2005年08月07日(日) 16時44分03秒

サルモネラ菌(9歳の私)

テーマ:いろんな私

猫を拾った。。。

目が開いたばかりくらいの子、3匹。

スタッフの子がダンボールに入れてくれた。



ふと、想いだした記憶がある。

「サルモネラ菌」という専門用語を小3で覚えるきっかけとなった思い出。

今日はその思い出をお話します。。。


田舎の実家はパン屋さんを営んでいます。

おじいちゃまの代からで、当時はパパが2代目として働いていた。

小学生の私は、学校帰り、いつも職場に顔を出し、邪魔をしていた。


食品を扱う場所では、衛生管理が最重要となる。

決して、いてはいけない虫や、小動物たち。

いたるところにゴキブリホイホイやら、駆除団子やら、ネズミ捕りなどが置いてあった。

おばあちゃまは、商売人の女将さんらしく、商売の邪魔をする小動物たちには手加減がなかった。

私の目の前で子ねずみを踏み潰したこともある。

衝撃だった。。。

ショックだった。。。

踏んだだけでは終わらず、「ひねり」まではいったし。。。

そんな大人が鬼に見えた小3のある日。



ねずみがひっかかった。

当時のネズミ捕りは、まさしく、「トムとジェリー」仕様。

単純にパチンとはさんで捕まえる古典的なもの。

うちのは、それに粘着シート付きのものだった。。。


母が捨てようとしていたのを目撃した私は、キーキー苦しむねずみの姿に、胸がキュンとした。

「私が捨ててあげる」とごまかしつつ、半分無理やり母の手から奪い取ったネズミ捕りを持って走った。。。

なぜかおねえちゃんが着いて来た。

優等生だったおねえちゃんは、私の行動を不信に思ったのか。。。


走った。。。

けど。。。

「これ、どないしよお。。。」


考えてなっかた。。。


とにかく逃がしてあげたい。

粘着テープに、毛が引っ付いて取れないし。

興奮しまくってるねずみは、今にも私の手に噛み付きそうだし。。。

逃がしてやろうとしてることなんてわかるはずも無い。。


横から見てたお姉ちゃんがふっと手を出した瞬間!!!


kvld、ぷOu;og0-4kc!!!!

いた~い!!!

・・・・・・・。

泣きながら家へ帰る姉の後ろを私もとりあえず追いかけた。



事情を聞いた母親はすぐに姉を病院へ。

残った父と私。。。

母にものすごいけんまくでしかられた私に、父がこう言った。


ネズミ捕りに引っかかったのは

サルモネラ菌なんよ。。。」


・・・・・・?

・・・・・・・・・???


淡々と、話は続き、

「腸炎ビブリオ」だの、

「大腸菌」だの、

「んjfg5うっ菌?!」

・・・・・・???・・


とにかく、ビフィズス菌みたいな正義じゃなくて、

悪役菌ばっかりのうんちくを教わった。



父の認識は、

ねずみ=サルモネラ菌  らしい。


普段、物静かで、あまり威厳のない父の姿が、少しだけ誇らしげに見えた。

きっと、父も満足だっただろう。

おかげで、

大人になった私は、

「衛生管理責任者」手帳という物を簡単に手に入れられたのだ。



将来、

おなかの子が、もし、ねずみをかわいそうだと感じたら、

私もきっと父のウンチクを使うと思う。




拾った子猫たちにしのぎのミルクを飲ませ、

元の場所に戻した私は、

大人になったことを実感した。。。。










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2005年08月04日(木) 20時50分18秒

リリと大樹(25歳の私)

