“普通”じゃなくても“ダメ”じゃない!仕事も生き方も本質にこだわるスピリチャルエッセイ

スピリチュアル(魂)の視点で人生真っ向勝負。“普通”に紛れるのが苦手なデカくてまあるいオーラのまみちが、紆余曲折から掴んだ「生き辛い」世の中を生き抜くリアルなエッセイ

こんばんわ、元記者まみちです。
前々回?かな、 女のほうが本質が見える、ということ

で、男子は生物学的に弱いので、沽券や威信だ、
もっというならメンツ(面子)にすがるのだ、という話をしました。
警察とか、政治とかのドラマだと絶対出てくるキーワードでしょう?

 

でも、だからといって、男がみんな嫌いだ!とかいうつもりはサラサラございません。


私はスポーツ観戦が大好きで、テレビで相撲や柔道、レスリングなどやっていると、ついつい時間を忘れて見入ってしまいます。

対人競技であれば、もちろんテニスや卓球なども好きなのですが、それよりやっぱり、身体と身体がぶつかり合うというか、戦う競技をやっている人を尊敬します。

 

だって、本能的に嫌じゃないですか?
人間同士が直接ぶつかるのって。
知らない人が見たらケンカしてるみたいだし。
なんてったって、痛いし。

コワッと顔を背ける女性の気持ちも解らなくもないんです。


でも、ちゃんと競技の背景やルールや技を知ると、ハマるのは格闘技系です。
人と、人の戦いだから、スポーツというより、因縁の対決が多くなって、ひとつのドラマなんですよね。
そんな背景を理解した上で、試合を見れば見るほど、彼らは相手と戦っているのではなく、己と闘っているのだな、と実感するのです。

※こういう見方だからこそ、日本人はオリンピックとかで勝ち逃げしようとする海外選手に腹が立つのですが。。。

 

私の尊敬する美空ひばりの歌に「今日の我に明日は克つ」というのがあります。
自分の弱さを、少しづつでもいいから乗り越えていきたい、という意味です。

対人競技で格闘技の場合は、特にそれが顕著です。

 

相手を怖いと思う自分
初めての経験を怖れる自分
負けたら恥ずかしいから、やりたくないなと思う自分
でも、そういう自分を好きか、嫌いか
もし、嫌だな、少しでも自分を好きになりたいな、と思ったら、好きな自分の姿に近づけるように闘うしかない。
そう覚悟して、相手に臨んだ時の人間には、覚悟と気迫を感じます。
そういう男はめちゃカッコいい

たとえ、そのとき負けたとしても、いずれ絶対に勝ちます。

 

そうなんです。

女々しい、という言葉が実は男の人向けにあるように、男の子は「男の子であろう!」という気を抜くと、女の子になってしまうのです

そもそも、最初はみんなXXなのですからね。

 

男の子であり続けるためには「男として」とか常に目標だったり、理想だったりを掲げて、そこに向って努力するモチベーションが必要なのです。

その理想の男になりたい、あり続けたい、と努力したり、やせ我慢している姿は、実に色っぽいし、男っぽいです。

いくら女性が強くなった、とか言われてても、本来は女性はそういう男子を助けたいし、支えたい、と思っています。

でも、イザという時に「俺がみんなを守る!」と頑張ろうとする男がいなくなった(少なくなった)なら、女がやるしかないじゃないですか?

あ?話が脱線しました?

 

その辺りの話はまた次回で。

 

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きのう、テレビでやっていた

のどじまんTHEワールド!2017 春

日テレ系 2017年5月13日(土)19:00~20:54

 

世界各国から出場してくれた皆さん、ものすごかったス。

魂が震えたっス。

 

関ジャニ∞の仕分け、以来なぜか日本では「歌のうまさ」をカラオケ採点マシンに決めてもらうようになっているようで。

 

堺マチャアキが「何点だ!何点だ!」で盛り上げているテレビ東京の「THEカラオケ★バトル」でも、なんでこの人がこんな点数?という評価を受けていたりする。

 

確かに、音程の正確性や強弱、声量など、テクニックの部分なら機械は測れるだろう。

 

しかし、その人の声が耳障りよく、聴いていたい と思える声かどうかなんて、機械には所詮わからない。

 

その証拠に、何でもかんでもファルセットでキンキンに歌う人が高い点を取ったり、そこは要らんだろう?という部分にも、アザとくビブラートやこぶしを入れてくる人に「表現力」評価がついたりするのだ。

 

そんなもん表現力じゃないわ。

表現とは、その歌詞や音楽を表現するものだ。

そこにはストーリーがあり、感情がある。

たとえ歌詞のない、器楽の演奏であっても、メロディーには「泣き」とか「怒り」とか「悲しみ」を表現している部分があるのだ。

その部分を、聞いていて、ほんとに楽器が泣いているように聞こえる、作曲者の戦争や、体制に対する怒りが感じられる(ショパンとかラフマニノフとか聴くとわかるよ) というのが、表現力である。

 

んなもん、まったく関係なく、たくさんコブシまわして、ビブラートと抑揚気にして、表現力95点とか、つけてんじゃねえや。

歌詞に関係なく、そんなことやる歌手いたら、気持ち悪いよ。

 

それに一番腹が立つのは、高い音をフォルテで出すとき、いわゆるサビのときに、金属音になる人たちが多いこと。

特に四天王だ、実力者だ、いわれる人ね。

私的には、不快です。

 

比べて、昨日惜しくも三位になったアメリカから出場したダイアナ・ガーネットさん 素晴らしい美声だった。

アニメシンガー並みの張りのある高音なのに、実に柔らかい。

そして鼻濁音が美しい。耳に優しい。マーベラスだった。

 

