ムギュッです。小さい「ッ」もちゃんと発音して下さい。

前回はおまけ的な記事だったけど、本線に戻ります。個別の質問については前回で終わりとし、今回はまとめていきます。

 

 

 

僕が面接準備をしなかった理由

 

面接を受けるにあたり、普通の人は色々と準備をすると思います。例えば、事前に面接の練習をしたり、それこそこの記事みたいな面接必勝法的な本を読んだり。でも僕は面接を受けたことも無いのにまったく準備をしませんでした。ちょっと不思議じゃないですか?

 

あえてここまで説明しなかったけど、僕が準備をしなかった理由はこの記事のキモなんです。つまり、僕が合格できた理由に直結するんです。念の為に言っておくけど、準備しない方が有利ということではありませんよ。

 

 

 

面接の目的

 

まず、当時の僕にとって面接の目的は企業に合格することじゃなかったんです。この部分がそもそも他の学生と違っていたと思います。僕は確かに企業で働きたいと考えていました。そのために数学者の地位を捨て、莫大な借金を作ることも厭わない覚悟だったわけです。でも面接で合格したいとは思ってないのです。

 

 

・・・説明します。僕は

 

 

自分が企業に入って仕事をこなせるか(企業側に利益があるか)を判断したいから面接を受けました。

 

 

わかるでしょうか?さらに

 

 

これは自分で判断できないと考えたのでプロである面接官に判断させようと思いました。

 

 

なんとなくわかりますよね?僕にとって合格するとかしないとかは興味がないのです。僕はただ企業の面接官って人たちがどういう手段で僕の性質を確認するのか、何を確認するのか、そして最終的に何を根拠に合否を判断するのか、そういったことを知りたかったのです。実際、たとえ合格でも面接内容に僕自身が納得できなければ入社を辞退してたと思います。

 

なんでこのように考えたかは続きを読めば納得だと思います。

 

 

 

誰かの役に立ちたい

 

学生時代は自分の責任って認識しにくいけど、仕事の場合はかなり明確に責任が定義されます。会社に入ったけど責任が果たせないという状況はかなり危険な状況といえます。「社会的責任」などといえば言い過ぎだと思うけど自分が会社の利益に貢献出来るかどうかは会社を選ぶときに最大限に注意すべきだと思います。

 

面接の場面に限らないけど「誰かの役に立つ仕事がしたい」という考えは大切です。これはいい人になれ、と言ってるんじゃないです。例えば、会社にいて責任を果たせず、誰の役にも立たない作業を続ける自分を想像してみるとわかります。

 

人は「自分は価値がない人間だ」と感じた時に生きる気力を失います。例えば僕らが地位、名誉、富といった物を求めるのはそれを手にすると自分に価値があると実感できるからです。要するに誰かの役に立つ仕事をすることで自分に価値が有ると認識できるわけです。

 

そもそも僕が数学をやってた理由はその問題を解くことは誰かにとって有益だったからです。スポーツ選手が頑張るのはファンが応援するからだし、漫画家が漫画を書くのは読者がいるからです。誰も喜ばない学問を追求する学者なんて存在しません。

 

学生時代は親が褒めてくれた、友達と遊んだという程度で満足できても、就職すれば社会の一員としての自分の責任をイメージするようになります。これを理解していない学生は面接ですぐにわかるし、真っ先に落とされると思います。

 

 

 

合格はどうでもいい

 

僕がなんで合格に興味がなかったかわかったでしょうか?簡単な例で説明します。

 

 

僕の家の近所にディズニーランドがあるけど、僕は行ったことがありません。ある日友人に行こうと誘われたけど、ディズニーランドを知らないので楽しいかどうか分かりません。もちろん大人気のテーマパークだし、多分楽しいと思うけど映画館の方が楽しいかも知れません。

 

だから僕はディズニーランドに詳しい面接官に自分がどういう物を楽しいと感じるかを説明し、ディズニーランドで楽しめるか判断させようと考えたわけです。別にディズニーランドに行くことが目的ではありません。

 

 

・・・伝わるでしょうか?面接を受けるときに合格にだけ執着するのは逆に合格が出来なくなる原因になります。もっとマズイのは合格したけど入社したら落ちこぼれて逃げ出すとか、自分のやりたいこととのギャップで辞めちゃうとかです。

 

実際、この会社は入社した社員の3割以上が3年以内にやめてます。ブラック企業ではないし給料も平均以上の会社です。こんなもんです。

 

 

 

面接準備をしない理由

 

