イタリア政府奨学金

 さて奨学金試験が木曜日に一段落しました。今回は「後がない」という気持ちで臨んだので、精神的にも肉体的にも相当消耗したみたい。それに加え国内外でショッキングな事件が頻発し、寝酒が欠かせない日々が続きました。
 これからこの試験に応募する人へのアドヴァイスとしては、書類を揃えるところまで必死で頑張れ!ということくらいでしょうか。要項を熟読して抜かりないように。不明な点は確認を怠らないことです。提出した後は淡々と面接(イタリア人が中心になって質問をするもの、日本人が中心になって行うものの2回)を受けるだけだし、競争倍率もそんなに無茶苦茶ではないと思います。ただ合格後に必須の健康診断書作成に2万円、書類の翻訳に2万円弱くらいかかるということは覚えておいた方がいいかもしれません。
 ちなみに、こういう試験では専門が違う色んな人と知り合うことができるので面白いです。人づてにその存在については聞き知っていたコモをやっている方にとうとうお会いできたり、ミラーノのブレラに留学して彫刻をやっているお友達もできました。国際法をやっているお友達にも会場でばったり。イタリアに正規留学する人は独立心旺盛であんまり日本人同士で固まったりしないから、同時期に近くに住んでいても疎遠のままっていうことが多いですが、結構狭い世界ではあるんですよね。
AD

Donald Sutherland

テーマ:

私の中でセクシーといえばこの人。35年カナダ生まれの俳優さんで、もう70歳…。30歳くらいで映画デビューするまでは少年DJとして活躍したり演劇を勉強したりしていたみたいですね。Barbra Streisandの元夫Elliott Gouldと組んで大ヒットしたM★A★S★Hで一躍大人気になりました。映画自体もよかったけど、当時36歳だった初々しいDonaldが素敵でした。私が彼に興味をもったのはFelliniのCasanovaから。ついでにSix Degrees of Separation(私に近い6人の他人)とかKlute(コールガール)とかでも本当にステキ。演技云々という問題ではなくて、単に嗜好の問題か。Six degreesの後はコレっていう映画に出ていないのが残念。Donaldに比べると、例のテロ退治モノのテレビドラマで突如人気者になった息子の方は2まわりくらい小さく感じます。

AD
MOST
 山岳地方の特産物で、ナシやリンゴの汁を発酵させたお酒。
SUCCO DI MELA
 カルニアのノンアルコール飲料。リンゴなどの甘いジュース。
SCIROPPO DI OLIVELLO SPINOSO
 カルニアに自生する植物のシロップ・ジュース。
SCIROPPO DI PICCOLI FRUTTI
 丘陵地帯や山岳地方のラズベリー、クロスグリ、アカスグリ、コケモモなどのシロップ。
SCIROPPO DI SAMBUCO
 丘陵地帯や山岳地方に自生する植物のシロップ・ジュース。
SCIROPPO DI TARASSACO
 カルニアに自生する植物のシロップ・ジュース。
AD
友達からフリウーリ=ヴェネツィア・ジューリア州の食に関する写真付き添付ファイルが送られてきました。そのうち写真も載せます。

AGLIO DI RESIA
 レーシアのにんにく。
ASPARAGO VERDE IN AGRODOLCE
 甘酸っぱくした瓶詰めの緑アスパラガス。ヴァル・コーザやヴァル・チェッリーナなどポルデノーネ県の山麓地方の特産品。
BROVADA
 州全域の特産物。特にウーディネ、ゴリツィア、ポルデノーネでよく見られる。酸化したブドウかすと一緒に発酵し、柔らかくなったカブ。色はグレー。
CRAUT GARB
 カルニア地方の特産物。塩漬け、あるいは酢漬けにした玉キャベツの葉。
FAGIOLI BORLOTTI DI CARNIA
 カルニアのインゲン豆。
MAIS DA POLENTA
 カルニアやレーシアのトウモロコシ・ポレンタ。色は黄色から、赤みがかった黄色。
PATATE DI RIBIS
 レアーナ・デル・ロヤーレのジャガイモ。
RADIC DI MONT
 カルニアの山岳地方に自生するラディッチ・ディ・モントゥ。瓶詰めで売っている。
RADICCHIO CANARINO
 カナリア・チコリ。ちょっと赤みがかったカナリア・イエロー。ゴリツィアの特産物。
ROSA DI GORIZIA
 バラのような見てくれの真っ赤なチコリ。ゴリツィアの特産物。
SAVORS
 カルニア名物。複数の野菜を粉々にして混ぜたもの。
VELLUTATA DI ASPARAGO VERDE
 緑アスパラガスのブルーテ(ビロードのように触感がよい)ソース。ヴァル・コーザやヴァル・チェッリーナなどポルデノーネ県の山麓地方の特産品。ハーブやアスパラガスを煮こむ。

