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4月3日10:26
3024グラム、51センチの元気な男の子が無事生まれました♪♪

予定日は4月5日でしたが、私たち親の勝手な願いで早生まれを避けたくて、4月に出てきてね~と毎日語りかけていました。
(4月1日も困っちゃうけど笑)
さらに、金曜日の夜から土日の間に出てきてくれると嬉しいなぁなんてプラスの要望まで伝えちゃったりして。。
そしたら我が子、ちゃーんとその願いを聞いて出てきてくれて、なんて良い子なんでしょ~(;_;)
って既に親バカ始まっています笑


ここからは、私の中で壮絶な出産ストーリーを書きますが、ちょっとリアルな表現とか生々しさとかもあるので、苦手な方はスルーしてくださいね>_<
そして長いです笑


4月1日、20時頃にシャーっと尿漏れみたいな感覚があり、破水⁇と思いトイレで確認するも初めてな事で判断つかず、とりあえず様子見に。
(この時の私の破水の概念は、パンッ‼︎と一気に割と大量に水が流れるものだと思っていた。)
その30分後、また同じ様な状況が起こり、もし破水だったらマズイなと思い病院へ電話をしたら、少しずつ出る破水もあるのよと助産師さん。
調べるのですぐ来てくださいと、破水だったらそのまま入院になるので入院準備もして来てくださいねと言われ、21時過ぎには病院へ到着。

すぐに助産師さんによる内診、結果破水で内診の反動でかチョロチョロと本格的に破水が始まるも、子宮口がまだ1センチ弱(出産時には10センチ)で、3日前の健診時と変わっていなかった。
破水してしまったために血液検査が必要で、その結果、CPRという炎症反応が出て、感染予防のペニシリンの点滴を1日2回打つことに。

部屋に戻り、とりあえず今日はしっかり休んでねと、旦那さんには1度帰ってもらう事になる。

0時を過ぎて、破水もずっと続いていて、このまま本格的な陣痛もこなくて促進剤使うことになるんじゃないかとか、羊水なくなって緊急帝王切開になるんじゃないかとか、未知の陣痛や出産の痛みの恐怖とか、色んな不安と、腰の痛さから全然眠れず朝を迎える。

なんとなくの陣痛はあってもすぐに治ったり、ちょっとチクチクしたりとかなりの余裕があり、7時半の朝食もしっかりと食べる。

9時過ぎに院長先生の内診。
やはり子宮口は1センチのまま。
そこから出産までの処置を説明してくれる。
まず、子宮口を開かせるのと、陣痛を起こすための目的で、子宮口の入り口にピンポン球くらいのバルーンを入れる。
子宮口が3センチ以上開いてくると、そのバルーンが自然に抜け、そこからさらに一回り大きくしたバルーンに入れ替え、5センチ以上開かせる。
それでも陣痛が弱かったりすると、促進剤も使っていくと。
この日(2日)は1日様子見て、明日(3日)の朝にバルーンを入れ替え、出産に向けて準備していく。
という様な流れだった。はず笑
この説明の時点で出産までだいぶ時間かかるんだなぁと理解と覚悟をする。

バルーンを入れる処置が始まり、10ミリ、20ミリ、30ミリ、40ミリと膨らませていく過程で即効陣痛がくる。
処置はすぐに終わり、部屋に戻る。
久しぶりの生理痛の感覚。
頭痛もあったり、寝不足のせいで頭がボー。
リラックスも出来ない。

12時のお昼、食べれる分だけ食べる。
旦那さんにはお昼過ぎに来てもらう。

回診でバルーン抜ける感じある⁇って聞かれても全く分からずで、でも痛みも来てるし不安だし色々聞いてもバルーンが抜けないことには子宮口が開いてないってことだから待つしかないのよーと。

陣痛の間隔も短くはなっていても、この時はまだ定期的になっていなくて自分でも判断がつかず。

バルーンを入れた時に、助産師さんに初産は陣痛止まっちゃうこともあるからねーと聞いてはいたものの、寝不足から夕方少し仮眠して起きるとまさかの陣痛が遠のいていた。
この時点では、促進剤決定だな、と落ち込む。

