西園寺マキエの「フリーターの彼氏と幸せに生きられる?」

フリーライターとフリーターが17年付き合い続けて47歳を過ぎるとどうなるか? 仕事・お金・恋愛・結婚、そして人生について考える、アラフィフのブログです。


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すっかり日が空いてしまった。

 

正直、ヨシオが「多少は稼ぐ男」になって、このブログを書く意義を見失いかけていたというのもなくはないが、まあ、実態としては、単に仕事が忙しくてどうにもならなかっただけである。ときどきブログをのぞいて下さっていた皆様、ごめんなさい。

 

さて。

 

今年でもう52歳になるわけで、「あー、いよいよ、人生も終盤だな~」と、あまりぱっとしない気分で年を越したわけですが、つい先日、久しぶりにおめでたいことがあった。

 

ヨシオの姪っ子のみーちゃんが結婚することになったのである。

 

みーちゃんは今年で28歳。ちょうどよいお年頃だ。ヨシオは一時一緒に住んでいたこともあって、みーちゃんとは、昔からかなり仲良しだったのだ。

 

私とヨシオがつき合い始めたのは、かれこれ20年以上前だから、その頃、みーちゃんはまだ8歳ぐらいだったのかな。私はあんまりしゃべったことはないけれど、何度か顔は合わせていたし、ヨシオからみーちゃんの成長について、たびたび話に聞いていた。たとえば、高校受験とか、大学受験とか、こんなこと言ってたとか、こんなことやってるとか、就職とか、どうやら恋人ができたらしいとか。

 

だから、そんなみーちゃんの結婚は、ヨシオはもちろん、私にとっても、なんだかとてもほっこりするおめでたいできごとだったのである。

 

そんなわけでヨシオは、以前からみーちゃんに、「結婚式やるんだったら、西園寺さんも呼んであげてね」と、お願してあった。

 

で、先日、実際に、私のもとに、みーちゃんから結婚式の招待状が届いたのであーる。

 

うー、久しぶりの結婚式。私は、友達が結婚してなかったり、してても式を挙げてなかったり、フリーランサーで会社のつきあいがなかったり、そもそも女友達が少なかったりとかで、結婚式には数えるほどしか出席していない。だから、久しぶりの結婚式、しかも、ヨシオと一緒に出席するみーちゃんの結婚式とあって、とってもワクワクしてしまった。

 

しかーし。

 

ヨシオの親族の一員として結婚式に出るということは、それなりに重みのあることだと、あとからようやく気付いた次第である。

 

まず、しばらくして、ヨシオのお母さんから、「西園寺さんの肩書はどうしようか」というお問い合わせをいただいた。

 

そういやあ、結婚式の会場に行くと、各席に出席者一覧みたいな席次表が置いてあるよね。あそこにつける肩書があるわけだ。

 

ヨシオと私は、「『新婦叔父・パートナー』でいいんでない?」と言って、こりゃあいい肩書思いついたねなんて、満足していたのだけれど、「式場と相談した結果、そういうのはないと言われました」というお話になり……。

 

ヨシオ:「思い切って、新婦叔父妻、とかにする?」

 

マキエ:「え~、それは、おかしい。だって、妻じゃないんだから。籍入れてなけりゃ、一緒に住んでもいない」

 

ヨシオ:「じゃ、えーと……新婦叔父友人?」

 

マキエ:「なんで叔父の友人が、結婚式に出席してんのよ~」

 

ヨシオ:「だよねー。うーん、新婦叔父・パートナーがやっぱり一番しっくりくるんだけどな~。なんでダメなのかなあ」

 

マキエ:「まあ、言われてみれば、知らない人から見れば、『パートナー? 何それ?』って感じになるんじゃないの? やっぱり」

 

ヨシオ:「うーむ……」

 

で、この際、もう「新婦友人」でいいんじゃないか、など、いろんな意見が出る中、たどりついた結論が、「新婦叔父婚約者」。これなら問題ないと、式場のプロの方も太鼓判を押してくれたそうである。

 

うーん、別に「婚約」なんてしてないけどな・笑。

でも、まあ、間違ってはいないか。

 

