ヴァカンスへ

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 7月29日(金)ようやく4週間のスロヴェニア語講習が終了~。最後まであらゆる面で充実した1ヶ月だった。リュブリャナに到着する前は色んな不安があったけれど、結局はマルティーナが紹介してくれた彼女の友達に支えられた1ヶ月だったような気がする。あとはリュブリャナ大学の重盛先生が大学の掲示板に貼ってくれたタンデム募集の告知のお陰かな。一気に友達が増え、とても心強い。
 朝っぱらから昨日の最終試験の結果が帰ってきた。めちゃくちゃ簡単だったのだけれど2つ下らないミスを残した。その後、通常授業を終え、2時にはMitjaと待ち合わせし、大型ショッピングモールへヴァカンスの買い出しに出かけた。さらにクラスメートに手伝ってもらい、ゴリツィア(イタリア)へ送る荷物を郵便局へ運んだ。7時前には部屋の鍵を下のカフェに預け荷物を全て持って家を出た。
 8時半からティヴォリ公園の城でスロヴェニア語講習のさよならパーティがある。簡単にグループ紹介をして、歌を歌い、みんなに挨拶をしてビュッフェ形式の食事を取ったら、野外jazz barの前までMitjaに迎えに来てもらう。
 11時頃リュブリャナを出発し、イストゥリアのフェリー乗り場に向かう。今晩は仕事を終えたイタリア人が一気にヴァカンツァに向かうため、道路はめちゃくちゃ混むと思う。Susakへの朝一番のフェリーは5時頃出発するので、それまで車で仮眠。Mitjaによると例年島ではベッドを毎日砂浜に運び、葉っぱで天蓋を作って、1日中のんびりするんだそうだ。ロビンソン・クルーソー気分だと言っていたけれど、本当にステキな休暇になりそうな気がする。「1つ屋根の下3人で過ごす小島の一1週間」なんていうと少し窮屈な印象があるかもしれないけど、本当に何の緊張感もない関係の3人なので気が楽。のんびりゆったり日がな一日本を読んだり、論文を書き進めたりしたい。旧ユーゴにいると日々「国境」や「民族問題」について考えずにはいられない。

イタリアには8月6日(土)の夜に帰り着く予定。それまでe-mailは使えなくなります。携帯はサン・ダニエーレ以来調子が悪いため使用は当面sms限定です。
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スロヴェニア人の語学力

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 突然だけど、スロヴェニア人の語学力について一言。彼らの語学力はほとんどテレビの賜物だ。スロヴェニア語のテレビ局は幾つかあるけれど、映画もドキュメンタリーも吹き替えなしで、スロヴェニア語の字幕がつく。後は完全に外国の局の番組を視聴している。そんなわけで英語はほとんど第2の母国語状態。高校までに習う第2外国語、ドイツ語番組も字幕なしで見るという人が多い。イタリアとの国境に住んでいれば当然イタリア語放送をよく見るから、そっちも堪能になる。特にイタリア語放送は日本アニメが充実しているから、イタリアとの国境地域であるプリモルスカの人々は幼児期からイタリア語と日本アニメに晒される環境にあるらしい。
 そういうわけでスロヴェニア人はスロヴェニア語、英語、ドイツ語、イタリア語あたりは簡単に習得できるわけだ。それに加え、スロヴェニア語に似たセルボ・クロアチア語を少し勉強すれば、それも習得可能。さらにやる気があればスペイン語やポルトガル語なんかを勉強することもあるらしい。なんとも羨ましい話。
 日本でも有料放送以外で、英語・中国語・韓国語放送を増やしてもらえないかな。あとは映画もできるだけ字幕にしてもらいたい。学校の外国語の授業をもっと実用本位、コミュニケーション重視にした方が絶対にいいと思う。
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試験

