか。イタリアの文化を支える裾野の広さを感じさせるも、理事長曰く経営難で入居者の生活レベルを維持するのが大変らしい。