横浜(Yokohama)

(写真は山手町の外国人墓地)
 今日は用事があって、久しぶりに横浜山手町にある母校を訪問しました。古くて味のある校舎が全面的に改装されていて少し残念でした。お世話になった担任の先生方も既に引退されたらしく、事務の方と少しお話ししてきました。私が知っている人ではなかったけど、多分OGの方なのでしょう、明るく励ましてくださり、ぱっと中学生に戻ったような気分になりました。
 学生達は相変わらず制服をきちんと着こんで、今時茶髪にもできず、三つ編みとかしていた。体型もこころなし所謂「女子高生」仕様とはちょっと合わない。思わず苦笑してしまいました。窮屈だけど世間の様々なリスクからがっちり守られた学生時代を送れたことを、最近ようやく肯定的に考えられるようになってきたかな。いつまでも母校にこだわるOGや同輩をみて、疑問を覚えないわけではないけれど。
 帰り道はイタリアの友達に送る写真を撮るために、山手公園、外人墓地、港の見える丘公園、フランス山、中華街、元町なんかをぶらぶらしてきました。久しぶりの中華街ではプーアール茶とシュウマイを購入。元町ではすごいノスタルジーを感じました。あの辺に買い物に来る地元民の文化というのは、日本のテレビとか雑誌に氾濫している流行とはちょっと外れていて、ヨーロッパの中高年層の文化とちょっと古い日本の文化の中間という印象。高校生くらいまでは賑やかな繁華街にみえた元町も、結構こぢんまりとしていたんですね。お小遣いのほとんどを費やしたTower Record元町店も未だ健在で嬉しかったです。
 ともあれ今日でかなり必要書類が揃ったので、あとは頑張って翻訳などを進めなければ。ゴリツィアの友からblog用にと色んなネタが届くんだけど、それを訳して載せるエネルギーを出せないでいます。特にフリウーリ=ヴェネツィア・ジューリア州の食とワイン関係は今後頑張ります。