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 7月28日(木)、やっとスロヴェニア語講習最後の試験が終わった。我ながらよく頑張ったと思う。途中で全く集中力が切れなかったし、健康管理もまあまあ上手くいった。勉強の成果に満足はしていないけど、まあ先が見えたのはいいことだと思う。
 試験の後、普段通りの授業をやって、さらにスロヴェニア人高校生の歴史教科書を使って、マリャーナと個人授業をやった。こんなのタダでいいの~?というくらいしっかり教えてくれて感謝感激。これからも連絡を取り合おうとか、色んな研究者や作家も紹介してくれた。「ロケットのように真っ直ぐ研究の道を突き進んで!」という彼女の言葉にとっても励まされた。彼女に対しては最初からいい印象を持っていたんだけど、決定的に大好きになった。なんとなくこれからも付き合っていくような気がする。
 外国人学生にスロヴェニア語を教えることに関しては長い経験を持っている彼女だけど、今回のクラスでは本当に疲れ切ってしまったと言っていた。要するにクラスの半分以上を占めるアメリカ人学生の扱いに困ったということらしい。彼らは勉強しない割に、悪びれることなく繰り返し同じ質問をする。ほとんど英語で授業が進行したにもかかわらず、「もっと英語を使ってくれ」という要求もあったらしい。例年ヨーロッパや日本からの学生は著しい成長をみせるのに対し、アメリカ人学生の怠慢ぶりがどうしても目についてしまうのだという。確かにやる気のないアメリカ人2,3人のお陰で、随分時間を取られた。「本来ならもっと先まで進めるのよ」と聞いて、ちょっと私も考えてしまった。
 そういえば、MitjaがSusakとかいうクロアチアにある島のアパートをただで借りられることになったらしい。そこで急遽、この間一緒に塩田に行ったクラスメートと3人で1週間ほど島の生活をすることに決定。Susakはまだ観光地化されておらず、かなりwildだという話を聞き、興味津々。明日のさよならパーティーの後で、リュブリャナを出発する。今日の夕方すこし涼しくなったらみんなで集合して、明日の予定を立てることになっている。(写真はクロアチアのSusak島。水がとってもキレイな予感。)  
susak
 実はマリャーナとの個人授業のために昨晩、超久しぶりに徹夜した。こういうときって余計に脳が興奮していて、なかなか寝付けなかったりする。今晩は少し散歩でもして無理矢理体を疲れさせた方がいいかも。
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モダンかポストモダンか

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 以前書いたKunderaの「重さ」と「軽さ」の話から、思い出したのがmodernとpost-modern概念。以前社会学の講義で2つの概念を把握する為に以下のように分類した。前者がmodern、後者がpost-modernの特徴らしい。
centralized/rigid------decentralized/flexible
school centered(ideological control)------policentric learning
learning limited to youth------life long learning
one job/profession------several jobs/professions
political participation------social participation
: the key is the access to information
fixed roles------permanent redefining roles
work ethic------life ethic(e.g. sustainability)
stable identity------open identity
defered gratification------immediate gratification(similar to premodern image)
future orientation------present orientation
insists on its value------nihilistic
collectivistic------individualistic
life is the purpose------life is just a instrument
 さて、自分はどちら指向なのか?と考えると、この10年くらいで大分post...の方にシフトしつつある気がする。やっぱり進学した大学およびそこで知り合った友人の影響だと思う。
 ちなみにこの講義、社会学門外漢の私にも結構面白かった。講師はスロヴェニア語コースで知り合ったクラスメート、エリザベスが通うクラーゲンフルト大のL教授。クラーゲンフルトといえばハイダーのお膝元。漠然とゼノフォビックな空気を感じてはいたのだが、ある日モルダヴィアの女子学生がずっと欠席していることに気づいたLが一言、「仕事中だな」。教室全体が凍った。私は思わず吹き出しそうになってしまった。散々講義でステレオタイプの分析とかした後だったのに。こんな彼だけど、日本にはずいぶん好意的で、講義の中で日本の社会学者を何名か紹介した。イタリア・スロヴェニア国境の片田舎で、日本の社会学研究史に触れるとは。地球も狭くなりました。
 ちなみに例のモルダヴィアの女の子はゴリツィアの近所に住んでいる。後で話して分かったんだけど、彼女やそのルームメート(やはりモルダヴィア人女性)にとっては「研究」より「イタリアへの移住」が留学の主たる目的なのだそうだ。ロシアや中・東欧諸国からの「美しく、賢く、経済的な(本人による定義です。)」女子学生がイタリアやスロヴェニアで勉強やバイトをしながら、依存できるパートナーを必死に探す姿をこの数年の間に頻繁に目にした。人生を賭した決断を下し、生きることに必死な彼女たちなのだから、相当な「したたかさ」を持っているような気がする。イタリアの町で、長いド金髪をなびかせ、セクシー衣装に身を包んだ厚化粧の外国人女性と歩く中年イタリア人男性を見かけると、「美しく、賢く、経済的な…」と言っていた彼女のことを思い出す。外国で生き抜くためには手段を選ばない移民の生活をみていると「お金で愛は買えない」なんてナイーヴなことは言えなくなる。

