2006-11-21 21:46:24

梅原北明の生まれ年(3)

テーマ:梅原北明

発禁本コレクターであり、この道の研究にかけては第一人者である城市郎氏の著作物を少し調べてみた。残念ながら城氏の『発禁本』(桃源社)がどこにも見あたらない。これが積ん読派の悲しい現実で、観たい本をすぐさま見つけることができないのだ。ああ、悲しや。そんな感傷に浸ってる暇もないので、近くの本屋まで繰り出して『性の発禁本』を立ち読みしてくると、あとは手元にある数冊を引っ張り出して調べてみた。


まずは『禁じられた本』(昭和41年・桃源社)によると、「ホクメイは明治三十一年一月に、富山市の旧士族の次男坊として生まれた」とある。次いで、『禁書の娯しみ』(昭和44年・桃源社)では、「明治三十四年、富山県に生まれた梅原北明は」と内容が変更されている。『性の発禁本』(初版平成5年、重版平成15年・河出文庫)では、「明治三十三年十二月」と変更されていた。そして『バルカン・クリーゲ』(平成9年・河出文庫)の解説文でも、やはり「「明治三十三年十二月、富山市で生まれた梅原北明は」となっていた。


うーん、こうなってくると、判断がさらに難しくなってきた。今手元にある書物だけを参考に推察するならば、当初、城氏は『あまとりあ』や『三十六人の好色家』などの書物から、昭和41年当時は「明治31年」説を取り入れた。その後、『海相撲』などの書物を観ることにより、「明治34年」説を取り入れるに至り、その後、梅原正紀氏の著書などの文献や資料から、『性の発禁本』、ウィルヘルム・マイテル『バルカン・クリーゲ』の解説や城市郎『発禁本』(平成11年・平凡社)で、「明治33年12月」説を取り入れるようになったとも強引ながら考えられる。そこで気になるのが、復刻版『文藝市場』(昭和51年・日本近代文学館)を観た上で「明治34年1月」説を排除したのかどうかである。もしそれらの資料も踏まえた上で「明治33年12月」説を取り入れているのであれば、何らかの確証高い資料が存在するのかもしれない。しかしその反面、『性の発禁本』では城氏が北明に関する文献が少ないことを示唆している。


最近の文献では、山口昌男氏の『「挫折」の昭和史(下)』(平成17年・岩波現代文庫)などにも、「諸説あるが明治三十三年末富山市で生まれたらしい」という記述もみられた。ただし、それでも結論には至っていない。最近物故した玉川信明氏の『大正アウトロー奇譚 わが夢はリバータリアン』(平成18年・社会評論社)では「明治34年」となっているし、菅野聡美氏の『〈変態〉の時代』(平成17年・講談社現代新書)でも「明治34年」と記載されている。


つづく

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