まことの救世主

≪猛虎魂伝承≫  阪神万歳!打倒読売!

~~~今年はV奪回や~~~


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沖学園高校から福岡大学を経て、2001年ドラフト7巡目で入団。
元力士の父親から受け継いだ、見事な体格を誇る長距離砲。
打撃は既に1軍レベルと言われているが、問題は守備。正直まだ、1軍の試合で守備に付かせるのは不安か。こなせるポジションも1・3塁なので、なかなかチャンスをもらえないのが現状。
プロ入り初打席でヒットを放ったり、ジュニアオールスターで活躍したりと、勝負強さも兼ねそろえている。
金本・桧山・矢野・片岡等ベテラン中心選手が、衰えを見せる前に育てておきたい逸材。
今シーズン、桧山がスペンサーから守備位置を取り返すようなら、左の代打として1軍起用される可能性がある。

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今日の試合は1-4で敗戦した。

先発した杉山は調子は良かった方だと思う。4点も取られる投球内容ではなかった。7回を投げ、被安打5、四死球2である。しかし失点は4。自責点は2。あとはエラー絡み。
打てないのはある程度しょうがない。初めて当たる投手が、それなりのピッチングをしたらそうそう打てない。ならせめてしっかり守れ!

打線は、相変わらず繋がらない。ヒットの数はロッテを上回る9本出ているのに、8回の関本のタイムリーツーベースの1点だけ。。。
そろそろ打線の組み換えを検討しても良いのでは?

シーツは好不調の波が激しすぎ。今はレフト方向に気がいき過ぎではないだろうか。1・2番は完全に機能しているわけではないが、そこそこ出塁している。3番打者が繋いでくれれば・・・と思わずにはいられない。

スペンサーは先日もちょっと触れたが、引っ張りの意識が強すぎる。日ハム戦あたりから、今まで見逃せていた外の落ちる変化球を強振して空振りするケースが目立つ。
初球のややインコースよりのストレートを簡単に見逃し1ストライク。高めの速球でファールを打たされるか、外の変化球で追い込まれ、最後は落とされて終わり。このパターンが多すぎます。

昨日・今日は矢野さんもちょっとおかしかった。明日あたり、気分転換も含め野口を起用してみたらどうだろうか?

DHが使える試合なら、3番今岡・4番金本・5番浜中が良いように思うが。。。


さて、明日は外野席で観戦予定。
エース井川の完全復活!打線爆発!といった試合を夢見て応援してきます。

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上宮高校から明治大学を経て、1997年ドラフト7位で中日に入団。昨年オフ虎に移籍。
入団1年目から1軍出場するが、レギュラーを獲得するとこまでは至らなかった。
内外野こなせ、守備力も高い。なかなか重宝する選手だと思うが、星野前監督の甥っ子としての方が有名。


http://makotonokyuuseisyu777.ameblo.jp/entry-091acbdedec79aaafa6d6e78515dec59.html
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神港学園高校から立命館大学を経て、2001年ドラフト6巡目で入団。
入団時は外野手だった気がするが、今年の登録では内野手登録されている。
毎年1軍に登録されるが殆ど試合出場は無い。今年も1度1軍に上がってきた気がするが、出場機械の無いまま(代走で出場したか??)また2軍に落ちていった。
2軍では安定した成績を残しており、2002年には当時の岡田2軍監督の下、西武と行われたファーム選手権でMVPを獲得する活躍を見せた。
長打力を秘め打撃を持つが、伸び悩んでいる。大卒という事もあり、4年目とはいえそろそろ結果がほしいところだ。
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亨栄高校から王子製紙を経て、1999年ドラフト5位で入団。
外野手として入団したが、野村監督時代にセカンドへコンバートされる。その後は、内外野共にこなすユーティリティープレイヤーとして貴重な戦力となる。
入団1年目から1軍の試合に出場し、2年目の2001年には89試合に出場、打率.253・本塁打6・打点24・盗塁7の成績を残し飛躍が期待された。
野村監督からF1セブンに任命された1人で、当然足は速く、守備もそこそこ、打撃にも思いっきりがあるがイマイチ伸び悩んでいる感がある。
2002年に星野監督が就任すると、今岡とセカンドのレギュラーを争った。今では信じられないが、当時は上坂の方が有利との声も多数あった。
しかし、その2002年には74試合に出場したが、翌年から出場機会が激減する。昨年は、道交法違反を犯し、出場停止処分を受けたりもした。現在は執行猶予中の身である。
内外野こなせる守備と走力。ツボにはまれば一発のある打撃は充分戦力となりうる。スーパーサブ的な活躍を期待したい。
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東海大甲府高校から日本石油を経て、1991年ドラフト2位で入団。1997年オフに関川と共に中日へトレード(矢野&大豊とのトレード)されるが、2002年に中日を自由契約となり再度虎に復帰した。
入団1年目からレギュラーとして活躍し新人王にも輝いた。
堅実な守備を売りに、虎のショートを守ったがいかんせん打撃が弱く中日へのトレードに至った。しかし、移籍した中日でなぜかいきなり打ち出しリーグ優勝に大きく貢献した。
その後出番が徐々に減り、再度虎に戻ってきた。2003年の優勝時には持ち前の堅実な守備に加え打撃でもチームに大きく貢献した(55試合・打率.304)。
昨年は殆ど出番がなかったが、今年は大事な守備固めとして期待される。
久慈の特徴は見た目と違い、足が速くないことと小技が下手なところでしょう。
打撃に関しては、以前より大分良くなっているように思える。シーズン通して出場したら.280ぐらい打つかもしれない(以前はだいたい.250前後)。
