『オスミツァの道』

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 先日ようやくトリエステ県のオスミツァ・ガイドAntoni, M e Terzoli, G, La strada delle “Osmize”, Rovigo, 2006を入手したので、ちょっと紹介しておく。これはイタリア・スロヴェニア国境地域に広がるカルソ地方の「オスミツァ文化」をイタリア側のみ、それもトリエステ県だけに絞って紹介している。オスミツァについては以前にもil vinoのカテゴリーで書いているはずなので興味があったらどうぞ。
 オスミツァというのは基本的には気まぐれな季節営業の飲み屋だから、フラスカ〔月桂樹の枝〕が出ていたらひょいっと立ち寄るような地元民御用達の店なのだ。 営業日がはっきりしない上、場所も非常に入り組んだ分かりにくいところにある場合が多く、本来旅行者が計画を立てて訪れるような店ではなかった。それがここ10年くらいの間に観光業の促進に伴い、多くのオスミツァが改装を施しサービスをある程度洗練させ、〔特に若年層の〕新規顧客を獲得するに至ったらしい。
 本の内容はカルソの歴史、その植生や文化についての簡単な記述の後、オスミツァの歴史や性格についての一般的な情報。さらにオスミツァが比較的多いカルソの集落の歴史や見所、個々のオスミツァが写真付で紹介されている。各オスミツァについては素っ気ない情報しかなく、これを見たからって行きたい店が選べるという訳ではないけど、住所と大雑把な営業日は分かる。結局正確な営業日、時間は電話で確認し、辿り着くためには詳しい地図を前もって準備するしかないんだけど、地元民が愛して止まないまさに「国境を越える」オスミツァ文化を試してみたいという人は一冊どうぞ。
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Sgonicoズゴニコのエノテカ

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 なかなか絵になる鐘楼が印象的なスロヴェニア系の集落Sgonicoは中世にはアクイレア大司教管区に属しその起源は13世紀くらいまで遡れるらしい。ここにあるエノテカはConsorzio組合とは関係のないプライヴェートな店だけど、若いご主人ミーティアMitjaは「カルソで唯一のエノテカ」として、ワインや加工肉、オリーブオイル、蜂蜜など、トリエステ県のカルソ地方物産の紹介を積極的に企画したり、スロヴェニア側のカルソのワイン生産者達と協力したり、創造的かつ野心的に頑張っている企業家だった。特にワインに関してカルソ中の生産者に精通していて、ヴィトウスカ、マルヴァジア、テラーノなど地ワインの無料試飲会をよくやっているらしい。ちなみに2007年1月6日はテラーノ。スロヴェニアらしい声楽のコンサート付きだそうだ。アグリツーリズモもやっていて、宿泊も出来る。レストランのウリは各種魚料理。生の魚介類も食べられるらしい。きっちり一通り食べると40euroくらいかかるけど、おつまみとちょっと一杯程度なら15くらい。

Sgonico/Zgonik, 15
Tel. 040_2296623
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クリスマス・イブもカルソ…

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 24日、真っ青な空には雲1つなかった。この1週間ゴリツィアをはじめイタリア・スロヴェニア国境地域では概ね快晴が続いている。そのせいか一昨日頃を境に一気に冷え込んだのだけど、それでもこの日は日中10度くらいあった。ゴリツィア、というと多くのイタリア人は「寒そう」という印象を受けるらしいけど、室温は昼間16度はあって、家の中にいる限り暖房をつけることはほとんどない。家はしっかりした石造りで2重窓。それに私は2階に住んでいるから、ひょっとすると1階(高齢者2世帯)の熱が伝わってくるのかも。
 ともあれこの日友達に誘われてカルソにツーリングへ。全身しっかり着込んだ上にホッカイロを4個貼って、マフラーでヘルメットの隙間を塞いだ。お陰で寒さをほとんど感じることもなくドゥイーノに到着。よく晴れた空を反映しキラキラした海のそばでは、猫が昼寝をしたり近所の人達が散歩をしていた。ここで思いがけずクリスマスのプレゼントを頂きかなり恐縮。
 私はクリスマス前に家族や友達、恋人にプレゼントを買うという習慣にはかなり腰が引けてしまう。クリスマス前に友達に会ったりすると結構もらい物をすることが多いんだけど、こちらで用意することはまずない。やはり自分が帰依している訳ではない宗教行事に呼応するのはどうしても難しいのだ。クリスマスカードも年賀状もどきで代えるか、season’s greetingsにするか。夜には「クリスマス」気分を満喫している友達連中からsmsが来て嬉しい反面、Buon Nataleと返事を書くのは正直ちょっと怠い。この時期RAIでもカトリック関係の番組をよくやっていて、信者が信仰について熱く語っているんだけど、聞けば聞くほど一体感を持てないことを実感する。
 遅めの昼ご飯はSalesという集落のトラットリアで済ませた。猪肉と大きな丸いニョッキにむちゃくちゃ甘いチョコレートのデザート。シンプルだけど美味しかった。帰国が近づいて考えることが多かったので、ダラダラ食べながら、ついつい話し込んでしまった。「お金か時間か」とか「快適さか情熱か」というのは住んでいる土地とか世代を問わない普遍的な悩みなんだな~と実感する。話したお陰で大分気分はすっきりしたんだけど、気がついたらもう外は暗くなっていた。帰り際、カルソの加工肉の種類について店の人に話を聞いたら、近くの集落Sgonicoズゴニコにある〔今のところ〕「カルソ地方唯一」のエノテカをすすめられ、そのまま直行することにした。
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キジ到着

