ポートフオリオ

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ZOUSSの締め切りが迫る中、原稿用紙は真っ白。

どうするねん。

今から夏祭りのお手伝いですが、昨日一生懸命ポートフオリオをつくりました。

https://makotoatozi.myportfolio.com/

僕は作詞だけではなく、知人のお店やミュージシャンのリーフレットを制作しています。

もしもご興味のある方がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

さて、夏祭り行ってくるかな。

 

高校生の時、初恋が歩いてきたあの市電降り場

あれも夏のひとときだった。

 

今年の夏が皆さまにとって、素敵な想い出になりますように!

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「楽園」新アレンジ

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朝、PCのメールボックスを開いたら、「楽園」の作曲家 中野雅仁さんからメールが届いていた。そこには音源が添付されていた。

「楽園」を新アレンジしたとことだった。

札幌のチャリティーライブでご自身が歌うようにアレンジしたとのこと。

「楽園2016」はとても素敵でした。

16年前にSONYのカセットテープで初めてこの曲を聴いたときの、中野さんの歌声を思い出した。セピア色のような鮮やかな虹のような。

これからも僕はいつまでも色褪せない歌をつくってゆきたい。

「楽園」は誕生から16年ったった今もまったく色褪せていない。

そのことがとてもうれしい。

中野さんとは現在、数曲の制作を進行している。

「永遠」という歌を最近書いたけれど、それも北海道在住のアーテイストが歌ってくれるとのこと。

僕がデビューした頃とは音楽業界も様変わりをして、爆発的に何かが売れるようなバブリーな時代はもう過ぎてしまったけれど、良いものはいつ聴いても良いと僕は信じている。

16年前、富山から東京へと出る時によくSちゃんという友達の家に泊めてもらった。

SちゃんはNちゃんとルームシェアをしていて、中野さんとも友達だった。

Sちゃんも今では二児の母。

先日、夜中にメールをしていたら、朝のTVで流れている「楽園」を見たらしく、

「やっぱり名曲だと思った」とお褒めの言葉を頂いた。

Sちゃんは辛口なので、本当に良いと思うときしか良いとは言わない。

あれから16年。

僕らはそれぞれにそれぞれの人生を生きている。

ある点の部分で出逢ったたくさんの人たち。

それらはすべて今も線になり、見えない円として存在している。

同じく16年前に一緒に曲づくりをしていたShifoさん(代表曲Mihimal GT 気分上々↑↑)とも現在、数曲の制作をしている。

彼らは今の若者には醸し出すことのできない確実なソウルを音に宿すことができる。

今の若者は・・・とは言いたくないけれど、16年間歌を書き続けてきた凄みを、僕も歌に宿したい。

「楽園2016」バージョン、是非、多くの人に聴いてもらいたい。

本当に素敵なのです。

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恐るべしJASRAC

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僕らが歌を書いてそれが発売されると、JASRACから「これはあなたの書いた歌ですね」という作品届が郵送されてくる。

今日、帰宅するとポストにその作品届が入っていました。

ところがそれはまだ、発売されていないはずの歌。

それでその作品届に名前のあったアーテイストに連絡を取ってみると、「あ~ラジオでかけました」と。。。

そんな沖縄のラジオでかかった一曲でさえも、作品届が届くというJasracの情報包囲網の綿密さに、僕は驚いてしまった。

とても良い曲なのです。

僕は作品届が届いたということは(実は重大なことなのだけれど)どうでもよくて

その歌が沖縄のラジオ局で流れたということが嬉しかった。

きっとあの歌は誰かの心に響いたはずだ。

それが嬉しい。

だから今夜は良い夢が見られそう。

たった一人でもいいから、琴線を響かせたい。

そんな僕の無謀な挑戦は

ここから先も永遠に続く。

今夜は花火大会でした。

川沿いにある書店の駐車場から大きな花火が見れた。

素敵な夏になるといいなと、思いながら帰宅しました。

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歌を書く目的

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あるプロジェクトが進行中である。

昨夜、できあがったほやほやの歌詞をディレクターに提出した。

朝、返ってきたメールには「感動しました」という言葉が添えられていた。

その言葉を読んで、僕自身がひどく感動した。

思えば、何故、自分は歌などを書くことを使命に選んだのか。

それは、人の心を動かしたいから。

僕が思い悩みそれでも、こうではないかと切り取った風景で

何かを感じ取ってもらいたいから。

その為だけに、僕は歌を書いている。

「感動しました」というのは何よりの褒め言葉で

この歌に出会えて良かったと、僕は心から思った。

良い歌というものは、歌自身が命を持つ。

歌自身が命を持ったとき、歌は作者の手を離れて羽ばたきだす。

そうすると、僕自身への評価と、歌への評価は全くの別物となる。

歌には二本の見えない脚があるのです。

見えない翼も背中に持っている。

だから歌は命を持ったとき、自由に羽ばたく。

僕にはこの歌が羽ばたきだす瞬間が見えたような気がした。

 

