2006-11-19 16:02:02

梅原北明の生まれ年(2)

テーマ:梅原北明

斎藤昌三の『三十六人の好色家』によると、梅原北明は明治31年生まれと記載されており、この生まれ年の記載がこれまで誤解を生む原因の一つかと思ってきた。しかし改めて昌三翁の別の書物をあたっていると、意外な事実が判明した。それは彼の随筆『海相撲』の「故友三仙」に出てくる北明についての回想場面の箇所だ。そこには「明治三十四年一月富山縣下に生まれ」と記してある。すると、この私家版は昭和23年に刊行されているから、先に紹介した昭和31年発行の創藝社版『三十六人の好色家』よりも七年少々遡ることになる。これが何を意味するのか正確なところは分からぬが、同じ著者でも時期によりぶれが生じていることは明白なのだ。


梅原正紀氏も先に述べている(ブログ「梅原北明の生まれ年(1)」 参照)とおり、斎藤翁は北明の生誕を明治31年と『あまとりあ』(これは未見のため何年出版されたものなのか不明)に記載している。そして、何を根拠に修正したのかは考察の余地があるが、『三十六人の好色家』でも校正されている。単なる誤植とも考えられるが、その推察は、『あまとりあ』誌を入手してから再考するとしよう。とりあえず現時点では、斎藤は昭和23年の段階で、北明の生まれ年を明治34年1月と把握していた事実を理解しておく。


すでに様々な書物の記述により、明治31年説は除外するのだが、新たに急浮上した明治34年説を調べるべく、埃を被ってお蔵入りしていた(以前、図書館で『文藝市場』復刻版の解説をコピーしていたことを、今頃になって思い出しただけなのだ)資料を引っ張り出して調べてみた。すると、この中で瀬沼茂樹氏が「明治34年1月15日」と日にちまで記述している。日付が詳細であるため注目すべきである。そしてやはり同書の村山知義氏の解説に、北明と村山氏が初めて会ったときの会話が記載してあった。以下、村山氏が記憶する北明の会話である。


「おれは天ちゃんと同い年に生まれた。そうか、じゃ、君と同い年だ。一月の生まれ?そうか、じゃ同じ月だ。」


この一文を見る限り、かなり確証に近づいた気がする。昭和天皇は明治34年生まれであるため、この発言を信じるとすれば、明治34年といえるであろう。しかもこの解説陣の中には、梅原正紀氏の記述もあることを付記しておく。


そろそろ結論が出たかなと思ってはみたものの、どうしても子息の記述を脇に追いやることができない。そこで発禁本研究の第一人者である城市郎氏の著作物を再度検証してみることにした。


つづく




斎藤昌三『三十六人の好色家』(昭和31年・創藝社版)。この他に有光書房の限定版もある。

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