Bye Bye Blackbird

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毎日記事を書く事はしんどいのでjazz音楽の紹介と過去記事の再掲載でお茶を濁しているブログを読んでくれてありがとうございます。

ときどき新茶を出して歓待することもあるので時間のあるときは寄っていって下さい。

皆様、良いお年をお迎え下さい。
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Blue in Green

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暮れになって仕事で関係のある方が亡くなったとの通知。

明日、正午から告別式だそうだ。

ご冥福を祈る。
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Moment's Notice

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曲とは全く関係ないがテレビで天皇杯準決勝2試合を居眠りしながら観る。

元日の決勝でガンバ大阪が勝ったら史上はじめてJ2のチームがACLに出場することになる。

それは1年でのJ1昇格を目指すガンバ大阪にとっていいことではないのではないか。

今日の試合あたりで惜敗するというのがガンバ大阪にとっての最良のシナリオではなかったか。

選手は全力を出し切るだけだから仕方ないが。
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竹「下」夢二

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五渡亭國貞の浮世絵ばかり紹介では竹久夢二が草葉の陰で怒っていそうなので。


昨日、竹「下」夢二と名前を間違えたことで十分怒っているだろうが・・・



Mandarin-Cafe


前記事で「「小俣問題 最後」と題して男子たる者、誰しも一度は考えたことのある疑問に自分の見解を書いています。


よかったら前記事もご覧下さい。

「小俣」問題 最後

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「小俣」問題、きのうで終わるつもりだったが窪のご隠居が自説を披露したくてウズウズしているようで、そのためには「源公、お前の意見をはっきりしろ」ということなので今日で結論を出し最後としたい。


駆け抜けるおばさんさんから「高校の現国だったと思うのですが、先生が「小股の切れ上がった」という表現は、着物の時代に女性が足を大胆に見せる事はなかったわけで、何かの拍子に足袋も許されていなかった足元から、裾が揺れ、アキレス腱がキュッとしまっているのを見ると、それにつながる上部は当然きれいなわけで、いい女の条件だったらしい。と話していたを想いだしました。」とのコメントを頂戴した。初回に紹介した三文士による座談会の太宰治と同じ「アキレス腱」説を高校の恩師は取られているということだろう。


また常日頃その博覧強記を尊敬しているショウちゃんさんのコメント「小股とは身体の何処を指すか論争、私も考察したことがありますが、結局、部位を指すのではなく、語感から来る感覚だという結論に達したような気がします。」は我が意を得たりの思いである。


駆け抜けるおばさんさんへのコメント返しで私は「「小」は接頭辞で「股」のことだという説もあるようです。」と書いたが、これが私の意見である。


「小耳に挟む」、「小首をかしげる」、「小鼻をうごめかす」など特に意味なく「小」を体の部位につける用例は多々ある。


では「股」とはどこか。折口信夫のように身も蓋もない説を唱えている人もいるようだが漠然と腿のつけねあたりということで具体的にどこというものではないのでないか。そんな住所、ところ番地の詮索のようなのは「野暮」の骨頂であり「粋」と対極にあるものだと思う。すらりと姿いいから股が切れ上がっているんだろうという単純な発想であると思う。


ショウちゃんさんの説がどのようなものか解らないで書いたが、「結局、部位を指すのではなく、語感から来る感覚だという結論」というニュアンスに自分の意見に近いものを感じた。もし見当違いだったらごめんなさい。


これで窪のご隠居のご高説を聞ける?

