昔話③

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同じ頃、ゼミの担当教官の大学の同級生が都市銀行(注)の人事担当ということで、銀行業の何もわからないまま、東京に隣接した地方都市にあるその銀行の本店を訪ねた。



銀行に入って何をやりたいかという質問に、何の回答も用意していなかった私は不動産投資と答えて、銀行が直接投資を禁じられているのも知らないで面接に来たのかと鼻白まれた。当然、その銀行からまた会いたいという話はなかった。



担当教官に会社訪問を報告すると、叱責されると思ったら意外にあっさりした反応だった。


サッカー部(体育会。私は同好会。)の前の年のキャプテンが関西に本店を置く非財閥系の銀行に入社しており、同じ学部だったことからOB訪問をすることにした。



じっくりと考えを聞いてくれるという感じで、年も近いということもあって、就職に直接関係ない、人生観、社会観なども話した。



「君のことを上司に話したら興味を持っている。ついては上司が会って話をしたいと言っている。」という電話がその日の夜、来た。初めて就活すごろくの駒が進んだという感じだった。


疲れたので、この続きはまた明日。



(注)この当時、都市銀行は13行あった。現在は3つの金融グループである。倒産で職を失った友人、合併で地方銀行に転籍になった後輩など、この30年間の紆余曲折を思う時、言葉を失ってしまう。








昔話②

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私の通っていた大学は学生数が少ない大学だったので、同好会といっても学部単位でなく、先輩には理系の人も大勢いた。むしろ、理系のほうが多いくらいだった。


2年先輩で工学部の人がプラント輸出の会社に就職し、私たちは聞きなれない、その会社を咳止め飴の工場かと思っていたが、結構大きな会社でアラビアの国の石油施設の建築を受注したと新聞記事に載ったりした。


先輩はその会社のサッカー部にすぐさま入部したが、練習試合の相手をみつけるのは新入部員の役目らしく、よくその会社の練習相手に呼び出された。


最寄りの駅から、グランドまで車で送り迎えしてもらったが、30歳前だろう、その会社の人が運転する車は屋根にサーフボードを乗せたVWゴルフだった。今は、もっと高級車があることを知っているが、当時はめちゃめちゃ格好いいなぁと思い、その人の生活に憧れた。先輩はいい会社に入ったなぁと羨ましかった。


さて、前置きが長くなったが4年生になり就職先を真面目に考えなくてはいけなくなった私は、語学がまったくダメという現実を忘れ、プラント輸出の業界に就職すべく就職活動をスタートさせた。


もちろん、第一希望は先輩の勤める咳止め飴工場のような名を持つ会社である。


その他、造船会社がプラント輸出をしていたので、築地のほうに本社のある会社を訪問すると、半袖のワイシャツにノーネクタイの40絡みの課長職の人が応対してくれた。いろいろ、やりとりをした後、造船業界の業績が厳しいこと、私の印象として銀行のほうが向いている気がするという話をいただいた。何も好き好んで不景気な業界に入らんで、俺なら銀行でも受けるのに、と聞こえた。


銀行など考えたこともなかったが迷いが生じた・・・


疲れたので、この続きはまた明日。

ノンポリなのだが・・・

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私は54年間生きて、政治的信条やらには全く無縁で、いけないことだが、面倒なので投票に行かなかったことも20代の頃は何回かあった。

前回の衆議院選挙では民主党に投票した。

それはマニフェストを読んで共感したとかいうのでなく、自民党による政権に機械疲労のようなものを感じ、変化を求めたのだ。つまり大多数の日本人と同じ投票行動を取ったのだと思う。


それで3年だか4年がたったが・・・


あまりに商業ベースの芝居もいやらしいが、素人のどたばた劇もみていられなくて、紋切型でもなんでも安心して芝居の筋を追いたいという気持ちが強くなった。


テレビで見ていて自民党の5人の総裁候補のたよりがいのある答弁よ。それに引きかえ、民主党代表候補4人はたよりなくみえる。もちろん、政権与党と野党という立場の違いはあるだろうが。


総裁選の結果に注視したい。