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マルタの作者 / 宮島永太良さんも参加する第39回「あらたま展」が、小田原市栄町にある飛鳥画廊で523日(月)まで、絶賛開催中です。


「あらたま展」DM


参加者は絵画・彫刻グループ「あらたま」創設中心メンバー清原太郎さんを筆頭に加藤恭夫さん、住谷重光さん、住谷美知江さん、立花佳子さんら12名。 
今回はお亡くなりになった里見敏郎さんの遺作も展示されています。 
是非、新緑の城下町小田原へお出かけください!


小田原めだか

◇第39回あらたま展◇ 

会期:2016518日(水)~523日(月)

   10:00~18:00(最終日/10:00~17:00

場所:飛鳥画廊  http://asukagarou.blog90.fc2.com/
所在地:250–0011 小田原市栄町2–13–12

電話:0465-24-2411

最寄り駅:小田原駅から徒歩8





クリップ


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「月刊 宮島永太良通信」
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ハ~イ、ボク、マルタ♪

みんな元気? 今年3月いっぱい木曜日のマルタブログは、tvkの「ありがとッ!」と連動していたけれど、これからは「今日は何の日?」シリーズを始めるよ。 
だから、ボクが週一のペースで「何の日?」なのかを調べて、みんなに教えてあげるから楽しみにしていてね~


シュークリーム


最初だから美味しい話題を探してみたんだけれど、見つけましたよ! 
ケーキも色々あるけれど、日本記念日協会によれば
5月だけじゃなくて毎月19日は「シュークリームの日」なんだって。 聞けば東京のスィーツメーカーさんが「ジューク」を「シューク」に語呂合わせして記念日にしてもらったらしいよ。 ボク、シュークリーム大好きだから嬉しいな、毎月食べよっと♪


空


次は519日で調べてみたら、「セメントの日」とあったよ。 
1875年のこの日、官営深川セメント製造所で国産初のポルトランドセメントの製造に成功したことを記念した日なんだ。 で、製造に当たった中心人物は尾張藩士の子として名古屋に生まれ、明治維新後は開成学校教官や明治政府の技官になり、日本の化学工業界の先駆者として貢献をした宇都宮三郎さん。 この人たちの力があったから、日本にも大きな建物ができるようになったんだ。


銀座


で、もう一つは「ボクシングの日」。
1952年のこの日、世界フライ級タイトルマッチで挑戦者/白井義男さんが、アメリカ人チャンピオンのダド・マリノに判定勝ちし、日本人初のボクシング世界タイトル保持者となったことを記念したんだ。 当時はノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士、古橋広之進選手の水泳自由形世界新記録と並んで、敗戦のショックを引きずっていた日本人に明るい希望を与えたと言われているよ。 シュークリームからボクシングまで、519日はどれも楽しいお話だったね♪


ケーキ


これでまんまるマルタ!








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ボク、マルタ♪


日本海


みんな元気? 瀬戸内海を臨む岡山の玉島で始まったボクの「良寛さんを巡る旅」も今日で終わりだよ。 最後は39歳で日本海が見える生まれ故郷の新潟に戻って来た良寛さんの住んだ所を順番に紹介するね♪


西照坊


良寛さんは帰郷してから実家には戻らず、出雲崎中山にある「西照坊」に一時住み、その後約8年間は空いた庵(いおり)を転々とし、寺泊の照明寺にある「密蔵院」にもいたそうだよ。 その中には、今では海の中になった「空庵」もあったとか。 なんだか海の中の空って不思議だね。 で、やっと47歳の時、現在は燕市にある国上寺(こくじょうじ)の草庵「五合庵」に住み始め60歳頃まで住んだんだ。


五合庵


「五合庵」は国上山(くがみやま)の中腹あり、周囲は蒲原平野。 ここで良寛さんは書、和歌などの芸術作品をたくさん作ったんだ。 きっと最も元気頃だったんだね。でも、「五合庵」はとっても小さいんだよ。 良寛さんがどうやって暮らしていたのかな? ボクには謎だったけれど、おじいちゃんは「うん、いいね」って頷きながら納得していたみたい。


空庵


で、「五合庵」も古くなり60歳を過ぎて体が弱くなった良寛さんは、麓に近い乙子神社にある草庵に移り、69歳までそこに住んだんだ。 だから、合計22年間も国上山の山中に暮らしたことになるんだね。 周囲の人は親切だったと思うけれど、さすがに年齢的に山の暮らしがきつくなって、長岡市島崎にある「木村家」に身を寄せたんだ。


蒲原平野と草庵内部


でも、良寛さんは「木村家」の母屋には同居せず、裏庭の物置小屋を改造した草庵で亡くなる74歳で暮らしたんだ。 でもね、そこで弟子みたいな貞心尼(ていしんに)さんとの幸運な出会いがあり、良寛さんは自分の芸術を完成させることができたんだってさ。 子どものボクが言うのも変だけど、なんだか良寛さんの最後は幸せだね♪


水仙


ボク、今回の旅で今はいない素敵な良寛さんに会えた気がして嬉しかったな。 
おじいちゃん、ありがとう。 また何処かへ連れて行ってね! 


