2013-04-10 06:39:38

プレイングマネージャーこそ本物の仕事ができるポジションであるということ

テーマ:ビジネスコミュニケーション
独りでいくつものポジションをやらされることは大変なことを押し付けられているような気分になる方が多いかもしれません。
工場であれば、多能工を目指すとか、営業であれば自分の目標も持ちながら部下の管理をしなければいけないとか。
普通は、そのこと自体を、負担に感じる気持ちが起きるのも仕方がないかもしれません。

しかし、経営をする立場からすれば、それってもともと当たり前で、一人何役もこなすから仕事が回るものなのだとも言えます。
全体で一つの仕事と考えないと、お客様に喜んでもらえないからです。
その意味で、次の日経ビジネスのオンライン記事は非常に参考になります。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130403/246083/
若手の幹部を指導するときにこのような説明の仕方ができれば相手のモチベーションも高まると思いました。

(引用ここから)

「プレイングマネジャー」で成功する3つのポイント (「ただのマネジャー」より楽しい仕事でなぜ悩む)
横山 信弘

 「プレイングマネジャーですから……」

 営業部門の管理職の方から、こう言われることがしばしばある。普通の日本語なら「プレイングマネジャーですから何々です」となるはずだ。だが「何々」が無いまま口ごもる。

 このフレーズを出した時の表情は大抵の場合、卑屈にゆがんでいる。「プレイングマネジャーですから……」と言うだけで、後はただ苦虫をつぶしたような顔をする。

 「横山さんならその先は言わなくても分かりますよね」という態度なのである。私が黙っていると「横山さんも人が悪い。プレイングマネジャーの辛さをよくご存じでしょう」と言いたげな顔になる。

 「プレイングマネジャーですから……」の後に続く「何々」が分からないわけではない。大抵の場合、否定的な見解だ。

 「プレイングマネジャーですから、部下の面倒も見ないといけないし大変なのです」

 「プレイングマネジャーですから、そんなに高い目標を達成しろと言われても無理ですよ」

 要するにプレイヤーとしても無理、マネジャーとしても無理と言いたいらしい。こうした寝言に私は同意できない。「プレイングマネジャーですから……」と言って、悲哀に満ちた表情を浮かべるのは止めてもらいたい。

プレイングマネジャーであるのは「当たり前」

 そもそも「プレイングマネジャーですから……」という表現をする人は勘違いをしている。プレイングマネジャーだから何だと言うのだ。社内で特別に苦しく、大変な役回りをさせられていると思っているのか。

 逆である。プレイングマネジャーであることが当たり前なのだ。現場でプレイをしてこそ、部下を指導できる。

 確かにプレイングマネジャーではない管理職は存在する。ただのマネジャーである。目標ノルマを持っていない、マネジメントだけをする人だ。

 マネジメントの本質とは何だろう。組織で結果を出すために、計画・改善・調整をすることだ。マネジメントに専任で従事する人は必要だが、組織において一定量いるだけでよい。それ以外はプレイングマネジャーになる。

 にもかかわらず、年齢を重ねることによって「ただのマネジャー」になれると思っている管理職が多すぎる。組織論を無視した愚考である。

部下と同じぐらい現場へ行け

 営業のプレイングマネジャーは普段どこにいるべきか。現場である。本コラムで提唱している「超・行動」に組織で取り組むには、マネジャーも外へ出なければならない。

 超・行動とは「点」の集積によっていきなり「面」にしていく営業活動を指す。お客様に対し膨大な量の単純接触を繰り返すことで、目標の未達成リスクを回避する。マネジャーも部下の営業と同じように、おびただしい量の接触を繰り返す。

 こう説明すると「現場にばかりいるとマネジメントをする時間が無くなります」という反応が返ってくる。まさに「手段の目的化」的な発言だ。こういう反応が出てきたら、私のみならず、私の部下も条件反射的に次の質問を返す。

 「あなたが考えるマネジメントとは何でしょうか」

 こう質問されると相手は返答に窮す。マネジメントが何なのか分かってもいないのに、「マネジメントをする時間が足りなくなるから営業課長はもっと社内にいたほうがいい」と主張する。そのこと自体が問題だ。

 だいたい社内にいると、無駄な会議に明け暮れたり、必要のない資料を部下に作らせたり、やたらとccメールを送りつけるようになったり、ロクなことがない。

視野角を広げよう

 私は目標を絶対達成させるために、現場に入って支援を行うコンサルタントである。机上の空論など言わない。アカデミックな話はどうでもよい。

 目標を絶対達成させることで、組織は活性化し、若い人も向上心を持てるようになる。感謝の気持ちを芽生えさせたり、社会に貢献したいという誠実さが養われる。

 まずは結果である。結果を出すことから逃げてはならない。結果にとことんこだわってほしい。

 目標を絶対達成させるために、「予材管理」と呼ばれる独自のマネジメント手法を私どもは提唱している。目標の2倍の材料を予(あらかじ)め積み上げておき、その「予材」を管理することで目標未達成リスクを回避する方法だ。