悩み

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 7月27日(水)。イタリア・スロヴェニア国境の町、ゴリツィアから「インドのように暑いよ」というメールが来た。ここリュブリャナも今日はすごく暑い。ようやく日本から持参したあぶらとり紙を有効活用できて嬉しい。ただ日差しはキツイけど、日本ほどの湿気がないのが救い。さらにスロヴェニア語講習最後の1週間もめちゃくちゃキツイ。もう出てこない生徒が2人いる。明日はマリャーナ先生と個人授業なので、頑張って歴史のテキストを読み込まなければ。
 今日は先生から「実は私もう疲れ切っているのよ」と、ショッキングな話を聞いた。「そんな風には見えないといいんだけど」と前置きして話し始めた。物価はEUの先進諸国並みに上がりつつあるにもかかわらず、給料は据え置き、一年契約で仕事をする毎日だという。大学の契約は1日4時間で、後は別の仕事をして家計を維持しなければならない。別のスロヴェニア人は「両親が働くのは当たり前。そうでなければ、家計が維持できない。」と言っていた。スロヴェニアで大学関係の奨学金を探したときも、大学にお金がないんだな~という印象を受けた。スロヴェニアで働こうとしてスロヴェニア語を学んでいた日本人が就職できないまま帰国した、という話も何度か聞いた。私が出会った多くのスロヴェニア人は社会主義時代の経験にノスタルジーを感じると、率直に語ってくれた。夏の陽光の下で美しく輝いてみえるリュブリャナだけれど、住んでいる人々の心は多くの矛盾の間で揺れている。
 そういえば今日ゴリツィアの友達から「鬱で寂しい」というメールが来た。さらに別の友達から「好きな子に嫌われたかもしれなくて、悩んでいる」というメールをもらった。みんな元気にみえるけど、色んな問題を抱えて生きているんだな~と実感した。留学中、人生の岐路に立って悩んでいる人に沢山出会ってきた。かくいう私もそうなんだけど、先生や友達は「長期的な視野をもって誘惑に負けず頑張って初志貫徹!」とアドヴァイスしてくれる。その助言がいかに的確であるか、今年に入ってから頻繁に感じている。

いい加減だな~

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 7月26日(火)。トリエステ大学から突然「あなたは博士課程2年生になる手続きをしていません」、と連絡があった。手続きは「1月に」完了しており、当然あちらの勘違いかミス。抗議の手紙を書き、念のため他方面にも何通か手紙を書いて臨戦態勢に入った。翌日謝罪のメールが届いて事なきを得たのだけれど、こういう下らない問題に落ち着いて対処する術を覚えて「しまった」ことを実感した。イタリアに住んでいるといちいちパニックに陥っていられない。反射的に最も効果的と思える自己防衛をすることがとても大切だ。役所や大学、研究所、アーカイヴ、国立図書館なんかで、理屈をもって正面突破できない局面になんども陥った。そういう場所で覚えた処世術こそ、大学院の後輩に教えてあげるべきだと思うけど、文章にするとあまりにアホらしいので、飲み会向きかも。

最後の1週間

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 25日(月)スロヴェニア語講座最後の1週間が始まった。なんとかここを元気に乗り切って、イタリアでの自分の研究に戻りたい。今日は幾つかの書類とe-mailを書いた後で、Etnografski Muzejというところを学校が雇ったガイド付きで見学した。食事は前に作って気に入ったPrekmurski borgač。今回は前回よりトマトを多めに使って、とっても美味しくできた。
muzejでみたスロヴェニアの典型的な食料貯蔵庫
食料貯蔵庫
陶器制作実演、ちなみにろくろは京都製。
陶器実演
織物製作実演
織物実演
音楽はスロヴェニア民族運動の発揚に大きな役割を果たした。写真はイストゥリアの楽器izbor。
楽器