面接官に正確に自分を判断して欲しいと思ったときどうすればいいかというと、これは簡単です。聞かれたことに正直に答えればいいだけです。メダカほどの大きさの魚をクジラ並みの大きさに見せかける必要は全くないです。長所も短所も正確に伝えればいいだけです。

 

もちろん、面接ってどういう質問が来るとか、相手の会社の特性を事前に調べるとか、そういった行為が無意味と言ってるわけではないです。ただ、僕は事前に準備することで先入観をもってしまうのはマイナスと考えたのです。

 

考えて欲しいのは面接という状況です。面接官は僕が会社にとって有益な人間かどうかを判断したいと考えています。僕は判断して欲しいと思ってます。面接官は判断するために僕の情報を引き出そうといろいろ質問します。そしてこの質問は判断できるまで続きます。

 

この状況で僕が事前に伝えたいことを準備する必要があるでしょうか?準備なんかしなくても面接官が判断に必要ならどうせ聞かれます。逆に、話すことを準備しても聞かれなければ無意味だし、聞かれないということはそもそも判断に必要ない情報ということでしょう。

 

 

 

面接準備のデメリット

 

面接準備で話すことを事前に準備しすぎると次のデメリットがあると思います。

  • 話す内容を事前に決めると聞かれてないのに無理に話してしまう
  • 文章を読むように話すと伝わらない、ウソくさい

例えば、以下のような流れです。

 

 

【1.準備しすぎ】

面接官 あなたの長所を教えてください

学生 はい。私の長所は行動力です。私は大学のサークルで・・・(作文のような長い演説)

(会話終了)

 

 

【2.準備が適切】

面接官 あなたの長所を教えてください

学生 はい。私の長所は行動力だと思ってます。

面接官 どうしてそう思いますか?

学生 例えば学生時代のサークルで・・・ということがあり、行動力があると言われました。(短い)

面接官 その時あなたは・・・

(会話が続く)

 

 

2つの違いは明らかで、上は多分面接官の記憶に何も残りません。特に面接官が最初の「行動力」にそれほど興味がなかった場合は最悪で、どうでもいい話を延々聞かされます。僕自身が上記の質問が来たら、例えばこんなだったでしょう。

 

 

【3.ムギュッの場合】

面接官 あなたの長所を教えてください

ムギ 長所?うーん・・・ああ、行動力があるとことか長所だと思いますね。

面接官 どうしてそう思いますか?

ムギ どうして・・・うーん、じゃあ、学生時代にやったサークルの話をします。

面接官 ほほう・・・

ムギ ・・・なんか興味なさげだからやっぱり、アルバイトで○○した話をします。

面接官 あっ・・・いや、興味あるんで大丈夫です!

ムギ 興味ある?じゃあ・・・

(会話が続く)

 

 

違いがわかるでしょうか?この会話はほぼ実話で質問はよく憶えてないけど面接官のリアクションが薄かったから話をやめて別の話にしちゃいました。僕の例はたぶん少し変だけど、でも会話になってる分、最初の例より面接官に伝わると思います。

 

 

 

面接とは

 

面接になると急にすごく頭いい人みたいに喋っちゃう人がいるけど、面接の目的を考えればそんな必要はないと思います。面接の攻略本とかには模範例みたいのが書いてあるかもしれないけど、別に言葉使いまで無理に真似る必要はないです。

 

そもそも面接の本にある模範例を学校の試験でいう「答え」か何かと勘違いしている学生が多いと感じています。数学が出来る子と出来ない子の違いは出来る子は仕組みや原理を知ろうとするのに対し、出来ない子はひたすら答えを覚えようとすることです。

 

面接の質問に最適な「答え」がある、とか、面接では政治家みたいな話し方をする必要がある、みたいな思い込みをする子は決まって数学が出来ないです。これは日本の学校教育の問題点そのものだと思うけど、まずは面接の目的をよく考えてみるといいと思います。

 

面接官の質問は何かの問題を出しているわけじゃないので無理に「それは○○です」と答える必要はないはずです。

 

 

 

面接官が問題を出してきたぞ!

正解しないと点が貰えないぞ!

わかんないけど白紙は0点だから何か答えよう!

 

答え 支離滅裂な回答をして落とされる

 

 

「考えたことなかったです」「どういう意味ですか?」「考えたことないけど○○じゃないかな?」といえばいいだけだったりします。僕はこれを思考の歪みと捉えるわけです。

 

 

つづく

 

 

 

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すべての教育は「洗脳」である

 

※すみません、僕は読んでないのです。

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