新歓シーズン

(写真は大学構内:金木犀と立て看とテント)
 今日から帰国の最大の目的であった書類を揃える作業を本格的に始めました。役所関係は大分片が付いてきたんだけど、今は大学関係で一苦労。時間の制約があるので今日は駒場から本郷へ流れ、そこからさらに神保町周辺で古本を見て帰宅しました。
 大分日本の景観にも目が慣れてきて、人々の柔らかい表情に心がなごむ今日この頃です。一方、ヨーロッパの都市生活で感じる「緊張感」は一体何なんでしょうか。家を一歩出るとすぐ「公的空間」が広がる、「都市生活」が強いるものなのでしょうか。ゴリツィアで生活を始めた頃には、朝市やスーパーで買い物するのにフルメイクしてやって来る主婦達の姿に感動すら覚えました。男性も歩いて行けるような職場にもきちんとしたスーツに香水を付けて通っています。日本の場合「職場」は完璧な公的空間かもしれないけど、職住をつなぐ通勤電車内では化粧室とか居間のような空気も感じます。私は日本やアメリカ、ドイツなどの緩い服装コードとフランスやイタリアの厳格なそれとどちらが自分によりしっくりくるのかすら未だに判断できません。
 大学はちょうど新歓シーズンを目前に控え、構内には立て看がひしめき合っていました。満開の椿や木蓮の花のもと、新入生らしき初々しい学生の顔が輝いてみえます。10年前には自分もあんな顔をしていたのか。院進や留学に際するモチベーションを思いだし、少し気が引き締まったような感じがします。事務の対応はこれ以上ないというくらい親切で、感激しました。トリエステ大学では前もって大学事務に電話し、担当者の言質をとってから訪問しても問題が生じる、という恐ろしく不効率なことが恒常的に起こります。手続き時には大量な書類を要求されますが、後でその所在を聞いても誰も分からないんですよね。
 お昼には久しぶりにダージリンという本郷のインド・カレー屋へ。「辛い」と感じるカレーを久しぶりに食べました。ここは学生の意識調査などにテレビ局などが訪れる店で、私も以前質問されたことがありました。750円でラッシー、ナン付きだから結構お徳。こういうエスニック系の充実は日本ならではの楽しみです。台湾、朝鮮、タイ、ヴェトナム系にも是非行っておきたい。
 午後本郷と神保町周辺の古本屋をまわって、古書を2冊ほど買いました。今や古書もインターネットで注文する時代となりましたが、「おっ」と思った本をすぐ手にとって見られるのは古書店ならではの喜びです。イタリアでは古書の入手がかなり難しく、店ごとのカタログを郵送してもらうか、点在する古書店を訪問し直接目で確認するか、店主に関心の所在を説明して関連古書を入手した際に連絡をもらうよう手配する、という旧態依然とした方法に頼らざるをえません。ひょっとすると私が知らないだけで「日本の古本屋」のようなサイトがイタリアにも存在するのでしょうか?
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違和感2