2000年に何もかもを失った僕が

もう一度と再生をかけて、掴み取った作家という夢。

 

信じることを愚かだと諭す人もいるけれど

僕は信じることの素晴らしさを体現したい。

 

だから僕はこれからも歌を書いてゆく。

何者が遮ろうとも、どんな風が吹こうとも。

僕は感動することをやめない。

 

信じるチカラは不可能を

最大限に可能にする。

 

眠る街で眠らないものを

僕はもう見失わない。

 

リリース情報

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久しぶりの新曲を提供させていただきました。

8月24日発売、神谷浩史さんのミニアルバム「Theater」収録の「GRAVITATION」という曲です。

http://kiramune.jp/artist/kamiya/disco.html

 

人生いろいろありますが、こうやって歌を書かせていただくことができるご縁と環境に心から感謝しています。

僕自身現在、人生の岐路であり、ここからどう生きるかが、今後の僕自身の未来を決めるのでしょう。

歌にはできるかぎり誠実でありたい。

でも日々の中にはいろいろなことがある。

だから歌を書く瞬間だけは、その時の本心を込めたい。

そして相反する言葉ではあるけれど、ありったけのファンタジーを込めたい。

 

世知辛い世の中。

今日、雑誌を読んでいたら、今の時代一番嫌われるのは「なりふりかまわず夢を追いかける人」なのだそうです。逆に一番好かれるのは、大切な人のために生きる人。

その通りです。

 

僕はあまりにも夢を追いかけすぎた。

でも、自分にできることはしたいと思うし、やはり良い歌を書きたいし

良い仕事をしたいし、人とつながっていたい。

 

人生の岐路。

 

Yes Noよりも深く

明日を見つめる覚悟を。

 

何事においても

一番大切なのはやはり、愛です。

先日、書いて消してしまったブログ。

最近はなんだか電気グルーヴとスガダイローばかり聴いています。

電気グルーヴの歌詞は作詞家として聴いてみてもかなり下品なものもあるけれど、本人たちの霊的格はとても高い。

志人とスガダイローにいたっては、言葉を新境地へと昇華している。

二組とも、侍である。

天下統一する力を十分に持ちながら、サブカルチャーな人々を虜にしている。

 

僕が平井堅氏の「楽園」を書いた頃、僕にも制約はなかった。

だから自由に書いた。

暗いだの退廃的だのと、好きなように言う人もいたけれど、あの曲には僕は僕の当時の自由なるユニバースを込めた。

「楽園」の奥に静かに流れる愛の力は、人にどうこう言われるほど弱いものではないはずだ。

歌とは本来、破壊と再生の狭間で静かに熱く、燃え上がるエナジーをとじこめるものだ。

つるりとした金太郎飴などではない。

 

昔の僕は、100人いたら10人が熱狂的になってくれれば、90人はどうでもいいという気持ちで、破壊と再生を基準に歌を書いていた。

 

ところがそんな僕に、嵐、V6、女性アイドルなどの仕事が舞い込むようになり

そこに僕のアトジ節をどうねじ込むかと悩んだ時期もあった。

おれパラ、岩田光央氏に書いた「眠るものたちへ」などは、そのバランスがもっともよく書けた歌だと思っている。

V6の「ありがとうのうた」も佐原けいこさんとZOOCOさんのパワーもあり、素晴らしい歌になった。

嵐の「ONLY LOVE」も無敵な歌だと思っている。

 

それでも、最近の僕は、これから書くのであれば、やはり常識を壊したいと思ってしまう。

 

最近はmihimalGTの「気分上々↑↑」の作曲のShifoさんと曲作りをしているが、彼女の才能の海原を泳いで自由な歌を描きたいと模索している。

 

何にせよ、僕がデビューしたころは、まだメールで音源などは送れず、FAXとカセットテープの時代だった。その時代にデビューをして音楽をつくれたということに心から感謝をしている。

インターネット時代にはない何かが必ずあったはずだ。

 

そこで、話が戻れば電気グルーヴとスガダイローなのだけれど

この両者は、あきらかに常軌を逸した才能を爆発させてしまっている。

こういう音楽を聴くと、もう僕にできることは何もないと思ってしまう。本当に。

それを聴いているだけで幸せになってしまうからだ。

 

