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先日、若い友人と飲んでいた折にドラッカーの話になった。彼は今会社でドラッカーの勉強をしているそうだ。今さらドラッカーと思うのだが若い人が勉強をすることはいいことだ。
僕はオイルショック後社会人になったのだが、入社後、さまざまな研修メニューが僕を待っていた。そんなことは無意味なことだと思ったのだが、会社の金で勉強させてもらえるのだからまあいいかと思っていた。その頃、話題になっていた『地獄の研修』なるものがメニューに入っていれば即辞めようと思っていたがその会社にはそんな馬鹿な経営者はいなかったのが幸いだった。
その会社は世界に拠点を伸ばしつつあったのだがオイルショックの影響をもろに受け、今までのマーチャンダイジング主導の経営からマーケティング主導の経営に変化しようとしていた。その時に営業マンの再教育に着手し、科学としての営業を模索し、僕たちに様々な機会を提供し、脱皮を図っていたのだ。
その後「そうは問屋が卸さない」という時代が崩壊するのだがそのことは予測されていた。
僕は、あらゆる機会でマーケティングとマネージメントを学んだ。最初に研修で使われたのはドラッカーの『現代の経営』だった。修善寺で行われた研修では何で、社会人になっても勉強するんだと反発していたのだが、ドイツ系ユダヤ人がアメリカの巨大企業を見てショックを受けただけの話だと思ったいたのだが二日目にこの人の分析は哲学であると思って研修が面白くなった。
『断絶の時代』は個人的に読んだのだが欧米的な分析であり、日本にはそぐわないと思ったのだがベストセラーになった。
先日の会話の中で僕はドラッカーの言っていた内容をを思い出した。
『事業の目的は企業の外にある。企業が社会の一機関である以上、事業の目的は社会に求めなければならない。有効な定義はただ一つである。それは、顧客を創造することである』という有名な『顧客の創造』理論なのだ。
研修では『顧客はだれか』『顧客の価値は何か』 ということで議論したことを覚えている。
30年以上前のことだ。なぜ、いまさらドラッカーなのかと思うのだがその頃、僕はドラッカーは哲学だと理解した。だから普遍なのだ。
その普遍哲学を実践するのに僕はランチェスターを学んだ。もちろん田岡先生の理論だ。
ランチェスターは戦略と戦術を混同して議論を展開するわかりにくい。ストラトジーとタクティクスを混同してはならない。
現状認識、経営構成意図、マーチャンダイジング、ロケーション、弱者の戦略、強者の戦略等を駆使しし戦術を構築する。その後、川上、川下、弾着点戦術を展開していくのだ。
他にもマーケティング、マネージメントの研修を受けたのだが、研修の目的はそのすべてを理解することにあるのではないと思っている。
僕はあの長時間の研修の中で僕の中に取り入れたことは3つだけだ。研修という言葉通り、理解するのではなく自分の一部にすることだと思う。だから『もしドラ』なんてことでブームになっていることを嫌悪するのだけれど最近、ドラッカー、ランチェスターがまた企業研修の主力になりつつあるのは事実だ。ランチェスターに基づき、全国各地に展開されたブランチ戦略がバブル崩壊後廃止されたが、最近距離感を詰める戦術が見直され、ブランチ戦略が浮上し、コールセンター廃止の動きも出ている。
哲学は普遍であることを意識しよう。
驚いたことだがまだ会社は社員のために存在し、社員は社のために存在すると考えている人間がいることだ。彼らにはドラッカーをエロ本を読むくらいに熟読してほしい。
僕が自分を戒めている先述した3つとは
『我々はお客様のお役立ちをして対価をいらだいている』
『前工程もお客様。後工程もお客様』
『仕事を通じて知り合ったお客様と一生の友になろう』
ということだけだ。
先日の会話の中でドラッカーの「顧客の創造」を改めて普遍の哲学として意識した。いい夜だった。