(渋谷駅Shibuya(Tokyo)、花粉アレルギー対応マスクが随分進化していることに感心しました)
 日本に帰国したときの印象を書いた「違和感」に対して沢山批判を頂き、とても面白かったです。その内容は「日本は農村文化じゃなくて都市文化だ」とか「日本の生活にはゆとりがある」とか「お前も日本人のくせに」という感じですかね。前の2つに関して、私はそうは思わない。時間があれば改めて検討してもいいと思っています。それから最後の「ご意見」は非常に「面白い!」と感じました。もし私がイタリア人でイタリアを批判しても一部のイタリア人から同じような批判を受けることでしょう。
 海外に出ていた人間が帰国し、自国の社会に対する認識を新たにすることは奇異でもなんでもないと思います。イタリア北東部から戻った私が「違和感」として感じたのは1.家屋や人、商品などの物理的な小ささ、2.女性のべたべたした話し方や態度、3.食料品の高さ、4.日本人がヨーロッパの町や空港など公的空間で見せる過剰にリラックスした態度。以上の諸点について私がどういう価値判断を下しているのか、誤解がないように書いておきたいと思います。
 まず1については「いい」も「悪い」もないです。欧米から日本に帰って「我が家は大きいな~」と感じる人なんてまずいないでしょう?2については「私がこう感じるということは、私の態度はさぞかし横柄に映るんだろうな~」と感じたということです。有り体に言えば「可愛げ」がないということ。これは他人に媚びへつらって能力の欠如を埋め合わせたり、実力以上の評価を得たくはない、という私の個人的行動指針を反映しています。私が思うところの「フェアな生き方」を実践しているだけ。誰に対してもどこにいても同じことを発言したいと考えています。誤解がないように書いておくと、私はよく笑うし決して無愛想な人間ではないけど、思ってもいないお世辞や嘘は言えないという程度です。3に関しては前の記事のだらだらしたコメントからも分かるとおりある程度客観性のある意見だと今でも思っています。4については以前から「イヤだな~」と感じていた点だから、しばらく日本を出て余計に増幅された感は否めません。
 私は日本人ですが、飛行機の中で靴を脱いで足を前の座席の肘掛けに乗せたり、ロンドン・東京間の12時間、延々と詳細を知りもしない芸能人や皇室の人々への批判を続けたり、電車の中で漫画を読んだり、化粧をしたり、大きく口を開けて眠ったり、町中で靴を引きずりながら猫背で歩くことはない、そういうことです。
 このblogの趣旨はイタリア北東部の文化習俗を紹介することにあるので、それ自体を批判されるのであれば対応しようがありません。ただある程度書いてあることを読めば、私が「西欧至上主義」者でないことくらいは分かって頂けると思います。文化や人種に優劣をつける退屈さを日々実感しながら国境の町で生活しています。日本文化に対してもスロヴェニアやイタリア文化に対してもルーマニアやオーストリア、アメリカ文化に対しても、中国や韓国の文化に対しても、尊敬の念を常に持っています。全肯定はしないけど、全否定もない。それぞれの歴史・文化的バックグラウンドを抜きに一国の政策的特徴を評価することもできないと思っています。

 とここまで書いてなお感覚的に理解できないのは「お前が日本人であるということを忘れるな!」という反応です。しつこいようですが私は日本人です。海外において、日本的な発想をする自分にはっとした経験も多々あります。私は日本人ですけど、だからなんだというのですか?上記のような発想自体が許容できませんか?「非国民」ですか?もっと社会に同調すべきですか?「違う」ということは「悪いこと」ですか?「日本人だから」どうあれと仰りたいのですか?「日本人だということを忘れるな」という戒め(?)のお言葉の本意がよく分かりませんので、お返事をお待ちしております。
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岳温泉(福島Fukushima)にて

(写真:鏡が池からあだたら山を望む。電柱が「日本」を感じさせます。鬱。)
 京都と東北系の方々が多数を占める某研究会で岳温泉に行ってきた。そもそも日本の研究会は1年以上ご無沙汰していたし、京都の先生方と机を並べるのは2年以上なかったからある種のカルチャーショックを感じた。
 修士で東京に移ってから確実に異なる研究文化に適応するまでしばらく居心地の悪さを感じた。博士で研究科を移動したときも同じだった。イタリアへ移ってからは言うまでもない。問題関心や方法論が異なる諸社会を点々としながら、それぞれの場所で意味のある知的交流を重ねていくにはどうしたらいいのか。こうやって遭えて境界を生きようとすることに意味はあるのか。対象がここまで細分化した今、方法論や問題関心自体に自覚的であり、またそうした思いを同僚と共有し続けるためにはただでさえ大変な苦労を強いられる。
 研究会後は多かれ少なかれ自分の能力的な限界を実感しうっすらと自己嫌悪モードに突入する。そういうわけで苦い月曜日の雨の朝を迎えた。ただいつまでもウジウジしているわけにもいかないので、ばりばり書類作り、論文読み、メールの返事書きだ!
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違和感

Buona Pasqua a tutti !