本来、僕は作詞家でありながら、歌詞には表面的な意味など必要がないと思っている。

その背骨に流れる本意があるなら、歌の歌詞などでたらめでいい。

むしろその方がいい。何故ならその磁場は音楽だから。

 

日記のように音符にはめ込んだ言葉には本当にもう興味がない。

(といいつつそういう歌もこれからも書くのだろうけれど)

 

白い手袋で顕微鏡で覗きながら言葉を扱うのではなく

だからといって、汚れた手で適当にあつめるのでもなく

爆発的な農業のような気持ちで言葉と音楽に向き合いたい。

 

死ぬほど好き、と言ってもらえる歌を書くことが僕の望みです。

これからも大好きな歌を聴きながら、大好きな歌を書いてゆきます。

 

Twitterやってます。

https://twitter.com/makotoatozi

 

Twitter凍結

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何年も放置していたらTwitterのアカウントが乗っ取られていました。

それで、まあ、いいかと放っておいたら、なんとアカウントを凍結されているではないか。
何にもしてないからフォロワーも40だけ。つぶやきますので、ご興味ございましたら是非、フォローをよろしくお願いします!
それでは皆様、本日も幸せな1日をお過ごしください。
 

一日も早く

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このたびの「平成28年熊本地震」で被災された方々に、心からのお悔やみとお見舞いを申し上げます。
立て続けに起こる余震の中、眠れない夜を過ごされていることと思います。どうか一日も早く熊本に九州に穏やかで平安な日々が戻りますよう心からお祈り申し上げます。
 

フリークポケット

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僕が27歳の時。ある情報を耳にしました。月二万円で、街の中心地にお店を持てるらしいという夢のようなお話。それはフリークポケットというものでした。2坪ほどの店舗を市が支援し、激安の店舗家賃で運営出来て、しかも帳簿等のサポートもあるという。
僕はすぐさま申し込みました。
僕には洋菓子職人の父から譲り受けたレシピがありました。
そのレシピで、誰も食べたことのないような美味しいクレープのお店を出そう。そう思い立ち、すぐさま履歴書を書いて郵送。合同面接を受けました。
ドキドキしながら沢山のクレープを抱えて面接会場へ。
結果はあっけなく採用。
僕は自分のお店を持つことが出来たのです。クレープハウスロビンソンは大成功しました。高校生たちがとても喜んでくれた。
その頃は富山に、まだあまりクレープのお店がなかったのです。
しかも僕のお店のクレープは、生クリームに動物性の純生クリームを使用していました。
そのあとで、人生のジエットコースターに乗ることになり、僕は作詞家になってしまいました。お店が順調なままで、書いた歌がヒットしてしまったのです。
お店を続けるわけにもいかず、僕は悩んだ後、お店をしまいました。
あの時、クレープ屋さんを続けていたら僕の人生はどうなっていたかな。
時々今も、僕は友人の家のパーティーなどでクレープを焼いたりしています。
作詞での成功ももちろん願っていますが、小さなお店を持ちたいなあというのが今の僕の一番の夢(目標)です。
いい時代だった。
懐かしき青春の時。(アラサーでしたが)

山をつくる

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穴を掘って埋めるというのが苦手だ。
ラジオを聴く時には、慎重でなくてはならない。
ラジオCMにはその類のものが多いからです。
言葉だけの世界だからこそ、人を悲しませてはいけないはずなのに。
セブンイレブンのナナコカードのCMで、小銭を地面に落として、あああって嘆いてナナコカードなら大丈夫!とか、上京してから両親と人生であと何回会えるのだろうとか、何故、敢えてそんな悲しい場面を描くのだろう。
人々が虫歯にならなければ、歯医者が廃業してしまうように。穴を掘って埋めるような世の風潮に、とにかく僕は違和感を感じてしまう。マイナスがあるからプラスが生まれるなんてナンセンス。それをコマーシャルに適用するなんて想像力の欠如としか思えない。
昔、コピーライター養成講座に通った時講師は、コピーは哀しみを描いてはいけないと、僕らに伝えてくれた。
いつからコマーシャルの世界は思想を変えてしまったのかな。
一事が万事。
マイナスを見なければプラスが浮かばないなんて、つまらなくはないですか?
という僕もデビュー曲は哀しげな歌でしたが。
食べても消えないショコラのようなコマーシャルが聴きたいものです。
最近の僕はそういう物語を描きたくてたまらないんです。
陳腐な感動なんていらないのです。
山の頂上からスノーボーディングするような、晴れ渡る青空のようなコマーシャルの登場を僕は願っています。
でないとラジオを聴くのがこわいのです。
なんとかしてと、これは誰に言えば良いのだろう?
ということでブロクに書いてみました。