というわけで。みーちゃんの結婚式はまだだいぶ先だけれど、「新婦叔父婚約者」となった途端、なんだか妙に緊張してきたのであった。

 

そして、私は実感した。

ああ、いわゆる社会というものは、こういうものなんだなーと。

 

いや、別に、いいんだけど、こういうふうに、社会の中で認められるためには、それなりの肩書が必要なのだ。何においても。

 

そして、男女の関係性を示す肩書のひとつが、「妻・夫」であり、その肩書を持つために、結婚という制度があるのね。って、

 

今、私はしごく当たり前のことを書いていることになるけれど、こんなことを改めて書いてしまうほど、私とヨシオは、これまでずっと、自分たちの好きなように、勝手に「パートナー」という社会では認められていない関係を、やり続けてきた、ということになるんだろう。

 

ま、ある意味、社会性に欠けるふたり、ってことか。(今更かよ・笑)

 

そして、さらによく考えてみると、みーちゃんの結婚式は、私は単にお呼ばれして出席するお気楽なもんじゃなくて、いわば、「嫁デビュー」の場となるわけだ。

 

ひょえー。

 

いや、ヨシオのご家族とは私は何度かお会いしてるし、お母さんとは何度か食事もしているんだけど、「婚約者を名乗るからには、ちょっと、今までとは違うぜ」という意識で臨まねばと、あれこれ考えてしまうのでありました。

 

あと、追伸。

あ、それから、ここのところ、急激にアクセス数が増えて、何があったのだろう? と、ナゾなのですが、きっとどこかでどなたかが、このブログについてふれてくださったのでしょうね。この場を借りて、御礼申し上げます。

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またまた日が空いてしまった。

前回の書き込みからちょうど1か月だ。

 

毎年、年末はやはり仕事が忙しい。そのほかにもなんやかんやと約束が入るので、なにかと時間が足りない。

 

そんな中で。

 

今日、23日は、30年以上にわたってヨシオが仕切ってきた野球大会(といっても、参加するのは毎年同じ2チームのみ)の日である。

 

毎年、昼過ぎから神宮外苑の球場に行って、仲間たちの草野球を見て、終わったら風呂屋に行き、夕方から代々木の居酒屋で飲み、夜になったらカラオケに行って、夜中にべろべろになったヨシオとうちまで歩いて帰る……、というのが、毎年のフルコースだった。

 

ところが今年は、開催以来初めて、神宮の球場が抑えられず、別の友人が急きょとってくれた大田区の球場でなんとか開催する予定だったのだが…

 

昨日の嵐のような雨のせいで、今朝になって中止が決定。急に、ぽっかりと時間ができてしまった。

 

まあ、本当は仕事を先に進めればよいのだが、棚ぼたのようなこの時間、なかなかそういう気分にもなれないもので、こんなふうにブログを書いたりして過ごしてしまうわけだ。

 

さて。

 

最近、つくづく思うのだが、なんだか、ここへきて、自分のまわりが急に変わり始めている気がしてならない。

 

いや、たぶん、客観的にみればそんなに大きな変化などどこにもなくて、人生なんて、いつもそこそこ変わり続けているものなわけなんだが、ただ、そうした変化を感じる自分の気持ちのほうが、以前より敏感になっているだけなんだろう。

 

改めて言うまでもなく、私は、ほぼ生まれてこのかた、今生活している町で暮らしてきた。要するに実家暮らしを続けてきたわけだ。50年も同じ場所に住み続けている人って、東京では案外少数派なんじゃないだろうか。

 

そんな私にとって、最近、ちょっと悲しいことがあった。

 

我が家のけっこう近くにある有名な大病院の、もっとも古くからある建物が取り壊されてしまったのだ。赤茶色の煉瓦でできた、大正末か昭和初期の建物で、当然、私が物心ついたときから、ずっとそこにあったものだった。そんな時代の建物だから、中の作りもそこらのビルとは全然違っていて、重厚で趣があった。たとえば、私が子供の頃までは、手動で扉を開け閉めし、自分たちでレバーを操作して動かす旧式のエレベーターがあったのを、今もよく覚えている。