 帰国して1日経ったけど、依然として大きな違和感が残っています。まず自分がすごく(身長が)大きくなったような気がする。つまり何もかも小さい。人も、食べ物も、家具や家も。女性の人に対するびくびくした感じの低姿勢、甘く媚びたしゃべり方や態度も目につく。その割ふるまいに品のある人は少ない。これはロンドン発東京行き機内からイヤというほど実感しました。一昔前に流行った「甘えの文化」という概念を思い出しちゃった。
 渡伊する前から感じていたんだけど、どうして日本人はきょろきょろ落ち着きがなかったり、地べたに座ったり、猫背で無気力だったり、どこでも写真を撮りまくったり、公共空間で過剰にリラックスするんだろうか。こういうことを欧米人に指摘されると「それは古いステレオタイプです。」と答えていた私だけど、自分の目で見ると「ああこれじゃ茶化されても仕方ないや」と思いますね。結局私たちの社会生活は都市文化ではなく農村文化によって立つということなのかな。
 それからやっぱり日本の物価は異常に高い!スーパーに食材を買いに行ってくらくらしました。モッツァレッラ370円、ズッキーニ1本200円てどういうことなの!?ちなみにイタリアでは前者が80円くらいから、後者は4,50円てところでしょうか?5000円なんてすぐに飛んで行っちゃう。感覚的には50euroあれば2倍くらい楽しめると思います。
 後は当然だけど、イタリアに較べると経済の動きをよりダイナミックに感じます。というより経済至上主義、生活の質は二の次という印象。道行く人は「すご~く」地味。安っぽい中国製の靴や鞄を若くない人でも平気で身に付けられるし、そうでなければいきなりルイ・ヴィトンやGucciという飛躍がすごい。

 今日から福島で研究会があります。雪が残る温泉地のようで、楽しみです。

ミラーノにて

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 3月23日午前零時、ミラーノ郊外にあるリナーテ空港にいます。明朝8時頃のヒースロー行きに乗らなければならないため、空港で仮眠する覚悟を決めました。空港で1晩、というのは決してうきうきするような経験ではないけど、これまで色んな国の若い人たちと知り合うこともできて、そんなにネガティヴに捉えてはいなかったのです。ただどうやらリナーテの夜の様相は大分異なるみたい。私を取り囲むのは皆さん空港を常宿にしてる方々。多分私は誰かの縄張りを侵害しているんだろうな~と思うとなんとなく肩身が狭い。

 さて明日はいよいよロンドン経由東京行きです。日本に帰るのはかれこれ1年ぶりくらい。どういう風に自分の目に日本が飛び込んでくるのか、とても楽しみなのです。これまでかなり色んな方面で不義理をしていたので、しっかり連絡をとって出来るかぎり挨拶に伺えたらいいなあと思っています。

 今回の臨時帰国は公的諸機関の更新手続き等が主たる目的なんだけど、イタリアに残してきたものについてじっくり考えるいい機会になるんじゃないかと思う。イタリアではよく考えないままに巻き込まれてしまったことが積み重なって、ちょっと自分の限界を超えている感がある。要するに自分の時間があまりない。イタリア人の生活のリズムを体感したかったということもあるけど、やっぱりもう少し自律的なリズムを維持しないと仕事にならない。自分の留学の目的をしっかり再認識して、イタリア帰国後の生活を立て直さなくては。

 それにしても、既にイタリアが恋しい。まだミラーノにいるのに。多分私にとっての「イタリア」はすでにフリウーリ=ヴェネツィア・ジューリアやヴェネトなどイタリア北東部になりつつあるのかもしれない。