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 クリスマスを目前にした今日ようやく友達の狩人がキジをとってきてくれた。友達が丸々と太った雄のキジを袋から出したときには思わず「ぎゃっ」と叫んでしまった。鮮やかな色のふかふかした羽に包まれたキジは外傷がほとんどなく、眠っているみたいだったから。こんなに綺麗な生き物を私なんかが食べちゃってもいいのだろうか、と何だか申し訳ない気分になった。
fagiano
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 夜の9時頃、覚悟を決めて台所で解体にとりかかることにした。まずは羽むしりから。想像以上に細かい羽が宙を舞うので、本来は昼間外でやるべき仕事だと実感した。羽はかなり力を入れないと抜けない。特に長い尾の羽は一本一本丁寧に抜いていった。一旦作業を始めると覚悟が出来るのか、怖いとか気持ち悪いという気持ちは薄れ、とにかく肉を一片でも無駄にしないように、美味しく食べられるようにという一心で作業に集中。皮を傷つけないようにゆっくり羽むしりを終えるまで1時間くらいかかった。途中で抜く羽を少しでも減らそうと、頭、手羽、足を切断。食事用のナイフを使っていたお陰で一苦労だった。友達からのアドヴァイスに従って、体に残った細かい羽は火であぶった。
 内臓抜きは羽むしりより物理的には楽だけど、精神的にきつかった。お腹を切り開き、内臓が見えたときにはちょっと感動したけど、これを取り出すのは意外と難しかった。内臓は互に複雑に絡み合っていて、「すぽっ」と取り出せるようなモノではないのだ。最後は「ぶちっ、ぶちっ」と大雑把に手でつかみ出し始め、途中で白いチューブのようなグロテスクなものを引き出したときには思わず悲鳴をあげてしまった。とにかくこれは思っていたよりずっと気分が悪い作業で、最後は貧血で頭がくらくらした。残った肉〔骨を除けたらパニーノくらいしか作れなさそう!!〕をラップしてフリーザーに入れ、作業完了。散乱した羽を簡単に掃除して脱力。この日はもう床につくことにした。
 ともあれ、これで1週間後には柔らかく臭みの抜けた野生のキジ肉を食べられる。ちょうどお正月頃だな。後はレシピを研究して、何が何でも美味しく食べ切らねば。次はウサギももらってみようかな…。
mulin vecio
 久し振りにグラディスカのムーリン・ヴェーチョへ行ってきた。ここに一歩入るとまるで時間が止まったかのような気分になる。銅鍋が頭上のあらゆるところにぶら下げられ、田舎風の飾りが施されている。いつもの顔がいつものように温かく迎えてくれる店だ。夕食前の時間帯、一杯やりに来ているおじさん達で店は一杯だった。
 歴史ある「グラディスカのムーリン・ヴェーチョ」といえば州内の若者の間でも有名なんだけど、最近は近場、カルソのアグリツーリズモが発達して、少しのお金で同じジャンル(加工肉、チーズ、ピクルス、ワイン)のものをより美味しく飲み食いできるから、どうも分が悪いみたい。少し前にグラディスカに来たとき「ムーリン・ヴェーチョに入ろう」と言ったら、若い友達に「高いから」と反対された。確かにここでは若者の姿をあまり見ない。