 営業は現場を走りまわり、予材を集めてくる。そして2倍の予材を積み上げながら、結果が出る予材を商談に発展させるとともに、そうではない予材を捨て、新たな予材に入れ替えていく。入れ替え作業を繰り返すことで、安定的に目標を達成できるようになっていく。

 私どもが営業のコンサルティングに入ると、現場の営業パーソン一人ひとりに予材管理表を書いてもらう。抱えている予材を一覧できるようにするためだ。そして予材管理表を基にマネジャーと話し合う。

 しかし、マネジャーが部下の予材管理表を見て、そこに書かれている予材を吟味・評価するだけではダメだ。なぜなら漏れが分からないからである。マネジャーは部下が持っているアイデアよりも、もっと広い視野で物事を見つめなければいけない。

 予材管理ではなくても、「案件管理」でも「商談管理」でも何でもいい。部下から上がってきた報告事項を、ただ鵜呑みにし、ダメ出ししたり、文句を言っているだけではマネジャーとして失格だ。ただの評論家であり、コメンテーターに過ぎない。

 担当者よりも主任のほうが、主任よりも係長のほうが、係長よりも課長のほうが、視野角が広く、部下たちの発想に漏れがないかどうかを見抜けなければならない。

 現場に入っていてつくづく感じることがある。それはマネジャーが「発生ベース」で物事を考えているということだ。起こったこと、営業が持ってきたもの、だけで物事をとらえようとする。そうではなく視野角を広げ、部下の発想に漏れがないか、それをチェックする力が必要なのだ。

アイデアは現場から出る

 そうした力がマネジャーにあるかどうかはすぐ分かる。マネジャーに予材管理表を書かせればよい。私はそのために、部長や課長を集めて、「部下の予材管理表を見ずに、ご自分の課全体の、もしくは部全体の目標の2倍の予材を描いてください」と指導する。

 そうすると、全くアイデアが出てこない部長や課長がいる。悲しいかな、一番書けないのが、現場に近い管理者、すなわちプレイングマネジャーたちだ。彼らはやたらと無駄な作業に日々追われており、現場のことが分かっていない。

 「なぜ結果が出ない! もっと頭を使って考えろ!」

 「お客様の声に耳を傾けろ。そうすれば、ちゃーんと答えは見つかるはずだ」

 このようにプレイングマネジャーたちは日ごろから部下の営業担当者を叱責している。にもかかわらず、自分の中にはアイデアが無いのである。

 「それは部下が考えること」と言うなら、そんなマネジャーはいない方がいい。断言できるが、こういう発言をするマネジャーが組織から消えても業績は変わらない。逆に業績が上向くことのほうが多いだろう。

 組織に評論家など要らない。「他責にするな」などと部下に訓示しておきながら、すべての責任を部下に押し付けるマネジャーがとても多い。

 視野を広げ、部下の発想の漏れをチェックでき、目標を達成するアイデアを出せる。こういう力はどこから出てくるか。いつの時代も基本は「現地現物」である。

 現場に行かないで、目標達成のアイデアが出てくるわけがない。お題目だけのマネジメントを社内でするのはもう止めよう。部下の力量不足、スキルの物足りなさを嘆く前に、もっと自ら現場へ足を運ぶ必要がある。市場は常に変化しているからだ。

 課長職以下の役職者はほとんど社内にいなくてもマネジメントはできる。社内にこもって部下に関与すればするほど、部下は考える習慣を無くしていく。営業日報などを書かせてマイクロマネジメントをするのは間違っている。

 現場に行かないことでマネジャーに発想力が無くなり、発想力の無くなったマネジャーに強く干渉されることで部下の発想力も減退していく。まさに負の連鎖である。

(中略)

プレイングマネジャーのほうが楽しい

 プレイングマネジャーへの苦言を並べてしまったが、これはプレイングマネジャーに期待しているからこそである。

 よく言うのであるが、プレイングマネジャーはサッカーで言えば背番号「10」にあたる。チームのエースであり、司令塔だ。フォワードである現場の営業たちに、素晴らしいパスを送ってほしい。そのために自分で動き、自らボールを取りにいこう。

 選手としての能力がまだまだ高いのに、早々とフィールドプレイヤーを引退し、監督やコーチになりたいだろうか。そう思うはずがない。もしそういう発想が出る選手なら、もともと選手としての能力も低いのではないか。

 フィールドプレイヤーであり続けながら、チーム全体の指揮を執る。これほどやりがいのある仕事はそうはない。ただのマネジャーよりもプレイングマネジャーの方がはるかに仕事が楽しいはずである。

 今回の話をまとめておく。プレイングマネジャーとして成功するためには3つのポイントがある。

プレイングマネジャーであることは「当たり前」だと考える。
部下と同じぐらい「現場へ足を運ぶ」。
プレイングマネジャーの方が「楽しい」と思う。

(引用ここまで)

仕事を面白がるという視点は、何を自分の中での基準にするかに左右されます。

横山氏のおっしゃるように、プレイングマネージャーであることを「当たりまえ」の基準にすれば、それに伴う大変さも「当たりまえ」になり、結果として現場に足を運び、仕事人としての能力も向上させ続けることができる。

一石二鳥、三鳥の考え方に感心しました。

ではまた。
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