 そうそう今朝ようやく滞在許可証更新手続きを完了しました。後は帰国後にquesturaに出向いて受け取るだけ。私は早朝に起き出すのは別に苦ではないけど、他の申請者と競って列を作るのがすごくイヤ。「俺は1列以上みたくないんだ。ちゃんと並べ!」という担当官の声で、ざざ~っと列が出来るんだけどここに入り込むのは私には不可能です。結局列って「ずうずうしい順」にできるわけです。不法移民すれすれで命懸けの方々と所詮「留学生」であるちゃらちゃらした私が張り合うのが無理。今朝も到着は最初の方だったのに、もらった番号は9番でした。かなり気合いを入れて割り込んだのに…。ちなみに最初の3人はどこの国の人だったでしょう?中国人でした。私と同じ時間に着いたのに…。

ダイアモンド*アワー

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 日本のクイア映画ってこれ以外思い当たらない。京都ドラッグクイーン界の女王シモーヌ深雪主演。出てくるのはクイーンばかり。とってもシャビーなセットに対し作り込みすぎた口パクショーが素敵。この濃さにはまるとそんじょそこらのクイアじゃ物足りなくなります。前半は語る価値もないストーリーで後半が口パクショー。この映画のことを思い出したのはblade runnerを見たせい。実はblade runnerのコンピューター操作音がダイヤモンド…でパクられているからなのです。なんか耳につくんですよね。この音。

日本への一時帰国

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(写真は昨日登ったサボティーノに沢山残る塹壕の1つ)

 また出発前の憂鬱が始まった。ゴリツィアの町や人が既に恋しい。明後日出発なので明日から完全に忙殺されるから、今が一番悲しい時なのかもしれない。今からこんな調子では数年後に留学を終えて帰国する時には一体どんな風になっちゃうのか、考えるだけで怖い。
 日曜日の今日は、午後4時頃例によってノヴァ・ゴリツァのサウナに行って来ました。今日は昨日の山登りの疲れもあったので、ゆ~っくり。帰ってきたのはなんと9時過ぎでした。係員が頻繁にミントを焚いてくれたり、1つのサウナを1人占めできる時間が長かったりしたので、非常に爽快。
 ところで最近再びjazzを聴くようになりました。大学時代に体育会系jazzサークルに所属し音楽以外で苦しい思いをしたせいか、jazzを聴くと苦しくなるという恐ろしい副作用が残ってしまっていたのですが、大分リカヴァーしたみたい。イタリアは日本と並んでアメリカに次ぐjazz大国と言われているようで、意外としぶとく生き残っているのです。とはいえ普段聴くのは日本から持ち込んだCDばかり。一番今の生活にフィットするような気がしています。
 あと比較的最近DVDでThe Piano Teacher(原題はpianiste’というフランス映画)とBlade Runner、Six Degrees of Separationを見直した。全て以前見たときかなり気に入ったんだけど、特に最後のSix Degrees...は本当に良くできていると再認識した。細部を忘れない内に映画のコメントをもっと書くようにしたいといつも思っているのになかなか。。。

al Pescaturismo (Trieste)