トリエステのプレゼピオ

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 某教授に約束を反故にされトリエステでぶらぶらする時間が出来たのでPresepio vivente生きた動物のプレゼピオ(キリスト降誕の場面を通常は人形で表現する模型)やクリスマス市の様子を見てきた。Presepio viventeはゴリツィアのような小さい町にもあって、そう珍しいものではないけど、Il più grande presepio vivente〔一番大きなプレゼピオ〕を謳っているだけあってなかなか見応えがあった。

(入り口付近にはなんと「うり坊」が!中国の干支についての説明もなくいきなりうり坊を見ても、トリエステの人は訳が分からないだろうに…。)
camello
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(一番人気だったのはこのラクダ。大きくて絵になる立派なフタコブラクダで、寄ってきたおじいさんやおばあさん達が「お~」と珍しそうに顔に触ったりして喜んでいる姿が微笑ましかった。)
presepio
(人形はサンタントニオ広場の噴水の上にセットされていた。後ろに写っているのはセルビア正教会。)
canale
(この日は晴天でまあまあ温かかったので、運河を見ながらサンドイッチで昼ご飯を済ませた。冬にトリエステに来ると歩いていてもボーラがあまりに冷たくて、すぐにどこかのバールに入りたくなるんだけど、今日は特別。風も頬に心地よい程度で、全く不快じゃなかった。)
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 市をぶらぶらしながら「高~い」と言う声をしばしば耳にした。市にはプレゼントにできそうな防寒小物とかツリー飾り、インテリア小物、アクセサリー、チョコレート、加工肉、オーストリアのパン、スロヴェニアの民芸品などを扱うなんということのない店が並んでいる。日本で言えば駅ビルに入っている小物屋が扱っている程度のものが多いんだけど、値段は倍くらい。同じ中国産のものを輸入して売っているはずなのに…。ちょっと小ぎれいな革手袋になると40euro(6千円)を超えていた。これならローマの専門店に入っても変わらない。この地方である程度の「規模」を達成できない小売店が扱う日用品の価格には毎度驚愕させられる。
 結局本屋を何軒か回ってゴリツィアに帰り、食前酒に待ち合わせしていた友達にクリスマスプレゼントをもらった。

キャンセルのマナー

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 日本の有力教授のコネなどを一切通さずトリエステ大みたいに風通しの悪いところに留学して、「一院生」として学内にコネを築いていくのはとても難しい。肩書きとか、プロジェクトのような餌でもあれば話はまた別。学界のために、後進の育成のために、なけなしの時間やエネルギーを若手の指導にさく日本の研究者のような純粋さがほとんど感じられない。こっちの大学の研究者の給料は少ない上に契約更新制だから、自分の保身で戦々恐々としているのが現状のようだ。彼らにとっては院生との約束なんて二の次。約束のキャンセルだって簡単にやってのける。
 先日久々にスロヴェニア人の先生と会う約束があってトリエステへ行ってきた。「2日前」に電話で時間を決めたのに、約束の時間に電話しても、そもそも返答がない。結局1時間半、15分おきに電話し続け、さらに研究室にまで電話(スロヴェニアとの国際通話になる)し、ようやく通じたと思ったら「ああ、ごめん今日トリエステに行けなかったんだ」。インフルエンザをもらって家で寝てるんだよね、ごめんね、とかごちゃごちゃ言い訳していたけど、何故電話で連絡できなかったのか謎。
 この人に限らず、こちらに来てから他人のキャンセルのマナーについて不満に思うことが多い。博士号をもち、それなりの名声がある人でも時間にルーズだし、自分の言葉に責任を持つということを軽視する傾向がある。友達との約束なら「15分だけ待って帰るから」と前もって言えるけど、相手が目上の人となるとそうもいかない。常に会う場所をなるべく居心地のよいところにして、時間を無駄にしない準備(本と音楽)を万全にするくらいは当然として、今回みたいに完全にすっぽかされる覚悟までしなければいけないとは。ま、さすがにこんなのは初めてだったんだけど。
da tommaso2
da tommaso
写真はスロヴェニア人教授を待ち続けたDa Tommasoというトリエステの格式のある大きなバール。写真のカップチーノ、3枚くらいのクッキーと小さなチョコレート、生クリーム付きで2.9euro。ゴリツィアの2倍強だけど、何時間でも粘れるので、院生や研究者の姿をよく見かける。