Izola(イゾラ)にて

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 塩田を散歩した後は食事。Lačna sem.(私♀はお腹が空いている。) Lačna sva.(私たち2人はお腹が空いている。) Lačni smo.(私たちはお腹が空いている。)などと言いながらIzolaの地元民に評判がよいという魚介レストランSonja(Morova ulica 4, 6310 Izola. tel.00386_5640_3500)へ向かった。ここは本当にいい店なのでオススメ。私たちは魚スープ、スズキ、海老をKoper産のMarvasiaと一緒にペロリと平らげた。全てがとても美味しかった!大満足。このクオリティにして1人当たり20euro。やっぱり地元民の情報は当てになるな~と思った。
 だらだらおしゃべりしてから、6時頃近くの海水浴場へ移動。すこしだけ泳いで甲羅干しをしてから帰途についた。途中の高速休憩所で、ノヴァ・ゴリツァでの短い休暇を終えたMatjažと久しぶりに会った。4人でちょっとおしゃべりして、リュブリャナに10時過ぎに帰りついた。Mitjaのお陰様でとても楽しい1日になった。
 毎日やることがいっぱいあるのに全然追いついていない状態。色んな人に会っておきたいけど、語学の勉強も進めなくては。疲れと眠気が慢性化している。

写真はイゾラの海水浴場
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塩田の町Sec'ovlje(Sicciole) 2

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 大分濃度が高そうな塩田の中には塩山が幾つも築かれていた。
 それをシャベルで掬って、水から引き上げ、貨車に積み上げるのは今でも人間。どうやら家族単位で仕事をしているらしく、女性も水着を着て仕事を手伝っていた。彼女たちの姿を見ていたらイタリア映画「苦い米」を思い出した。野性味溢れる感じがなんとも。
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 レール上の木製の貨車をさらに移動させ、塩田から少し離れた場所に高い塩山を築く。
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 塩田には海水を引き込んでいる。写真の右側は鳥や魚、多様な植物が見られる浅瀬の海。左は塩田。
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塩田の町Sec'ovlje(Sicciole) 2

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 24日(日)今日はMitjaの車でスロヴェニアのアドリア海沿岸地方PrimorskaにあるSečovlje(イタリア語でSicciole)の塩田見学に行ってきた。朝10時頃「竜の橋」で拾ってもらい、クラスメートとMitjaの友達を途中でピックアップした。webデザイナーをやっているMitjaは、実業家Matjažの友達で2人は音楽つながり。今日知り合った別の友達はスウェーデン人とスロヴェニア人のハーフで、音楽プロデューサーをやっているそうだ。この日はトリエステで仕事があるとかで、賑やかな音楽をかけながら、彼の友達が待つコーペルに向かった。こうやって全然違う業界の人と簡単に知り合うことができるのは留学生活ならではかな、と思う。
 コーペルで彼に別れを告げ、残り3人はSečovljeを目指した。写真は途中でトイレ休憩のときに取ったIzolaの風景。
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 Sečovljeセチョウリェには700年前にフランス人が作ったという国営(現在)の塩田がある。後にピランに住むヴェネト人の支配を受けようになり、さらにオーストリア帝国のドイツ人による支配下に入る。78年には塩田の半分が閉鎖されたというが、1,2年前にMobitelが出資するようになり、ニューヨークなどにも輸出されるようになったらしい。最近は先鋭的なマーケティングが行われ、「フィオレット(小花)」という水面部分の細かい結晶の塩は10euroくらいするらしい。
 実はSečovljeには友達Katjaの家族が住んでいて、彼女も週末ごとにリュブリャナから家に帰りPortorožのカジノでバイトをしているらしい。実家に招待してもらったんだけど、まだ訪問は実現していない。彼女のお兄さんはこの塩田の博物館で仕事をしていると言っていたので、会えるのを期待していたけど、博物館は塩田とはちょっと離れているようだった。
 ここからは塩田の様子。入り口付近では日本の田圃に似た外観に加え、ひどい湿気にノスタルジーをかきたてられた。
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 どんどん進んでいくと、水中の塩分濃度がだんだん濃くなっていくのが見て取れる。
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