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(写真はbocche del Timavo)
 土曜の午後は友達とグラードの方へドライブでもしようかという話になった。まず向かったのはbocche del Timavo(ティマーヴォ川)というところ。見たところ「河口」ではなくて、一旦地下に潜った川がまたどば~っと湧き出ている感じでした。なんて訳したらいいのか分かりません。
 そこから更にトリエステのすぐそばal Pescaturismo (Villaggio del Pescatore, Zona Cava, Tel. 3396390473, 3月28日から水曜日から日曜までオープン)へ寄ってみました。ここは前からいい評判しか聞いていなかったので、ずっと興味を持っていました。Coop系のお店で取り敢えず値段が良心的である点、アドリア海が綺麗に見えるロケーションなどが確認できました。店の人は珍しく責任感に溢れた感じだったし。あとはお腹が空いているときに食べに行くだけ!そうそう、予約はした方がいいですよ。スプマンテ(発泡ワイン)だけ飲んで店を後にしました。
 あ~イヤなこと思い出した。実はここでも日本人はよく真似するcoppiareという話題がのぼったんですよね。店のおばさんの「中国人の方がすごいわよ~」という(多分フォローのつもりで口にした)台詞に心が一瞬凍り付きました。
 そこから更にisola dell’Isonzoという自然保護地区に向かいました。ここはトリエステからグラードへ向かう途中にあって、イゾンツォ川の景観が保全されています。何があったというわけでもないけど落ち着きました。ゴリツィアでは見ることができない色んな動物も見ることができますし。
 というわけで土曜日は朝からばたばた大変な1日でした。と、ここまで書いたところでゴリツィアの博士課程で一緒だったリリから挨拶電話がきた。彼女サン・カンディドのスキーリゾートででまだバイトしているらしい。リリと話していたら色々考えなければならないことがあるな~と不安な気持ちになってきた。でも今日は疲れたから早めに寝ちゃおう。多分明日は筋肉痛がひどい。

Panesale (Gorizia)

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(写真はSenibusさん。恐ろしい顔をしていますが親切な方です。)
 今日はお昼ご飯をTrattoria Sabotinoという魚料理を出す店で食べようと思っていたんだけど、やっぱり予約がないとダメだって。5月にイタリアに戻ったら真っ先に行ってみよう。
 というわけで哲学者ことGiovanni de Senibusの店Panesale(Corso Verdi, 11, Tel. 0039-0481-537050, 12:00-14:30, 18:00-月曜定休、日曜は要予約)に行った。ここは典型的なゴリツィア料理の店ではなくて、Senibusさんの創作料理が売りの店です。ゴリツィアの店のご多分に漏れず基本は「こってり系」なんだけど、結構繊細な料理を出すんです。今日はリコッタ・チーズが入ったほうれん草ラビオリと馬肉のニョッキ和えを食べました。馬肉の方はやっぱり日本の方が美味しい。イタリアでは馬肉っていうと「おえ~っ」とくる人がまだまだ多いですが、最近その価値を見直されつつあるそうで値段は高めです。料理の味付けがしょっぱめだったので、水代わりに赤を半リットル飲んだら結構まわっちゃいました。
 ともあれ、そんなにがっかりしたことがない店なので早めの昼ご飯にオススメです。

ゴリツィアv.s.ノヴァ・ゴリツァ

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(写真はU.G.G.(Unione Ginnastica Goriziana)の体育館)

 サボティーノ登山からゴリツィアに戻ってすぐ、ゴリツィアv.s.ノヴァ・ゴリツァの高校生バスケットボール国際親善試合があるという連絡をもらった。19世紀に創設されたイタリア系の運動協会で、ゴリツィアのirredentismoの中核を担ったという説もあるU.G.G.の体育館へ知り合い達に連れて行ってもらった。客はイタリア人の高校生とその親がほとんどで、バスケ大好きというロータリアンが企画して数年間続けている行事らしい。

 ノヴァ(スロヴェニア側)チームは真面目で連係プレーが上手だった一方、ゴリツィア(イタリア)チームの選手は落ち着きがなく、とっても上手な選手2,3人に引っ張られている感じだった。コーチもやったら怒りまくってどなりちらすイタリア人と、真面目そうなスロヴェニア人が好対照をなしていた。結果はイタリア側が辛勝。親たちも生徒も大喜びだった。

 こんな小さな国際大会でも国民性の違いが垣間見えたり、双方のナショナリズムがぶつかり合ったり、一点取ったり取られたりする度に会場全体が一喜一憂して沢山のドラマが生まれる。自分はこれまであまり積極的にスポーツに取り組んではこなかったけど、若い時になにかの競技に打ち込むのも悪くないな~、なんて今更思った。

 かけ声ばかりで現実にはなかなか難しい国際交流がこういう形で地味に実現されるのも、個人の情熱によるところが大きいのだということが分かった。