 

その病院は、歴史的価値のある建物として知られていたし、あれだけはずっと保存され続けるだろうと勝手に思っていたのだけれど、先日近くを通りがかったら、すでにがれきの山と化していた。いつもの道から見上げると、そこにあるべき姿が消えていて、ぽっかり空が見えただけだった。

 

その建物に限らず、最近、近所ではいろいろな家やビルの建て替えが進んでいて、町の景色がどんどん変わっていく。住んでいる人も変わっていくし、町の雰囲気も当然変わっていく。50年以上住み続けている私の心境はフクザツだ。

 

もちろん、変わっていくのは町だけではない。自分も変わった。まあ、自分のことはよくわからないので、“老けた”ぐらいにしか思えないが、たとえばヨシオの暮らしぶりも変わったし、母親は急に年寄りになったし、我らのつきあいのある友人関係も少なからず変わってきた。

 

ま、そんなの、生きている限り当然の変化なんだろうけれど、人生の秋季を迎えている中年のココロには、一抹の寂しさが広がっています。

 

まー、変化を恐れる臆病な人間ってことなんでしょう。

 

そこに必ずあると思っていたものが、

いつか気づくとなくなってしまうことがあるのね~。

 

これからは、「そこに必ずいる」と思っていた人が、

ある日突然、いなくなってしまうことも、きっと増えていくんだろうな。

 

あれ、なんだか、思い切り感傷的な書き込みになりましたね。

 

別に、最近、調子は悪くないんだけどな。

今は今で、楽しいこともいろいろあるし。

 

なーんて、いったい誰に、何を言い訳しているんでしょう。笑。

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お久しぶりです。

 

前回ブログを書いてから1か月ぐらいは経ってしまったかな~と思っていたら、1か月半は優に超えてましたね。

 

投稿が空いてしまった理由としては、ヨシオの仕事が決まって気が抜けていたというのは最初だけで、あとは、仕事に忙殺されていました。今日は、本当に久しぶりの休日です。

 

そんなわけで、ここ最近の状況をざっくりご報告させていただくと……。

 

現職に就いたヨシオは、精神状態も健康状態も基本的にかなりよくなりました。ひどくなっていたアトピーはずいぶん治り(この病気、本当に精神状態に左右されるのね)、一時は一目で〝痩せた〟とわかるほど落ちていた体重も、瞬く間に戻りました。笑。

 

あー、やはり、今思うと、病院の裏方の仕事も大変だったが、酒屋さんの仕事も大変だったな~。あの頃、ヨシオは寝ているとよくうなされていたっけ。酒屋さんのときの寝言は、「2980円……2980円。20円、20円足りない……」とかそんなのばっかりだった。しかも、一日中自転車をこいでいたせいで足が異様につりやすくなっていて、よく、夜中に痛がっていたな~。よくぞ乗り越えました。良かった良かった。

 

さて。

 

前回、「これで、ヨシオが食いっぱぐれる心配がかなり低くなった」と書いたけれど、よく考えたら、大きな問題がひとつ、まったく解決されていないことに気づいた。

 

ヨシオの老後の問題だ。

 

ヨシオは、今の職場で60歳以降も、アルバイト的立場ならある程度仕事を続けられそうな雰囲気ではある。それでも、普通に考えたら、60代後半までだろう。

 

そうしたらその後、ヨシオはどうやって食っていくのだろうか。年金が出るったって、たかだが6万ぐらいだ。まあ、普通に考えれば、たぶん、その頃には私と一緒にこの家に住んでいると思うから、実情としては、生活はなんとかできるだろう。しかし、それは、客観的には、ある程度の部分を私の世話になっている状態、と言わざるを得ない。

 

うーん、本人、それでいいのだろうか…。

 

そう思って、先日、飲みながらそんな疑問をヨシオにぶつけてみた。

 

「ねえねえ、ヨシオちゃん。仕事が落ち着いて、なんだかすべて解決したみたいな感じになってるけどさ、老後のことは考えた? どうするの、老後の生活は」

 

「なに言ってるの、マキちゃん。そんな考えたってしょうがないこと、考えてませんよ。ははは」

 