5年ほど中日に在籍していたが、虎の生え抜きのような選手。もう一花咲かせてもらいたい。
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育英高校から甲賀総合科学専門学校・デュプロを経て2000年ドラフト7位で入団。
1度は野球を諦めたが、岡田監督の紹介を受け野球を続けた経験をもつ。
実家は焼き鳥やをやっているが、ちょくちょく息子の試合を観戦しに来ていて営業は大丈夫か?と心配してしまう事がある。
ドラフトにかかるほど名前は売れていなかったが、当時監督だった野村克也氏の目にとまりドラフト指名に至った。
入団1年目から75試合に出場し、2年目となる2002年には開幕スタメンを獲得するも結果を残せなかった。
翌2003年は岡田現監督(当時1軍守備・走塁コーチ)等の強い勧めもあり開幕スタメンを勝ち取ると、127試合に出場し打率.301を残す大活躍を演じ、脅威の8番打者として優勝に大きく貢献した。
更なる飛躍が期待された昨年は、大物ルーキー鳥谷の入団により開幕スタメンの座を譲り渡してしまう(奪われたというよりは、岡田監督が鳥谷にわたしたと言った方が正確か。。)。その後、スタメンを奪い返すものの2003年ほどの活躍はできなかった(111試合、打率.257・本塁打5本)。

今年からセカンドにコンバート。本人はショートに強いこだわりがあったみたいだが、もともと送球に難があったことを考えれば、本人にとってもプラスなのではないか。今岡がショートからセカンドにコンバートになった一因も送球難があった。

今年は赤星が相当良いだけに、2番藤本の役割は非常に大きい。繋ぎ野球を実践し優勝に貢献して欲しい。

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 PL学園高校から同志社大学をへて1991年ドラフト2位で日本ハムに入団。2001年オフ虎へFA移籍。
日本ハム時代は、入団1年目から主軸として活躍。コンスタントに3割近いアベレージを残し、打点も毎年のように50以上を叩き出し、勝負強さを見せていた。1番目にとまる数字を残したのが2000年。135試合に出場し、打率.290・本塁打21・打点97の見事な打撃成績もさることながら、注目に値するのはなんと盗塁が9個もある!あの片岡がである。
虎へ移籍後の片岡は、生粋の関西人ということもあり、ファンから愛されているが、日本ハム時代もファンからの支持は強かった。FA移籍する年のファン感謝デーで、日本ハムファンが涙ながらに残留を訴えていた事を覚えている。虎ファンの心を捉えたのは、渋い顔と全体的な動き、それからなんといっても「じーかはーひーのきぶろ~  」ととてもヒッティングマーチとは思えないテーマソングが決め手となったのではないか。
肝心な移籍後の成績は、1年目の2002はシーズン前に発生した故障と大きな重圧から本来の姿を崩し、120試合で.228と1994年以来の最悪の成績に終わった。2年目の2003は規定打席には届かなかったものの、110試合に出場し打率.296本塁打12・打点55の成績を残し、リーグ優勝に大きく貢献した。優勝を決めた広島戦での同点ホームランは記憶に新しい。私はテレビで見ながら泣きました。
昨年は相次ぐ故障で結果を残せなかった。今年に賭ける意気込みは相当なものだろう。いぶし銀の男片岡の再起に期待したい。
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 PL学園高校から東洋大学を経て、1996年ドラフト1位で入団。学生時代には、松中(ソフトバンク)・福留(中日)・井口(ホワイトソックス)・谷(オリックス)等と共にアトランタ五輪にも出場。入団当初から次代の中心選手として期待されていた。
入団1年目は、98試合で.250・2本・20打点と期待に応える活躍は出来なかった(なんと去年の鳥谷と同等)が、入団2年目の1998年には133試合に出場し.293・7本・44打点と資質の高さを見せはじめた。しかし、大きく飛躍するはずの3年目となる1999年から3年間低迷を続ける。当時の野村監督からは酷評し続けられ、2000年には出場試合がわずか40試合にとどまった。
そんな今岡を再生させたのは、間違いなく星野前監督だろう。2002年から指揮を執った星野監督は、腹心島野ヘッドと虎の再生計画を立てる段階で、投手では藪、そして打者では今岡の再生を掲げて再建に乗り出した。今岡もそんな星野監督の期待に応え、2002年は122試合に出場し、.317・15本・56打点とその素質を開花させ、翌2003年には120試合に出場し、.340・12本・72打点の大活躍で首位打者を獲得し、リーグ優勝に大きく貢献した。先頭打者ホームランが今岡の代名詞となったのもこの年である。
昨年から選手会長に就任。138試合に出場し、.306・28本・83打点の成績を残した。今年は、その勝負強さを買われ5番打者として、金本の後ろを任される。
2003年にリーグ優勝に導いたように、今年は日本一に導いてくれ!そしてまた俺を泣かせてくれ!!
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 西条高校から亜細亜大学-NTT関東-NTT東日本を経て、2000年ドラフト6位で入団。2000年のシドニー五輪では日本代表選手として選ばれ、本戦でも活躍した。入団時点で28歳という高齢(?)だったため、毎年が勝負の年となっている。入団1年目から1軍デビュー(74試合.197、4本、14打点)し、即戦力の期待に応えている?!2年目・3年目もスーパーサブとしてチームに貢献。特に優勝した2003年は、課題とされていた打撃で勝負強さをみせ(64試合.341、1本、17打点)、優勝へ貢献した。優勝が決まった2003年9月15日の試合でも1点目となるタイムリーを放っている。昨年は出場試合数が激減したが、今年は一昨年のような活躍が期待される。
おっきーは、顔の割りに足が速い。野村監督時代には、堂々とF1セブンに名を連ねている。
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