イタリアは豊かなのか

 前にもちょこっと書いたんですが、イタリアでは日本やアメリカより豊かな社会が実現されているのか?という自らの問いに悶々としつつ、色んな社会・経済統計を最近よくチェックするようになりました。物価、労働時間、家計の最終消費支出に占める「家具・家庭器具」や「衣料・履き物」の割合、住宅の床面積、自殺率、エンゲル係数、ジニ係数などを俯瞰しつつ、個人的な感覚と統計が必ずしも一致はしないことが分かりました。
 そもそも「豊か」という言葉はそれぞれの文化的文脈の中でどういう意味をもつのでしょうか。戦後日本の混迷を知る方々にしてみれば、日本が達成した経済成長や民主制の確立は誇らしいはずです。実際アジア諸国の現状を引き合いに出して、日本の「豊かさ」「素晴らしさ」を強調する政治家を1ヶ月弱の間にも何度かテレビで目にしました。ただこうした感覚を経済的な困窮を感じることなく育った世代が共有するのは難しいと思います。
 「豊かさ」の本質を問うような本を読んでみると、ヨーロッパ滞在経験がある方が書かれている場合が多いことに気づかされます。ヨーロッパの「豊かさ」は我々が短期間で達成した経済成長とはなにか異質な歴史的ストックの上に成立していて、今の日本に欠けた魅力的な要素を含んでいるという感覚がベースにあるのかもしれません。私も短期間イタリアに滞在する中で、日本で伝え聞いていたイタリア社会の混乱や経済の停滞ぶりからは想像もできないような衣食住の水準が達成されていることに驚かされ、「豊かさ」の意味を考え直してみたくなりました。経済指標で社会の「豊かさ」を比較することの虚しさを実感したのかもしれません。勿論自分の個人的経験や「限られた」人間関係が「イタリア」をどこまで代表しうるのか、疑問は残りますが。
 ともあれ今回の日本滞在中、イタリア文化論的な本を手に取ってみる機会が増えました。イタリア人が書いているものを除けば、数年、あるいは数十年イタリアに住んでいる(いた)日本人の目を通して書かれたものです。親伊・反伊それぞれの立場から、イタリア社会の特徴をさまざまな「個人的」エピソードを交えて描き出しています。その中でイタリアの「強さも弱さも」(「豊かさも貧しさも」と読み替えてよいのでしょうか?)「自由度が高」く、「異質性を許容する」点に関わっているという岡本義行さんの指摘(『イタリアの中小企業戦略』)が目を引きました。私や友人の外国人留学生達がイタリア社会において真っ先に強く認識した「違和感」は「社会秩序や規則に対する強制力の弱さ」でした。イタリア人は社会的な規範から(ときには法律からも)自由に振る舞うと同時に、異質な考え方や価値観に目をつぶる術も心得ているようなのです。他人の理不尽な行動に「その都度怒っていたら神経症になる」といって、見て見ぬふりをする(あるいは冗談にして笑い飛ばす)イタリア人が多いことにも気づきました。これも限りない多様性を前に彼らが身につけた知恵なのかもしれません。
 西ヨーロッパでは一般的に「自由」「異質性の許容」という価値観が重視されているような気がします。(勿論理論先行で民衆の気持ちがついていっていない印象もときおり受けますが。)その中でもイタリアの多様性は顕著で、地理的・歴史的(都市国家の伝統やオーストリア、フランス、スペインなどの分割統治など)諸要因から、個人差、階層差、地域差が大きく「世論」を形成しにくい国だといわれているようです。そこには言語、習慣、文化のみならず、顔つき、身長、髪や瞳の色まで大変なばらつきが見られます。
 イタリアで未だに維持される小売店の「零細性」と「専門性」は消費者の好みの多様性を反映しているからだ、というのがもはや定説ですよね。そこには確かにトレンドやブランドを追い求めたり、チェーン店やアウトレット店に長蛇の列を作る行動とは明らかに違う、食やファッションに対する価値観があるようなのです。ヨーロッパで最も顕著と言われる大型小売店の出遅れなどは一見効率性と矛盾するようですが、イタリアのpath depending、彼らの価値観を投影した独自の「合理」を追求した経済構造が成立しているとも考えられるでしょう。
 とはいえこの急激なグローバリゼーションの流れの中でどこまでイタリア流の合理を貫けるのか、甚だ疑問です。結局は歴史的に醸成された「自由」や「異質性の許容」を大切にする土壌を背景に資本主義の浸透に強い抵抗を示す社会が見せる諸特徴に我々はノスタルジーを覚え、それを「豊かさ」なんて言葉を使って懐かしんでいるだけなのかもしれない。こういう「豊かさ」を維持した「第三の道」というのが一体どんなものなのか、具体的な未来像はなかなかクリアーになりません。最近のEU経済の低成長をみるにつけ「循環型社会」の行く末をはらはらしながら見守る毎日です。

反日デモをめぐって

 最近中国における反日デモについての記事を日欧米の数紙でチェックしています。どれも驚くほどのことはありませんけど、やはりそれぞれに特徴がありますね。
 アメリカのNew York Timesをみてみると、日本における論調と大差ない印象でした。珍しく日本が正式に謝罪を行っている事実も書いています。日本のメディアでも欧米の意見を代表しているかのように引用されることが多いですが、反日デモが中国政府によって誘導されているという見解をはっきり示しています。
 イタリアの左翼紙La Repubblicaの記事は、欧米の主要新聞の論調である「中国政府主導説」を踏襲していたものの、日本における対中感情の悪化や、小泉や彼を取り巻くタカ派政治家らナショナリストの「遊びgioco」のせいで日本における対中憎悪が増幅されている点が強調されていました。「遊び」というのは、戦犯を祀った靖国の参拝や30年代の日本の帝国主義を再評価するrevisionism的な教科書が検定を通ったことだと説明されていました。その他にも有力メディア、フジが右翼的論調をリードしているとか、最有力紙、読売がエネルギー問題で中国を刺激しているといった記述もあり、日本にとって手厳しい内容でした。ドイツの首相が日本の態度を批判した一件も記憶に新しいのですが、こうした反応がヨーロッパの社民勢力の自己肯定と考えれば特に驚きはありません。こういうメディアが中国における90年代以来の愛国(反日)教育、中国側が先行したガス田開発、日本の安全保障理事国入りをめぐる駆け引き、社会矛盾が拡大している中国において「反日」デモしか許可されていない現状などに触れることはありません。
 International Herald Tribune は淡々とデモの詳細をつづっていました。中国人の多くは日本人がこれまで一度も謝罪をしたことがないと信じている、という記述があったけど、こういう指摘はあまり他紙ではみませんでした。大阪の中国総領事館前で焼身自殺を試みた男についての記述もありました。
 私が普段読んでいるイタリアのCorriere della Sera紙はHerald Tribuneの内容を更に客観化したような感じでした。まあ今回のデモは一般のヨーロッパ人にとって縁遠い話なんでしょうね。