「げげげっ」

 

「いや、それは半分冗談。でも、まあ、とにかく、マキエと一緒に住まなかったとしても、俺は俺でなんとかするって。金がなくても、金がないなりに生きる方法を探っていくしかないだろうさ」

 

「そんな、あーた、そうは言うけど……」

 

と、言いかけてやめた。ま、これ以上、この話題を今続けても、何ららちはあかないことは明白である。でもなー、本当に、それでいいのだろうか…。

 

と、思いつつも……。

 

現状、ふたりの日々は、順調に楽しく過ぎていっている。昨日も、ドラマ「逃げ恥」を、ふたりできゃーきゃー、おぅおぅ言いながら見て楽しんでいた。平和で幸せな晩であった。

 

しかしこれは、「ヨシオ、やがて下流老人になる」という問題の、先送りに過ぎないのだろうか。

 

などと、新たな問題を提起したところで、今日はここまでといたします。

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ヨシオの転職が成功して、約1か月。

というか、まだ1か月しか経ってないのか~。なんだか、もう、2、3か月前の出来事だった気がする。

新しい職場は慣れるまで大変なものだけれど、ヨシオの場合、部署が違うとはいえ、もともとバイトで長年働いていた財団に戻ったので、まったく新しい会社に入ったのとは、ちょっと状況が違う。ヨシオは、それなりに緊張感を持ちつつも、わりとすんなりと新しい職場に馴染みつつあるようだ。

それから、どんな仕事でも1年後は何が起きているかわからないとはいえ、基本的にヨシオの職場は「安定企業」だし、今のところ先々の見通しも悪くない模様。

そんなわけで、年収は低いものの、この先、ヨシオが食いっぱぐれる心配は、かなり低くなった。

なおかつ、酒屋さんのバイトという肉体労働から解放され、「ひと様の役に立つ仕事がしたい」「非営利企業で働きたい」という、願い通りの仕事についたヨシオは、おかげさまで、順調に体重を戻しつつある。見た目も、一次は「痩せた~!」という感じだったが、あっという間に、「前に比べるとちょっと痩せてるね」のレベルに戻ってきた。

それに、酒屋さんでバイトしていたときは、収入はけっこう上がったのだけど、労働時間がけっこう長くて、一緒にいられる時間が減っていたのだけど、それも今回の転職で解消され、1、2年前のように、毎日ゆっくりふたりで晩酌できるようになった。

さらに、ヨシオの仕事が安定したおかげで、我々は「まあ、この先、いつ結婚してもいいか」という雰囲気になった。

なおかつ、仕事が決まったから、というわけではないけれど、我が家の母も兄も、私とヨシオのことはもう認証ずみだし、ヨシオのご家族もおそらく同様である。

まあ、結婚のことは、面倒くさいので、今のところ、「別にいいか」ということで、放置したままなんだけど……。

その上、私の仕事も、なんだかんだ言って、それなりにまずまず安泰の状況が続いている。

というわけで、現状、まあ、ひとことで言えば、いいことづくめの状態である。

そのおかげだろうか。

最初は、本当にうれしくて仕方なかったのだけれど、なんだか最近、私の方は、すっかり気持ちが弛緩してしまって、毎日、ぼーっとした気分で過ごしている気がするのだ。

いろいろと山を乗り越えて、懸案事項がほとんどなくなり、ある意味「燃え尽きた」のだろうか。

それとも、単に更年期なんだろうか。

あるいは、季節の変わり目で、なんとなく、うつっぽいのかしら。

まー、贅沢な話である。

だが、なんとなく、気分がぱっとしない。

これは、一時的なものなのだろうか。

それとも、アラフィフにはありがちなことなのかしらん。

……というわけで、なんとも弛緩した内容で恐縮ですが、今の気分の正直なところを、とりあえず書いてみた、という感じでございました。
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前回の書き込みから、ずいぶん日が空いてしまった。ヨシオの転職成功のご報告から、約ひとつきか。

このひと月あまりを簡単にまとめると、前半は、ヨシオの仕事が決まったことで、二人で浮かれて遊び歩いていた。後半は、たまたま私の仕事が詰まってしまって、ブログを書く余裕がなかった、という感じ。