テーマ:いろんな私

オリジン弁当からの帰り道。

今日は旦那様が出張で、一人ぼっち。。

張り気味のお腹を両手で抱え、一人電車の音を聞きながら家へ急ぐ。。


ふと、

昔を想い出した。



上京したての頃、

もちろん、親しい友達はほとんど居なかった頃。

彼氏もいない、レオパレス生活。


ネオン

渋谷のセンター街の地下で大樹(仮名)は働いていた。

185センチ、100キロはありそうな大男。

モヒカン気味の挑戦的な髪型に、背中には背骨の刺青。

近寄りがたい店に、近寄りがたい彼。

当時、23歳の彼と25歳の私。

なぜか、すぐに、姉と弟のように親しくなった。

彼は私を「さん」付けで呼び、その風貌からは想像できないほど気が小さかった。

タバコも酒もドラックも手にせず、

彼の片手にはいつもリプトンのアイスティーだった。


大樹の女の子版が、日系チャイニーズのリリ(仮名)。

彼女の祖父は中国マフィアで、

父親は日中間を船で往復する怪しい仕事をしてると彼女は笑って言った。

彼女の身体は傷だらけ。

全身といっていいほど墨が入り、手首にもリストカットの痕があった。

23歳の彼女は、大人になることを怖がり、全身に鎧をかぶっているみたいだった。

私に逢うたびに「ハグ」を願う彼女は、痛々しいけど不思議といとおしく感じた。


現在の仕事からは想像も出来ないほど不健康な生活を送っていた私は、彼らの横でタバコを吸い、都会の同世代の若者を客観的に観察しながら、同情もし、一緒に都会を感じていた。


大樹は、近所の公園の鉄棒で筋トレ中に警察に通報されたし、(遊具を壊そうとしてると思われたらしい)

リリは、店に入るたびに店員にマークされていた。

私も、センター街を歩くたびに、「いいものあるよ」って声をかけられた。


人は、人の何を見ているのか?

判断基準はやはり見た目なのだろう。

それも、分かっていたはずなのに、身体をいじめる生活をしていたあの頃。

いくらキレイな洋服を着ても、

人に好かれそうな話し方に変えても、

お行儀よくいい子にしていても、

不健康さ、ストレス、病みなどは勝手に主張されてしまう。


今、健康事業に携わり、健康法を人に伝えられているのは、こんな過去のおかげなのかもしれない。

そこに嘘はないから。


リリと大樹の本名も、住所も興味が無かったため、

今は連絡が取れなくなった。


あったたかったハグと、

彼らの弱さと、

素直さだけはまた、想いだすだろう。


あんた達が慕ってくれたあの頃の私にも、赤ちゃんが出来たよって知らせたい。




予定日まで、あと104日

少し、便秘薬が効きすぎ傾向。

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2005年06月28日(火) 19時26分12秒

妹との闘い(24歳の私)

テーマ:いろんな私

当時、妹は「摂食障害」というやつでした。


私が彼女より数年前に体験した苦しい病気です。


彼女は「拒食」でした。

原因は今だ不明です。


ただ、彼女は「完璧主義」の「わがまま」な子でした。

両親の愛情をたっぷり受け、何不自由も無く育てられました。


私は、両親の彼女に対する態度が大嫌いでした。

車も、家賃も払ってあげてましたから。


わたしのヒガミですけどね。


実家の家業が傾き、従業員さんに退職金を払えるうちに辞めていただくことになり、

当時、実家から離れていた私は呼び戻されました。


8 年ぶりに家族と同居することに戸惑いました。

しかも、神経質で拒食症の妹と暮らすことにかなりの不安感がありました。


妹には息子がいます。

当時、彼への愛情は無いと言っていました。

30キロを下回る体重にもかかわらず、プライドだけで、フラフラしながら仕事をしていました。

両親は困惑し、悩み、苦しみ、

宗教とか、墓参りとかにこだわり始め、

私をたよってばかりでした。


結局、私は逃げました。

約束だった1年家業を手伝うという期限を終え、一人でまた遠くの街へ。


後悔しました。

夢にまで妹が出てきました。

夜中だろうが、昼間だろうが、妹は電話をかけてきました。

親も同じです。


狂ってる、、、と思いました。


どうにか助けたいのに、自分の微力さに腹が立ち、

一人、家族の苦しみから逃げている私が嫌いでした。


自分が同じ病気を味わっていたから、余計に身にしみて苦しさはわかっていました。

でも、なかなか助けてあげられませんでした。


現在、妹は入退院を繰り返した結果、

3歳の息子と旦那さんと暮らしています。

体重も36キロまで増えたそうです。


来月の私の結婚式で、キレイな洋服を着ることが楽しみで仕方がないそうです。


正直、私は、妹が病気じゃなかったら、結婚式をしなかったと思います。

妹が、頑張れるきっかけをつくってやりたかった。

普通のサイズの洋服が着られるようになるまで頑張る目標です。


久しぶりに会う妹を「よく頑張ったね」って抱きしめてやりたいです。

それから、「ごめんね」って。


私達を生かしてくれている両親に、感謝。。


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2005年06月22日(水) 19時12分21秒

雪山の生活(22歳の私)

