マタニティマークが付けられない…なぜ妊婦が萎縮する社会になったのか

 

yahooに、記事がありました。

 

私が不妊治療を始めたばかりの頃、普通の近所の産婦人科でのタイミング療法、人工授精だったので妊産婦さんもたくさんいました。
待合室で待っていると、フーフー言いながら大きなお腹を抱えて荷物を持った妊婦さんがきました。

きっと陣痛がきて、もう産むぞ!って感じだったのでしょう。
私は、その大きなお腹とフーフー言う妊婦さんを見て、

「あぁ、あのお腹の中には何が入っているんだろう。あの人は、これから幸せを産むのかな」

と思いました。羨ましさと妬ましさと、そんな思いがごちゃまぜになっていました。

4年半続けた不妊治療の最初の1年でした。
その時に、もう妊婦さんが羨ましくて、羨ましく仕方がなかったです。

そして、月経がきて凹んで、暗く落ち込んでいるときに見る妊婦さんは、また格別に妬ましかったことを今でも覚えています。

 

自然と妊婦さんを目で追ってしまう。

あのお腹の中、あの幸せの塊。

私には、一生訪れないかもしれない幸せのお腹。

狂気に駆られそうになるのを必死で理性で抑える。

泣いても気持ちが解決しない。

あの幸せで膨らんだお腹に、わたしもなりたい!!

そう思う日々がありました。

 

でも、妊婦さんたちの中には

「妊婦で申し訳ない」

という気持ちを抱えている方もいらっしゃる。

妊婦さんがマタニティーマークをつけるのを危ないと感じている。

そして、心ない言葉や時にそれが行動となって浴びせられる。

 

人が人に優しくなれないのは、

自分が優しくされなかったからでしょうか。

それとも優しい気持ちになれない状態なのでしょうか。

 

妊婦さんだから優しくされて当然ではないし、誰にでも感謝は必要だと思います。

もちろんマナーも必要です。

妊婦であることは、優しくされるための武器ではありません。

でも、やっぱり社会にとって子どもは宝物です。

宝物が生まれてくるわけですから、やっぱり大事に産んでほしいし、産ませてほしいと思います。

 

生まれてきた子どもたちが「生まれてきてよかった」

心からそう思えるように。

 

そして、そう思ってもらえるように、しっかり大人になりたい。
また、そういう社会であってほしいと思います。

 

 

マタニティマークが付けられない…なぜ妊婦が萎縮する社会になったのか

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