ベビはちょくちょく動いていたし、いつ出てくるのー⁇かなりマイペースさんだねーって思いながら、ベビのタイミングを待っていた。

18時の夕飯も食べれる分だけ食べる。
このあとから段々と陣痛が強くなっていく。
旦那さんは21時頃また一時帰宅、22時頃に陣痛間隔が10分くらいになってきて、回診の助産師さんに痛いですって訴えても、まだ余裕そうだよーと。
バルーン抜けてないんじゃまだ子宮口3センチも開いてないってことだからねーと。
もうこんなに痛いのにまだなのー(;_;)って悲しくなる。

徐々に徐々に痛みは強くなり、明日の朝まで待てないーとか、早く出したいーとか、これどーやって耐えるのーとか、痛い時は呼吸で力が入らないように逃さなきゃいけないとか無理ーみたいな感じで1人陣痛と戦う。
それでも練習してきた呼吸法とか、胸開くとか、出来る限りのことはやろうと努力する。

旦那さんが1時頃にまた戻って来ても、まともに会話できる余裕もなくベッドの上でひたすら1人もだえる。
眠さもあって低血糖だか低血圧だかで気持ち悪さも加わり、陣痛のいきみ逃しで深く吐く呼吸に意識を集中させながら、部屋のあちこちの見慣れた景色に飽き飽きしながら1人戦う。
もう呼吸もわざと音を出して、痛みからとにかくごまかしを入れながら、終わりの見えない陣痛を繰り返していた。
この時に座ったり、横向いたり出来れば旦那さんにさすってもらったり出来たかもしれないけど、部屋にいる時はソファで休んでもらっていた。
腰が痛すぎて仰向けでしかいられず、いきみ逃しが出来ない時は力が入りまくって体が震えて声も漏れる。

7時半の朝食、何が運ばれたかも分からず2、3分の陣痛間隔で食べる余裕もなく、でもこれからお産で体力使うはずとか思い、旦那さんに半分のバナナを一口ずつ食べさせてもらう。
口に入ったまま、また陣痛がくる。
もう本当に限界と思っていた。

朝の9時には間違いなく陣痛間隔は1分。
それでもバルーンはまだ抜けていない。
いきみ逃しなんてもうどうでも良いと、破水しようが何が出ようが構わずいきんでいた。

本気でこれからバルーン入れ替えて子宮口開くのを待って促進剤とか絶対に無理、気力も体力も絶対にもたないと、泣きそうになりながら帝王切開をお願いするつもりで今の状況からとにかく早く切り抜けたかった。

その30分後、診察しますと呼ばれるが、トイレから出られない。
ここでもやはりずっといきんで苦しくて動けなかった。
なんとか分娩台まで上がっても、脚を台に乗せるのすら辛くて、もう呼吸はずっと荒れてるし、意識していきみ逃しをしても力は入るし声は出るし、破水はするしで何が何だか分からない状態。
でも、内診で子宮口は5センチは開いてる、バルーンが抜けてないだけだったと。。
そのあと助産師さんが内診すると、8センチは開いてるね、このままいこうと。。

状況が把握できないまま旦那さんが立会いで呼ばれて、そのまま分娩の流れに。
いきみたかったらもういきんでいいからねーと、もうとっくにやってたけど、実際のお産でのいきみは息を止めるものだった。

もう意識が飛びそうな中、予想外な展開になんとかついていかなきゃと、辛いながらもちゃんと指示を聞いて実行していた。
両手でしっかりバーの下の方を持って~‼︎
肘は外に張って浮かせて~‼︎
いきむ時は目を開けて~‼︎
口は閉じて~‼︎
息を止めて~‼︎
おへそ見て~‼︎
そ~じょーず~って言いながら、会陰の下の方を左右に広げているのも見えていた。
赤ちゃんの頭もう見えてるからね~とか
2回の波に乗せていきむよ~
赤ちゃんは1度出てきてまた引っ込んでいくからね~とか
いきんだあと、呼吸しっかり吐いて赤ちゃんに酸素送ってあげて~‼︎ふぅ~~~とか
あと2、3回いきんで出てくるかな~とか