自己撞着に気づいた・・・

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さて続きを書くにあたって自己撞着を起こしていることに気がついた。



「小俣」とは何かを命題としていながら「小俣が切り上がった」の説明に終始していて命題の解明には全く近づいていないのだ。だが書いたものを捨てるのも勿体無いので、欠陥は承知で掲載することにする。




私見だが「小股の切れ上がった」という形容は玄人筋に使うのではないか。いかにスタイルが良くても深窓のご令嬢や良家の奥方には使わぬのではないか。と書いているうちに、すらりとスタイルがいいというのは洋装でなく和服だろうということである。このあたりは辞書の説明の要約②粋なに関係するイメージかも知れない。



私のイメージでは十八、九の素人の娘(そもそも粋なわけがないが)の形容詞として「小股の切れ上がった」とは使わない気がしたのだ。ここで前回掲載した岩波書店・古語辞典の用例「十八、九の女の裸参り、身体の白きこと雪の如く、小股の切れ上がったる」(咄・寿々波羅井)は意外であった。



あくまで私のイメージとしては歳の頃二十二から二十五くらいのすらりとスタイルのいい玄人筋の女性ということで、性格として伝法肌、勇み肌、言葉遣いは荒いが竹を割ったような気質の女性。ちょうど、五渡亭國貞、三代目歌川豊国が描く女のように。




Mandarin-Cafe





もっとイメージを限定すると「江戸期の」という時代限定が入るような気がするが、大正期に竹下夢二が黄八丈の「小股の切れ上がった」女を描いているので百年前くらいにはいたのかも知れない。ただ現在はすらりとスタイルのいいひとは大勢いるだろうが「小股の切れ上がった」ようなひとはいないと思う。





どうも「小俣」とは何かという論点から大きく逸れてしまった。

つまり私は②粋なを重視し主に江戸期の玄人をさす気質の形容詞だと思うがそれだと「小俣の切れ上がった」の解説になってしまい、「小俣」の疑問には一切答えられていない。

問題は続く 新たな挑戦

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拙文「二の腕問題」が窪のご隠居の琴線(最初は逆鱗と思いました・・・)に触れたらしく、ご隠居の3回にわたる「告発」「告白」「告諭」の「告」3部作が生まれるきっかけとなった。




その中でご隠居は「一の腕」なんて言葉はないんだよと書かれている。

この言葉が私の積年の疑問である「小股の切れ上がったいい女」の「小股」とはどこか、または何を言うのかという課題の解明(にはなっていないだろう。せいぜい私見)に挑戦する契機となった。(なんと大袈裟な。お前は山中教授かというお叱りが聞こえてきそうである。)





「小股の切れ上がった」を辞書で調べてみると




・和服を着た女性が、すらりと粋な様子(小学館 国語辞典)


・女性の足がすらりと長く、粋な姿(小学館 大辞泉)

・すらりとして小粋な女(集英社 広辞典)


・婦人のスラリとしていて粋なからだつきをいう(三省堂広辞林)(広辞苑)


・きりりとして小粋な女性の形容(三省堂 大辞林)


・女の股が長く、すらりとして、いきなさまの形容

用例 「十八、九の女の裸参り、身体の白きこと雪の如く、小股の切れ上がったる」(咄・寿々波羅井)(岩波 古語辞典)




と①すらりとスタイルのいい②粋な女性を形容する言葉らしいが「小股」とはどの部位をさすか、または何をいうのかは明らかでない。




ここで、どこで読んだかは忘れたが戦後無頼派の3人の文士の鼎談が面白い。

以下は、太宰治、織田作之助、坂口安吾の対談から引用。




織田作之助:僕は、背の低い女には小股というものはない、背の高い女には小股というものを股にもっていると思うのだ。
坂口安吾:しかし小股というものは、どこにあるのだ。
太宰治:アキレス腱だ。
坂口安吾:どうも文士が小股を知らんというのはちょっと恥ずかしいな。われわれ三人が揃っておいて云々。




(そうそう読んだのは吉行淳之介の雑文集でなかったか。そんな気がしてきた。)




私が思うに「小股」とはある「時代」の「気質」であって、体の部位ではないのではないかと思う。




ここまでは論文でいうところの「問題の所在」であって、私見の中身は次回以降とする。(前記事ではいつも通りの曲紹介をしています。こちらにもよかったら寄っていってください。)