前日の借りを返すべく、両足に真新しい絆創膏をはりつけて、古本屋へと向かう。相変わらずお客の姿もなく、ゆったりと時間を過ごすことのできる店だ。まるで己の蔵書であるかのような図々しさで、丁寧に埃を払いながらページをめくるのだ。店内には音量を押さえたクラシック音楽か、AMラジオが流れている。これが日曜の午後を優雅なものにしてくれて、どっぷりと古書の世界に浸ることができるのだ。そんな幸せを感謝しつつ、小生は勝手な空想を巡らしつづけるのだ。こんなとき店主は余計な言葉はかけてこない。おそらく店主との、この一定距離の存在が居心地のよさの原因なのだろうと思う。もしかすると、たんなる小生の一方的な思い込みにすぎないかもしれないが、まあ、それはそれとして、小生にとってはかけがえのない時間と空間を提供してくれていることにはかわりないのだ。


常盤新平『東京の小さな喫茶店』(世界文化社)、室生犀星『美しい歴史』(冬至書房新社)の二冊を選ぶ。『東京の小さな喫茶店』は、そのタイトルをみただけで珈琲が飲みたくなり、思わず選んだ。この本を珈琲の香りに包まれながら読むことを想像したら無性に欲しくなったのだ。まして今はなき珈琲店の記述があったため、ちょっぴり郷愁を覚えたようだ。そして『美しい歴史』は、「現在まで世に知られることのなく埋もれていた全集未収録の小説」というキャッチコピーに誘われ購入。特に犀星の生誕の地、金沢を舞台にした作品ということで、読まずにはいられないのだ。あとがきは朝子の手によるものなので、こちらも楽しみだ。うーん、どちらから先に読もうか、と悩むこの一瞬がうれしい。さてさて、それではと喫茶店とは逆方向の家路へと急ぎ足を運ぶ。そこは低所得の小生のこと、新平さんの嫌いな缶コーヒーで喉を潤して仕舞いにしようという、なんとも無粋な男なのであった。


常盤 新平
東京の小さな喫茶店