大学で

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 久々にトリエステ大のゴリツィア校舎に行ったら友達にばったり会った。彼のお兄さんとか従姉妹もよく知っていて、ちょうど連絡を取ろうかなと思っていたところだった。彼には一時期スロヴェニア語を習っていて、私がリュブリャナに滞在している間もメールで励ましてくれた。ここの大学に来るといつも図書館かコンピューター室で勉強している彼に会えたのに、数ヶ月後には農業経済の卒論を書いて卒業するらしい。英語圏での就職も考えているけど、まだ確たる目標がないらしい。この地域では典型的だ。
 これでほぼ全員この大学で知り合った(研究者以外の)友達が旅立つことになる。大学というのはこういう場所。目標が定まらない若い人が集まってきて数年後にはまた散らばっていくのだ。
 そういえば、これまでとてもお世話になってきた彼のお兄さんがとうとうリュブリャナで歴史学のPhD取得を目指すことを決めたらしい。比較的私と歳の近いこのお兄さんは、以前試験に失敗して以来マイノリティ学校で歴史・哲学を教えていた。「安定した仕事をもち、大切な家族を守り、好きな研究をする時間もあるから、ある意味落ちてよかったのかも」なんて言っていた彼だけど、宗教、政治的に強い信念のある一族に生まれ、やっぱりある種の問題意識から離れることはできないのかな、と思った。
 とキスを交わし合って別れる季節になった。クリスマスまで1週間をきった。
 こんな時に冷蔵庫と洗濯機が故障。昨日は早朝からその対処に追われた。幸いどちらも修理屋さんがすぐに解決してくれて、年金暮らしの大家さんと喜び合った。洗濯機には錆びた古いピンが詰まっていて、これがしばしば排水を止めていたらしい。これまで同じ問題が起きる度に大家さんの顔見知りに頼んで、20euro位づつ払っていたけど、今回は両方の修理で15euro。最初からプロに頼めばよかったのに、彼女はどうしても知らない人を信用できないらしい。
 この日とうとう残高が少なくなった銀行口座を閉じてきた。この国の銀行は口座の維持に年間最低でも40euro(6000円)を課すから、なるべく早く精算したかったのだ。ここは支店長をはじめ行員もみな顔見知りだし、「そろそろ帰国」という話しをするのがなんだか寂しかった。記念に持って行きなよと、カレンダーとか手帳とか色々もらって帰ってきた。
 夜には今年最後のチェロ・レッスンがあった。前にも書いたけど、今新しいポジションMano largaの練習中で、マエストロに左手の人差し指と小指をぎぎ~っと引っ張られながら、「(人差し指が)痛い~」「ごめんごめん」というやりとりを繰り返している。ここまでくっつきながら練習していると、さすがに緊張が解け、最近すっかりうち解けてきた。
 私の小指は開きが悪くて、ここだけどうしても音程が下がりがち。普段からCala! Cala!(音程を上げろ!)と叫ばれている。それに加えて手の皮の角質化に時間がかかるため、新しいポジションを習うとかなり指先の痛みが持続するのだ。さらに独力でやるとどうしても甲を高く保てず、人差し指の間接まで痛む。マエストロの介助があると若干手の形に丸みが出るのか、痛みを感じなくなる。指の力ではなく、腕や手の重さを使う、というのが理想らしい。まあ、いつか自然に出来るようになるのだろう。
 帰りにマエストロと次の生徒エリザベッタと大きなキスをして帰ってきた。次回まで3週間(!)も開く。ちょうど形を固めたいときなので、残念。

トレヴィーゾのラディッキオ

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 冬には美味しいトレヴィーゾのラディッキオradicchio trevisano(写真左奥)が出回る。これは市場のおじさんがサラダ用に選んでくれた葉野菜で、手前左もラディッキオ。この地域には色んなラディッキオがあって、質のいいゴリツィア・ラディッキオradicchio gorizianoなんかになるとかなり高くて日常的には食べられない。
 市場のおばさんに習ったトレヴィーゾ・ラディッキオ・リゾット。タマネギを炒め、ラディッキオを刻んだのを加えてさらに炒め、後はお米と合流させて煮るだけ。あまりにもシンプルな1皿なんだけど、やってみたらとても美味しかった。パルメザンチーズをかけてもおいしい。