参考文献:加藤僖一著「良寛入門」







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ボク、マルタ♪


良寛像

みんな元気? ボクは良寛さんの生まれ故郷、新潟の出雲崎から亡くなった越後島崎の木村家まで巡って来たよ。 でね、海に沈む夕陽が美しい出雲崎で、良寛さんの興味深いエピソードを知ったから、みんなに教えてあげるね♪


最初は、「お魚の鰈(カレイ)」にまつわるお話。 ある朝、寝坊した8歳の良寛さんを父親が叱ったら、内気な良寛さんは、思わず上目づかいで父親の顔を見たんだ。 そうしたら、父親に「親をにらむ子は鰈になるぞ」と言われ、それを信じた良寛さんは、夕方、母親が探しに来るまで、日本海に突き出た岩に腰をかけていたそうだよ。 「なぜ?」と聞いた母親に「鰈になったら、すぐに海に飛び込むつもりでいた」と言ったとか。 子どもの良寛さんは、父親の言葉を信じてお魚になる準備をしていたみたいだね(笑)。


日本海と佐渡の景観


次は、「読書好き」のお話ね。 
ある年のお盆の夕暮れ、毎晩の様に薄暗い行燈(あんどん)の前で読書している良寛さんを心配した母親に「少しは外へ出て、盆踊りでも見てきなさい」と言われたんだ。 それを聞いた良寛さんは静かに部屋を出て行った。 で、しばらくしてから母親が何気なく中庭を見ると、石灯篭(いしどうろう)の陰に人影。 ドロボウだと思った母親は、なぎなた(主に女性が使う武器)を持って静かに近づいたけれど、よく見ると石灯篭の光をたよりに「論語」を読んでいる良寛さんだったんだ。 読書が本当に好きだったんだね。


光照寺


最後は、「お坊さんになった理由」だよ。 
18歳で名主見習になった良寛さんは、わずか46日目で出雲崎の隣町尼瀬の光照寺に駆け込んで出家。 お坊さんになった理由は、「盗賊の処刑に立ち会わされ、人の世のむごさ、命のはかなさを感じ出家した」、「代官と漁民の争いの仲裁で『人間が正直さを失い、人をだますことが賢いというのでは、人間でなくなってしまう』と考え、弟に家をゆずり出家」、「奉行を怒らせる様な大問題をおこして出家」と言った様なことが伝えられているけれど、本当のことは誰も知らないんだ。 ただ考えられる理由から、良寛さんが心優しい人であったことは間違いないね!


海に沈む夕陽が美しい出雲崎

良寛さんの旅はまだ続きます♪



参考文献:谷川敏朗著「良寛の逸話」






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ハ~イ、ボク、マルタ♪


空


みんな元気? 今はゴールデンウィークの真最中で、だいこん村の空は五月晴れ。 そこを鯉のぼりさんたちが風に吹かれて元気に泳いでいるよ。 気がつけば今日は「こどもの日」で祝日だったね。 で、ボクは何時頃から55日が、そうなったのか調べてみたんだ。 そうしたらね、「こどもの日」は日本の祝日のひとつで昔から「端午の節句」とも言われ、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」ことが趣旨で、1948年に制定されたんだってさ。


鯉のぼり


で、「端午の節句」も気になったからちょっと探ってみたんだ。 すると、奈良時代から続く古い行事で「菖蒲(しょうぶ)の節句」とも言われ、強い香りで邪悪なモノを追い払うために菖蒲やヨモギを軒(のき)につるし、菖蒲湯に入ることで皆の幸せを願ったんだ。 でね、「菖蒲」を「尚武(しょうぶ)」という言葉にかけて「尚武の節句」とも呼ばれたんだってさ。 言葉遊びしているみたいだけれど、「こどもの日」には色んな呼び方があって面白いね。


兜


それで、次は「鯉のぼり」が何時頃から舞う様になったかと言うと、「端午の節句」は、江戸時代以降は男子の節句とされ、身を守る「鎧」や「兜」を飾り、「鯉のぼり」を立てて男子の成長を願いお祝いしたんだ。 また男子の初節句には「ちまき」を、2年目からは新しい芽がでるまで古い葉を落とさないことから「家が途絶えない」縁起物として「柏餅」を食べたんだってさ。 それが今に伝わっているんだね。 意味が分かったから、こんど食べる時はより美味しいぞ、きっと♪


柏餅とちまき

これでまんまるマルタ!



参考:ウィキペディア、日本文化いろは事典




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