年の初めの閻魔帳

テーマ:

今日より仕事始めである。そして本年の読書始めでもある。巻頭を飾るのは、無用学博士著『法曹珍話閻魔帳』(春陽堂)に、あいつとめてもらう。無用学博士と聞いてもピンとこないでかろうが、あの法学博士でもあり、犯罪史などの研究でも高名な尾佐竹猛先生である。本著は大正十五年六月の出版であるから、関東大震災から間もない時期のことである。その震災によって多くの書物骨董が消え失せた。それ故に、冒頭は以下のような文から始まっている。


「今度の災害に滅びたものの内で第一に惜しまれたのは書画骨董であった、先祖代々折紙つきの由緒正しい御家の重宝も、成金全盛時代に金に糸目をつけずに手に入れた何万何十万の珍品奇物も、それこそ灰となっては人事ながら残念がったものも少なくはなかったが、否々それよりは帝大を始めとして各学校の図書館や名家の稀覯書の亡くなったのは、何よりも文化的大損失と青筋立てながらも嘆息する学者もあった。さては東京にはさまで惜しむべきものは無いが鎌倉辺りの国宝たる寺社の壊滅こそ惜しみてもあまりありと尤もなる説も出る。江戸時代以来伝統的に個人の趣味に因るコレクションの滅盡したのも、到底回復の途なしとそれぞれの好事家の嘆くのも成程と理解される。」


居たたまれない想いに駆られたことであろう。さらに続けて、この書を記す理由を述べている。


「いでや我輩は右の諸大家の調べ残したる珍名所、珍物奇物の滅亡したるものに我輩相応の痛惜の涙を流しこれらの過去帳を編まんと欲するのである。」


閻魔帳の最初に登場するのが「刑事参考館」である。警視庁に刑事参考館なる天下の珍奇奇物を集めた博物館があったそうな。ここには、大久保利通を刺した血まみれの刀や、殺人犯の凶器、明治中期以後の凶賊の写真など、事件にまつわる物件が所狭しと陳列してあったそうだ。この類い希な珍奇蒐集群が、一瞬で全てが塵灰となったのである。さぞや落胆したことであろう。その他にも、「詐欺賽の精製所」「幸徳事件の記録」「四ツ目屋」「ポンピキ仲買」「安田の勾留渋澤の前科」「人魚の献上」など盛りだくさんなのだ。読書始めにはお目々ぱっちりの題目ばかりなのである。




無用学博士著『法曹珍話閻魔帳』(春陽堂・大正十五年六月)

本この著作物は批評社にて復刻しているので、手軽に読むことが出来るのであります。

尾佐竹 猛, 礫川 全次
法曹珍話閻魔帳
AD

コメント(2)