テーマ:いろんな私

長野県飯山市

戸狩温泉スキー場


長野オリンピック開催の年。

私は一人、大きなバックをかつぎ、板を引きずりながらこの地にたどり着いた。

当時金沢に住んでいた私は、「るるぶ信州」を片町の書店で購入し、

次の日にはそこに記載されていた小さな宿に電話をかけていた。


宿の規模は、小さければ小さいほど良かった。

いかにも老夫婦が運営されてるっぽい宿を選んだ。


「あの。。。急で申し訳ないのですが、居候させていただけませんか?」

「えっ?!」


・・・唐突過ぎた。

今から考えると若かったよなあ。。。ずうずうしいにも程がある!!


少し、地方なまりが聞き取りにくかったが、何分か商談の結果OKが出た。

食事、寝床、往復の交通費、シーズン中フリーパスリフト券付きと引き換えに、

思った以上の過酷な労働が待っていた。


朝5時 氷点下の部屋で着替えをし、凍った水を溶かして顔を洗う。

玄関の引き戸を無理やり開けると、軒にたまった雪の固まりが落ちてくる。

雪かきは初めてだったが、作業は身体で覚えるもの。すぐに要領を覚えた。


お客様の朝食作り。片付け。朝食。

お部屋の掃除。

10時のおやつ。

自由時間

お客様の夕食作り。片付け。夕食。

風呂。風呂掃除。

就寝(21時)


このパターンが毎日つづく。


私の大好きな時間、  お昼ごはん。

シングルリフトでしか登れない雪山のてっぺんで食べるおにぎり(野沢菜入り)。

下界と広い空を全部独り占めしてるような、得意げな気分になる。

真っ白なゲレンデと澄み切った空気。。

雪原

最高ですよ!!


下界のストレスなんか吹っ飛びますよ。

後からわかったことですが、

宿のじいちゃんとばあちゃんは、私が女一人で雪山に来たもんだから

自殺するんじゃないかって毎日心配で仕方なかったそうです(笑)

確かに、私変わった子みたいですね。


リュックに入れたおにぎりがつぶれない位(一度も転ばない)スキーが上達し、

モーグル山で知り合った他の宿の居候仲間も出来、

リフトのおっちゃんもお茶のみ友達になり、

パトロールの救助を手伝えるようになった半年後、、


私は雪山を降りた。

じいちゃんとばあちゃんとは「うるるん滞在記」みたいな別れをし、

真っ黒に雪焼けした半年間の雪山生活は

私の「今の自分」を形成している。



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2005年06月19日(日) 18時54分05秒

おイモ掘りの日(6歳の私)

テーマ:いろんな私

私は「動物狂い」です。

昔、ムツゴロウさんのところに就職しようと思っていた位、動物好きなんですよ。

(しかし、動物王国はみんな内輪で結婚すると聞いてやめた)


嫌いな動物

 *蝶々&蛾

 *かたつむり&ナメクジ


好きな動物

 上記以外


小学校1年生の秋、

パンツが見えそうなくらい短いスカートとランドセル(うちの方は田舎なので公立でも制服でした)姿の私。。

あの頃は「バックプリント」のおパンツが流行っててん!

でも、その上からブルマをはくことでちょっとだけお姉さんな気分になってた私。。


その日は「サツマイモ掘り」でした。

スーパーの袋がおイモさんの重みで私の華奢な腕にくい込むが、

お母ちゃんのお手伝いのおつかい気分で得意気やった。

いも


道路の白線の上をこだわって歩きながら、道しるべの白線が足元に無くなった。。

「上級生のお姉さん達はここからあそこの白線までジャンプ出来るんやけどなあ。。。」


・・・挑戦してみようと視線を上げたその時


「!!!!」


悲しかった。

夢中やった。

白線渡りとかどうでもよくなった。


涙が出た。


お母ちゃんに早くコレを渡さな!!

おイモさんの重たい袋に重心を取られながらも、めっちゃ走ってん!



お母ちゃんは、泣いてる私と、袋の中のおイモさんのおまけにびっくりしてはった。




どろんこまみれになりながら、

花壇の隅にお山を作る。


お母ちゃんに、かまぼこの板をもらった。

マッキーのマジックは雨にもにじまないって知ってた。




・・・「すずめさんのおはか」・・・



その後、数年間、花壇が小動物のお墓だらけになっていったが、

お母ちゃんはそんな私を「優しい子」って言ってくれてました。



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