Lucio Battisti

テーマ:

最近のイタリアの軽音楽はどんな感じなのかとよく友達に聞かれます。正直なところあまり興味がないので、よく分かりません。私の印象ではほとんどamericanizzatoしていて、その残余がSan Remo音楽祭で燻っている感じ。でも60,70年代のイタリア・ポップスは結構気に入っています。特にLucio Battistiが。この人はちょっとひねりのきいたロマンスを歌詞にするのがとても上手で、思わず聞き入ってしまいます。好きな曲の歌詞とコード進行を書いておきます。





VENTO NEL VENTO



Bbm Fm Gb Db

Io e te io e te perche' io e te

Bbm Fm Ebm7

Qualcuno ha scelto forse per noi

Bbm Fm Gb Db

Mi son svegliato solo poi ho incontrato te

Bbm Fm7 Ebm7 F7

L'esistenza un volo divento' per me



Bbm Db Db7 Bbm Ebm7 Ab

E la stagione nuova dietro il vetro che appannava fiori'

Db Bbm Db Bbm B Ab

Fra le tue braccia calde anche l'ultima paura mori'



Db Cm F7 Bbm Fm7 Gb Ab

Io e te vento nel vento Io e te nodo nell'anima

Db Cm F7 Bbm Gb Db

Stesso desiderio di morire e poi rivivere io e te





E PENSO A TE(そして君のことを考える)



Lam7

Io lavoro e penso a te(仕事をして、君のことを考える)

Rem7

torno a casa e penso a te(家に帰り、君のことを考える)

Sol7 Fa Do7+

le telefono e intanto penso a te(彼女に電話する、それにもかかわらず君のことを考える)

Lam7

come stai e penso a te(どう元気?君のことを考える)

Rem7

dove andiamo e penso a te(どこに行こうか?君のことを考える)

Sol7 Fa Sol7 Mim

le sorrido, abbasso gli occhi e penso a te(彼女に微笑み、視線を落とし、そして君のことを考える)



Do

Non so con chi adesso sei(君が今誰と一緒なのか僕は知らない)

Sim7 Mi9-

non so che cosa fai(何をしているのかも)

Lam Fa Do Sol7

ma so di certo a cosa stai pensando(でも君が何を考えているのか僕には確信がある)

Do

e' troppo grande la citta'(僕らみたいな2人にとってこの町は大き過ぎる)

Sim7 Mi9-

per due che come noi

Lam Fa Do Rem7

non sperano pero' si stan cercando, cercando,(期待してはいないけど探し合ってしまうんだ)



Mim Fa Mim Rem4 Rem Sol4/7

la la la la ...



Lam7
Scusa e' tardi e penso a te(ゴメンもう遅いね、君のことを考える)

Rem7

ti accompagno e penso a te(家まで送るよ、君のことを考える)

Sol7 Sol4/7 Sol7 Mim

non son stato divertente e penso a te(僕は面白くなかったね、君のことを考える)

Fa Lam

sono al buio e penso a te(暗闇の中で、君のことを考える)

Rem

chiudo gli occhi e penso a te(目を閉じて、君のことを考える)

Sol4/7 Sol7

io non dormo e penso a te.(僕は眠らず、君のことを考える)



Do7+ Rem7 Sol7 Do7+

la la la la...





INNOCENTI EVASIONI



Che sensazione di leggera follia, sta colorando l'anima mia

Immaginando preparo il cuscino, qualcuno

E' gia' nell'aria qualcuno, sorriso ingenuo e profumo.



Il giradischi le luci accese poi,

Champagne ghiacciato e l'avventura puo' iniziare

Accendo il fuoco e mi siedo vicino qualcuno

Stasera arriva qualcuno, sorrido intanto che fumo…



RIT.: Ma come mai, tu qui, stasera?

Ti sbagli sai, non potrei, non aspettavo ti giuro nessuno

Strana atmosfera? Ma cosa dici, mia cara?