そして、個人的には最近、仕事の調子がイマイチなのと、年のせいか体調がイマイチなため、なんだかとっても低調なんだけど、ここらで一度、ヨシオのことを少しご報告させていただこうと思う。

実は、ヨシオの誕生日は9月。ゆえに、彼は先日、51歳になったばかりである。

改めて言うまでもなく、いわゆる社会人としては、これといって世間的に認められるキャリアはほとんどない。

そんな彼が、契約社員とはいえ、公共性の高い財団法人への転職になぜ成功したか?

それはひとへに、その団体が、以前ヨシオがバイトで働いていた団体だった――からだろう。

つまりヨシオは、長年運動場の管理人としてバイトで働いていた団体に、今度は契約社員として採用された、というわけだ。

おそらく、今回彼が採用された決め手としては、以前のバイトとしての働きが評価されたから、そして、彼を知っている人もたくさんいたため人柄等も保証されたからであろう。そうでなければ、51歳で、このキャリアでの新規採用は、やはり難しかったと思われる。

ではここで、ヨシオの経済状況が、バイトと契約社員でどう変化したかに、ちょっとふれておこう。

そもそもヨシオが転職を決めたのは、仕事や職場に不満はないが、手取り約11万円のバイトではさすがに生活が立ちいかないからであった。

で、契約社員になった現状どうかというと、手取りが約5万上がった。少ないながらもボーナスも出るようになった。

ま、ざっと計算するとわかると思うが、年収としては、一般企業の正社員に比べれば、まだまだひじょーに少ない。

世間的には、やっぱり低収入のほうに入るだろう。

とはいえ。

これぐらいの低収入の人は、世の中にはたくさんいると思う。

つまり、ヨシオの「稼がない男。」というキャッチフレーズに、「ただし、まあ、人並み」という注釈がつくようになった、といったところではないだろうか。

「人並みに、稼がない男。」

この場合、「人並み」は「収入金額」にかかっているのではなく、「男」にかかっている。つまり、「人並みの金額は、稼がない男」という意味ではなく、「これぐらい稼がない男は、たぶん、そこそこいる」という意味合いが含まれている。

それはさておき。

もともと手取り11万だった人が月収にして5万以上上がるというのは、相当な収入アップである。

そして最近のヨシオの口癖は…

「大丈夫、大丈夫。ここは俺、払っとくから。なんたって、金持ちだからさ・笑」

で、ある。笑。

そして確かに、お金の使い方は明らかに変わった。

いままでそうは気軽に外食に行かなかったが、ここのところ、毎週外へ食べに行っている。ま、高い店に行くわけじゃないけどね。

また、カバンやら靴やら、以前だったら、かなり限界まで使い倒していたものも、ある程度のところで買うようになってきた。

ベッドのマットレスや枕など、ずっと買い換えたいと思いつつ我慢していたものも、購入を検討するようになった。

欲しかったCDや、行きたかったライブにも、躊躇なくお金を出すようになった。

結論を言おう。

収入が増えたのは、彼にとって大変良いことであった。

本来、収入が増えると労働時間が増え、エネルギーを労働に持っていかれることも多いのだけれど、今回、そういうこともない。

むしろ、酒屋さんのバイトで暮らしていた頃に比べて、労働時間は減ったのに、収入は増えたと思う。

体力の消費も明らかに減った。

そのぶん、頭を使うことは増えただろうけれど、「地域の人々のための仕事」ということで、本人、納得して労働に励んでいるため、今のところさしたるストレスもないようだ。

というわけで、ようやく、1年ぶりに、ヨシオらしいヨシオの笑顔が戻って来た気がして、私はうれしい。

しかし、収入というのは、その人のがんばりに正比例して増えるもんじゃなく、社会とのつながり方次第で変わるものだと、つくづく実感した(これは、自分の仕事のでも常に感じていることだけれど)。

どんな立場で社会とつながっているかで、同じような仕事をしていても収入・待遇がぐっと違ってくる。これぞ「格差社会」というものなんだろう。
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