優勝した二組も、ほんと耳心地よく、カラオケ★バトルの四天王より、歌詞が胸に染みた。伝わってきた。

ペルーのリチャリーはサンポーニャという、あの独特の笛の音で、われ等が美空ひばりをアンデスに羽ばたかせてくれたし。。。

 

インドのニーラジャさんも、マジで日本の若い女優さんが、映画の出だしでナレーションをしてくれているよう。。。ピュアで、はかなくて、物悲しくて、いたいけで。。。。彼女の語る声を聞いてるだけで、「きみの名は」ではない別の映画が、一本生まれそうだった。

 

※ちなみに、愛燦燦で我々を泣かせてくれたリチャリー、福岡でライブするそうだよ?リチャリーのサイト

 

 

カラオケマシンの採点ゲーム大会で涙をのんだシンガーの中にも、本当にいい歌を歌う人は何人も居る。

 

視聴者も、出演者も「採点ゲームはあくまで採点ゲームだ、歌い手として素晴らしいか、どうかではない」ということを理解したうえで、楽しむべきだ。

だからこそ、のどじまんTHEワールド!や、同じ日テレ系の歌唱王など、人間が投票する、のど自慢大会もちゃんと視て、自分の心が動くかどうか、感じたほうがいいと思う。

 

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最近、森友問題の話ばっかりしていたので、ニュースがらみの記事を書かないといけないかなー、、、と勝手に自分で縛りを作ってしまって書くのが億劫になっていたりして(笑)

 

前回の記事でも、これからは好きにやるぜ!と書いたので、森友問題やニュースに限らず、好きに書いてみようと思います。

 

んが、前回の記事【森友学園問題から何を学ぶべきか】危ない芽がどこから生えるのか女性が見極めなければならない

で書いた、この部分はちゃんと説明しておこうかな。

第二次世界大戦のころ、日本の女性は親や、夫や男性に従わなければならない時代だった。しかしいまは違うのだ。

些細に見える芽が、どんな根から生えてきたものか、もっと上流を見極めなければならない、それが出来るのは女性だ。

女性がでかい声をあげて、戦うなら「相撲で決着つけろ」というべきなのである。

 

なぜ、女性が本質を見抜くことが出来るのか。

それは 威信 とか、沽券 とか、そういう実態がないのに、えんらい男性がこだわるもの(いわゆるプライドみたいなもの?)が、女性にとってはあまり意味の無いものだからである。

 

女性というのは、子どもを身ごもり、産み育てることが出来る。

変な話、男性やダンナがいなくても、良い精子があって受精できれば女性一人だけでも、生み育てることは可能なのだ。

 

一人の人間として、ひとつの命をこの世に生み出すということは、宇宙に参画することとと同じ。

 

妊娠中の女性は生命エネルギーに溢れたスピリチュアルな存在だ。

それは、新しい命をこの世に生み出すまで「ぜったい私は生きていなくてはならない、死ねない」という生に対する絶対感を肌で感じることが出来るからだ。

 

かたや男性はというのは、自分の存在が、自分ひとりでは実感できない生き物である。

おれは何の役に立つのだろう、何のためにいるのだろう、俺って居る価値あるんだろうか。。。。常にそんな怯えを抱いている。

その原因をたどっていくと、必ず突き当たるのは「種」としての価値だ。

動物、生き物の本能として、弱い種は淘汰される運命にあるので、生きていくためには、自らが強い種であることを女性(メス)に認められ、生かされることを、自分以外の誰かに許可されなければならないからだ。

 

諸説あるが、人の脳は出来たばっかりのときは、みんな女の子だといわれる。

そもそも染色体だって、最初はみんなXXで、その成長の途中で何らかの変化で、XYになった者が、男性として発達していき、そのあと脳も男性脳に変化する、という。

と、いうことは「あなたは男子になる才能があるので、男子になることを認めます」と許可をされたようなものだ。

なんで男子に変化するのか?聞くまでもなく、種を残すためである。

 

生き物には雌雄同体も多いし、クマノミなんかは周りが女子ばっかりだったら、子どもを作るために一番大きな女子が「じゃあアタシ、オスになるわ」となるそうだよ。まぁ合理的。

 

話が脱線したが、種を残すためにメスを取り合って戦うなら、動物の世界でも納得がいくが、十分食べていける土地があってメス(妻)もいるのに、威信や沽券だと言って、他人の領分まででしゃばっていくのは人間のオスだけですよ

 

思春期になって「モテたい!」と頑張る男子は動物として、いたって健全だけど、いい大人になっても「あいつに負けてる」とか、威信をカサにしたり、沽券に関わるとかいってガツガツしているやつらは、心が弱いのだ。

 

プライドで自分を支えないと、足元がグラグラなのである。

だから必ず、誰かに褒めてもらったり、評価されるようなモノを持ちたがるのだ。

 

それが武器であったり、核であったり、上下の身分制を作って「あいつよりマシ」とか思いたがる。

ひとつの船の舵を取り合うために、押し合いへし合いするのである。

 

女性の中にも、カーストを作ったり、持ち物で人と競っているおろかな女性も居るにはいるが、基本的に女性はパラレルだ。

「あなたが船なら、私は筏でいいわ」「じゃあ私は岸で待ってるね」

てなもんである。 

最終目標が同じであれば、役割分担ワケするのも結構早い。

なんだかんだあっとしても、最終的に安心、幸せに「感じられる」状況になればいいのだから。

女は実感が大事なのだ。

 

だから女性は強いし、究極的な結論を本能で感じ取るわけですよ。

なんだかんだ言ってるけど、なんか胡散臭い とか

自分や自分の子に悪い影響が起きそう、とかね。

 

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