Non sono prove, no, no, no

Un po' di fuoco per scaldarmi un po'

E poca luce per sognarti, no…



Siediti qui accanto anima mia,

ed abbandona la tua gelosia se puoi

Combinazione ho un po' di champagne se vuoi amore

Come sei bella amore, sorridi e lasciati andare…



Chi puo' bussare a quest'ora di sera,

sara' uno scherzo o un amico e chi lo sa…?

No, non alzarti chiunque sia si stanchera', amore

Come sei bella amore, ho ancora un brivido in cuore

古い友達

(こばやし理栄さんの切り絵。京都の喫茶店「ソワレ」を思い出します。)
 帰国しているうちにと思いたち、今週は懐かしい友達何人かと会うことができました。何年も会っていなかったのにみんな全然変わっていなかったのが嬉しい。週末に会った京都時代の友達と話していたら、バンドをやったり無目的に京都の町をぶらぶらした頃のことが無性に懐かしくなりました。京都でもきっと桜が満開なんじゃないかな。下鴨神社に行きたい。
 金曜日には今年度最初の授業があったせいか、大学には人が沢山いて疲れました。今年は自分の専攻に修士からの新入生が3名入り、研究室の雰囲気が随分変わりました。今年度から指導教官が大学を移動されるし、来年には親しくして頂いている先輩方が大分抜けるみたい。寂しいかぎりです。ちなみに引っ越し作業中の先生からファシズム関連の本をごそっと頂きました。家に運ばなければ…。
 そういえば同じ日にお昼をご一緒した某先生は研究対象地域が「割と」近いこともあって、現地の複雑な民族分布やそれに伴う言語の壁のことを容易に理解して頂けるのが嬉しい。やっている場所が場所なので、自分の研究の内容を相手に分かりやすく伝える難しさを日々感じています。
 最近一日中パソコンに向かっているせいか、ムシムシ暑い開放的なところに遊びに行きたい~。南米とかいいな。

突然ですが、ほのぼのイラストに興味のある方はどうぞ。
こばやし理栄さんのホームページ
ペニーさんのホームページ

時間がない!

 日本のリズムに大分慣れてきました。慣れちゃうと、とにかく時間が経つが早い。毎日がパラパラめくれて飛んで行ってしまうような感じがします。20代前半まで京都に住んでいたときには、逆に時間が止まっているような感覚に不安を覚え、もう少し緊張感と刺激のある生活をしたいと思いました。イタリア北東部ではゆっくりした時間の流れを心地よく感じ一方で「これで大丈夫なのか?」と疑問を感じるようになりました。「時間に対する感覚」が住んでいる場所を反映するのは本当に面白いと思います。
 以前Issues of time in international, intercultural management: East and Central Erurope in the perspective of Austrian managersという論文を読みました。The goal in this paper is to distinguish time behaviour of Anglo-German managers from that of managers from France and Italy and East Central Europe by employing monochronic/polychronic, consecutive/synchronic time behaviour, culture dimensions, Individualism/Collectivism, Masculinity/Femininity, Uncertainty/Avoidance, Power Distance, Humane Orientation and Institutional Collectivism/In-Group Collectivism. Summarizing it in short, managers from Anglo-German Cultures tend to reduce inter unit conflicts by scheduling time use and by increasing productivity of time. And on the other hand managers from France and Italy exhibit strong individuality. Meaning that they tend to reduce scarcity of their “own time” that is valued very highly, by simultaneously dealing with different affairs, low punctuality and not following schedules. They do not bother to waste the time of others(“their time”). Lastly the behaviour of managers in East Central European Cultures is dominated by organisational features: working in collectives (not in teams) and priority setting by supervisors. Risk aversionm harmony seeking, and saving own face are value/culture standards that also help to understand the time consuming discussion and decison making behaviour in East Central Europe.
 ということで論文の内容はオーストリア人のステレオタイプとか偏見の枠を脱し切れていない印象を受けたのですが、笑えるエピソード(特にイタリア人マネージャーの!)がふんだんに盛り込まれていて面白かったです。もちろん旧共産圏とかイタリア人の友達には評判が悪かったですけど。論文中には書いてなかったけど、帰納的にヨーロッパ各国のtime behaviourの理念型を打ち立てて、ビジネスシーンで活用して下さいというつもりなんだろうか?
 ちなみにこれを読むと、日本のtime behaviourは東欧と西欧の折衷型のような印象を受けると思う。