私が結婚したのは、30歳の時。妻が31歳でした。
交際中の1年含め、結婚当初は子どもへの意識はあまりなく、普通に子づくり計画して夫婦でがんばればすぐにできるものと思っていました。
でも、結婚して1年が経った頃、妻が子どもが欲しいと言うようになり、がんばりはじめたのですが、1年以上がんばってもできないのです。
正直、何でだよ!と、意味が分からなかったです。
それで、近所の産婦人科に夫婦で行って相談をして不妊治療を始めたのですが、タイミング指導からのアタックで、事前に妻が何回か通院し、指定日の朝にタイミングをとるという方法でした。
そのタイミングが朝。
なぜ朝…?
この朝というのが本当に大変だったんです。出勤前ですからね。
特に検査をすすめられることも、薬の服用を指示されることもありませんでしたが、医師の指導なので、それなりに期待感をもって3周期行なってみました。だけど結果が出ないので、さらに相談したところ、人工授精をすすめられたのです。
どうして僕が人工授精?意味分かんねえ!?
もう、気持は全く、そんな感じでした!

 

 

人工授精となると、朝タイミングでしていた夫婦生活に代わって、精子を準備するためにマスターベーションが必要になりました。
病院側から妻に渡されていたプラスチックの容器に、指定日の朝、精液を出して妻に渡すのです。タイミング法と同様に、毎回出勤前の忙しい時間に自宅でこの作業。
それを妻が病院に持って行く、という流れでした。
正直、最初はたまらなく嫌だったのですが、次第にこちらも決まりきったこととして、互いが事務的になっていったのを覚えています。
僕自身、決して嫌な表情を妻に向けるということでなく、非協力的ということではありませんでした。ただ、妻の話にうなづきはしても、どんな治療を受けているのか、細かい様子などを聞くことはなく、またダメだったという結果だけで治療を続けていたように思います。
でも、妻は毎回結果の出ない人工授精に想像以上の心痛があったのだろうと思います。
タイミング法のときよりも期待をしていましたが、撃沈の繰り返し。
さすがの妻も精神的にかなり追いつめられてしまい、ちょうど10回くらい人工授精をした頃の正月、義母と3人で話していたときに
「子どもが出来ないから離婚したい」
と泣きはじめ、義母と
「何をバカなことを言っているんだ」
と必死で止めたこともありました。
私からしてみれば子どもができなければ夫婦で過ごせばいいと思っていましたから、離婚なんて思っても見ませんでした。
だって本末転倒の話じゃないですか。
そうして、夫婦で深く悩み出した頃、当時勤めていた会社の上司の奥さんが看護師と知り、相談してみました。すると、都内の不妊治療専門のクリニックを紹介され、そこでの体外受精勉強会に参加することにしたんです。
今思えば何の知識もなく、不妊専門クリニックがあることさえ知らなかった私たち。愚行とも言える不妊治療の積み重ね。勉強会参加は、それは大きな一歩でした。

 

東京在住  41歳 男性 (Aさん)

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