夢の貧しい避難所
テーマ:おうちゃく書評ちと、引用が長いかなぁ…とおもったけど前後を削ると意味がなくなる気がしたので段落をそのまま書きます。
若い頃には欲しいものはとりもなおさず、とうぜん自分のものになるべきだと信じがちだし、なにかが欲しくてたまらなくならば、手に入れるのが神からあたえられた権利だと思い込みがちである。その年の四月、クリス・マッカンドレスのようにアラスカへ行く決心をしたとき、私は情熱を洞察力と勘違いしていた未熟な若者であり、欠陥だらけのあいまいな理屈にしたがって行動していた。デヴィルズ・サム山の登頂は、うまくいっていない私の人生を根底から変えてくれるものと思い込んでいた。もちろん、結局は、ほとんどなにひとつ変わらなかった。ところが、はっきりわかったのは、山は夢の貧しい避難所として役立ってくれるということである。そして私は生きながらえ、自分の体験を話しているわけだ。
- ジョン クラカワー, Jon Krakauer, 佐宗 鈴夫
- 荒野へ
北米に行く前に読んでカンドーした本だけど、もういちど読み返すとまた違う発見がある。僕にとっての自転車の旅が夢の貧しい避難所だとは思わないし、人生がうまくいっていないとも、旅が終われば人生が変わるとも思わないけど、登山家としてのジョン・クラカワーが感じた深い喪失感みたいなものが、今はすこしは理解できる気がする。
でも、誰になんと言われようとも、まだしばらくは情熱みたいなものを持ち続けていたいなぁ…と思う。僕はまだ過去を振り返られるほど歳をとっているわけじゃないんだし、オッサンの登山家に自分を重ねちゃうのはまだ早い。もちろんクリス・マッカンドレスのように死にたくもないけど。
(ところで『夢の貧しい避難場所』って原書でどう表現しているのだろう?)





