旦那さんは私の頭を支えてくれて、水の補給やら助産師さんの言うことをまた繰り返し言ってくれたり、励ましてくれたり、沢山サポートしてくれてたけど一切応えられず。

とにかく痛くて、裂けても何でも早く出したいという気持ちが強い中、意外と冷静に観察している自分もいた。
途中で先生がきて、ハサミを入れるのも分かったし、鼻からスイカ、嘘じゃないなとかも思った。

最後のいきみが終わって、頭下ろしていーよー、
はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、って最後の呼吸が終わり、
はい、赤ちゃん出るよ~またこっち見て~って、肩から下がニュルンって出る瞬間が分かった。

先生が赤ちゃんに何かして、すぐに鳴き声が聞こえてきた。
はい生まれたよ~と宙に浮かせてこちらを見せてくれて、全身を大きく使って泣いていた我が子を見て、なんとゆーか、ちょっと現実味がないとゆーか、ア然とゆーか、いわゆる感動の涙の対面‼︎みたいな感覚とは違ったけど、それでも
出てきたの~‼︎
ちっちゃ~ぃ‼︎
わぁ~‼︎
って声をかけていた。

一旦赤ちゃんは分娩室から出され、戻って来る間に胎盤もニュルンと出て、先生が胎盤と長~いへその緒を持ち上げて見せてくれた。

服を着せられた赤ちゃんがまた戻って来て、脇に寝かせてくれた時の感覚もやっぱり涙じゃなくて、ちっちゃーい‼︎的な冷静な感想だった。
なんか、もう絆みたいのが出来てる感覚で、赤ちゃんも一瞬泣いたけどすぐに泣き止み、私の脇でしっくり落ち着いている感じだった。

そのあとまた赤ちゃんを引き渡して、会陰切開の縫合、分娩台で1時間も休まずに部屋へ移動、全身ガクガクでおまたも恥骨もお尻も腰もあちこち痛くて、陣痛~お産までに酸素を使いすぎたせいなのか、浅い呼吸しかできなくて苦しいしで指先まで震えていた。
そのあとのトイレへは看護師さんが付き添ってくれて、戻る時は1人。
ドアから出た瞬間に立ちくらみでベッドに倒れ込む。
初めてここまでひどい貧血を体験した。
すぐに吐き気もあったけどなんとか乗り切る。

12時のお昼は1人で食べれず、旦那さんに少しだけ食べさせてもらう。
そこからは体力回復に向けてしばらく休む。


こうして、私のお産が幕を閉じました。
今もまだあちこちガタは残っていて、昨日から一晩初めて同室になりましたが、赤ちゃんのペースでもちろん睡眠はまともに取れないし、慣れないオムツ替えやオッパイにもしどろもどろですが、やはり可愛い我が子なので、苦とも何とも思わず(今だけか笑)必死に子育てが始まっています。


結局、本格的な陣痛が始まってから分娩台に上がるまでが約12時間、そこから1時間以内で産めたので本当に救われました。
散々1人で陣痛と戦うと書いてきましたが、まだケータイを触れる余裕がある時に、大事な大切な親友たちが自分の事ように親身になってずーっとずーっと励ましてくれました。
自分たちの経験や、想い、体験している陣痛がどんなものか、どんな気持ちで戦っているか、自己嫌悪や不安感など、とにかくタイムリーに、私がもうケータイを触れる余裕がなくなって返信出来ない時でもその励ましは続いていました。
ここに居て、出産が終わってからこの親友たちの支えに私は1番涙が出ました。
今思い出してもやっぱりポロポロ涙が出てきます。
感謝してもしきれないけど、何にも代えられない強い強いエネルギーを与えてくれて、本当にありがとう。



出産は、誰一人として同じスタイルはないと思いますし、赤ちゃんの数だけそれぞれのストーリーがあると思います。
その奇跡の証が素晴らしい命と引き換えにギフトされるんだなぁと思います。
誰もが口にしますが、母は強し。
これを乗り越えてこそ自分の子供が可愛くてたまらなくて、沢山の愛情を注いで育てていけるのだと思います。

私も自分の命をかけて、大切にこの小さな命を守っていきたいと思います。


最後になりますが、既に出産をお祝いして頂いた方、気にかけてくださった方、家族や友人、立ち会ってくれた旦那さん、先生、助産師さん、看護師さん、全ての方へ心を込めて感謝します。
本当に、本当にありがとうございました。

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